破壊の死神

中編

 トキミ様のおっしゃっていた味方のエターナル、聖賢者ユウト様がようやくファンタズマゴリアに現れた。
 第一印象は、威圧感のようなものがまるで無く、どこか危なっかしささえ感じてしまうような人。
 エターナルという事から、もっと威厳のある人物を想像していたので、正直かなり意外ではあった。
 けれど、その笑顔は不思議と私を安心させる力強さを持っていて、絶対にこの人は頼りになる、絶対の信頼に値するという強い確信が心の中に芽生えた。
 いや、芽生えたという表現は正しくない。それは瞬時に芽生えたというよりも、以前からずっと心の中にあったような不思議な感覚。
 それだけではない。
 私の心はどうしてしまったのだろう。
 ユウト様の笑顔に、真剣な顔に、そしてなぜか垣間見せるどこと無く寂しげな表情に、初対面の筈なのに私の心はなぜか激しく掻き乱された。
 これがエターナルの力なのだろうか。そんな事すら考えた。

 夜。
「あのユウトってエターナル。なんか頼りない感じする」
 私の部屋にやってきたニムは、私のベッドに腰掛け足をぶらぶらさせながら喋っている。
 私は本を読んでいたのだが、ニムの話に集中力が途切れてしまって本を机に置いた。
 もっとも、ニムが来る前から集中できているとは言いがたい精神状態ではあったが。
「ニム、ユウト様はこの世界を救う為にやって来て下さったのです。呼び捨てにしてはダメでしょう」
「でも、ユウトは構わないって言ってたよ」
「それでもです」
「えー」
 何気に人見知りするニムが、ユウト様にはすぐに心を開いた。
 やはりエターナルというのは、どこか不思議な魅力を持っているのかも知れない。
 そうでもないと、この胸の高まりは説明できない。
「どしたの、お姉ちゃん?」
「う、ううん。何でもないから」
「ふーん?」
 ニムにばれない様にするのが大変だった。
 ニムは最後までどこか疑わしそうな目をしていたけれど。

 翌朝、ユウト様がたった一人で敵の本拠地に乗り込んだという報告がトキミ様からあった。
 驚き、あきれ。でもそれ以上に、やっぱりと思った。困惑は無い。
 心のどこかで、ユウト様ならこうするだろうと思っていた。
 なぜだろう?
 答えは見えない。
 今はただユウト様を追って、ソーン・リームに向かい、走る。


 完全に予想外だ。
 誰にも犠牲になって欲しくない、そう思ってソーン・リームに一人で出て来た。
 シュンとは俺だけで決着をつけるつもりだった。
 甘かった。
『だから言ったのだ。少し考えれば解ったであろうに。……まさかここまで考え無しだったとは』
 『聖賢』の声がする。いちいちもっともすぎて、逆に腹が立つ。
『全く、何故に我はこの様な者を持ち主と認めてしまったのか……』
「……文句言ってるヒマがあったら、もっと力を貸せよな」
『重ねて愚かな。お主が力を上手く扱えていないだけであろう』
 ……全く、腹が立つ。
「アーッハッハッハッ!! そらそらそらっ!!」
 バギャアッ!!
 鞭型の永遠神剣『不浄』が、一瞬前まで俺がいた場所の地面を抉る。
 岩が砕け、土や雪が飛び散る。
「そうですね……こうしたら、死んでもらえますか?」
 体勢を整える間も無く、双子剣型の永遠神剣『流転』による変幻自在の連撃が襲い掛かる。
 ガッガッガギィッ!!
「グル、アァァァアァァァ!!」
 辛うじて防御し、間合いを離すもそこに追い討ちの炎。永遠神剣『炎帝』による神剣魔法。
 意識を集中し、オーラフォトンの壁で炎を防ぐ。
 ゴアアアアッ!!
「ちいっ!!」
 何とか受け流す事に成功した。
 それにしても、3体のエターナルを同時に相手にする羽目になるとは思わなかった。
 相手は皆第三位永遠神剣の使い手。
 一対一なら何とかなる。そう考えていた。
 だがよくよく考えてみれば、敵が一人一人出て来るとは限らない。
 まして、こちらが一人なら尚更に。
「くそっ、バカか俺は」
『改めて言わずともその通りだ』
「……」
『お主の頭でも理解できるように今一度言おう。今更言わずとも そ の 通 り だ』
「……『聖賢』うるさい」
 俺と『聖賢』のやり取りは聞こえていないだろうが、まるでそれを嘲笑うかのように水月の双剣メダリオが迫る。
「僕の剣が、あなたを倒したいと言っているんですよ!!」
 ガッガッ!! ガキャアッッ!!
 流れるような連続攻撃を受けたところに不浄の森のミトセマールの神剣魔法が叩き込まれる。
「さあさあ踊っておくれよ!!」
 ギャアアアアンンッッ!!
 体から力が抜ける感覚。
「くっ、この程度で、立ち止まるわけには!!」
 更に業火のントゥシトラの炎が襲い掛かる。
「アァァァッ、シュシュ、シュシュシュ……」
「!?」
 体の、マナの反応が鈍い!!
 これは、さっきくらった『不浄』の力か!?
 目の前に灼熱の炎が迫る!!
 必死でオーラフォトンを集中、ガードを固める。
 しかし中途半端なガードにしかならない!!
 ゴアアアアアッ!!
 燃え盛る炎が踊り狂う。
 だが、ダメージは、予想よりも遥かに少なかった。
 それは、加護の力が俺を守ってくれたから。
「よぉ、助けは必要か?」
 振り向いたそこには、息を切らした時深、光陰、今日子、そしてスピリットのみんながいた。

