代償

「ねぇ、ユート…………」
「……え?呼んだか、シアー?」
「えっと……なんでもない。」
「そうか?」
「うん…………」
「…………?」
食器の音だけがかちゃかちゃと響く。悠人はシアーが作った料理を口に運びながら、妙な居心地の悪さを感じていた。
さっきからシアーは全く自分の分に手をつけていない。
「あ、あのさ…………」
「あのね…………おいしい、かな……?」
「え?あー……。ま、まあ、悪くないかな…………」
「あ、あのね、今日は…………ごめんなさい。」
「………………」
また気まずい空気が流れる。何か言わなければ、と思うのだが、どうも上手い言い方が出てこない。

正面に座っているネリーを見る。ネリーは俯いたままで黙々と食事を口に運んでいた。
結っている後ろ髪がたまに首を回って垂れてくる。
料理に入らないようにかき上げる手が少しぎこちない。
しばらく見つめていると、その視線に気付いたのかネリーがゆっくりと顔を上げる。
目が合った時、一瞬微妙な変化があった後、ネリーは弾けるような笑顔を見せた。
「んぅ?なに、ユート?」
殊更に明るいその表情に、悠人はかえってなにも言えなくなる。しょうが無く話題を変えてみた。
「…………いや、なんでも。それよりそのポニーテール、邪魔そうだな、切ってやろうか?」
「へ?ぽにーてーる?なにそれ。」
「ああ、俺の世界じゃネリーみたいな髪型をそう言うんだよ。なんだっけ、しっぽって意味だったかな?」
「しっぽ?なんかかっこわる~い……って、切っちゃだめだよ!ネリー、気に入ってるんだから。ね、シアー?」
「う、うん。ネリーちゃん、似合ってるし、かわいいよ。シアーも髪のばそうかな…………」
「あ、それいーかも♪シアーも伸ばしちゃえば~。」
「おいおい髪型まで一緒だと見分けがつかなくなるぞ。シアーはそれでかわいいんだから、そのままでいいって。」
「か、かわいい…………(ポッ)」
「え~~!じゃあ、ネリーも切る!」
馬鹿話をしながら、それでもようやく元に戻った雰囲気に悠人はほっとしていた。

真っ暗な闇で境界がハッキリしない空と海。波の音がかすかに聞こえてくる。
生物がいないはずの死の海。昼間は獏寂感でいっぱいなのに、見えない今の方がその表情が優しく感じるのは不思議だ。
見上げると雨上がりの澄み切った夜空。ぽっかりと浮かぶ月の輪郭がハッキリと見える。その表情もまた、昼より優しい。
さわさわと静かに流れてくる風が頬を撫ぜる。そっと目を閉じると今度は草原の匂いと音が気持ちを癒してくれる。
膝をかかえてぼんやりとしていると、『静寂』が優しく語りかけてくる。
(…………怖いのですね?)
「…………わかんない。」
(失うことが…………忘れる事が…………)
「そうなのかな…………」
(私は貴女の鑑…………そして貴女は私の鑑。私が今感じているものは貴女の抱える……恐れ…………)
「えへへ……ごめんね……ネリー今、弱虫だから…………」
(そう…………)
「ねぇ、ネリー、どうしたらいいのかなぁ…………」
(………………)
『静寂』はもう何も答えてくれない。当然だろう。
考えるのは、自分がしなくてはならないこと。『静寂』に助けられては意味がないのだから。
怖い。シアーを失うことが。ユートを失うことが。
……………………………………
だめだだめだ!こんなんじゃ、前と一緒だよ。
ユートのことで、シアーがいなくなっちゃうことばかり考えていたあの時と一緒だよ。そんなのイヤだ!
ぶんぶんと大きくかぶりを振る。溜まっていた涙を振り切ると、少し心が軽くなったような気がした。
…………じゃあ考えよう。どうすれば「強く」なれるのかを。どうすれば二人とも失くさずにすむのかを。
せっかくシアーが示してくれた「道」なんだから。無駄には絶対できない。
それくらいしなきゃ、お姉ちゃんなんていえないもんね…………でもとりあえずは。

