明日への飛翔

最終幕

 ――俺がヘリオンの記憶を取り戻して、再会を遂げた次の日。

 ヨーティアは<時空間転移装置>の完成を宣言し、佳織はハイペリアへと帰還した。
 光陰と今日子はファンタズマゴリアへ残り、共にロウエターナルの脅威に立ち向かうのだと言う。
 一人帰す事は不安だったが、佳織は何時の間にか、俺の手を離れて成長していた。
 それが喜ばしくもあり、寂しくもあったが・・・結局最後まで、俺の心配性は直らなかったようだ。
 長い間行方不明になっていた俺達の中で、佳織だけが戻ったら問い詰められるのではないか。
 いよいよ装置が発動するという直前になって、俺は時深にそう尋ねたのだが・・・。
 この装置を使えば、俺達がこの世界へと飛ばされた、あの夜に戻る事が出来るので問題無いと言う。
 ・・・ハイペリアとここでは、時間の流れが違うのだろうか?
 やがてオーラフォトンの魔方陣が展開され、ゆっくりと不思議な光が佳織を包んでいった。
 佳織がお別れ会の最後で、せめてものお礼にと演奏した曲が頭に残っている。
 この世界に来て知り合った、多くの友人達が見守る中。
 俺は愛する義妹と――もしかしたら永遠の――別れを告げたのだった。
 
 ・・・そしてその夜。
 俺はもう一人の、最愛の少女との別れを迎える。
 エターナルとなる為に・・・俺は<時の迷宮>に赴き、試練を受けなければならない。
 本来ならば<誘いの巫女>である、時深とその・・・契る必要があったそうなのだが。
 俺がそれを拒絶すると、時深は目の前で手首を切った。
 突然の出来事に俺はうろたえたが、何でも<誘いの巫女>の生き血を飲めば、契るのと同様の効果が
得られるのだそうだ。見れば流れ落ちる時深の血は、何時の間にか取り出された杯に満たされていた。

 『悠人さんは酷い人です・・・心も身体も傷付きました。』

 ・・・そう言って、時深には随分と睨まれてしまったが。

 ――リュケイレムの森。
 この世界に降り立った俺が、最初に訪れたこの場所で、時深は待っていた。
 きっと皆が気を遣ったのだろう。
 佳織の時とは違い、見送りに訪れたのは、ヘリオンとイオの二人だけだった。
 そして時折涙ぐみながらも、ヘリオンは最後まで、笑顔で俺を見送ってくれたのだ。

 思えば初めて出会った時。
 俺はこんなにもいたいけな少女が、血みどろの戦いを生き抜いて行けるのだろうかと心配すらした。
 しかしヘリオンは、過去の亡霊に悩まされながらも、ひたむきに前に歩き続けた。
 そうしていつしか己の弱さを克服し、自分の心を否定する事無く、真の強さを見に付けていった。
 瞬との戦いではヘリオンがいなければ、俺も佳織も生き残る事は出来なかっただろう。
 俺はそんなヘリオンが気になって、時には励まされ、次第に魅かれていく自分に気付いていったのだ。
 ・・・今ではもう、この胸の大部分を、ヘリオンへの想いが占めていた。
   
 エターナルとなれば、そんなヘリオンとの繋がりも絶たれてしまう。
 それでも俺は、この少女を守る力を得る為に、人を捨てる事を決意したのだ。
 想いと共に、後の事をイオに託して。
 俺は<偉大なる十三本>の内の五本が眠るという、<時の迷宮>に旅立ったのだった・・・。


 ――その旅立ちから、聖ヨト暦で一ヶ月後。
 試練に打ち克ち<聖賢者>となった俺は、ラキオスに舞い戻った。
 時深は皆との連携を円滑にする為に、一ヶ月前の世界に戻り準備を整えていた。
 ロウエターナルの侵攻を防ぎなら、援軍として現れる手筈の俺を待って。

 ・・・そして、いかなる偶然による物か。
 レスティーナへの謁見を待つ俺は、これまで起居していたその部屋に、案内されたのであった。

 「あれ程慣れ親しんだ部屋だってのに・・・やっぱりここにはもう、俺はいないんだな。」

 家具の配置など、間取りこそ変わらなかったが。
 ・・・逆にそれが、エターナルとなった身の上を俺に思い知らせた。
 例えばここ。ちょうど枕元に位置する、ベッドの上の壁。
 そこには俺が、<求め>の干渉に耐える為に頭を打ち付けて、ひび割れた跡があった筈だ。
 他にもうっかり付けてしまった傷や、落ちなかった汚れや染み。
 あの頃は気にも留めなかった、そう言った諸々の痕跡が、綺麗さっぱり消えてしまっている。
 本当に・・・俺は世界から、切り離されてしまったのだ。

 「実感できましたか?・・・でも本当に辛いのは、これからですよ。」
 俺の様子を見ていた時深が、思い深げに、しかし厳粛な儀式であるかの如く告げる。
 「ああ、これくらいでいちいち感傷に浸ってたら、この先やって行けないよな・・・。」
 彼女もまた、俺より千年以上も昔、この道を歩んで来たのだ。
 時深は頷くと、近づいて来る足音に気付き扉を見つめる。
 「約束の刻限にはまだ早いようですが・・・誰か訪ねて来たようですね。」
 
 トタトタと駆け寄ると一呼吸置いて、控えめに戸を叩く。
 その音に既視感(?)を覚えた俺は、知らず胸がざわめくのを感じていた。
 「あ、あの・・スピリット隊の者ですが・・・・トキミさまは、ご在室でしょうか?」 
 そうして呼びかける、かすかに尻上がりの、忘れもしないこの声は。
 「どうぞお入り下さい。」
 心の準備が出来ていない俺をよそに、時深が招き入れたその少女は・・・!