 嬉しい気持ち、すまない気持ち、全てが混ざった感情。多分言葉にすれば、感動というのが一番近い。
「みんな!!」
「悠人さん、どうして一人で勝手に突っ走ったりするんですか!? そんなに私は信用できませんか!?」
 怒られる。
「い、いや、その……すまん」
「もういいです。悠人さんには後でたっぷりとエターナルとしての心構えから何から叩き込んであげます。ですが今は……」
 時深が表情を引き締めて、敵の方を向く。
 その瞳は既に戦う者のそれだった。
「不浄の森のミトセマール。あれの使う神剣魔法は悠人さんには少々厄介です。私に任せて下さい」
「大丈夫か?」
「悠人さんがそれを言いますか? 大丈夫。力に溺れる者など、私の敵ではありません」
 時深は言うが早いか飛び出す。
「フン、生意気な。絶望を見せてやるよ!!」
「見えるのは、あなたが塵となった姿です。その先には明るい未来しか見えません!!」
 エターナル同士の戦いが始まった。
 鞭型の永遠神剣が激しく飛び跳ね、狂った様に四方八方から時深に襲い掛かる。
 それを全て舞でも舞うかのように優雅に避けきる時深。見てから避けるのでも、相手の攻撃を読んだのでも無い。
 攻撃の来る未来を見ていた。
「へぇ。やるじゃない」
「あなたは期待外れですけど」
「……言ってくれるじゃないか!! 覚悟しな!!」

「ユウト、俺達はどうすればいい?」
 光陰が尋ねてくる。
「あの双剣の奴を抑えてくれ。だが、奴は強い。無理はするなよ。俺か時深が行くまでの時間稼ぎでいい」
「了解だ」
「まっかせといて」
 光陰と今日子がうなずき、スピリット隊がメダリオを取り囲んだ。
「さて、いくか。特に面白くも無いけど、死にたくもないしな」
「負ける気は無いからね。本気で行くわよ」
 メダリオにスピリット隊の波状攻撃が始まった。
「よし、俺の方も気張らないとな」
 仲間達にここまでされて、これ以上情けない真似は出来ない。
 感動を胸に、業火のントゥシトラと対峙する。


 光陰も今日子も、アセリアもウルカも、エスペリアもヒミカもセリアも、皆自分の実力にある程度の自信を持っていた。
 弱気なシアーやヘリオンも、戦いの中で成長し、皆の助言もあって少しずつ自信をつけてきていた。
 どんなに強大な相手でも、皆で協力すれば何とかなると思っていた。
 しかし敵のエターナルは格が違いすぎた。
 相手のガードを問答無用で叩き潰す筈のアセリアやセリアの攻撃は軽く弾き返され、ウルカや今日子の電光石火の連続攻撃もそれ以上のスピードで叩き落される。
 そして相手の攻撃はエスペリアや光陰のガードすらやすやすと突破し、大きなダメージを与えてくる。
 全ての攻撃は防がれ、向こうの攻撃は防ぎきれない。神剣魔法は打ち消され、うたせてももらえない。
 これまでの戦いの経験が、この強力なエターナルを相手にしては、自分達は足止めくらいにしかなれないという判断をさせた。
 ユウトかトキミが敵のエターナルを倒し、こちらのフォローに来るまでは、何とか持ちこたえよう。そう考えた。
 だから、自分の力にまるで自信の無いファーレーンだけが気付いた。
 自分達は、足止めにすらなれていない。エターナルの眼中に私達は、無い。

「さて、そろそろ遊びは終わりにしましょうか」
 メダリオが桁外れのマナを込めた双剣を構えて飛ぶ。
 とっさに皆が神剣を構え、防御の体勢を取った。
 しかしその目標は、光陰でも今日子でも、ましてスピリットの面々でもなく、ントゥシトラと対峙するユウトの後ろ姿だった。
「まずいっ!!」
 光陰が叫ぶ。だが元から違うスピード、しかも最初の一歩で出遅れて追いつける筈も無い。
 ユウトがやられたら、そこで勝負は決まる。
 それは第二位永遠神剣の持ち主がやられるという事以上の意味がある。
 記憶が無いとはいえ、長い戦いで培われたユウトに対する絶対の信頼が、皆の心の中にあったから。
 それは転じて、ユウトがやられれば皆が敗北を認めてしまうという事に他ならない。
 ユウトさえ倒してしまえば、それだけで勝敗は決する。それを理解していたからこそ、メダリオはまっすぐにユウトを狙った。


