明日への飛翔

第七幕

 大陸を救った勇者達の凱旋を、ラキオス国民は諸手を挙げて歓迎した。
 誰もが聡明な女王の下、新しい時代がやって来るのだという事を確信して疑わなかった。
 しかしようやくマロリガンの混乱も沈静化して来たものの、国体の改変に伴う反発も大きく、一部抵抗
勢力の活動もあり、まだまだ予断は許されない状況だった。
 加えていよいよ大陸最強の軍事国家である、神聖サーギオス帝国との決戦が間近となった事もあって、
軍部と諸機関はその備えに奔走していた。
 とは言え。王都は未だ戦勝の興奮冷めやらず、悠人達スピリット部隊も束の間の休息を享受していた。
 ・・・それが嵐の前の静けさだと言う事は、彼等自身が一番良く理解している事でもあったが。

 「いや~、しかしラキオスの姫さんはやっぱり一味違うな。戦争犯罪人と言っても良い俺らを無罪放免
した上に、こうして自由に外出する許可までくれるとは。」
 悠人の案内で、ラキオスの観光(?)をしている光陰が呟く。
 「姫じゃなくて女王様でしょ・・・まあ勿論ラキオスに協力するって条件付とは言え、もともとこっちは
そのつもりだったしね。でもラキオスってヨーロッパみたいで、なかなか洒落てるじゃない。」
 ・・・と、満更でも無さそうに言うのは、以前から欧州旅行に憧れていた今日子。
 「喜んでくれるのは良いが、はぐれて迷子になるなよ・・・実際、俺は昔なりかけたからな。」
 風景はまるで違うが、三人でこうしていると、まるで昔に戻ったみたいだと悠人は思った。 

 二人がレスティーナと面会し、共闘を誓ったのは一昨日の事。
 昨日は一日中、第三詰所の部屋割りや身の回りの整理の為に費やしたので、ラキオスの街中を見て歩く
時間が取れたのは今日が初めてなのだ。
 第三詰所とは、新たなエトランジェ二人と稲妻部隊から引き抜かれたスピリット達の為に、急遽古い兵舎を
改装して用意された宿舎である・・・その掃除の為にも、昨日はだいぶ手間を取らされたが。


 「少しなら手持ちもあるから、何か欲しい物があったら言ってくれ。」
 「ふむ・・・奢られるのは性に合わんが、寄進の一つだと思って有効に活用してやろう。」
 「あ、それじゃアタシはこのお菓子・・・マロリガンでは、果物以外は辛い物ばっかだったしねぇ。」
 言うが早いか、遠慮会釈も無く物色を始める友達甲斐のある二人。
 「こ、こら、少しだぞ少し!・・・頼まれてたお土産も買わなきゃならないんだからな。」
 そう言ってネネの実のパイを確保する悠人の前に、これでもかと存在を主張する不思議物体が一つ。

 「・・・・こ、これは・・・・。」
 「あん?」
 思考が停止し立ち竦む悠人に気付き、何事かと覗き込む光陰と、それに続く今日子。
 「うっわ・・・この世界にもこんなのあるんだ。」
 「確かにそっくりだな・・・耳が倍になってるのがアレだが。」
 そう、土産物屋の片隅にひっそりと陳列されたそれは・・・あのナポリたんに瓜二つの被り物だった。
 「言わばナポリたん2という所か・・・悠人、それ買うのか?」
 「ぐ・・・。」
 思わず手に取ってしまったが、こんな物を買ってどうすると言うんだ。
 悠人は自分の正気を疑ったが、頭に浮かんだのはエヒグゥ耳のヘリオンの姿。
 以前ヘリオンが、ヨーティアの怪しげな薬の実験台にされて、顔を真っ赤にしていたのを思い出す。
 もっとも同じエヒグゥがモチーフでも、ナポリたん2と生耳では雲泥の差があるのだが・・・。