 「し、失礼します!・・・・あ、あああ、あれ、この方は・・・?」
 「そんなに緊張しなくても良いですよ、彼が前々から話していた、カオスエターナルの援軍です。」

 やはりそこに現れたのは、俺が愛した黒い妖精の少女、ヘリオンだった。
 当然と言えば当然だが、俺の記憶の中の姿と全く変わりない。
 まさか、こんな所で再会する事になるなんて・・・。
 俺は思いがけぬ邂逅に衝撃を受けずにいられなかったが、考えて見れば他の皆の前で対面して、不審に
思われるよりは良かったかも知れない。
 ・・・もう目の前の少女は、俺の事を覚えてはいないのだから。

 見れば声も上擦って落ち着かない様子だが、時深の友人という立場の俺に、遠慮しているのだろうか。
 不自然な間が空いたが、時深の視線に促されて自己紹介する俺。
 「ああ・・俺は、悠・・・いや、<聖賢者ユウト>だ。呼ぶときは、ユートと呼んでくれればいい。」
 「わ、わわ、私は、ブラックスピリットの、ヘ、ヘリ・・・・。」
 そう言えば初めて出会った時も、ヘリオンはこうして途中でとちって、泣きそうになってたっけ。
 「・・・ヘリオン・・・です。」
 目を合わせている事が出来なくなって、俯いて小さく呟く。
 俺は思わず駆け寄って抱きしめそうになるのを堪えて、そっとヘリオンの頭を撫でた。
 「あ・・・。」
 そうして紅潮し、目に涙をためて見上げる表情も懐かしい。
 俺の想いの幾らかは、こうする事によって届いただろうかと考えたその時・・・。

 「ト、トキミさま・・・・わ、私、もう・・耐えられません!」 
 「え?」
 なんと記憶を失った筈のヘリオンは、嗚咽を上げながら俺の胸に飛び込んで来たのだ!


 「ユートさま、ユートさま!・・・・あぅぅ・・・お逢いしたかったです、寂しかったです・・皆は忘れ
ちゃったけど、私は力にならなきゃいけないし、でも耐えなきゃだめだって・・・ふぇぇええん・・・。」
 「な?な?な?」
 事態が飲み込めずに、縋り付くヘリオンの為すががままになる俺。
 「・・・っぷ・・くすくす・・・あははははっ・・・悠人さんのその顔!・・もう少し引き伸ばせるかと
思ったけれど、まあ仕方ないですね・・・・あははは♪」

 泣きながら頬をすり寄せるヘリオンと、困惑する俺を見て笑い転げる時深。
 どう考えても、運命によって引き裂かれた恋人達の、悲劇の再会シーンだとは思えない・・・。

 「時深ィ・・・・・おい、どう言う事だこれは!!?」
 「そんなに怒らないで下さいよ~・・・良かったじゃないですか、こうして再会できて・・・フラレ女の
可愛いイタズラだと思って、軽く流して下さい。」
 「可愛いイタズラってお前・・・。」
 「それに<聖賢>には口止めして置きましたけれど、悠人さんも同じエターナルなら、気配ですぐに気付く
くらいじゃなきゃダメですよ。そんな事では一人前のエターナルには・・・。」
 「同じエターナル・・・?」
 オウム返しに呟く俺に、時深の悪巧みに乗った<聖賢>が愉快そうに応える。
 『うむ、間違いない・・・ユウトよ悪く思うな。この様な奇跡、そうそう見られる物ではないからな。』
 「この様な奇跡って、それじゃ、まさか・・・。」
 ようやく泣き止んだヘリオンが、涙を拭いながら微笑んで答える。

 「はい、時の果てるまで永遠に・・・私は、ユートさまのお側におります!」

 ――リュケイレムの森。

 悠人と時深が青白い光の渦の中に消えると、辺りは闇と静寂に包まれた。
 ヘリオンはそれを見届けると、イオの胸を借り、号泣する。
 人の目の無い事を幸いに、心に吹き荒れる、その想いの限りに。
 「うぅ、ぁ・・ぁあ・・・うぁぁあああああああ!!!」

 気が弱く泣き虫のヘリオンであったが、これ程までに声を上げて泣いた事はかつて無かった。
 いつもべそをかいて泣き言を言いながらも、決して逃げ出しはせずに耐え忍んで来たのだ。
 しかし今、最愛の人を笑顔で見送って。
 堰き止めていた感情が、雪崩を打ってヘリオンに流れ込んだ。  
 「・・・忘れたくない・・・忘れたく、ないです・・・・ユート・・・さまぁ・・・・・。」

 イオはそんなヘリオンの悲しみを受け止めながら。
 泣き声を聴くごとに、身を切られるような思いをしていた。
 このまま後少し待てば、自分達の中からあの青年の記憶は消えるのだろう。
 そうすれば、ヨーティアの覚えもめでたいこの少女は、自分と共に研究所で働く事になる筈だ。
 傷付いた彼女はもう、決して戦う事など出来やしないのだから。
 けれどもそれは、彼女の望みでは在り得ないのだ・・・。
 ・・・自分と共に、彼のいない日々を歩む事は。

 今まで言い出す事が出来なかった、一つの事実。
 気付けば彼女は、ヘリオンにその希望の言葉を投げかけていた。
 それが彼女自身にとっては、相反する結果を招くやも知れぬと言うのに・・・。

 「ほんの僅かな可能性ですが・・・あの方を、追う事が出来るかも知れない方法があります。」

 「え・・・ほ、本当ですか!?」

 「・・但し、引き返す事は出来ません。成功するかも判りません・・・そして成功してもそれは同時に、
私達の内からもヘリオン様の存在が消えてしまうと言う事です。」
 教え諭すように、哀願するように。
 答えの解っている質問を、イオは投げかける。
 「・・・それでもヘリオン様は、あの方と共に歩みたいですか?」

 「わ、私は・・・私は・・・・。」
 悲しみに満たされながらも、しかしはっきりと。
 ・・・ヘリオンは、強い意志を持ってそれに答える。

 「私は、イオさまやエスお姉ちゃんや、皆が大好きです・・・その皆との繋がりを失ったら、きっと私は
悲しくて、何度も落ち込んじゃうかも知れない・・・・・でも、それでも私は、ユートさまを・・・!!」

 その答えに満足したのか、それとも諦めたのか・・・。 
 イオは微笑むと、そっとヘリオンを抱きしめる。
 「・・・イオさま?」 
 「・・・それではヘリオン様、時間がありません・・・これを持って、右手で<失望>を掲げて下さい。」
 抱きしめる腕を離し、イオが手渡したのは、一個のマナ結晶。
 ヘリオンは知る由も無かったが、これこそがかつてクェド・ギンが、切り札とした物の片割れである。
 「そして念じてください・・・更なる力を・・・強い意志を持って、神剣に取り込まれる事無く!」
 言われるままに、ヘリオンは目を閉じて集中する。
 「人の身でこれを試みれば、己を保つ事など叶わないでしょうが・・・今のヘリオン様ならば恐らく。」

 マナ結晶と<失望>は、次第に共鳴し、強烈な光を放ち・・・・ヘリオンを包み込んで行く・・・!!