 『聖賢』を構え、ふらふらと漂うように動くントゥシトラとの間合いを計る。
 甘く見ていた訳では無いが、その予想よりも遥かに厄介な相手だ。
 そもそも、今まで戦ってきた経験は人間型のスピリット達とのものであり、その戦いの経験がまるで通じない。
 外見は巨大な目玉。
 斬りつけた箇所からは高温の血液が弾け、それを受けるとこちらが酷い火傷を負う。
 攻撃も全く初めて見るもので、『聖賢』から流れ込んでくる知識が無ければどう対応していいかすら判らなかったかも知れない。
 しかし知識を与えられても厄介な相手である事に変わりは無い。
 攻撃と回復を繰り返しながら、相手の体力を削いでいくつもりでじりじりと動き、攻撃の体勢を作る。
 瞬間、ぞわりとした悪寒が背中を走った。
 戦いの中で研ぎ澄まされた感覚。殺気を感じ、素早く後ろを向く。
 そこには今まさに双剣を振り下ろさんとするメダリオの姿があった。
 やばい!! やられる!!
 そう思った瞬間、メダリオの剣筋の先に誰かが飛び込んでくる。
 それは、ファーレーン。
 いつも着けている兜は壊されてしまったのだろうか。
 広がるくせっ毛から漂った、花のような香りだけが妙にリアルだった。


 思わず、ユウト様の前に飛び出してしまった。
 あのままではユウト様がやられると思った。
 だから飛び込んだ。
 ……いや、違う。そんな理屈で説明できるような、考えての行動じゃない。
 気がついたら飛び出していた。体が勝手に動いていた。
 なぜだろう?
 彼は昨日この世界に現れたばかりのエターナル。
 出会って、たったの一日しか経っていない筈。
 なのになぜ?
 思考の答えを待たずして敵のエターナルの攻撃が迫る。私ごとユウト様を斬り裂くつもりなのだろう。
 攻撃を防ごうにも、こちらの刀はもう間に合わない。
 まともに受けて生きていられるほどぬるい攻撃でもない。
 これで私は死ぬ。それだけがはっきりと確信できた。
 願わくば、ユウト様だけでも助かりますよう……。
 そうすればこの世界は救われるから……。
 ニムや他のみんなも救われるから……。

 瞬間、世界が暗転した。
 頭の中にくぐもった声が響いている。
『……ぃ』
「え?」
 私は暗闇の中にいた。
 全くの暗闇、自分の体がどこにあるかすら確認できない。目を開いているのか瞑っているのかすら判らない状態だ。
 一体何が起こったのだろう。
『……に………よ』
 誰かが、あるいは何かが私に語りかけてきている。
 しかしその言葉は不明瞭で上手く聞き取れず、周りを見渡しても暗闇が広がるばかりで何も見えない。
『全…、心………っ………』
 状況が上手く把握できない、私は戦っていた筈だ。
 そう、その戦いの中でユウト様をかばって、敵のエターナルの攻撃を……。
 そこから先の記憶が無い。
 という事は、死を認識する間も無くやられたという事か。
 するとやはり、ここはバルガ・ロアーなのだろう。
 いかなる理由があろうとて、たくさんの命を斬り捨ててきた私が、ハイペリアに行ける筈も無い。それも当然の話だ。
 ならば、後は罪を贖うのみか。
 そう考えると、心が少し落ち着いた。心残りなのは、ユウト様がどうなったかという事。
 ユウト様が無事だったならば、きっとニムを、そしてファンタズマゴリアを救って下さるだろう。
『……らいい加…俺の話を………』
 声が先ほどよりも少し明瞭に聞こえる。
 この声は、裁きの声だろうか。
『……落ち着……、心で聞…』
 落ち着いて心で聞く?
 暗闇の中、自己の認識すら危うい中で気付けていなかったが、そういえばこの声は耳ではなく、心に直接届いているような気がする。
 深呼吸をひとつ。
 いつもの修行で行っているように、心を落ち着け、無心になる。
 明鏡止水。
 すっと自分が空っぽになる感じ。世界と自分が一体になる感覚。
 再び心に声が響いてきた。
『やればできるじゃないか。最初からこうしろっての』
 声は明瞭に聞こえるようになったが……何だろうこれは。
 裁く者のイメージとはかけ離れた、妙にくだけた口調だ。
「誰ですか?」
 恐る恐る尋ねてみる。
『俺は永遠神剣『破壊』。お前の持っていた『月光』の真の姿だ』
「え?」
 そういえばこの声は、ニムを助けたときに聞こえた声と同じものだ。
『色々あって休んでたんだが、ようやく回復した』
「回復って……私は死んだんじゃ無いんですか」
『おいおい、勝手に死ぬなよ』
 話が見えない。
 私はまだ死んでないのか?
「じゃあここは……」
『ここは俺の精神の中。ま、そんな場所だ』
「真っ暗で、何も見えない……」
 一条の光すら射さないこの闇が、『月光』いや、『破壊』の心だというのだろうか。
『あほぅ』
「あ、あほ!?」
『全く、本当にお前は……いいか? 世界は目に見えるものが全てじゃない。心で感じてみろ』
「心で……」
 先ほどと同じく、修行の要領で心を落ち着かせてみる。
 ……。
『どうだ?』
「……何だか暖かいです」
 なんだか陽だまりの中にいるような暖かさが感じられる。
『まぁ、最初にしちゃ合格か。世界は肉体で感じ取れるものが全てじゃないんだ。
 目に見えるのは可視光のみ。耳に聞こえるのは可聴域の音波のみ。が、それは世界のホンの一部でしか無い。
 全てを感じ取れるのは心だ。それが解れば、ここほど楽しい世界も珍しいぜ。自分で言うのもなんだがな』
「……ええ」
 五感全てに何も感じられない筈が、限りなく優しい色が見える。とても穏やかな音が聞こえる。いい香りがする。
『っと、んな事やってる暇は無いんだった。
 おい、今はそんな事よりも、もっと大事な事があるだろ? お前、ユートという奴を助けたいんじゃないのか?』
 はっと息を呑む。
 そうだ、私はユウト様を助けようとして……。
『時間も無い事だし結論から言う。俺を使えばユートを助けてやる』
「ユ、ユウト様を助けられるのですか?」
『それと俺を使うならお前も助ける。逆に言や、このままならお前は死ぬ』
「え? 私が死ぬ?」
『双剣のエターナルに斬られかけてる。覚えてるんだろ?』
「じゃあ選択肢は無いんじゃ……」
『死ぬより辛い生もある』
「……」
『エターナルについての話は、カオリって奴とトキミって奴から聞いてるだろ?』
「……ええ」
 いつだったかはっきりしないが、確かにエターナルに関して話を聞いた記憶がある。
『俺を手にするって事は、エターナルになるっていう事だ。エターナルになるっていう事は、永遠の戦いに身を投じるっていう事だ』
「……」
 薄々感づいてはいたが、やはりこの『月光』の真の姿という神剣『破壊』は上位のものだったのだ。
 上位永遠神剣を手にする事。エターナルになる事。永遠に戦い続けるという事。
 ぐるぐると考えが頭をめぐる。
『帰る場所も無くなる。エターナル以外の全ての存在からお前は忘れられ、いなかった事にされる』
 皆の記憶から、ニムの記憶から私が消える。ファンタズマゴリアで暮らせなくなる。
「……」
 心を落ち着ける。
 目を瞑り、再び深呼吸を一つ。
 うわべを考える事をやめ、本質を考える。
 自らの心に問う。
 私は、何を望む?
『世界は時と共にうつろいゆく。生まれ、そして死にゆく。それが自然ってもんだ。だが、俺を手にすればそこから外れる事になる。親しかった奴らが自分を残して消えていくのに、お前は耐えられるか?』
 みんなの事が思い出される。ニム。仲間のスピリット隊のみんな。これまで出会ったたくさんの人達。
『どうする? 俺を手にして……』
「私は、エターナルになります。私はユウト様を助け、ニムや仲間達を、ファンタズマゴリアを救います!!」
『いいのか?』
「はい。私の心がそれを望んでいます。であるならば、この選択に迷いはありません」
 『破壊』は私の声に嬉しそうに応えた。
『その言葉が欲しかった。
 今、お前は自分の心に従い、自分を縛っていた枷を一つ破壊した。その心に応えよう。
 俺と共に古き自分を破壊し、気高く優しい心を貫き、立ちはだかる壁を破壊しろ。
 それが成長であり、より良き未来を切り開くという事だ。
 俺の名は『破壊』。第二位永遠神剣『破壊』だ。よろしく頼むぜ、相棒!!』