かさっ

そこまで考えたとき、後ろに人が立つ気配がした。振り向かないでも、それが誰なのかは判った、もちろん。

満天の星空。昼間の雨が嘘のように雲ひとつない。素直に綺麗だと思った。
思ったから、ずっと上を向いて歩いていた。気付くと、草原に出ていた。左手にミスル山脈が見える。
星空はそこでくっきりと山々に切り取られていた。そのままゆっくりと前を向くとサルドバルト湾が広がっている。
少し向こうに探している人が座っていた。シアーはそっと歩み寄る。
すると待っていたかのようにネリーは話し始めた。視線をサルドバルト湾に向けたままで。
「シアーさぁ、怖くなかった?」
「………………え?」
いきなりだったので、何のことを言われたのかシアーはしばらく判らなかった。
やがてユートのことを言っているのだと気付き、一生懸命考えながら答える。
「…………うん。でも、ホントはよく判らない。
 ただユートがいなくなっちゃうと思ったら、止めなきゃって…………夢中だったから…………」
「…………そっか。ごめんね、大事な時にいなくて………………怖かったに決まってるよね。
 ネリー、シアーが居ないのにもずっと気付かなかった。…………お姉ちゃん失格かな?」
「!!ううん、ううん!そんなこと、そんなこと、ない!シアーが勝手なことしたから、だから………………
 ネリーちゃんは悪くないの………………おねえ、ちゃん…………ごめんなさい………………」
思わぬネリーの一言に、必死になって弁解する。目に涙が溢れていた。
だって、ネリーちゃんがいなかったら、シアーはずっと一人ぼっちだったんだよ?
ネリーちゃんがずっと守ってくれたから…………一人からも…………『孤独』からも………………
そんな思いが、つい普段呼んだ事のない「おねえちゃん」という単語になって口をつく。
でも初めてそう呼んだのに、不思議になんの違和感も無かった。ニムントールの気持ちが今は良くわかる気がする。
すると、何故か真っ赤になったネリーが慌てて手を振っていた。
「やだなー、冗談だよ。じょーだん。ネリーただ謝りたかっただけ。ネリーがシアーのことほったらかしにしたのはジジツだから。
 …………許してくれる?」
不安なのだろう、語尾がやや擦れている。でもそれに対するシアーの答えは決まっていた。
「うん!…………それから、シアーもごめんなさい。」
「う、うん…………よし、じゃ、仲直りの握手!それからこれは、『こーてきしゅ』への『らいばるせんげん』ってやつだよ!」
「え?なに、ネリーちゃん、それ?」
「へへー。二人のイイオンナが一人のオトコを奪い合うとき、せーせーどーどー闘いましょう、っていうあいさつなんだよ。
 前にエスペリアにきいたんだー!」
「へ、へー。そうなんだ…………」
ぎゅっ
一体エスペリアさんって普段なにを話しているんだろう………………疑問に思いながら、シアーはネリーと握手を交わしていた。

『求め』の干渉は一時的に抑えていたものの、心の奥底でうめく欲望がずっと悠人を突き上げていた。
食事を終え、自分の部屋に戻ったとたん、『求め』を部屋の隅に放り投げる。しかしもちろんそんなもので頭の中の声は止まらない。
「ぐぅぅぅっ!!!!!」
足をもつれながらベッドに勢いよく倒れこむ。まるで嵐の中に浮かぶ筏の様な理性を総動員させて悠人は必死にソレを押さえ込もうとした。
『マナを……マナを……』
冗談ではなく金槌で頭を叩き割る様に呪詛が響く。それに応じて自分の中で膨れ上がっていくもう一人の「自分」。
それに対抗しようと昼間の自分を思い出す。苦痛に抗うことに耐えられなくなったとき、ふと思ったのは「佳織の為」。
その為なのだから仕方ないと自分に言い聞かせつつも、それが単なる言い訳に過ぎないと心のどこかでは解っていた。
そんな理由付けをしてみても、純粋に「楽しかった」のだ。敵を倒す事が。スピリットの断末魔が。彼女達が霧に帰るのが。
そしてそれを止めてくれたのは、「大切なもの」だった。失いたくない、大切なもの。
その感情は縋りつける一本の糸。それをしっかりと結びつけるのだ。自分自身に。その気配を察したのか、『求め』の口調が急に柔らかくなる。
『…………契約者よ、汝が我に求めるものは、何だ?』
『…………俺の…………求める、モノ……?』
『そうだ、汝が真に求めるものは何だ、契約者よ。』
『俺が……求めるモノは…………』
ふいに双子の姿が思い出された。綺麗な髪。半開きの唇。柔らかい肢体。滑らかな肌。無防備な首筋。艶やかな吐息…………
悠人の思考を読み取った『求め』が我が意を得たりと囁いてくる。
『ふん、ならば我が物にしてしまえばよいではないか。あの妖精どももまんざら……』
がんっ!
悠人は勢い良く壁に頭を打ち付けて、懸命にその思いを打ち払った。
『ちがうちがうちがう!俺が求めてるのはそんな事じゃない!!俺はただ!!!』
額から流れる血が冷静にさせてくれた。今度こそ思い出せる、双子の笑顔。ネリーとシアーの、満面の笑顔…………
『そうだ、俺はただ、笑っていて、欲しい、だけ、だっ!消えろ、バカ剣!!』
『…………そうか。まあよかろう。今はそれでな…………』
捨て台詞ともとれる呟きを残し、『求め』の干渉は潮が引くように去っていった。