 エトランジェやスピリットに支給される予算は少なく、ネリーなどはいつもピーピー言っている。
 だがそこはハイペリアでの生活を元に、普段から節約する癖が付いている悠人である。
 ここで一つくらい余計な物を買っても、懐が痛まない程度には余裕があったのが運の尽き。
 結局カウンターに持ち込まれた商品の中に、しっかりナポリたん2は紛れ込んでいたのであった。


 その晩、今日子は・・・ひとり第一詰所を訪れ、悠人の私室の戸を叩こうとしていた。
 昼間の散策の時とは違い、その表情は重く、強張っている。
 光陰は情報提供に関する用事で王城に呼び出され、明朝まで帰らないと言っていた。 
 第一詰所に招かれた時、ちょっとした誤解からついカッとなって悠人を叩きのめしてしまった。
 それを謝りに行くだけだ・・・今日子はそう自分に言い訳して、こうして忍んできたのである。

 「それでは、これで失礼します・・・。」
 ノックしようとした直前、室内から耳慣れぬ少女の声が響く。
 今日子が身を隠そうとするよりも早く、声の主は扉を開けて、バッタリ対面する事となってしまった。
 「あ・・・・。」
 相手はそれだけ呟くと、予想外の出来事に硬直する。
 小柄な、黒スピリットの少女。
 その頭には、悠人が昼間買っていたナポリたん2を被っていた。
 それが恥ずかしいのか、今日子に悠人の部屋から出て来た所を見られた事に狼狽したのか、気の毒な程に
紅潮し、緊張に震えている。
 「え、えと、あの、その・・・し・・・・・失礼致しました!!」
 少女は一礼してそれだけ叫ぶと、今日子が振り向いたときにはもう、風のように消えていた。 

 「悠・・・今のは、誰?」
 まるで浮気の現場を押さえた恐妻の様な声で、今日子が呟く。  
 その迫力の前に、突然の来訪に訝しむ事すら忘れて萎縮する悠人であった。


 「だ、誰ってヘリオンだよ、黒スピリットの・・・気絶してたから覚えてないだろうけど、マロリガンで
クォーリンを連れて来て、お前を助けてくれたのはあの子だぜ。」
 「ふぅん、そうなんだ・・・それで何であの子が、こんな時間にあんたと二人っきりで居たわけ?」
 「二人きりってお前、少し前まではエスペリアとオルファもいたよ・・・ヘリオンはちょっと前から、
第一詰所で一緒に暮らしてるんだ。」
 「一緒に、ねぇ。」
 そこだけに敏感に反応して、不気味に沈黙する今日子。
 見ればその髪の先からは放電が起き、右腕はいつでもハリセンを取り出せるように構えられていた。
 「いや、だ、だから別に変な事は・・・って、そういえば今日子、何でここにいるんだ?」
 目の前の殺気を何とか逸らそうと、ようやくそこに思い当たった悠人が問いかける。
 それに対して今日子は・・・自分の目的を思い出すと、途端に後悔して我に返った。
 今の態度など、まんま嫉妬に狂ったものではないか。

 ・・・アタシは一体、何をやっているんだろう。
 卑怯にも悠人の優しさに付け込んで、弱い自分を慰めようとしていた・・・。
 「あ・・・もしかして、昼間の事を謝りに来たのか?」
 今日子の様子がおかしい事に気付き、戸惑う悠人。
 「昼間の事を?・・・そう、ね・・・うん、流石にアタシも、あれはやり過ぎたかなって思ってさぁ。
あはははっ・・・でもほら、そう思って謝りに来てみたら、いきなりこれじゃない?・・・だからアタシ
てっきり・・・あんたまだ懲りてないのかと。」
 そう言って凄んで見せると、ごまかすように笑う。
 だが悠人も、何とか電撃制裁は免れたらしいとホッとして、不自然さはあえて気にしない事にした。