 次の瞬間、私の意識は現実世界へと戻った。
 眼前には迫り来る双剣。
 けれども、ほんの一瞬前には絶望しか感じられなかったこの瞬間が、今ではもう危機でも何でもなくなっていた。
 自分の内から、圧倒的な力が溢れてくる。
「はっ!!」
 音速を遥かに超える速度で神剣を一振り。敵エターナルの双剣を跳ね上げる。
 ガキインンッ!!
「何っ!?」
 相手にしてみれば、信じられない事だったのだろう。ただのスピリットと思った者がエターナルの一撃を防ぎ、弾いたのだから。
 それも恐るべき速さと力をもって。
 敵エターナルは、意外な展開に後ろに跳び退る。
 私は『月光』を目の前に掲げた。そうすべきだと思った。或いはそれは神剣の意思だったのかも知れない。
 『月光』に光のひびが入っていく。
 羽化。さなぎが成虫になるかのように、神剣が眠りを覚ます。
 月光は光と共に砕け散り、そこに大きな鎌形の神剣が姿を現した。
 これが第二位永遠神剣『破壊』。
 その大鎌を手に取り、軽く振ってみる。
 ひゅんっ。
 全てを斬り裂く圧倒的な破壊力が感じられた。
 刀型の神剣しか扱った事が無かったので不安だったが、意外にも大鎌は全く違和感無く手になじむ。
 『破壊』の声が語りかけてくる。
『どうだ?』
「不思議です。ずっと扱っていたかのように凄くしっくりきます」
『それじゃあ、いくか』
「ええ!!」
 私は軽く足に力を込め、双剣のエターナルに向かって飛ぶ。
 少し前にニムを助けた時の事が頭によぎる。
 『月光』、いや、『破壊』が力を貸してくれたあの時、その強大すぎる力は私自身の体をも壊しかけた。
 しかし今は、あの時よりも遥かに大きな力が体中にいきわたりながら、私の体はその漲る力をコントロールできている。
 これが、エターナルの体。
 敵は構えるが、その動きがひどく緩慢に、スローモーションのように見える。まるで水中でもがいているかのように。
 大鎌を振るう。まるで何万回も行ってきた動作の様に、自然に体が動いた。
 すっ、すっ、すっ。
 先ほどの素振りとなんら変わりない手応え。
 それは、手応えらしい手応えも無い、という事。
 しかしそれだけで『破壊』は、敵の命の火を刈り取っていた。
「え?」
 双剣のエターナルは、何がおきたかもよく解らないといった表情のままで、金色の光の粒になり、消えた。