 「こ、これは・・・力が・・溢れて来る・・・?」

 やがて収束し、光がヘリオンと<失望>に取り込まれていくと。
 同時に傷付いた身体が再生し、<失望>の亀裂が修復されていったのだった。
 それを確認すると、イオは<理想>を掲げて詠うように呼びかける。

 「ここまでは巧く行ったようです・・・ヘリオン様、私は<時空間転移装置>の開発に携わり、トキミ様の
永遠神剣<時詠>に触れる事が出来ました。上位永遠神剣の持つ、その恐るべき力・・・今の<失望>の力は、
マナ結晶と<求め>の力の一部を吸収し、以前の数十倍に膨れ上がっています・・しかし、それでもまだ足り
ないのです・・・・・上位永遠神剣を手にし、あの方を追う為・・・エターナルに成りたいのならば。」

 「・・・エターナルに、成りたいのならば・・・?」
 「成りたいのならば・・この私と、第四位に相当する永遠神剣<理想>を、討ち砕いてご覧なさい!!」

 ――次の瞬間。
 ヘリオンが初撃を防げたのは、イオが手加減したからでは無かった。
 紛う事無い殺気を篭めたその一撃は、突然の襲撃に戸惑うヘリオンに、刹那の疾さで襲い掛かった。  
 長い戦いの中で培われた、防衛本能が肉体を衝き動かさなければ、そこで全ては終わっていただろう。
 だがイオは微塵も容赦する事無く、焔の様に苛烈に、流水の如く滑らかな動きでヘリオンを追い詰める。

 「・・・イ、イオさま、どうして!?」
 「シュンの持つ<世界>も、<誓い>が<求め>を取り込んで進化した物だと言います!」
 「そ、そんな・・・・出来ません・・・・イオさまを、倒すだなんて!」
 あのイオと争う事など考えも付かず、防戦一方のヘリオン。
 以前のヘリオンと<失望>ならば、ひとたまりも無く討ち取られていただろう。

 ・・・それ程までに、イオと<理想>は絶大な力を持っていた。

 「・・はぁっ・・はぁっ・・・・はぁっ・・・・。」
 
 辛うじて、剣戟を逸らす事で耐え忍ぶヘリオン。
 イオの攻撃は、威力ではアセリアと<存在>をも凌駕し、速度ではウルカと<冥加>をも超越していた。
 今の<失望>からは、エトランジェのそれにも匹敵する力が感じられると言うのに。
 それなのに、自分をここまで圧倒するこの力は・・・?

 「ヘリオン様、私が生命を削って放つ一撃を、甘く見ないで下さい・・・私を倒せないと言うのならば、
死ぬのはヘリオン様、貴女なのですよ・・・!!」
 そうしてイオが<理想>を振るうごとに、放たれた命の耀きが儚く舞い散る。
 するとこの力は、<理想>の持つ最後の特殊能力・・・!?

 「・・・でも、それも良いのかも知れない・・・どうせ手に入らないと言うのならば、私の手で!!」

――ガキィィィン!!! 

 <理想>と<失望>が激しく打ちあわされる音が、夜の森に響く。
 とうとうヘリオンが、闘う決意を固めたのだ。
 迫り来る、死への恐怖による物ではない。
 ・・・このままではイオは、命の炎が燃え尽きるまで、<理想>を振り続けるだろう。
 ならば私に出来る事は、ただ一つ・・・!

 力でも技量でも、イオはヘリオンの一歩上を行っていた。
 しかし月と夜の加護を受けた黒い妖精達の中でも、彼女は類稀な才能を持って生まれてきた。
 長らくその本領を発揮出来ないでいたが、戦いの中でそれを磨き、弱い心を克服し・・・。
 ・・・そして新たな力を得た今この時、この場所でなら可能な筈。
 かつて<拘束>に操られた自分が、ユートさまを傷付けてしまった忌まわしい技。

 「・・・けれど、今こそ封印を解きます―――夜半に冴える乱れ突き―――百花繚乱!!!」


 まさしく咲き誇る花のように美しく、またそれを一夜にして吹き散らす夜半の嵐の如く。
 己の肉体を省みない、限界を超えた瞬発力だけが可能にする無数の突きが、イオに襲い掛かる。
 それはマナの護りを削り飛ばし、その神技とも言える<理想>の防御を潜り抜け・・・。
 ただ本命の一撃のみが、急所を外してイオを貫いた。

 「くっ・・・かふっ・・・お優しいのですね・・・こんな所を突いても、人はなかなか死ねませんよ。」
 「イオさま・・・。」
 <失望>に貫かれたまま、イオはヘリオンに微笑みかけたが・・・。
 「――けれど!!」
 「えっ!?」 
 何とイオは傷口が開き抉れるのも構わずに、無理やりに<失望>を引き抜くと、再び<理想>を掲げた。
 見る間に溢れる鮮血が、白い衣を赤く染め、緩やかに金色のマナへと還って行く・・・。

 「ヘリオン様・・・殺す気で斬らなければ、私は止まりません・・・それでは意味がないのです。」
 「な、何故です、何故こんな事をする必要が!?」
 「・・・<理想>を砕くだけではダメな理由があるのです・・・説明する時間はありません。それよりも
ヘリオン様、早くしなければ・・・私達の内から、あの方の記憶も消えてしまうのですよ・・・!!」
 「・・・!!」
 駄目押しとなる、衝撃の一言がヘリオンを貫く。
 そうなのだ、どれ程の猶予があるのかは解らないが・・・。
 今こうしている内にも、ユートさまの記憶は消えてしまうかも知れない。
 そしてイオさまの傷と、あの出血・・・・あれではもう、助かりはしないだろう。

 「次を・・・最後の一撃と致しましょう・・・・さあ、<失望>を構えてください。」
 もうヘリオンには、他にどうする事も出来なかった。
 涙で視界を歪ませながら<失望>を構え、最後の攻撃に移るイオを迎え撃つ。

 「イオさま・・・・どうして・・・・・どうして、どうして、どうしてっ・・・!!!?」

 「イオさま・・・!!」

 ・・・<理想>を砕かれ、止めの一撃を受けて崩れ落ちるイオの下に、急いで駆け寄る。

 「イオさま、どうして・・・どうして最後、振り切らずに・・・私の太刀を受けたんですか・・・!?」
 最後に放ったのは、星火燎原の太刀・・・しかしイオの一撃は、それが決まるよりも早くヘリオンに届く
筈だった・・・あの時<理想>を振るう速度が、ほんの一瞬緩まなければ。   
 「嫌ですわ、ヘリオン様・・・あれは血を失いすぎて、力が入らなかったのです・・・。」
 「そんな、嘘です!・・・イオさまは最初から、私の為に・・・!!」
 「それでは、そう言う事にして置きましょうか・・・・ヘリオン様、私は・・・私は初めてお逢いした時
から、貴女に魅かれていたのです・・・無知では無く、この世の哀しみを知りながら・・・・どこまでも、
優しく、純粋でいられる・・・貴女に・・・・。」

