代償

Lemma-2

「ねぇ、ユート……」
「……なんだ?」
「えっと……なんでもない。」
「そうか。」
「うん……」
「…………」
「あのね……おいしい、かな?……」
「………………」
悠人は答えず、黙々と食事を続ける。元々味など何も感じないのだ。返事をする意味が無い。
「あ、あのね、今日は…………ごめんなさい。」
「…………」
かちゃかちゃと食器の音だけが部屋に響く。雨上がりの世界からはあらゆる音が消え去っていた。
ふと湧き上がる懐かしい記憶。それは深く静かな心の奥底で眠っているはずのもの。
ただ、ゆっくりと浮上してきてはまた沈んでいく。その一つ一つが悠人を優しく揺さぶる。

正面に座っている少女を見る。俯いたままで黙々と食事を口に運んでいる。
その結っている後ろ髪がたまに首を回って垂れてくる。
料理に入らないようにかき上げる手が少しぎこちない。
しばらく見つめていると、その視線に気付いたのか少女がゆっくりと顔を上げる。
その蒼い瞳に目が合った時、突然悠人の心の中に呼びかけてくる声。飛び込んでくる懐かしい景色。

『ユートは、だいじょうぶだよ!』

「……なに?ユート。」
戸惑いながら、目の前の少女が尋ねてくる。
我に返ると同時に霞んでいく思い出しかけたなにか大切なモノ。
思わず掴みかけたそれは、しかし悠人の手の中をすり抜けていった。
苛立ちが悠人を急きたてる。振り払うようにかぶりを振りつつ、悠人は答える。
「……いや、なんでもない。」

『求め』が鈍く光っていた。