 何が起こっているのか、ユウトには把握しきれていなかった。
 水月の双剣メダリオが背後から襲い掛かってきて致命的な一撃を食らおうかという瞬間に、ファーレーンが身を挺して俺を庇うべく、その前に立った。
 ファーレーンが切り裂かれると思ったその瞬間、メダリオの神剣は弾かれ、驚いたようにメダリオは間合いを取った。
 ファーレーンが神剣を眼前に掲げると、ファーレーンの永遠神剣『月光』は砕け散り、大鎌に姿を変えた。
 ファーレーンはその大鎌を手に取り、数度それを振るとゆらりと姿を霞ませ、次の瞬間にはメダリオが金色の霧と成り果てた。
 その次々と起こる出来事に思考が追いつかず、ユウトの頭は混乱しかけていた。
「ユート様」
 いつの間にかユウトの隣にいたファーレーンが声をかける。
「う、うおっ!? ファ、ファーレーン? いったい何がどうなって……」
 慌てるユウトの言葉を、ファーレーンは冷静にさえぎった。
「その話は戦いの後に。まず今はあの目玉のエターナルを倒します。敵の返り血を浴びぬよう、下がっていてください」
 ユウトの返事を待たず、ファーレーンはすっと大鎌を構える。
 ゆらり。
 再びファーレーンの姿が怪しく揺らめき、掻き消え、黒い風が吹いた。
 ユウトにはそうとしか感じられなかった。
 黒い疾風は業火のントゥシトラを吹き抜け、一拍おいてントゥシトラが霧散する。
「シュフ、ル、ルァァァァァ!!」
 斬られ舞い散る灼熱の血液すらも、噴き出した時には既に遅し。
 そこにはもう、誰もいない。
 混乱が加速し、立ち尽くすのみのユウトにまたもや隣から声がかかる。
「引き続き、トキミ様に助力し敵を倒そうと思います。しばしお待ちになっていて下さい」
「あ、ああ」
 ユウトはもはやどこをどう驚くべきかも判らず、もはや驚きを通り越して唖然とするしかなかった。

「な、何なんだい。いったい何が……」
 不浄の森のミトセマールは最後まで言葉を言い切る事が出来なかった。
 ミトセマールもまた黒い風に呑まれ、後に霞むは金色の霧のみ。
 ゆらりと風が止まり、ファーレーンの姿をとる。
「……」
 金色の霧の漂う中、凛と立つその姿はまるで幻想のような美しさがあった。
 一気に相手のエターナル3体を霧散せしめたファーレーンは、大鎌を持ち直し、ゆったりと顔をユウトに向ける。
 混乱はしていたが、何はともあれ頼りになる仲間の登場と思っていたユウトの表情は、笑顔のままで固まった。
 ファーレーンが、双眸に怒りを湛え、ユウトを睨んでいたから。