 ・・・うん、やっぱりやめやめ。

 アタシはただの親友なんだ。これからも勝気で面倒見の良い、今日子おねえさんでいよう。
 そう決心して、普段の自分に戻ろうとする今日子。
 「そ、そうだったのか。いやお前、俺や光陰だから良いものの、他の奴なら死んでるぞ冗談抜きで。」
 「だいじょうぶよ、他の人はアタシに突っ込まれる様な事しないもの。」
 「お前、ホントは解ってないだろ・・・まあ良い、せっかくだから茶でも飲んで行け。」
 そう言って、エスペリア直伝のハーブティーを振舞う悠人。

 しばらくして、今日子はどうしても気になっていた事を尋ねる。
 「・・・ところで悠、さっきの子ヘリオンって言ったっけ?どんな子なのさ。」
 マロリガンでのお礼も言いに行かなきゃいけないからね・・・と言うのは口実だが、あの子が最後まで
悠人の部屋に残り、贈り物まで貰っていたというのは事実なのだ。  

 別に執着していたつもりではなかった。
 だが悠人がヘリオンの事を語るその口ぶりをみて、今日子は次第にいらいらして来る自分に気付いた。
 今まで今日子は、悠人が佳織以外の女の子の事を、こんなに楽しそうに、優しげな顔をして語るのは
見たことが無い。醜い嫉妬は、もう抑え込んだ筈なのに・・・。

 「へ~、なるほど。大体その子の事は解ったけどさぁ。」
 「ん?」
 「あんた、あの子を佳織ちゃんの身代わりにしてるんじゃないの?」
 「な・・・いくらお前でも、言って良い事と悪い事があるぞ・・・!!」

 ・・・あんたのそんな怒った顔も初めて見たよ。
 そっか、あの子の為ならこのアタシとも喧嘩するんだ・・・。

 本当はこんな事言いたくないと思いながら、それでも今日子は自分を止める事ができなかった。
 「人の気持ちを弄ぶ様な事したら、このアタシが許しておかないからね!」
 それだけ言って、今日子は悠人の部屋を飛び出してしまったのである。

 (何でこんなにバカなんだろう、アタシ・・・。)

 暗い夜道を歩きながら、今日子は後悔と自責の念に苛まされていた。
 もはや第一詰所に戻るよりは、第三詰所に帰る方が遥かに近い。
 歩みを進める度に、謝りに戻るという勇気は挫けていった。
 (大体今更、あんな偉そうな事言っといて何て謝ればいいのさ。)    
 それでもやっぱり、と後ろを振り返りながら、その一歩を踏み出せずまた元に戻る。
 そうして結局たっぷり一刻もかけて今日子は、第三詰所まで帰って来てしまったのである。

 「もう、何だかどうでもいいや・・・とりあえず寝て、また明日考えよう・・・。」
 暗闇の中を、まだ慣れぬ自室までの道を思い出しながら歩いていると、広間に明かりが灯っているのに
気が付いた。何となく、そこに引き寄せられていく今日子。
 「あの、コウイン様・・・そろそろ、お酒は控えられた方が・・・。」
 心配気に諭すのは、クォーリンの声だ。
 対する光陰の声は、やりきれなさを漂わせながらも、しっかりとしていた。
 「いいんだ、飲ませてくれ・・・・大体これっぽっちじゃ、全然酔えないんだよ俺は・・・戒律なんて
知った事か!・・・もっと呑んで酔っ払って、明日までに何もかも忘れたいんだ。」
 「そ、それにしてもこの量は・・・。」
 見ればテーブルの周りには、所狭しと空瓶が並べられていた。
 いくら光陰が酒豪だったとしても、クォーリンの懸念は至極当然の物であった。
 仕方なく追加を持って来ようとして、戸口に立つ人影に気付くクォーリン。