 「え・・・?」
 そうしてイオは、覗き込むヘリオンの顔を引き寄せると、そっと口付けする。
 「・・・!!!」
 全身を走る衝撃に、硬直するヘリオン。

 ――嫌悪の為ではない。
 流れ込んで来る、イオの想いと経験、知識と力・・・。
 それがイオの命そのものだと知って、冷たく、存在が希薄となって行く様子に気付いたからだ。
 一方で<失望>も、砕かれた<理想>から流れ出るマナを吸収し、変貌を遂げていく。
 同時にヘリオン自身も、肉体が作り替えられていくのを実感した。

 「ど、どうやら・・・成功の、ようですね・・・。」
 最後の力を振り絞って、安心したように笑みを作る。
 「愛しておりましたわ・・・・友人として、では無く・・・・・ヘリオン・・・さ・・・ま・・・。」
 「・・・イオさま?」
 そうして白い妖精の身体は、涙に濡れるヘリオンの目の前で、淡い光に包まれていく・・・。

 「い、いやっ・・・イオさま、いや・・・ぃっ・・いやぁぁぁああああああ・・・・・!!!」

 「・・・・・・こうして私は、エターナルと成る事が出来たんです。」

 第一詰所に割り当てられた、悠人の部屋で。
 ヘリオンの説明が終わると、何とも言えない沈黙が支配する。 

 「・・・悠人さん、先ずは歓迎しましょう・・・イオさんの為にも、この奇跡を。」
 「あ、ああ・・・・すると、それはもう<失望>じゃあないんだな?」
 俺の声に、ヘリオンが神剣をすらりと抜き取り、輝く刀身を掲げる。
 そう、その神剣は太陽の光とは関係なく、力強い明滅を繰り返していた。
 華美な装飾はないが、見る者を感動させずにはいられない、どこまでも美しい刃。
 ・・・その輝きを見ていると、知らず勇気と活力が溢れて来る様な気がした。

 誇らしげに、時深が進み出て宣言する。
 「暗い過去を持ち、失望を知りながら、決して望みを失う事無く・・求めに導かれ、そして理想を得た。
・・・そんな彼女に相応しい神剣の名は、<希望>・・・そう、彼女は新たなるカオスエターナルの戦士、
<希望の翼ヘリオン>として生まれ変わったのです!」
 
 「希望の、翼・・・そうだな、ヘリオンにはぴったりかも知れない。」
 小さなヘリオンが健気に頑張る姿を見れば、誰だって心に希望の火が灯るんじゃないだろうか。
 「わ、私としては、すごく恥ずかしいから、違う二つ名が良いって言ったんですけど・・・。」
 「<希望>は新しく生まれた上位永遠神剣ですから、先輩である私が<時詠>と相談して決めました。」

 ・・・先輩であるって・・・するとさっきのフレーズも、この一ヶ月の間に考えてたんだな・・・。
 自分の二つ名である<聖賢者>と言い、エターナルにはもっと普通の感覚は無いのか。
 いつもなら、そう突っ込んでおく所なのだが・・・。

 ・・・イオの事を考えると、そうする気にはなれなかった。

 「ヘリオンと別れずに済んだのは勿論嬉しいんだけど・・・ちょっと複雑だな・・・永遠に続く戦いに、
ヘリオンを巻き込んでしまった訳だし・・・それにイオの事も・・・。」
 元々この少女は、戦いの中に生きるには優しすぎるのだ。
 それなのに俺を追って、いくつもの思い出や絆を断ち切ってしまうなんて・・・。

 「ユートさま、それはちょっと違います。」
 「え?」
 「私は巻き込まれたつもりはありませんよ?・・ユートさまのお側にいるのも、共に戦うのも・・・全部
私が、自分で決めた事なんです・・・それに、性格が戦いに向いてないのはユートさまだって同じです。」
 「うぅ・・・で、でも・・イオの事は・・・。」
 「――呼ばれましたか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 「・・・・。」
 「・・・・。」
 「・・・・。」

 腹立たしい想像に目を瞑りながら、おそるおそる振り向くと、そこには・・・。
 「イ、イオ・・・・お、お前・・・。」
 「どうかされましたか、ユート様?」 
 この台詞、この声・・・何だか物凄くサイズが縮んでいる気がするが、そ知らぬ顔で言うこいつは!!
 「・・・イオ、お前俺を騙すの何回目だ!!?」

 そう、いつの間にそこにいたのかは解らないが・・・。
 俺の振り向いた先には、光陰にいたく好かれそうな年齢にまで若返ってはいたが、間違いなくあの神秘的
・・・もとい魔性の雰囲気を醸し出す女が、小悪魔のような笑みを浮かべて立っていたのだ。

 堪えきれず、再び噴き出して笑い転げる時深。
 ・・・そうだよな、当然お前も共犯だよな。
 ヘリオンだけは、申し訳無さそうに俯いているが、後でちょっとお仕置きをしてやろう・・・。


 「騙すだなんて、そんな・・・私もフラレ女の何とやらですわ、ユート様。」
 怒りに震える俺が目に入らない訳がないだろうに、臆面も無く「ちび」イオは言ってのける。
 見ればぷらぷらと、これもちっこくなった<理想>をぶら下げていた。

 「本当にタチ悪いなお前・・・話の流れからして、てっきり俺は死んだものかと・・・。」
 「私が居なくなったら、誰がヨーティア様のお世話をすると言うんですか・・あの能力は生き残る為の物
ですから、死んでしまったら元も子もありません・・・もっとも、一か八かの賭けではありましたが。」
 「あ~~・・・悪いけど、俺が怒りを抑えてる間に、誰か説明してくれるかな。」
 確かに俺を騙して驚かせたのは許せないが、それもイオが生きていたからこそ言えることだ。
 話を聞く限りでは、ヘリオンの為に命を懸けてくれたのは本当のようだし・・・。

 「そ、それじゃ悠人さん、簡単に説明しますけど・・・前に永遠神剣は、私達と同じ様に意思を持って、
生きているという話をしましたよね?・・・多くの神剣が闘争本能に支配される中、<理想>は種の保存と
言うか、防衛本能の方が強い特殊な神剣だったんです。」
 「ご存知の通り、私は他のスピリットの様な戦闘能力は持っていませんが・・・その代わりに、<理想>は
多くの特殊能力を持っています。<理想>は私の身に危険が迫ると、命を削って力を引き出してくれるのですが。
・・・それすらも及ばず、私が生死の境を彷徨う事態に陥った時、襲撃者に力を譲り渡して、破壊を免れようと
するんです・・・私が実際に死に掛けないと発動しない、最後の奥の手と言う訳ですね。」