「う……」
 たった今、目の前で見せつけられた圧倒的な力が脳裏によみがえる。
 今の俺に、あの神速ともいえるスピードについていく自信はまるで無い。
「お、おい、ファーレーン……」
「悠人さん、油断しないで」
「え?」
 横で、時深が『時詠』を構えてファーレーンに対して身構えている。
「ファーレーンの手にしている大鎌は第二位永遠神剣『破壊』。私の知る中でも相当に強力な力を持った神剣です」
「み、味方じゃないのか?」
「解りません」
「……解らない?」
「あの神剣が何を考えているのか……。時に私達を攻撃し、またある時はロウ・エターナルを攻撃する。
 かといって、どちらに味方するという訳でも無い。ただ自分の気の赴くままに攻撃し、全てを破壊して去っていくのがあの神剣です。
 目的が何か、全然解らない」
「……戦った事は?」
「私は直接戦った事はありません。ですが、『破壊』に遭遇した仲間の話が本当ならば、私でも……いえ、今の私達二人がかりでも勝てる保障はありません。
 唯一の救いは、まだ新しい肉体に慣れていない事でしょうか」
「って、おいおい、敵みたいに言うなよ。今だって敵のエターナルを倒してくれたんだし……」
「敵の敵が味方とは限りません。本当に得体が知れない相手なんです。注意してください」
 時深からは本物の緊張感が、先ほどよりも張り詰めた雰囲気がぴりぴりと伝わってくる。
 『聖賢』もまた緊張感を漂わせ、声をかけてきた。
『意識を集中しろ。そんな散漫な集中力では、相手の姿すら追いきれぬぞ』
「……集中しても対応できるとはちょっと思いがたいけどな。そういえばファーレーンの姿が揺らめいて見えたんだけど、あれは何なんだ?」
『マナによる陽炎のようなものだ。体を覆う超高密度のマナによって、体と外部空間との間に生じる抵抗を消しているのだろう。
 抵抗が無ければスピードは格段に上がる。高速で移動すればするほど、大気をはじめとする外部空間との抵抗が大きくなるからな。無論、もとより高速での移動が出来る事が大前提だが』
「俺にも出来るのか?」
『無理であろうな。今のお主には到底出来ぬ芸当だ。ただ力を垂れ流せば良いと言うものではない。
 ほんの僅かずつマナをオーラフォトンへと転換し、外部物質と相殺する。非常に繊細な技術を必要とするのだ。技術も何も無くただ力を放出するのとは訳が違う。
 更に言うならば、使用するマナが少なすぎては効果が薄れるし、多すぎては無駄だ。その点、あ奴は完璧だ。
 移動の時に漆黒に見えるのもその為だ。無駄なマナの光が見えるどころか、光子さえも完全に打ち消しているがゆえに黒く見える』
「……なんだかよく解らんが、凄いのだけは解った」
『お主の頭でそれだけ解れば上等だ。それにしても、『破壊』が元来強力な神剣だという事もあるが、相当強力にシンクロしていると見える』
「……」
 ごくり、と思わず唾を飲み込む。
 まさかファーレーンがあの神剣に支配されたなんて事は……。
 考えたくない。けれど、瞬の例もある。
 あの瞬が神剣に支配され、佳織を殺そうとしたのを、俺は見ているのだ。
 あれほど大切に、盲目的に愛していた相手ですら殺そうとしてしまうほどの、恐るべき神剣の支配力を。
「ユート様」
「お、おう」
 間の抜けた受け答え。
 しかしそれを気にした風も無く、いつも覆面の下に隠されているファーレーンの形の良い桜色の唇は、淡々と言葉を紡ぐ。
「ユート様……置いていった私に何か言う事は無いのですか?」
「す、すまない。助かった」
「そんな言葉が聞きたいのではありません」
 ファーレーンの静かに澄んだ、しかし有無を言わさぬ強さを持った声が、ぴしりと俺の言葉をさえぎる。
「……」
「今の言葉は……我々を置いておひとりで出陣し危機を招いた事に対する謝罪ですか?
 それとも……私を置いて、おひとりでエターナルになられた事についての謝罪ですか?」
「え?」
 ファーレーンの目、鋭い眼光に目が離せない。
 だから、解った。
 ファーレーンの瞳には確かに怒りはある。しかしその奥にある煌きは負の感情によるものでは無い。
 それは、俺を好いてくれているが故の怒りだ。
 ファーレーンもエターナルになった時点で、俺の事は全て思い出したのだと気付く。
 言いたい事は沢山あった。
 でも、今言うべき言葉は一つだけだと思った。
「……ただいま、ファーレーン」
「おかえりなさい。ユート様」
 ふっと表情が和らぐ。泣き笑いのような表情。
 俺達は固く抱き合った。

 抱き合った。
 ……抱き合った。
 …………抱き合った。
「……」
 ファーレーンは微動だにしない。
 いかに感動の再会の場面でもこれはちょっと長すぎると思い、少し視線を下げてファーレーンを見る。
 ファーレーンは顔を真っ赤にして、固まっていた。
 勢いに任せて抱き合ってしまったものの、ファーレーンはやはりうぶなファーレーンだった。
 気が付けば、周りには仲間達が集まって俺達を観察している。
 光陰や今日子やヒミカはニヤニヤと、エスペリアやヘリオン、シアーは恥ずかしそうに、でも視線は離さずに、ウルカとセリアはどこか冷たい視線で、オルファとネリーは興味津々といった風に目を輝かせて、ハリオンは「あらあら」などと言いながら、アセリアやナナルゥは淡々とじっくりと、みんな輪になって俺達二人を観察していた。 
「悠人さん!! いつまで抱き合っているんですか!!」
「ユウト!! お姉ちゃんから離れろっ!!」
 時深とニムントールの声が、重なって辺りに響いた。

