代償

Converge

長い長い夢を見ていたような気がする。我に返った悠人は一瞬自分の置かれている状況が理解できなかった。
「血が止まらないっ・・・・・・ニム、止血だけでも!」
「だめだよ!マナの放出が激しすぎる!これじゃ…………」
「ネリーちゃんっ!ネリーちゃん、しっかりして………………」
悲鳴がまず飛び込んできた。続いて視界が戻ってくる。最初に目に映る泣き叫ぶ少女。
なんだ、なんで泣いているんだ、シアー。だめじゃないか、俺は、シアーには笑っていて欲しいんだ…………
「!!!」
意識が急速に覚醒してくる。
(そうだ!ネリー、ネリーは?)
泣き崩れているシアーの横に青いロングヘアーが広がっていた。そしてその横に広がる赤い大量の……血。
どくんっ
心臓が大きく跳ね上がる。先程の光景を思い出した。貫かれ、鮮血を飛び散らしたネリー。
「冗談、だろ……?」
呟きも上手く口から出ない。奥歯ががたがたと震えていた。竦んでしまって動けない足をむりやりに動かす。
「!ユートさま……!」
ふらふらと近づく悠人に気付いたファーレーンと目があう。哀しそうにファーレーンは俯き、そっとスペースを空けた。
悠人は静かにネリーの傍らにしゃがみ込む。
必死に神剣魔法を掛け続けるニムントールの目に涙が浮かんでいる。
「…………ネリー?」
横たわるネリーに話しかける。シアーの膝に頭を乗せ、眠っているようにも見えた。
「おい、起きろよネリー。寝てるんだろ?さっきから、眠そうだったもんな。でもな、こんなとこで寝てたら風邪引くぞ?」
ゆっくりと反応しないネリーを揺さぶる。やがてそれはだんだんと激しいものに変わっていった。
「……おいっ!冗談だろ?うそ寝してるんだよな?いいからもう起きろよ。
 もう終わったんだからさ、帰ってゆっくり寝ようぜ?おい、ネリー、ネリーっ!」
「落ち着いてください、ユートさま!ユートさまっ!!」
後ろからファーレーンが懸命に悠人を止めようとする。蒼い瞳に涙をいっぱいに溜めていた。
「放せよ、ファーレーン!俺は……こいつを守るって決めてたんだ!!なのになんでこんな所で寝てるんだよ!!なんで!!!」
「ユートさま…………」
ファーレーンが静かに首を振る。悠人は何処か遠い処でその意味を悟り、がっくりと肩の力を抜いた。
とたん、ぽとりと地面に落ちる液体。悠人は自分の視界が歪んでいるのに初めて気が付いた。

「ネリーちゃんっ?!!」
シアーの叫びにぴくっと体が反応する。慌てて振り返ると、シアーの膝でネリーがうっすらと目を開けていた。
「…………シ、アー?」
「ネリーちゃん……ネリーちゃん……ぅええ~~~ん………………」
「シアー、泣いてるの……っかはっ!」
「ネリー喋るな!じっとしてろ!」
「んぅ?……ユートも泣いてる……あは、そっか……ネリー、ドジっちゃって…………」
自らの口から流れる血に気付いたネリーがうっすらと微笑んだ。はぁーーーっと小さく息をついて、シアーに囁く。
「ごめんねシアー、また泣かせちゃって…………」
「ううん、ううん…………」
激しくかぶりを振りながら泣きじゃくるシアー。そんなシアーの頬にネリーは震える手を上げてそっと当てた。
そのまま涙を拭いてやると、頬に赤い跡が残った。それが自分の血だと気付いたネリーが手を放そうとする。
シアーは必死にその手を自分の頬に押し当てた。
「あは…………だめだよシアー。よごれちゃうよ…………」
「そんなの…………そんなの…………」
困った顔をしたネリーの視線がそっと悠人の方に向く。
「ごめんねユート…………ネリー、もうだめみたい……シアーのこと、たのむ、ね…………」
そう言って静かに目を閉じようとする。悠人は必死になってネリーに呼びかけた。
「頼むってなんだっ!俺はやだぞ!お前以外に誰がシアーを笑わせていられるっていうんだっ!」
「…………ユートなら……大丈夫だ、よ…………シアー、ユートが、好き、だか、ら…………」
「おいっ!ネリー、起きろ!帰って俺に飯作ってくれるんじゃなかったのかよ!……頼む、から………………」
「ネリーもね……好き……だった…………よ………………」
「…………?……ネリー………………?」
ネリーの目は閉じられていた。シアーに握られた手から急速に体温が失われていく。金色に変わっていく胸の傷。
「ネリーっ!!!!!!」
「おねえちゃんーーーーーっ!!!!!!」
二人の叫び声が響き渡ったその直後、ファーレーンは腰の『月光』が何か言ったような気がした。
なんだろうと不審に思ってニムントールの方を見てみると、同様のことがあったのか、首をかしげている。
(………………?)
その瞬間。辺りを眩い青い光が覆った。それはあっという間に悠人達三人を包み込み、さらに輝きを増しつつある。
「……なに?」
「これって……共、鳴………………?」
ファーレーンとニムントールは『求め』『静寂』『孤独』が
それぞれの主を包みつつ重なっていくのを呆然と見つめていた。