 「成る程・・・そんな危険な方法だから、今まで使わなかったって事か。」
 「必ず成功するとは限りませんし、成功しても<理想>は大量の力を喪ってしまいますから・・・未曾有の
危機を前に、ヨーティア様のお手伝いをするよりも、重要だと判断したからこそ使ったのです。」
 そうしてまた、イオはわざと素っ気無い事を言って見せるのだが。

 ・・・敢えて言わずとも、それがヘリオンの為を思っての行動だったのは、誰もが理解していた。

 「しかしそこら辺はまあ納得するとして・・・どうしてイオの記憶は、消えてないんだ?」
 「それは私の命が、ヘリオン様の中で息づいていながら、まだ私と繋がっているからです・・・ですから
エターナルとなった部分は他の皆様の記憶から消えて、私は元々このサイズだった事になっています。」
 『だから稀に見る奇跡だと言ったのだ、ユウトよ。まだまだ我にも、知らぬ知識があるという事だな。」

 経緯を理解しようと四苦八苦している俺を見て、時深が勢い付いて言う。
 「悠人さんもうかうかしては居られませんよ。確かに<聖賢>は<偉大なる十三本>にも数えられる神剣
ですが、使い手である悠人さんが使いこなせなくては何の意味もありません・・・それに対してヘリオンの
持つ<希望>は、上位永遠神剣としては脆弱な方ですが、これからどんな成長を遂げるかは未知数です。」
 更に続けて、ちびイオがしたり顔で付け加える。
 「ヘリオン様自身も私の力を取り込んだ事で、見た目は以前のままながら、全色のスピリットの資質を
併せ持つ様になりました。元々の素質もありますし、行く末が楽しみですね・・・。」
 
 それから畳み掛けるようにして、ヘリオンの有望さを言い募る二人に対し、俺をフォローしてくれたのは
やっぱりヘリオンだった。  
 「で、でも・・・私がこうして居られるのも、ユートさまが居ればこそですから!・・・それに人の身で
<聖賢>に選ばれるなんて、すごい事じゃないですか・・・だ、だから、私なんて大した事ないです!!」
 その愛情が身に沁みる・・・ありがとうヘリオン、やっぱりお仕置きは止めておこう。

 「・・・それはまあ、私も悠人さんに期待したから、あんな事もした訳ですけれど、それが・・・。」
 「やはり最後には、ヘリオン様はユート様を選ばれるのですね・・・こうして文字通り、身も心も一つに
なった間柄ですのに・・・ヘリオン様の身持ちの堅い事と言ったら・・・・よよよ。」

 何がフラレ女だ・・・そうして結託して、愚痴を言い募るちびイオと時深。
 ・・・やっぱり俺もヘリオンも、この二人を相手にするには、まだまだ人生経験が足りないらしかった。

 ――ソーン・リーム自治区。
 
 ・・・最奥の地キハノレ。
 そこは太古より聖なる地とされ、如何なる勢力にも手を貸さず、独立を保ってきた。
 それを可能にした天然の要害は、極寒の気候にも守られ、侵攻する悠人達を苦しめた。
 スピリットの起源を探る賢者ヨーティアが、最も興味深い遺跡があると言っていたこの場所。
 ミスル山脈の頂上、マナ信仰の聖地であるその遺跡の奥に、ロウエターナルの本拠はあった。
 ファンタズマゴリアの柱であり、全てのスピリット達を生み出してきた上位永遠神剣<再生>。
 大陸を脅かすロウエターナルの首魁<法皇テムオリン>は、この<再生>を暴走させ、大陸のみならず、
この世界そのものを消滅させようと目論んでいたのだ。

 大胆不敵にもラキオス王城に乗り込み、宣戦布告をしていった、あの白い少女の顔が思い浮かぶ。
 何故か悠人には、それが初めての出逢いだとは思えなかった。
 ・・・必ず打ち倒さなければならない、宿命の敵。
 そう因縁づけられた存在だと、魂が確信していた。
 
 敵は強大であり、こちらの戦力は少ない。
 その為悠人達エターナルは、この大陸の中でも特に優れた戦士達である、二人のエトランジェとラキオス
スピリット部隊のみを引き連れて、このキハノレに侵攻したのだ。
 かつて共に大陸の命運を賭けて戦った、掛け替えの無い仲間達。
 その仲間達も今は、エターナルと成った自分達の事を覚えてはいない。
 だがそれでも、悠人達は心を一つにして、ロウエターナルとその尖兵に立ち向かった。

 そして今また、悠人は一人の強敵を討ち破る事に成功したのだった・・・。

 『・・・見事だ・・・生まれたばかりのエターナルが、これ程までにやるとはな・・・・この闘いに俺は
満足した・・それだけだ・・・・またいつか、剣を交えたいものだな・・・・・。』

 そうして<黒き刃タキオス>と名乗ったその剣士は、笑みを浮かべてマナの霧へと還った。
 それを見届けると、激戦を経て傷付いた悠人が膝を突く。
 「くっ・・・流石は<偉大なる十三本>の内に数えられる<無我>の使い手・・・恐ろしい男だった。」
 『だがユウトよ、良くやった・・・此度の敵勢の中で、<偉大なる十三本>の持ち主は二人。その一方を
討ち果たしたのだから、我の使い手として及第点はやれるだろう。』
 (・・・けど<秩序>を持つテムオリンの他に、まだ瞬の<世界>が残っている・・・。)
 『確かに<再生>が集めたマナの一部を吸収した、<統べし聖剣のシュン>は我等に匹敵する力を持って
いると言えよう・・・しかしユウトよ、汝には我の他にも、頼りになる仲間達がいるであろう?』
 
 ・・・<聖賢>が指摘するのとほぼ同時に、膝を突く悠人に<因果>のコウインが手を差し出す。
 「お疲れさん・・・流石は<聖賢者>と名乗るだけはあるな・・・だがお前さんはあんなゴツイのを一人で
やったんだ、これからしばらくは俺達に任せて休んでな。」
 「光陰・・・ああ、そうさせて貰う。でもあんまり危なっかしかったら、いつでも乱入するからな。」
 「了解了解。まあこの世界にいる間は、俺を親友だと思って信頼してくれていいぜ。」
 これまでの僅かな間に、光陰は悠人の本質を見抜き、信頼に足る男だと認めていた。
 ・・・一見軽そうに見えて、その胸には熱い想いが宿っている男・・・。
 (やっぱりお前とは、どこまでいっても腐れ縁のようだな、光陰)
 思わずにやりと笑う悠人だったが、今日子の警戒の声に表情を引き締める。