 「あ・・・キ、キョウコ様・・・!?」

 「・・・光陰、あんた何で・・・。」
 「い、いや待て、実は会議が予定より大分早く終わってな。決してお前をたばかったわけでは・・・。」
 電撃制裁に備え両腕でガードする光陰だが、怒りの一撃はいつまでも来る様子がない。

 「・・・光陰、もしかして気を遣ってくれたの・・・?」
 「何のことか解らんが・・・。」
 そこで今日子の様子に気付き、クォーリンに視線で促す光陰。
 クォーリンは後ろ髪を引かれながらも、その場を後にする。

 「ねぇ、何で、何でよ!?」
 ハリセンは使わず、ポカポカと光陰の胸を叩く今日子。
 その瞳には、涙が溢れていた。
 「アタシってこんなにバカなのに、最低の女なのに、あんた・・・・どうして・・・どうしてそんなに
優しくしてくれるのよ!?」
 「どうしてってなぁ・・・確かにお前は、ガサツですぐ早とちりして、人の言う事は聞かないしおまけに
手も早い凶暴な女だが・・・別に俺は、最低とまでは思わんぞ。」

 何時もなら自分の死刑宣告文を読み上げるに等しい事を、わざと冗談めかして言う光陰。
 対して今日子は手は止めたが、それに対して怒りはせずに苦笑いしながら言う。
 「光陰、あんたって・・・・本っっっっっ当にバカだわ。悠の奴もバカだけど、あんたそれ以上ね。」
 「おいおい、いくら何でもそりゃないだろ。」
 「いーえ、あんたはキング・オブ・バカ決定よ!・・・・まぁ、だからこの最低女には丁度良いかもね。」
 「今日子・・?」

 戸惑う光陰の胸に、顔を埋める。
 悠人の顔が頭を掠めたが、不思議とつらい気持ちにはならなかった。
 ここに来て・・・やっとアタシは自分の本当の気持ちに気付いたのだ。

 「二度言わせたら殺すからね・・・好きよ、光陰。」

 「だ、だ、だ・・・・・第九位だって~~~~!?」
 「ひぃ、ご、ごめんなさい!!」

 明くる日の朝。
 何故か不機嫌極まる顔をしたクォーリンが、ヘリオンの部屋を強襲した。
 戸惑いながらも応対すると、半分絡みながらもマロリガンでの働きをしきりに褒め上げる。
 その内に話が、ヘリオンの持つ<失望>の事に及んだのだが・・・。   

 「それじゃ私は、第九位の神剣に負けたのか!?・・・・・あぁぁぁ・・・。」
 褒め上げていたかと思えば、突然泣き出す。怒っていたかと思えば、今度は急速に落ち込む。
 躍進著しいヘリオンも、日常では相変わらずの気の弱さで、振り回されるばかりだった。
 隣の部屋で瞑想をしていたウルカも何事かと馳せ参じ、騒ぎを聞きつけやって来た悠人も、事態を収拾
させる所か逆に絡まれてしまう始末である。

 「大体ユート様、貴方がしっかり手綱を握ってさえいればこんな事には・・・貴方なんかに、貴方なんかに
私の気持ちが解ってたまるか!・・・・・うわ~~~ん!!」
 「クォーリン殿、事情は存じませぬが先ずは落ち着かれよ・・・・見れば少々酔っているようですが、
この様な振る舞い、貴殿にふさわしくはありませぬ。」
 「何だと?・・・ならば"漆黒の翼"よ、力尽くで私を止めて見せるか!」
 終いには、<峻雷>を振り回すクォーリン。
 ウルカが止むを得ず、<冥加>を抜き応戦する。
 「お、おい二人ともやめろ、せめて外に行ってやってくれ!」