いきなりドアが勢いよく開かれる。あ、あぶなかった……まったくこいつらときたら、ホントに無防備というか…………
苦笑しながらそちらに目を向ける。荒い息を悟られないようそっと深呼吸をするのを忘れずに。
「ユート、来たよ~~~!!!」
「……来たよ~~~。」
たった今思い浮かべた笑顔が部屋に飛び込んできていた。

エスペリア達がバートバルトに帰還したその夜。
サルドバルト城攻略の為の最終会議が仮第一詰め所で行われた。
「敵は城内に篭城しています。大兵力で囲んで長期戦になるより、スピリットの小部隊で突入するのが良策と思われます。
 ですが、問題は城内に入ってからのようです。
 実は秘密裏に潜入したナナルゥの報告によると、侵入経路はほぼ一本道である事が判明しました。
 これが城の見取り図なのですが…………」
説明しながらエスペリアが開く大きな地図。そこに三箇所大きく赤い×印が記されている。
「城内は本丸を中心にして同心円の通路が三重に作られており、それらを一本道が貫いて城外へと繋がっています。
 そこで通路が交差する三箇所。ここに敵部隊が拠点を構えていると思われます…………」
その印をとんとんと叩きながらエスペリアは更に続ける。
「これらは戦術上でいう衢地(くち)です。逆に言えば、これらを抑えてしまえば枝の他部隊は立ち枯れてしまうでしょう。
 作戦としては枝葉を気にせず順番にこの三点を抑えていくのが単純かつ1番被害が少ないと思います。」
「……うん。いいと思う。あまり戦わない。」
珍しく言わでもの事をアセリアが挟む。元々アセリアは戦いの内容には殆ど興味が無い。しかしわざわざ念を押したのには訳があった。
二人同時に悠人の方を覗き込む。実は先日の戦い直後、悠人の様子がかなり危うかったのを二人とも気付いていた。
戻ってきた時に見た感じではあまり普段と変わらないようだっただが、第四位の神剣ならそれ位は平気で装うだろう。
そこであえてスピリットとの交戦が少ない作戦を示して悠人の反応を確認してみたのだ。
悠人の変化を少しでも見逃すまいと、二人の視線は真剣だった。そこに何かを感じ取ったのか、悠人も顔を引き締めて答える。
「ああ、エスペリアの作戦方針でいいと思う。これ以上犠牲を増やしたくないからな、味方も、敵も。」
それが悠人自身の言葉であると感じると、二人とも緊張がふっと解けた。どうやら大丈夫らしい。思わずお互いを見て微笑む。
「…………?二人とも、どうしたんだ?」
「い、いいえ、なんでもありません、ユートさま………………リュールゥ。」
「ユート、よしよし」
よくわからないままアセリアに頭をなぜなぜされる悠人だった。

サルドバルト城は昔写真で見たペンシルヴァニアのドラキュラ城のようだった。
ぶの厚い雲に覆われた空や背後にそびえるミスル山脈の寒々しい光景と重なって、重苦しい雰囲気が漂っている。
周囲には敵の気配どころか物音一つなく、これはひょっとして空城なんじゃないだろうかという気さえしてきた。
もちろん敵は篭城しているのであって、一度侵入すれば息を潜めていたスピリット達が押し寄せてくるだろう。
後ろを振り返る。皆同じ事を考えていたのか、これからお化け屋敷に入るような顔つきの面々だった。
すぅ、と悠人は深呼吸し、大きく息を吐きながらその重たい門を力いっぱい押し開けた。