 敵との戦いがとりあえず一息ついたところで、少し休息しながら自己紹介となった。
 スピリットの皆はとりあえず少し離れた場所で休息を取っている。
『『破壊』だ。色々あって今までは『月光』として休んでた。ファーレーンが気に入ったからこれからしばらくはこいつに付き合う事にした』
 『破壊』の声が聞こえる。名前や外見から受けるイメージと違い、どことなくラフな印象の声。ちょっと意外だ。
「知ってるかもしれないが、俺はユウト。聖賢者ユウトだ。で、これが『聖賢』」
『我をこれ扱いするな!!』
「とまぁ、少々うるさい剣だ」
「時詠のトキミです」
 まだどこかに固さの残る口調で時深が自己紹介をする。
 それに対し、『破壊』も緊張感を漂わせ、時深に応じた。
 ぴんと空気が張り詰める。
『時詠のトキミ』
「はい、何でしょう」
『お前、ファーレーンに向かって「上位永遠神剣に認められる資格が無い」だの「足手まといにしかならない」とか、言いたい放題言ってくれたっけな』
「う、それは……」
『俺は休んでたんだから、第六位のカタチをとっていたとはいえ力を出せなくて当然だったんだよ。
 休んでる俺を使って、あれだけの力を誇ってた。能力が伸び悩んだのは単純に力をそれ以上引き出せる余地が無かったって事だ。
 あの時引き出せる限界まで、ファーレーンは俺の力を引き出してたんだよ。
 そもそも俺の力を全部引き出したら、スピリットの肉体の方が耐えきれない。エターナルの肉体でなきゃ、俺の力に耐えきれない。
 お前、見ていたんだろう? こいつがニムントールを助けた時の事を。
 たった一撃で自分の体が限界になってちゃどうしようもないだろうが』
「はい。確かに。でもまさか、『月光』があなたの仮の姿とは思いませんでしたが」
『知らなきゃ何でも言っていいって事はないだろう』
「う……確かにそれに関しては完全に私の落ち度です。すいません。許していただけますか、ファーレーン?」
「そんな、謝らないで下さい。あの時トキミ様は私の事を思って言って下さった事くらい解ります。むしろこちらが礼を言うべき立場です」
『お人よしめ』
 ふっ、と『破壊』から発されていた刺すような緊張感が解けた。
「『破壊』。あなたは誰にも気付かせないくらい完璧に休眠体勢をとっておいて、そういう事を言うんですか?」
『そうだな、持ち主が気付かなかったんだもんな。持ち主が一番間抜けだな』
「くっ!!」
『そう怒るな、ファーレーン。それだけ俺が優秀って事だ。それと、あー、トキミ』
「はい。なんでしょう」
『すまん。それとありがとう、か』
 少し照れたような『破壊』の声。
「え? 何の事です?」
『今さっき言った事についてだ。一応お前の発言に間違いはあって、それに関しては謝罪を求めた。
 だが、お前がファーレーンの事を思って発言してくれた事も、お前がその言葉を口にするのが辛かった事も理解してるつもりだ。
 責めるような事を言ってすまなかったな。その謝罪だ。
 それと、ファーレーンを気にかけてくれた事への感謝だ。ありがとう』
「あ、いえ。改めてそう言われると照れますね。どういたしまして。これからの戦いもよろしくお願いしますね」
『ああ。こっちこそよろしく頼む』
 本当にこの『破壊』はファーレーンの事を気に入っているらしい。
「時深、凄く意外そうだけどこの未来は見えなかったのか?」
「はい。神剣の、特に上位永遠神剣の関わる未来は読み辛いんです。それが強力な力を持った神剣であればあるほどに」
「なるほどね」
「……それにしても、少々意外な感じです」
 時深が『破壊』に話しかける。もうその声に険は無い。
『何がだ?』
「あなたはもっとやりたい放題な剣だと聞いていましたから。それに何で急に私達の味方になったのですか?」
『は? 俺はお前達の味方になったつもりは無いぞ。それに俺は俺のやりたい事しかしない。
 謝るべきと思えば謝るし、感謝すべきと思えば感謝する。それだけの話だ。
 今回の件だって、俺はファーレーンが気に入ったから相棒として一緒にいるだけだ。
 それと……今回の件に関して言えば、奴らが『再生』を玩具にしていやがるのが気にいらないってのもある。
 でもだからと言って、俺自身がどこかに属する気はさらさら無い。俺は俺のやりたいようにしかやらん』
「そういえばあなたは『再生』と因縁浅からぬ仲でしたね」
『ああ。まぁな』
 神剣にも色々と事情があるらしい。
「それは置いておくにしても、今回の件に関してだけでも仲間になっていただけるのは心強いです。それじゃ、もう一仕事頑張りましょうか、死神ファーレーン」
「え? 死神って何ですか?」
 妙に禍々しい呼び名に驚くファーレーン。まぁそうだろう。いきなり死神呼ばわりされたら誰でも驚く。
『俺の持ち主は『死神』と呼ばれてるらしいな』
「何ですかそれは!! そんな不吉な名前、いらないですよ!!」
 凄く嫌そうなファーレーンに、『破壊』と時深が混ぜ返す。
『単純に『破壊者』なんて呼ばれるよりは良いんじゃないか?』
「それ良いじゃありませんか。デストロイヤーですよ。プロレスラーみたいです」
「ぷろれすらあ? トキミ様、何ですかそれは」
「ファーレーン、時深の言う事は気にしないで良いから」
「むー。悠人さん、意地悪です」
 時深も完全に調子を取り戻したみたいだ。
「でも、『破壊』の行動にも問題があったんじゃないんですか?」
『まぁ、数え切れないほど返り討ちにしてきたからな』