 こうなっては、ヘリオンの私室が崩壊するのも時間の問題かと思われたが・・・。

 「よぉ、助けは必要かぁ?」

 場にそぐわぬ間の抜けた声で、話しかけるこの男は。
 「光陰・・・昨日そっちで何があったんだ?・・・前見た時はこんな奴だとは思わなかったんだが。」
 「あ、あ~~・・・そうだな、たぶんしがらみが取り払われて、開放的になってるんだろう、うん。」
 心あたり大有りの光陰が、すっとぼけて呟く。
 「とてもそうは思えないんだが・・・とにかくお前の方が付き合いが長いだろう、何とかしてくれ!」 
 「任しとけって。何せ俺は、じゃじゃ馬馴らしは手慣れたもんだからな。」
 「だ・れ・が、じゃじゃ馬ですって・・・・・?」
 意気揚々と部屋に乗り込もうとしたその後ろから、不穏な空気が流れる。
 「・・・・・・すまん悠人、俺はもう駄目かも知れん・・・。」
 「だ、駄目かもってお前なぁ!」
 頼りない救世主に文句を言おうとした悠人に、今日子が話しかける。
 「悠・・・昨日はごめん、ちょっと言い過ぎたわ!・・・とりあえずここは私が何とかするから、本当の
自分の気持ちがどうなのか、確かめて来なよ!」
 まくしたてる様に言うと、悠人が反応する前にヘリオンを引っ張って来て、無理やり手を繋がせる。
 「じゃ、そーゆー事でしばらくデートして来るのよ、良いわね!?」
 「デ、デートってお前なに言って・・・。」
 反論する前に戸を閉めて、二人を閉め出す今日子。

 「あ・・・。」
 「追い出されちゃいましたね・・・。」
 そうして顔を見合わせて、やっと繋いでいる手に気付き、お互いに真っ赤になる二人であった。


 今日子に言われたから、というわけではないが、二人はラキオスの歓楽街を歩いていた。
 あの後すぐに繋いだ手は離してしまったのだが、顔が赤いのは二人ともそのままである。
 思えばヘリオンが<拘束>に操られていた時、『貴様を好いていたらしいぞ』と<拘束>が言ってはいたが、
その後お互いに告白したわけでもない。
 結局悠人は、それがどういう意味での「好き」なのかも確認しないままに、今まで過ごして来た。
 これまで悠人は佳織第一の人生を送って来た為に、この歳になっても恋愛経験の一つも無かった。
 その為にヘリオンに対しても、どうやって接して良いかも解らないでいたのである。
 ・・・要するに、一昔前の中学生同士の恋愛に近い。
 それが中途半端な状態であるとは解っていたのだが、どうする事もできない。
 ヘリオンとはあれ以来、良く一緒に行動するようになり、それが心地良いとも思い・・・敢えて現状を変える
必要も、無いのではないかと思っていたのだが・・・。

 『あの子を佳織ちゃんの身代わりにしてるんじゃないの?』

 ――今日子の言葉が、心に突き刺さる。
 そんな筈は無いと思いながらも、慕ってくれるのを良い事に、自分からは好きだとも言わず。
 ずっと曖昧な状態で過ごして来たのは、やはりそう言う事になるのではないか・・・。
 そう思い、悠人は一晩中悩んでいたのである。
 ・・・悩むくらいなら、告白すれば良いじゃないかと人は思うだろう。
 だが自分の本当の気持ちが解らないとか、ヘリオンの気持ちはどうだろうかと、余計な事にまで考えが
及ぶのが、この男の「へたれ」たる所以であった。

 「・・・あの、ユートさま・・・。」

 それまで、一言も喋らずに悠人の後をついてきたヘリオンが、立ち止まって口を開く。
 「ど、どうしたヘリオン?」
 「やっぱり・・・わ、私と一緒じゃ・・・つまらない、ですよね・・・。」
 そう悲しげに呟いて涙ぐむヘリオンを見て、うろたえる悠人。
 「そ、そんな事あるわけないだろ!?」
 「でも、ユートさま先程からずっと、難しい顔をしてらしたし・・・。」
 「あ、あれは・・・。」
 上手い説明が思い浮かばず焦る悠人と、どんどん落ち込んでいくヘリオン。
 そんな二人の前に、偶然通りがかる一人の少女の姿があった。
 「あれ、ユートくん?・・・と、ヘリオンじゃない。」 
 手に何やら包みを持ち、ぽかんと口を開けるお団子頭のその少女は・・・。
 「レムリア!?」
 「・・・・・さん?」
 