「通路」とはいえ巨大な城の内部である。その広さもまた尋常ではなかった。
ハイペリアの単位でいえば、幅50m、天井の高さもそのくらいはあるだろうか。前方にいたっては先が見えない。
人間には広すぎるその通路だが、スピリット同士の戦いとなると話はまた別だった。
縦横無尽に飛び交い、すれ違いざまに剣を繰り出す。どこに着地しても、足場は必ずある。その反動が更なる加速度に繋がる。
速さを身上とする青や黒のスピリットにとっては格好の戦場だった。
そして赤スピリットにとってもこの地形は比較的神剣魔法が使いやすい。
身を避ける場所がほとんどないので、上手く放てば敵を一網打尽にする事が出来る。
一方、四方からの攻撃に晒されるこの状態は、緑スピリットにとって非常に辛いものだった。
神剣魔法によって防御しているときはいいのだが、味方を回復するのにどうしても防御を解かなくてはならない時がある。
そこを狙われては無防備で敵の攻撃に晒されるしかない。
つまり、攻撃に易く、防御・回復に厳しい戦いだった。自然、敵味方の被害は大きくなる。
それでも悠人達は全員無事に第一、第二の衢地を突破し、最後の防衛線に部隊を投入していた。
最初のポイントでは主力をなしたヘリオン、セリアが回復も兼ねて左右の敵を牽制している。
ここ第二ポイントには同じように突破の際主力になった悠人、ネリー、シアー。
それに予備部隊のファーレーン、ニムントールがそれぞれ左右に分かれて敵と対峙していた。
悠人がここに待機するのはエスペリアのアイデアで、隊長が後方と前衛の連絡を取りやすいこの位置の方が事態に対応出来るということだった。
そして最終ポイントには今まで戦闘に参加していなかったエスペリア、アセリア、オルファ、ハリオン、ヒミカ、ナナルゥの6人が向かっている。
サルドバルトの落城はもはや時間の問題だった。

…………城はもうすぐ落ちる。それは仕方が無い。この国の運命というものだろうし、元々我々には関係ない。
主から命令されている事はただ一つ。敵エトランジェにダメージを与える事。肉体的に、出来なければ精神的に。
必ず隙は出来る。それまでは………… 闇の中、気配を殺しつつ暗い瞳を光らせている者が、いた。


「ふぅ~~、意外とたいしたことなかったね、ユート。」
「ああ、だけど油断するなよネリー。まだ左右に敵がいるんだからな。」
「…………あのね、みんな、大丈夫かな?」
「ああ、心配するな、シアー。きっとすぐに終わらせてくるさ。」
「うん…………」
「ねね、帰ったらネリー、新しいメニューに挑戦しようと思ってるんだ~~」
「メニューって…………ひょっとして、料理、か?」
「うんっ!真っ先にユートに食べさせてあげるね☆」
「……ユート…………がんばってね…………」

その頃の最前線。
「ちょっとナナルゥ、なんかさっきからヒートフロアの効果、大きすぎると思わない?私の攻撃もなんだか…………」
「こないだ潜入したとき、こっそり炎の祭壇を祭っておいた。」
「そうか、それでか♪……ってアンタ、どうやってそんなこと!」
「先制攻撃(ry…………ふっ。ついでに蒼の水玉も埋め込んでおいた。」
「あらあら~、どうしてそんなことを~~?#」
「わわわエスペリアお姉ちゃん、ハリオンお姉ちゃんが笑いながら怒ってるよ~~!」
「当たり前です!そのせいで私たちだけ傷だらけじゃないですか!!ナナルゥ、どうして常緑の樹も植えておいてくれなかったの!」
「……エスペリア、突っ込むところ、ちがう。落ち着け。」

その頃の最後方。
「うわ~見てくださいセリアさん、こんなトコに何か祭ってますよ?」
「祭る?……あのねぇヘリオン、城の中に何を祭るっていうの……ってこれっ、月の祭壇!」
「ほへ?なんですか?それ。月の……えっと…………?」
「なんでこんなトコに月の祭壇が…………まさか…………いや、あの娘ならやりかねないわ………………」
「え?え?あの、セリアさん…………?」
「恐ろしい娘ね。敵に回したくないわ…………」
「わわわ~~っ!!なんでそんな怖い顔~~~?!なんかわかんないけどごめんなさいいい~~~!!!」

その頃の真ん中(右)。
「ニム、さっきの傷はもう大丈夫?」
「うん、なんでだろ、ニム今凄く元気っていうか、いつもより強くなったみたい。へへ、お姉ちゃんと一緒だからかな♪」
「まぁ、この娘ったら♪…………あら?こんなところに木が…………」