 「さ~て、とうとう親玉がやって来たみたいよ・・・。」

 「か弱き子羊の群れを引き連れて・・・トキミさん、随分と涙ぐましい事ですわね。」

 そう言ってテムオリンはあどけなく笑うが、その場の誰もがこの一見子供にしか見えない幼いその姿が、
邪悪な本質を覆い隠す為の仮面に過ぎないと言う事を知っていた。
 この白い少女こそが、ファンタズマゴリアにあらゆる災厄を呼び起こした、諸悪の元凶なのだ。

 「その子羊の群れに、貴女は敗れるのです・・・奢り昂ぶった貴女方には理解出来ないでしょうが・・・。
人の、そしてスピリットの想いは、時として何者にも負けない力となる事を見せて差し上げます!」
 「想いの力、ですか・・・そのような物、絶対的な存在である永遠神剣の意思の前には、取るに足らない
塵の様な物ですわ・・・貴女の固くなった頭にも理解できるよう、証明して差し上げましょう・・・!!」
 <秩序>を掲げるテムオリンを中心に、巨大なオーラフォトンの障壁が展開されていく。
 余りにも次元の違うその猛威に、スピリット達の神剣は警鐘を鳴す事も出来ずに押し黙る。

 このままでは、戦う前に勝敗は決してしまう・・・。
 流れを変える為に、進み出るエトランジェ二人。
 「とんでもない力だが・・・ちびっこがおイタをしたら、叱ってやらなきゃなぁ・・・!!」
 「ちょっと言い方が気になるけど、私が許す!・・・それじゃ光陰、行っくわよ~~~~!!」
 今日子が放った雷撃が、テムオリンを包み込み荒れ狂う。
 そして突進する光陰のワールウィンドの一撃が、間髪入れずに襲い掛かった。
 ――だが、しかし。

 「なにっ!?」
 何とテムオリンが展開した防御壁は、今日子の雷撃の全てを弾いたのだ。
 更に<因果>の渾身の一撃さえそれを抉り切る事は出来ず、その身に触れる前に押し返されてしまった。

 くすくすと笑うテムオリンが<秩序>を振り上げると、空間が歪曲し、無数の神剣が姿を現す。
 「うふふふふっ・・・この程度ですの?・・・それでは今度は、私から!!」

 ――直後、それぞれを狙い降りかかる流星の如き煌き!

 「みんなっ!?」
 襲い掛かる神剣をオーラフォトンで弾き、悠人が叫ぶ。
 再び次元の狭間へと還り行く神剣の群れ。
 ・・・だがそれが取り払われて見れば、幸い誰もが軽傷で済んでいるらしかった。

 「あ、危ねぇ・・・時深さんが教えてくれなかったら、一網打尽だったな。」
 最も至近距離で攻撃を受けた光陰も、得意の護りの力を駆使して無事だったようだ。
 「ビジョンズ・・・自分の見た未来を、同一戦闘域の仲間に見せる力・・・相変わらず厄介ですわね。」
 「貴女こそ、全く物騒なコレクションですね・・・使われる神剣が、可哀想です。」
 「余計なお世話ですわ・・・でもトキミさん、人とスピリットの想いの力を見せて下さるのでは無かった
のですか?・・・結局エターナル同士の戦いになるのなら、わざわざ足手纏いを連れて来なくとも。」
 「何ですってぇ!?・・・このアタシが足手纏いかどうか、見せてやろうじゃないの!」
 「よせ、今日子・・・あのバリアを破らなければ、俺達には手出しの仕様が無い。」
 「コウイン殿、手前らも含めて、同時に攻撃をしかけましょうか・・・?」
 「ん・・・。」
 「ダメだ、それこそあの流星の様な攻撃で全員串刺しにされるぞ。」
 「そんな・・・。」

 悠人は嘲笑うテムオリンを前にして、抗い難い怒りと憎しみを感じていた。
 やはり俺が<聖賢>で叩き斬るしかないか・・・。 
 光陰の攻撃が通用しなかった以上、同じエターナルでも破壊力に劣る時深では倒せないかも知れない。
 そう考えた時、彼等の前に進み出る一つの影があった。
  
 「こ、ここは私が・・・私が道を開きます!!」


 「貴女は・・・確かその坊やと同じく、新米のお嬢さんでしたわね・・・誰が掛かって来ようと構いませんが、
そんな小さな身体で私を倒せるおつもりですか・・・?」
 「ち、小さいって・・・貴女こそ、そんな姿じゃないですか!」
 「お気に入りませんか?・・・それならば、ちみっちゃいと言い直しましょうか、それともちんまり?」
 「~~~~~!!」

 「お、おいヘリオン・・・大丈夫なのか?」
 戦う前から相手のペースに呑まれてるその姿を見れば、悠人で無くとも不安になりそうな物だったが。
 「そうですね・・・ではここは、ヘリオンに任せましょう。」
 「時深!?」
 「ほほほほほっ・・・笑えませんわね・・・ならばそのお嬢さんを、肉塊に変えて差し上げますわ!!」

 激昂したテムオリンが<秩序>を振り下ろすと、ヘリオンが立っていた場所に数本の神剣が突き刺さる!
 ・・・だがそう思った時には既にヘリオンの姿は無く、気付けば対角線上にその姿を現した。
 
 「天を流るる雲の如く、私を捉える事は出来ません・・・・風花の太刀・・・・たぁああああ!!」
 そうして斬りかかるが、予想通り<希望>の一閃はテムオリンのバリアを僅かに削ったのみ。
 だが向き直った時には移動した後で、テムオリンが投げ掛ける神剣も空を切るばかり。
 「こ、この・・・ちょこまかと煩わしい!!」
 「あれをやる気か、ヘリオン・・・。」

 エターナルとしては、遥かに格下だと思われたヘリオンだったが、悠人や時深にも劣らない、彼女だけの
能力がただ一つあった・・・それは、機動力・・・いや、より厳密に言うならば、瞬発力。
 そしてヘリオンの高速連続攻撃の前に、悠人達を特異な能力で苦しめた<不浄のミトセマール>は、その
身を幾千もの光の粒に変えて四散したのだ・・・そう、まるで美しい風花のように儚く。
 
 その瞬発力を活かし、一太刀入れては素早く離脱し、また再び突進する。
 <希望の翼>の名に相応しく、光り輝く翼を駆使して、ヘリオンはどこまでも加速していく・・・!