 「偶然ってある物ね~。やっぱり運命なのかな?・・・でも、そうだとしたらちょっと皮肉・・・。」
 戸惑う二人をよそに、何やら一人納得している様子のレムリア。
 「えっと・・・二人は知り合いだったのか?」
 「はい、以前ちょっとお世話に・・・。」
 「実は私達、共に人生を語り合った親友同士なのだよ。ね~?」
 「え!?・・・あ、はい、でもそんな・・・うぅ・・・。」
 突然の親友宣言に加えて、その時の会話の内容を思い出して赤面するヘリオン。


 「でも私こそ、二人が一緒に歩いてるなんてびっくりだよ。」
 そう言って、ちょっと悲しげに呟くレムリア。
 「・・・せっかくお弁当を用意して、ユートくんとの運命のデートを期待してたのになぁ。」
 「え・・・じゃぁ、その包みってお弁当だったのか?」
 確かに以前、そんな約束をした覚えがあった。
 あまりの偶然に驚く悠人。

 「えっと、あの・・・そ、それじゃ私、詰所に戻ってますから!」
 「ちょっと待った!!」
 走り去ろうとしたヘリオンの腕を、レムリアが捕まえる。
 「ダメよ、それじゃ私が悪者みたいじゃない。」
 「で、でも、お二人はこれからデートなんじゃ・・・。」
 「もう・・・ヘリオンって、絶対損する性格よね・・・よ~し、それじゃこうしましょ。これから三人で
お弁当を食べて、三人でデートしちゃおう♪」
 「え?」
 「は?」
 「何よ二人して、バカを見るような目をして・・・そうすれば、私もヘリオンも楽しいし、ユートくんは
二倍楽しいでしょ?・・・皆が楽しいなんて、これ以上良い事ないじゃない。」
 あまりの超絶理論に反論する事もできない二人を急かして、レムリアが続ける。

 「ほら、そうと決まったら急ぐ急ぐ!・・・私の、もう一つの取って置きの場所に行きましょ♪」

 そうして三人は草原の中、レムリアのお弁当を食べる事となったのだが・・・。
 悠人はレムリアが嫌がらせの為に、わざとこう言う提案をしたのではないかと勘繰りたくなっていた。
 『せっかくのお弁当なんだけど、私は味見のしすぎでお腹いっぱいだから・・・二人でどうぞ♪』
 そう言うレムリアの天使の微笑みも、小悪魔の仮面に見えてきた。
 レムリアのお弁当、それは・・・。

 (あれは、リクェムだよな?)
 悠人は脂汗を流し、ひきつった笑みを浮かべながら重箱の中身を確認した。
 リクェムとはピーマンである。だからあれは、ピーマンの肉詰めである。
 だが肉詰めだろうが何だろうが、ピーマンである以上食べられるわけがない。
 ピーマンを食べるくらいならば、隣の紫色の毒物を口にした方がまだ生存確率が高いであろう。
 「わぁ、おいしそうですね~。」
 ヘリオンが呑気に感想を口にする・・・そうだ、ヘリオンがいたではないか!
 「あ、ああ、そうだな・・・。」
 同意しながら、しきりにヘリオンに目配せする悠人。
 御願いだ、俺のアイ・コンタクトに気付いてくれ!!
 「え、えっと・・・わ、私リクェムって大好きなんです、もしかして全部食べちゃうかも~。」
 「(ナイスだヘリオン!!)・・・そ、そうか~それじゃ仕方ないな~。残念だがリクェムはヘリオンに
譲って、俺はこっちのコロッケを頂こうかな。」
 ヘリオンに対する好感度が跳ね上がるのを感じながら、紫コロッケを口にする悠人。

