代償

Ⅰ-1

「スマン、もう一度言ってくれ、ネリー。えっと……?」
「だーかーらー、シアーは、まだ敵スピリットをやっつけたことなんてないんだってばーー!」
ぷんぷんと擬音が聞こえて来そうな大声でネリーが繰り返す。
体全体でセリフを表現しようとピョンピョン跳ねながら話すので、トレードマークのポニーテールは揺れっぱなしだ。
「もー。だからシアーにおふぇんすは無理なの、分かったー?ユート!」
「あー……、でも今までだってシアーは実戦に入ってたんだろ?これまではどうしてたんだ?」
「ユートってばばかだなー。もっちろんネリーがおふぇんすでシアーがさぽーとだよー。
 ネリーはおねえちゃんなんだからシアーを守るのがあったりまえーーー!えへへっ☆」
「えへへっ☆、じゃないだろ……じゃあこの状況を一体どうすりゃいいんだ…………」
言って、悠人は頭を抱えた。

イースペリアが崩壊してから間もなく。
サルドバルトがサーギオス帝国を後ろ盾にラキオスへ本格的に進軍してきた。
敵は既にアキラィスからラキオスに北上して来ている。
急報を受けた悠人はたまたまその場に居たネリー、シアーと一時的に部隊を編成してラースに駆けつけた。
しかしそれを待ち受けるかのように敵がラースに殺到してきたのだ。
悠人としては定石通り、ネリーをオフェンス、シアーをサポートにして持ち堪えつつ味方の増援を待っていたのだが、
どうやら敵に帝国のスピリットが混じっているのか、戦いは予想以上に辛いものになった。
そしてそうこうしているうちにネリーが力尽き、攻撃の為のウイングハイロゥが展開できなくなったのだ。
青スピリットは攻撃に長けている反面防御にはやや弱い。
当然の選択として悠人はネリーとシアーのポジションを交代しようとしたのだが、そこが落とし穴だった。

「あーーー!こんなことならファーレーンかヘリオンでも連れてくりゃよかったーーー!!!」
ガシガシと頭をかきむしりつつ、うかつな事を言い出す。たちまちそのセリフに反応したネリーがぷぅっと頬を膨らました。
「なんだとー!ネリーだってこんなに頑張ってるのにそんな言い方ないだろーーー!!
 だいたいユートが急ぎすぎたからいけないんだーー!!青スピリットなら速いからっとか言ってたくせにーー!!」
「だーーー!!わかった、わかったから神剣を振り回すなー!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「わ、わたし……おふぇんす、やる……」
「「え?」」
ぼろぼろになった悠人と馬乗りになって膨れっ面のネリーがそれまで黙り込んでいたシアーに振り返る。
シアーは二人の視線に真っ赤になりつつ、それでも懸命に続けた。
「シアー、いつもいつもネリーちゃんに守られてばっかりだから……だから、シアーもおふぇんす、やる……」
「い、いや、それはいいんだが、シアーはそれでいいのか?オフェンス、やったことないんだろ?」
「そーだよー!おふぇんすなんてユートがやればいいんだから、シアーは無理する事ないって!」
「なんかひっかかる言い方だが……まあ、ネリーの言う通りだ。だから、悪いけどシアーはディフェンスを頼むよ。
 出来るだけ負担が掛からないようにするからさ。ネリーも間違ってサイレントフィールドとか展開するなよ。」
「で、でも…………」
「しっつれいだなー、ネリーがそんなのまちがえるわけないでしょー!ユートこそシアー傷物にしたら許さないんだからー!」
「ばっ、き、傷物って……どこでそんな言葉覚えたんだ!しかも微妙に意味ちがうだろ、それ!」
「あ、あの…………」
「ふふん、ネリーは物知りなんだから。男の人はこう言えば観念するって前にエスペリアが言ってたんだもんねー!」
「……子供に何を教えてるんだ、エスペリア……って来たぞ!二人とも気をつけろ!」
「こらー、ネリーを子供扱いするなー!もうっ、シアー、いくよ!」
「う、うん……」
こうして三人は再び戦いの中に飛び込んでいった。


最初の頃こそシアーを庇っていた悠人だったが、戦いが長引くにつれてその余裕が失われてきていた。
ひたすら敵を倒す行為はすなわち自身を『求め』に委ねる事に直結してしまう。
恐れていた事だが、徐々に悠人は自我を守る事の方に懸命にならなくてはいけなくなった。
(もっとだ、契約者よ。もっと敵を倒せ。マナを我がものに。)
『求め』の歓喜の感情が自分と同化しようと流れてくる。ともすれば飲み込まれそうな感覚。
逆らうと襲い掛かる激しい頭痛。首筋に流れる脂汗を感じながら、悠人は必死にそれに耐えていた。
(うるさいバカ剣!ちょっとだまってろ!)
悪態をつきつつ、剣を振るう。しかしやはりその動きには明らかな躊躇いが出てくる。
どうしても一呼吸遅れてしまう攻撃が、敵の先制を許す。そしてその度にシアーの傷が一つづつ増えていった。
「あうっ!」
「大丈夫、シアー!もうユート、しっかりしてよ!」
「うるさいっ!」
「!!ユート?」
「……すまん、ネリー。少しシアーとディフェンスを交代してくれ。たのむ。」
「う、うん……」

何度目かの戦闘後、やっと援軍は到着した・・・・・・