 「・・・成る程、奴の全体攻撃には『タメ』が要るらしいな。」
 「光陰、何か解ったの?」
 「ああ、それをしないのはあの凄まじい速度の攻撃で、集中を乱されているんだろう。あれだけバリアが
削られていってるのに防御に回らないのは、プライドの為かな?・・・だがこの攻撃をどれだけ続けられる
のかは解らない。俺達の役目は限界までバリアが削られた所で、集中攻撃を仕掛けるってトコかな。」

 光陰が冷静に分析するのとほぼ同時に、戦いを見守る者達の頭の中に声が直接響く。
 『え、えっと・・<希望>と皆さんの神剣を通して、直接精神に語りかけています。二十秒後に離脱します
ので、神剣魔法の使える方は一斉にテムオリンを攻撃して下さい。』
 「ほ、ホントだ・・・光陰、あんたってやっぱ頭良いのねぇ。」
 「当たり前だろ?・・・さてタイミングも解ったし、あのちびっこに俺達の力を味わって貰うか!」
 
 そして加速したヘリオンは遂に光の帯となり、一瞬の後テムオリンの側から離脱する!
 「な、何ですのこれは・・・!?」
 驚愕の叫びを上げ、その危険に気付いた時にはもう遅かった。

 ―――雷撃が、爆炎が、闇の波動が、衝撃波が、破壊のオーラが!!
 ありとあらゆる神剣魔法が、その想いと共にテムオリンに襲い掛かる!!
 数多くのエターナルを束ね、世界の裏で暗躍し、気紛れに生命を弄んだその少女も。
 マナの多くを使い果たし、辛うじて生にしがみ付くのが精一杯だった。

 「そ・・・んな・・・・わた、く・・・し・・・・が・・・・消・・え・・・・・・?」

 土煙が上がる中、未だ信じ切れないと愕然とする。
 尚も<秩序>を振るおうとするその少女に、漂うマナを掻き分けて、時深が斬りかかった!
 
 「貴女が軽んじて来た想いの力、理解できましたか?・・・・・・さあ、これで終わりです!!!」

 ・・・最後まで、それが不思議だと言わんばかりに。 
 嘲笑を浮かべながら災厄が、光の霧となって消えていく・・・。

 「・・・これであいつは、滅びたのか・・・?」
 それを見つめていた、悠人が独り言の様に呟く。
 俺達の運命を狂わせ、この大陸の人と、スピリット・・・そして生あるもの全てを脅かした巨悪。
 まだこの先には、<世界>に呑みこまれた瞬が待っている。
 しかしその瞬さえも、テムオリンの策謀さえ無ければ、あの世界で人として生きていけた筈なのだ。
 そんなやり切れない思いの悠人に、半ば諦観を込めて語る時深。

 「残念ですが、テムオリンはあれで消滅した訳ではありません・・・別の次元で復活し、力を蓄えて再び
その触手を伸ばす事でしょう。」
 「それじゃ・・・それじゃこの戦いに、何の意味があったんだ・・・?」
 「全てをマナに還し、第一位永遠神剣への回帰を願うロウエターナルと、それを阻むカオスエターナル。
・・・長い時間を掛けて、少しずつ勢力を削り合う・・・それが私達の戦いであり、使命なのです。」
 「永遠に続く、陣取りゲーム・・・か。」
 「エターナルとなった事を、後悔しましたか?」  
 時深の問い掛けに、悠人は笑いかける事で答える。
 その視線の先には、光陰や今日子、ラキオスの皆にもみくちゃにされる、ヘリオンの姿。
 「・・・そうですね。貴方の側には・・・あんなにも輝く、希望がいるのでした。」

 「よーし、みんな~!!・・・浮かれるのはそれくらいにして、次の戦いに備えてくれ・・・俺も、皆の
おかげで充分に回復する事が出来た・・・この先に瞬が待っている。俺達の世界を守る為に、行こう!!」

 ――マナが収束する。

 この大地の開闢以来、連綿と受け継がれた生命の系譜が。
 原初に還り、ただ一振りの神剣の元へと流れ込んでいく。
 ・・・上位永遠神剣<再生>。
 この世界の柱にして、全ての妖精達の母。
 彼女は一体、その生命を散らさんとする今、何を想っているのだろうか・・・。

 瞬は――いや、かつて瞬であった<統べし聖剣>は。
 暴走を続ける<再生>を眺め、たゆたう金色の霧を瞳に映しながら。
 魂の記憶を呼び起こし、運命をなぞると冷笑を浮かべた。

 『何と・・・何と哀れにも、愚かな生き物か。』

 遥かな昔、邪悪に魅入られて交わした契約に。
 絡め取られ、悲劇を演じ続ける破壊の皇子。
 どれだけ愛を求めようとも、決して救われる事は無いと言うのに。
 滑稽にも、繰り返し藻掻き、また繰り返し・・・・

 『・・・だがそれも、ようやく終焉を迎える・・この悲劇・・・いや喜劇もな。』

 そこにはもう、少年の意識は欠片も無かった。
 在るのはただ、世界を滅せんとする神剣の意思のみ・・・。

 哄笑を響かせる<世界>は、その気配に気付くと、ピタリと止めて振り向いた。
 
 『そう言えば、運命に抗う者は一人では無かったな・・・。』
 「・・・決着をつけようぜっ・・・瞬!!!」

 キュービック状の機械群が赤々と埋め尽くす、その聖域の中。
 宙に浮かび臨界を迎えようとする<再生>の下で、<統べし聖剣のシュン>が悠然と佇む。
 濃密な・・・いや飽和状態のマナが、狂わんばかりに押し寄せて来るのが判った。

 『本当にエターナルと成っていたのか・・・我と闘う為か、それとも・・・この男との因縁故にか。』
 冷然として問うその声こそ同じだが、そこにはもう瞬はいなかった・・・。
 悠人はそう悟り、一抹の寂しさを感じながら、それに答える。
 「大切な人を守る為、この大地を護る為・・・・・そのついでに、お前を解放する為さ。」
 『・・・理解できんな。』 
 「その必要はない・・・今ここで、滅びるお前にはな!!」
 <聖賢>を握り締め、力を解放する。
 ヘリオンが、時深が、光陰が、今日子が・・・・仲間達がそれに続き、瞬を包囲した。

 『ふむ・・・<聖賢>を砕けば、我の力も飛躍的に高まろう・・・・だが、その前に。』
 瞬もまた<世界>の全能力を解放し、暗黒の力を集中する。
 『・・・小虫は邪魔だ、消え失せろっっ・・・・!!!!』
 「なぁっ・・!??」

 ――終焉を迎える恒星のそれにも似た、絶望的な爆発が。
 その場の全員を平等に、消滅させんと襲い掛かる。

 「ぐぅ・・ぁ・・・な、なんてとんでもない力だ・・・!」
 溜めていた力を防御に集中して尚、爆炎はオーラフォトンの護りを貫通し、手痛いダメージを与えた。
 だがエターナルである悠人でさえそうなら、他のみんなは・・・・!?