 数秒後・・・彼はハイペリアの星となった、お婆ちゃんとの再会を果たす。

 「て、天国に行って来た・・・。」

 何とか蘇生に成功し、エトランジェの沽券に賭けて毒物を処理した悠人。
 「そんな・・・ユートくん、ちょっと褒めすぎだよ~♪」
 そう言って満面の笑みを浮かべながら、次を促すレムリア。
 (い、いや・・・誇張じゃなくてマジで)

 ・・・結論を言うと、悠人はレムリアのお弁当に勝利した。
 途中、二段目以降現れた刺客にヘリオンが撃沈しかけると言うハプニングもあったが、震える手で尚も
食べ続けようとするヘリオンを庇いながら、ついに悠人は完食を成し遂げたのである。
 「さすが男の子だね~、多過ぎるかと思ったのに、ほとんど一人で食べちゃうなんて・・・でもヘリオンは
あまり食べなかったみたいだね?」
 「い、いやぁ、ヘリオンは食が細いからな~・・・空きっ腹に慌てて好物のリクェムを詰め込んだから
胃がびっくりしてしまったんだろう。」
 「そっかぁ・・・ちょっと損しちゃったねぇ、ヘリオン。」
 そう言って残念そうに言う姿を見ても、やはりレムリアの真意が掴めない悠人であった。

 「う~ん、気持ち良いね~・・・。」
 「はい・・うとうとして来ます。」
 「そうだな・・・昨日寝られなかったし、ちょっとやばいかも。」
 食事の後、草むらに仰向けになる三人。
 ・・・ヘリオンだけは、倒れたのと横たわったのが同時だった気もするが、今は何とか復調していた。

 その様子は、のどかそのもの・・・。


 「ずっと、こうしていられたら幸せなんだけどな・・・。」
 悠人の何気ない一言に、緊張するレムリア。
 (ごめんねユートくん、ヘリオン・・・。)
 まどろんでいた意識が覚醒すると、遠くからかすかな喧騒が聞こえて来た気がした。

 「・・・ねぇユートくん、何か聞こえない?」
 「何かって・・?」
 半分寝惚けた悠人よりも先に、ヘリオンが気付いて飛び起きる。
 「ユートさま、これは・・・町が襲撃されています!」
 「何だと!?」
 遅れて飛び起きて、意識を集中する。
 「襲われているのは、西の地区のようですね。」
 「ああ、そのようだな・・・って、西地区って言えばレムリアが住んでる所じゃないか!?」
 「えぇ!?・・・ユ、ユートくん良く覚えてたねぇ。」
 悠人の叫びに驚愕するレムリア。

 (そう言えば、そんな事言ったような気も・・・。)
 レムリアの動揺を心配による物だと勘違いすると、真剣な表情で悠人が言う。
 「安心しろ。俺達が必ず何とかする・・・だからレムリアは、心配だろうがどこかに隠れているんだ!」
 「だいじょうぶ、ユートさまを信じていて下さい・・・私も、精一杯頑張りますから!!」
 そうして二人は、突然の別れを詫び食事のお礼を言うと、急ぎ西地区に向かったのであった。

 「・・・全く二人とも、忙しいんだから・・・。」
 二人が消えた方角を見つめながら、レムリアが呟く。
 「でも、お似合いだよ・・・ちょっと妬けるけど、素直で一生懸命なとこも、お人良し過ぎるとこも、
似過ぎるくらい似た物同士なんだもの・・・。」

