代償

Ⅱ-2

次の日の朝。
悠人は左半身を包む、温かい感触に目を覚ました。ついでになにか体が重い気がする。
「う、うーん………………あ?」
ていうか、動けなかった。体の自由が利かない。寝ぼけながら横を向く。
(……!!!!!!)
至近距離数センチのところで、シアーの寝顔がアップで広がっていた。思わず上げかけた声を必死で抑える。
(えーーーー、えっと………………)
働かない頭を必死に回転させようとする。しかし、無防備なシアーの吐息が顔にかかって再び思考がフリーズした。
「すうーすうーすうー………………」
「……………………」
きれいに整った睫毛が時折ぴくぴくと震える。
かすかに開いている淡い桜色の唇はうかつに見とれていると吸い込まれそうだった。
(い、いかん!落ち着け……まずはええと……これは…………)
そこでようやく昨夜の出来事がフラッシュバックする。そうだ、確かシアーが眠れないとかいって…………
そうそう、それで、つい佳織の時みたいに一緒に寝たんだっけ。うんうん。で………………
ようやく事態を把握したのはいいのだが、この状態をどうするべきか。
自分が「抱き枕状態」に置かれている事を確認した悠人は、とりあえずシアーを起こしてみる事にした。
「おい、シアー……」
自由の利く右手でぺちぺちとシアーの頬を叩く。
すると、シアーはあろうことかその手にイヤイヤをするように顔を摺り寄せてきた。
「う~ん…………や…………ユート………………」
ギュッ!
(うぉっ!)
そして、全身で抱き締めている力が更に込められる。左腕は両手で抱えられ、左足も両足で挟み込まれていた。
つまり、動けない。……………………気持ち良い……じゃなくて、この状況は色々な意味で危険だった。
その、首筋に吹きつけられる吐息とか押し付けられている胸とか太ももとか男の朝の生理現象とか。
まともにシアーの全身を感じながら、頬に当てた右手を離すことも出来ずに悠人は必死に理性を総動員させていた。

「ユート!!もうおきて……る…………って……え……?」
勢いよく開けられたドア。飛び込んできたネリーが見た物は、連れ込んだシアーの寝込みを襲っている悠人だった。
…………少なくともネリーにはそう見えた。
静止した時間が部屋に流れる。緊張感の中で対峙する双方の耳に、シアーの寝言がやけに大きく響いた。
「ユート…………きもちいい………………」
「シアー………………?」
「あー………………いや、これはだな」
突然の事態に硬直しつつ、懸命に言い訳?を考え始める悠人。このままでは誤解される。っていうか、命が危ない。
(ええとこれは事故なわけでやましい事なんて一切なくシアーが寝ぼけてて今ちょっと動けないというか
 これはこれで気持ちいいんだけど双方の合意がってええい違うでもたぶん誤解してるよなどうするどうするどうするアイf)

そうこうしているうちにネリーの瞳から大粒の涙がじわじわと溢れ出してくる。あ…………やばい。なんか修羅場っぽい。
「お、おい、ちょっと待て、これはだな…………ってお前、指、怪我してるのか?」
弁解の途中で悠人はネリーの両手全ての指に包帯が巻かれているのに気付いた。
自分の立場を忘れ、思わずネリーを心配する悠人。しかし当然ながらネリーはそんな質問に答えてはくれなかった。
「……………………ユ」
「……ゆ?」
反射的に問いかけてしまう。するといきなり悠人の顔面になにか硬い物が直撃した。
「!!つ~~~~~~~~~~~っ」
「ユ - ト の 馬 鹿 ---------!!!!!!」
大声で泣きながら走り去るネリーに呆然としながら悠人は投げつけられた物を手に取ってみる。
それはネリーが苦労して作ったであろう、悠人の為の朝食らしき?けしずみだった。
 

「もー、わかったよ…………じゃあ、今日からネリーもユートと一緒に寝る!!!」
「…………ふぇ?」
散々頭を下げ、口からけしずみをはみ出させて泣いている悠人にネリーはそう提案した。思わず顔を上げる悠人。
「いや、でも、あのな…………」
「もう決めたからね!!」
べーっと舌を出すネリー。なんだか得意げにも見えるそのイタズラっぽい笑顔に、ぞわり、と異質な感情が背中を駆け上がった。
(え?…………なんだ、これ……?)
じゃね、と手を振りながら走り去るネリーを呆然と見送る。さすがにそれはまずいんじゃないか、と思いつつ、悠人はもう偽りきれなかった。
すでに彼女達を「妹」として見れなくなっている自分に気がついた悠人の動悸は暫くの間収まることはなかった。


第一仮詰め所。悠人達はいよいよ目前に迫ったサルドバルト攻略の為の会議中だった。
敵の状況、地形の確認などがエスペリアから説明される。苦虫を噛み締めながら悠人は懸命に耳を傾けていた。
(ふぁー、眠い…………)
ここ数日というものの、ろくに寝ていない。なにせ毎夜双子の襲撃?を受けっぱなしなのだ。
悠人のベッドは特別大きいという訳でもないので当然密着して寝る事になる。
両サイドから好きな女の子の無防備な甘い刺激に晒されては健康な青少年が快眠できるはずもなかった。
おまけに二人とも抱きつき癖があるらしく、朝起きる頃には身動きが取れないほどしがみ付かれている。
おかげで自慢にもならないが、悠人は二人のスタイルの微妙な違いまで完全に把握出来るようになっていた。
「それで城の攻略ルートですが、街道沿いとミスル平原とでは微妙にマナの活動が違います。
 これはモジノセラ湿地帯のエーテルが不安定な事と関係があり………………」
「そうなんだよなぁ。シアーの方が微妙にボリュームがあるんだ……こう。
 あ、でもスタイルの安定さではネリーのほうが……うぉっ!」
寝ぼけた頭で妄想モードに入っている悠人は、横で聞いていたアセリアに無言で思い切りつねられていた。
「~~~いってーっ!なんだよアセリア。」
「……ユート、よだれ。」
「え?……おおっ!」
知らない間ににやけていたらしい悠人はあわてて口元をぬぐう。
そうして現実に帰ってきた悠人が顔を上げると、目の前にはひくひくと睨みつけているエスペリアがいた。
「あ、あはは…………あのさ、エスペリア、ちゃんと聞いてるよ?」
ダメもとで言い訳してみる。対するエスペリアの切り返しは速かった。
「どうやら寝不足の様ですね、ユートさま。最近一部のスピリットに必要以上に懐かれていられるようですが、そのせいでしょうか?#」
(知ってる?!)
目は笑ってるし口調も穏やかだ。しかしエスペリアの手元で密かに光を放っている『献身』を悠人は見逃さなかった。
しかもさらっと言いながらうかつな発言にかこつけて巧みにこの件を追求しようとしているのは明らかだ。
背後に冷や汗をかきながら、悠人は懸命にごまかそうと試みる。
「あーナンノコトだ?確かに最近は寝不足だけど、それは夜遅くまで作戦をだな…………」
「それではユートさま、この場合、まずどちらから攻めるべきだとお思いですか?」
「えっ…………どちらからってそんな!俺はそんなこと考えてないぞ!エスペリアは俺をそんな男だと思ってるのか!!」
「……では両方とも攻めるべきだ、と?」
「そうじゃなくて!だいたい攻めるとかなんとか、ネリーやシアーに失礼って………………え?」
「………………#」
「ユート、墓穴。」
容赦ないアセリアの突っ込みが痛かった。