 「・・・エス、ペリア・・・お姉ちゃん・・・・だい、じょうぶ・・・?」

 抵抗力の低いエスペリアを庇ったのだろう。
 その身を灼かれ、息も絶え絶えにオルファが呟く。
 「嘘・・そんな・・・・お願い・・・目を開けてっ・・・・オルファ!?」
 それきり動かなくなったオルファを抱いて、エスペリアが慟哭する。  

 ・・・あの瞬間、咄嗟に動いたのはオルファだけでは無かったようだ。
 見ればファーレーンが、ネリーが、ヒミカが、ウルカが、クォーリンが・・・!
 そこかしこで倒れ、金色の霧を巻き上げていく。

 ・・そして響き渡る、絶叫・・・。

 立ち上るマナは、急速に<再生>へと吸収されて行った。
 身体を構成する必要なだけのマナが失われれば、最早リヴァイブの魔法も効力を為さない。
 「・・・き、貴様ぁぁああああああ!!!」
 激情と共に斬り掛かろうとした悠人の耳に、少女の声が響き渡る!!

 「みんな、諦めないでください!!・・・・私達の命は儚く、
      進むべき道は、果てしなく遠い・・・・けれど前を向く者に、希望は灯るから!!!」
  
 「ヘリオン・・・!?」

 ――なんとヘリオンが<希望>を掲げて叫んだその瞬間。
 翼が光り輝き、その煌きが傷付いた仲間達を包み込む・・・。
 ・・・そして立ち上るマナが逆流し、消え掛けていた生命が、僅かな間繋ぎ止められていく!

 「皆さんの奥底に眠るマナを解放、活性化させました・・・今のうちに治療を!・・・ユートさま、
私が誰一人として死なせません・・・どうか心置きなくあの方を、<世界>を!!!」

 ・・・そうだ、誰一人死なせる訳にはいかない。
 瞬が再びあの技を使うマナを蓄える前に、一気に勝負を付けなければ・・・!

 『ぬぅぅ・・・小賢しい!!』
 悠人が殺到する前に瞬が放った六枚の翼が、力を注ぎ続けるヘリオンを襲う。
 「・・・!!」
――キキキキ、カキィィン!!
 それを読んでいた時深が、一瞬早く立ち塞がり、ひらりと叩き落す。
 「私を忘れて貰っては困ります・・・・悠人さん、さあ、どうぞ決着を!」
 「時深・・・・判った!・・・必ず俺が、あいつを倒す!!!」
 
 そうして悠人は、渾身の力を込めて<聖賢>を叩きつける。
 対する瞬の<世界>も、絶大な力を持ってそれを弾き返す。
 一進一退、エターナル同士の一騎討ちは、余の者が立ち入る事を許さない。
 その壮絶な闘いは、まさしく神話の時代の闘神も斯くやという物だった。
 ぶつかり合うオーラが空間を歪ませ、渦を巻き起こし、激流となって大気を震わせる。
 ・・・そして想いの力で瞬を圧倒する悠人が、持てる全てのマナを集中し、止めを刺さんとしたその時。
 「なにっ!?」
 瞬もまた闇のオーラを<世界>に集め、悠人に向けて解き放った!
 その後ろには、魔法に集中するヘリオンと、それを守る時深。
 四人が一直線上に並ぶ、この位置での攻撃を<世界>は狙っていたのだ。

 ――相殺しなければ!!
 <聖賢>に集めたマナの全てを使い、闇の衝撃を防ぐ悠人。
 だがそこを狙って、死を告げようと六枚の翼が飛来した!!

 「しまっ・・・!?」

 ――<聖賢者>さえ倒せば、後はどうとでもなる。
 その力を吸収しさえすれば、最早第三位の<時詠>など物の数では無かった。
 彼我の力が拮抗していると見た<世界>は、ヘリオン達を利用し、この状況に悠人を追い込んだのだ。
 力を放出した直後、無防備な状態で翼の神剣をくらえば、いかな悠人とはいえ重傷は避けられない。
 そしてそうなれば、<世界>が<聖賢>を砕く事は容易い筈だった。
 ・・・・筈だったのだが。

 「お、お前達・・・?」
 
 「へへ、俺達でも、翼の一本を弾き返す程度の事はできるぜ。」
 「一人一本じゃ、そんな格好つけられないけどね。」
 「うぅ、ネリー達は二人で一本なんだけど・・・。」
 「で、でも頑張ったよね。」
 「・・・ん・・・。」
 「あ、貴方に倒れられたら皆が困るのよ。」
 「・・・さあユウト殿、この闘いに・・・幕を!」

 ――勇気が沸いてくる。
 傷付き力尽きた身体に、再び活力が溢れて来るのを感じ、悠人は<聖賢>に呼び掛ける。
 (そうだよな、俺は一人じゃ無いんだよな・・・。)
 『うむ・・・さあユウトよ、託された仲間達の想い、応えるのは今だ!」

 他の仲間達も、この僅かな間を守り通す為に、懸命に抵抗を続けていた。
 ヘリオンと時深が、頷くと悠人に力を分け与える。
 気付けば殆どの力を使い果たし、逆に追い詰められていたのは<世界>の方だった。

 『この僕が、負ける訳が無い・・・・・消え去るのはお前、お前なんだぁぁあああ!!』
 最後の一撃に向けて、己が神剣に全てを乗せて、二人が衝突する。

 「・・・・・今度こそ、終わらせてやるよ・・・瞬・・・もうゆっくり、休むがいい・・・・!!!!」


 人の想いとスピリットの想い、そして神剣の想いを込めた一撃を受けて。

 ・・・生命そのものである輝きの中、<世界>は消滅した。

 そしてこの大地と、二つの世界は守られたのである。

 続く一撃で<再生>を破壊すると、悠人は振り返り・・・光となって拡散する、瞬を見つめる。

 ・・・誰よりも憎んでいた。
 その態度、言動のどれ一つとっても、反発し、嫌悪を覚えた。
 だがあの時、瞬は確かに、俺と佳織を助けたのだ。

 (まあ、俺は佳織のついでだったんだろうけどな。)

 礼など言えば、貴様など眼中に無いとか言って、怒り出す事だろう。
 それでも今、滅びようとする瞬に対する憎しみは、もうない。
 ・・・例え形は違っても、同じ少女を愛した男だったのだから。
 
 「これで良かったんだろう、瞬?」 

 小さく呟くと、悠人は喜びに沸く仲間達の輪へ戻った。

 それを迎えるのは、誰よりも愛しい、あの黒い妖精の少女・・・。