 「今日は随分と、色々あったようですね・・・。」
 残務処理の為に詰所を空けていた、エスペリアが嘆息する。

 悠人とヘリオンが西地区に向かったのと同じ頃、王城では女王レスティーナの姿がどこにもないという
事実が判明し、一時は国家元首誘拐事件発生かと大騒ぎになった。
 結局西地区の被害は少なく、実行犯が捕らえられた事から旧マロリガン強硬派の破壊工作であった事が
解り、レスティーナも間も無く無事が確認されると、事件は一応の解決を見た。  
 だが二人が詰所に戻ってみると、案の定ヘリオンの部屋は崩壊し、壁に大穴が開いていたのだった。
 ウルカとクォーリンの激闘に加え、怒り狂った今日子が雷撃を放った事が直接の原因で、光陰を含めた
四名は罰として館の修繕と、一週間の謹慎が命じられた。
 (余談だが、我に返ったクォーリンはこれ以降二度と酒を口にする事はなかったと言う。)

 ――そして今は夕食時。
 食卓を囲む面々の中に、ヘリオンの姿はない。
 第一詰所に他に空き部屋が無かった為、ヘリオンは第二詰所の元の自室に戻らなければならなかった。
 ・・・幸か不幸か、奇跡的に無傷で残ったナポリたん2だけを持ち帰って。

 「全く・・・ヘリオンに早く戻って来て貰う為にも、館の修繕を急がなきゃな。」
 憤懣やる方ない様子の、悠人が呟く。 
 結局デートとは言っても、ヘリオンには何もそれらしい事はしてやれなかった。
 それなのに、帰ってみればこんな事になっているとは。
 「ええ、そうですね・・・。」
 少し陰りを帯びた声で、エスペリアが応じる。
 彼女に取って、この館は強い愛着を持ったものだったからそれも当然だったが・・・。
 そこにヘリオンに対するわずかな嫉妬が混じっていた事を、彼女自身気付いていたかどうか・・・。

 ・・・その夜。ラキオスの訓練場で、剣を振るうヘリオンの姿があった。
 「お部屋の事は気の毒でしたが・・・少し雑念があるようですね。」
 それを監督していた、ホワイトスピリットのイオが呟く。
 「す、すみません・・・。」
 「少し中断して、話してみて下さいませんか・・・何か、力になれるかも知れません。」
 イオの言葉に、頷いて駆け寄るヘリオン。
 ヘリオンが<拘束>に操られたあの事件の次の日から、二人の夜の特訓は続いていた。
 クェド・ギンの事もあり、時折悲しげな溜息をつくヨーティアを置いて来るのは忍びなかったが・・・。
・・・ヘリオンの熱意にイオが折れた形で、こうして時間外に訓練をする事になったのだった。

 「なるほど・・・つまりヘリオン様は、ユート様のお気持ちが知りたい訳ですね?」 
 「そ、そう言う事・・・なんでしょうか、やっぱり・・・だって私、イオさまさまのようにスタイルも
良くないし、ちみっちゃいし・・・そんな私を、ユートさまが好きになってくれる筈、ないですよね・・・。」
 そう言って落ち込むヘリオンの頭を撫でながら、イオが答える。
 「そんな事はありませんわ。ヘリオン様の愛らしさは、掛け替えの無い物だと思います。」
 「でも・・・。」
 「私が思うに、ヘリオン様は大人の女性にコンプレックスがある様ですね・・・もしや、エスペリア様と
何か、ございましたか?」
 その名にびくりと反応し、隠し切れないと悟ると、胸の内を吐露するヘリオン。
 「きっとエスペリアさまも、ユートさまが好きです・・・・自分の気持ちに気付いてから、やっとそれに
気付きました・・・でも、エスペリアさまの気持ちが本物なら、私なんて・・・。」
 そして言葉を飲み込むヘリオン。
 きっと優しすぎるこの少女は、ユート様への想いと、姉代わりだったエスペリア様への想いの間で苦しんで
いるのだろう・・・。

 ・・・イオはまるで我が事のように、この少女の幸せをマナに祈るのだった。