前方で聞こえてきた剣戟や炸裂音が次第に小さくなる。
気分の良い音ではなかったが、それでも戦いの終局が次第に近づいてきたという状況判断にはなった。
「静かになってきたね…………」
「ああ、どうやらもうすぐ終わりそうだな。ここも敵の反撃は無さそうだし。ネリー?」
「んぅ?」
突然話を振られたネリーが慌ててこちらへ向く。どうやら半分寝ていたようだ。口元によだれが垂れている。
緊張が解けかかっていたのかもしれないが、敵地のど真ん中で油断し過ぎだろう。
「まったく…………。ここはしばらく大丈夫だから、早くニムの処に行け。」
「…………へ?なんで?」
「ったく気付いてないとでも思ってたのか?お前さっき受けた攻撃、ちょっと脇腹かすってただろ?ニムに見てもらえ。」
「えっ、やだユート、見てたの?……えっち♪」
「なにがだ!!はやく行け!」
「は~い……えへへ、じゃ、シアー、ちょっと行ってくるね!」
逃げるようにぴょんぴょんと後ろ飛びに駆け出していく。
その時、すっと影が動いた。飛び出したその影は無防備なネリーの背後に忍び寄ってくる。
きらりと、何かが反射するのを最初に見つけたのはシアーだった。シアーが咄嗟に叫ぶのと同時に影がネリーにぶつかった。
「!!ネリーちゃんっ!危ない!!!」
「………………へ?」

さくっ

なにか軽い音が聞こえた気がした。続けて胸の辺りになにか焼けるような感覚。俯くと、胸から赤い棒が生えていた。
「あれ……………………?」
喉元に熱いものがこみ上げてくる。同時に激痛が体中を走った。耐えられなくなって口の中のものを吐き出す。
目の前に鮮血が飛び散った時、初めてネリーは自分が貫かれている事に気付いた。

「ネリーっ!!!!!!!!」
「ネリーちゃんっ!!!!!!!」

刺客の存在に今更気付いた悠人は猛然と飛び出していた。それを待っていたかのように数人のスピリットが襲い掛かる。
『求め』を振りかざしつつそれを交わしてネリーに近づこうとするが、その前面にも敵が立ちはだかった。
完全に油断だった。主戦場ではないとはいえ、ここは紛れも無い敵地だったのだ。自分の間抜けさに腹が立つ。
歯軋りで口の中が破けたが、そんなことはどうでもよかった。悔しさが、悠人から冷静さを失わせていた。
くそっ!戦いはおわったとでも思ってたのか、バカ野郎!!!…………なにが「守る」だ!畜生!!
視界に広がる、剣で貫かれたままゆっくりと崩れ落ちていくネリー。
それを冷静に見届ける黒スピリットの目を見たとき、悠人の中で何かが壊れた。
それは、あまりにもあっけないおわり。そして、あまりにもあっけない闇との邂逅。

「くそっ!どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

『求め』の力を最大限に解放する。怒り、憤り、そして悲しみ。頭に血が上った悠人は最早その事を躊躇しなかった。
膨大なオーラが『求め』と悠人を包み込む。それははっきり目に見える程の「プレッシャー」だった。
一瞬。その尋常ならざる突進を防ごうとした敵スピリットは、受けた剣ごと文字通り「消滅」していた。
さらに一撃は衝撃波となり、周りのスピリット達を吹き飛ばす。壁に叩きつけられた彼女達はことごとく絶命した。
ネリーを今だ貫いたままの黒スピリットの目にひっ、と恐怖の色が走る。
悠人はあっという間に間を詰めると、「ソレ」を立ち木を斬るようなたやすさで両断していた。
そのまま荒い息をつきながら立ち尽くす。これ程『求め』の力を解放したのは初めてだった。
金色のマナを見つめながら、ふと疑問が頭を掠める。
(…………いつもの干渉が………………来ない?)
『求め』の声が聞こえない。頭痛もしない。いや、むしろ爽快な。頭の中で霧が晴れていくような清々しさ。
(いつもの?いつもの、とはなんだ……?)
疑問が愉悦に替わる。心が、感情がすり替え始められていた。巧妙な『求め』の支配。それを不審にさえ思わなかった。
意識が黒く塗り変わるイメージ。闇の奥に沈みこむような、それでいて心地良い感覚。
悠人はいつの間にか口元に歪んだ笑みを浮かべて立っていた。

「ユート!ネリーちゃんが、ネリーちゃんが………………」
倒れたネリーに駆け寄ったシアーが何か叫んでいる。向こうから駆けてくるファーレーンとニムントールも見えた。
しかし、「今の」悠人にはそれを認識する事は出来なかった。