『…………いるのだろう?手を貸せ』
『…………貴方とこうして会うのは二回目ですね』
『……ですね』
『そうだな。不快な能力だ。貴様達の力は』
『そうですか?私は嬉しいですよ。久し振りに「応じて」くれた神剣に会えて』
『……会えて』
『…………借りは返してもらうぞ。我が契約者への干渉を阻害したのだからな。わざわざ精神に侵入してまで』
『あら。あれは干渉だったのですね。……そんなに今の契約者を気に入られたのですか?くすくす……』
『#ふんっ…………孤独とはよく言ったものだ。他人の精神にのみ存在し、その感情の一番奥深い処を浮上させる』
『そして自分自身はそれを映す鑑でしかない……』
『だからこそ静寂、貴女の主はシアーちゃんに惹かれたのです。同じ質の神剣である、私たちに』
『そう、貴女の主がネリーちゃんに惹かれたように……』
『己の契約者をちゃん付けで呼ぶな…………。それよりよいのか、あの妖精の命は間もなく尽きるぞ』
『あら、そうですね。求め、力を貸してもらえるのですか?』
『…………ふん。仕方なかろう。契約は果たさなければならない。それにこれ以上我が契約者がふぬけになってはつまらぬからな』
『ふふ、ありがとうございます。静寂も宜しいですね?』
『是非もありません。我が主はもはやわたくしだけでは救えませんから』
『判りました……そうですね…………せっかくですから存在と熱病にも頼みましょうか』
『……貴様、なにか楽しんではいないか?…………それに何故その二本なのだ。側に月光と曙光がいるではないか』
『そんなことはありませんよー。それに同じ青い主を持つ方が相性がいいかなと思いましてー』
『###無意味に語尾を延ばすな。簡単に契約者に影響されてしまうとは、これだから下位神剣は…………』
『鑑ですからー』
『ですからー』
『######』
『冗談ですよ、そんなに怒らないで下さい。貴方こそ以前はそんなに短気でしたか?』
『………………むぅ』
『くすくす……それでは求め、貴方の力をお借りします。わたしがおふぇんす、貴女はさぽーとを』
『……判りました。マナよ、我に従え、彼の者を包み…………』
『……………………不快だ』

戦いを終えたアセリアは『存在』の声を聞いていた。
『アセリア、後方で何かが起こっています。』
(……ん。『存在』、敵か?)
『違います……が、エーテルの奔流がそこに向かって集中し始めています。』
(わかった、とにかく行ってみる。)
「エスペリア、行って来る。」
「え?アセリア、ちょっとっ!」
アセリアは答えもせずにハイロゥを展開して飛び出した。間もなく前方に蒼く輝く光球が見えてくる。
「なんだろう……『存在』?」
『…………判りました、手を貸しましょう。アセリア、残りの力を全て私に集中して下さい。』
「…………ん。」
『存在』を絶対的に信用しているアセリアは何も聞かずにそのマナを全て展開した。『存在』が光り始める。


ずっと黙っていたセリアがいきなり立ち上がったのを見てヘリオンは驚いた。
「あああああの、セリアさん、どうかしました、か?」
おどおどとセリアを見上げる。拍子に目に入った『熱病』がうっすらと光っていた。
「ヘリオン、少し頼むわ。」
「は?なにをですか……って、セリアさーーーん!どこ行っちゃうんですかーーーーー!!!」
『熱病』から伝わる危機感に従い、セリアは全力で駆け出していた。
(ネリー!!もう、ドジなんだからっ!!!死んだら許さないわよっ!!!)

瞼が軽く痙攣したように動いた。
やがてうう~んと聞きなれた寝起きの声を出して、ネリーが目を覚ます。
「んぅ?…………あれ…………?わたし………………?」
怪訝そうな顔をしているネリーを見たとたん、思わず悠人は力強く抱き締めていた。
「え?アレ?へ…………?ユート……?」
急な抱擁にどうしていいか判らず、ぼんやりと辺りを見渡す。すると周りには目に涙を浮かべた仲間達が取り囲んでいた。
泣き笑いのファーレーン、鼻をぐずらせているニムントール、なぜかアセリアまでにこにこしながらそこに居る。
向こうの隅で背中を向けながら目を擦っているのはセリアだろうか。
(……って、きゃあ!)
我にかえったネリーが真っ赤になって暴れる。しかし悠人は構わず抱く腕に力を込めた。
「わわっ!ユート、ち、ちょっとっ!恥ずかしいよっ!」
「いいからちょっと黙ってろ、このバカ!……それくらい、我慢、しろ………………」
華奢なネリーの躰。ちょっと高めの体温。その鼓動を感じられる。よかった。生きてる。ほんとうによかった………………
「まったく……このじゃじゃ馬姫は…………心配させやがって………………」
「あ……うん………………」
悠人の心が伝わったのか、ネリーの体からすっと力が抜ける。力強く抱き締められているのが心地よい。
ネリーは自然に自分からも悠人の背中に腕を回していた。すると後ろからも、ふわっと誰かに抱き締められる。
「ネリーちゃん…………」
「シアー……。へへ…………あの……ただいま。」
「うん……おかえり、なさい、おねえちゃん……………………」

三人はそのまましばらく抱き合っていた。
折り重なるように傍らに置かれた三本の神剣がその光を収めるまで…………………………