「返り討ち?」
『知っての通り、神剣を砕くとマナが放出され、それを取り込む事が可能だ。それで俺を狙ってくる奴が多かったのさ』
「ロウ、カオス、どちらの陣営にも所属していない神剣を狙う方が、面倒が少ないですからね」
 時深が少々決まり悪げに、『破壊』の後を続けた。
「神剣が力を高めるにはやはり他の神剣を砕くのが手っ取り早いんです。剣同士の相性によっては『求め』と『誓い』が融合して『世界』になった様に、進化する事もありえます。
 その場合、味方陣営の神剣を狙うのはその後の事を考えると大変ですし、敵陣営の神剣を狙うのもこれまた両陣営同士の戦いの引き金になってしまう恐れがありますから、おいそれとは出来ません。
 かといって、下位の神剣を狙うのは効率が悪い。
 それで中立の立場にいる上位神剣を狙う者が結構いるんですよ」
『そんな奴らを返り討ちにしてるうちに、敵がいなくなったんだがな』
「その中でついた通り名が『死神』という訳ですね」
『ああ。周りが勝手にそう呼ぶようになった』
「なるほどねえ」
「それにしても、『死神』ですか。やっぱりイメージ良くないですね」
『俺に言われてもな。俺が自分で名乗ったわけじゃない。そもそも自分でふたつ名を名乗るなんて真似、俺は恥ずかしくて出来ない』
 確かに。自分で聖賢者などと名乗るのはよくよく考えれば、いや、考えずとも恥ずかしい。
 その思考が通じたのだろう。聖賢からむっとした感情が伝わってくる。
『なぁ、聖賢者ユート?』
 『破壊』も煽らないでほしい。『聖賢』の奴、すぐムキになるから。
『受け継がれる名を何だと思っている!!』
 あーあ。
『いや、悪気は無いんだ。馬鹿な聖賢者もいたもんだと思ってな』
「『破壊』!! ユート様に向かって馬鹿なんて言わないで下さい!! ユート様に謝って下さい!!」
『そう言うな。お前だってこいつの馬鹿なとこに惚れたんだろう?』
「ユート様は馬鹿なんかじゃありません!!」
『自分を犠牲にして、他人を救う。自分の幸福と引き換えに、全ての存在を幸せにしようとする。馬鹿じゃないか』
「どこが馬鹿ですか!? ユート様の優しさがあなたには……」
『全ての人を幸せにしたいといいながら、そこに自分を入れ忘れてる。最初の一歩から間違ってる大馬鹿だ』
「それは……」
「……」
 俺もファーレーンも、何も言えなくなった。言えなかった。
 それが的を射ていた事もあり、『破壊』が何か大事な事を言おうとしているのが解ったからでもあった。
『いいか? ユート。自分すらも幸せに出来ない奴が他人を幸せにしようなんて甘いんだよ。
 特に自分に好意を寄せてくれる相手をそんな考えで幸せに出来る筈が無い』
「……」
『何故なら、相手の求める幸せがお前の幸せだからだ。お前は幸せにならなきゃいけないんだよ、ユート。
 皆を幸せにしたいというのなら、ファーレーンの為にも、お前自身が幸せになる義務があるんだよ』
「ちょ、ちょっと『破壊』?」
 思わぬ方向にす進む『破壊』の発言に、ファーレーンが慌てる。
『俺は今の持ち主を気に入ってる。こいつはまっすぐで純粋な大馬鹿だ。こいつを不幸にしてみろ、俺はお前を許さない』
「……解った。約束する。俺は幸せになってみせる。その為にも、いつまでもファーレーンと一緒にいたい」
 考える前に言葉が口から出てきた。
 言ってしまってから気付く。もの凄い告白をしてしまった。
 でもこれが俺の素直な本心なのだとも思う。
「ゆ、ユート様……」
 ファーレーンは顔を真っ赤にしてうつむき、時深にいたってはあっけにとられ口をあけたまま固まっている。
 それに構わず、『破壊』が話を再開する。正直、助かった。
『よし。俺もファーレーンの幸せの為にもそうあって欲しいと望むぜ。
 だがそうなるとお前とも長い付き合いになりそうだな。まぁ、お前みたいな奴も嫌いじゃない。よろしく頼む』
「ああ、こっちこそよろしく」
『『聖賢』もな』
『……』
 むすっとした聖賢の感情が伝わってくる。持ち主である俺が馬鹿扱いされた事が気に入らないらしい。
 それはすなわち、自分を馬鹿にされた事と大差無いからだろう。自分は俺の事を平気で馬鹿扱いしていたのに、我侭な奴だ。
『そう怒るなよ、『聖賢』。馬鹿でいいじゃねぇか。
 お前が何日も考えて出すような答えを、お前の今の持ち主は迷う事無く即行動で導き出す。
 考え無しともいえるが、どんな時も答えが己の内にある事を理解しているともいえる。下手な考え休むに似たりっつーか。
 そんな馬鹿っぽさがお前も気に入ったんだろ?』
『馬鹿馬鹿言うな。……我の求める賢を、こやつと共になら見つけられるかも知れんと思っただけだ。
 こやつは今までの持ち主とは違う行動をしそうだからな』
『ははっ、違いない。今回もそうだったみたいだしな。こんな行動とる奴は確かに珍しい。これからは楽しくなりそうだな』
『ふぅ、もういい。我は疲れた。少し休む』
「お、おい、『聖賢』!!」
『……何かあったら起こすといい』
『『聖賢』!!』
『……』
 本格的に無視を決め込む気らしい。全く……。
 とはいえ、今回は俺のあまりの考えの無さが『聖賢』に負担をかけてしまったのも事実だ。
 あまり大きな声で文句も言えない。少々反省しなければ。
 『聖賢』が沈黙し、話も一段落ついた。
 時深も、周囲の気配を探りに出た。
 それを待っていたかのように、向こうからスピリットの皆の声が聞こえて来る。
「あ、みんな」
「みんな色々と聞きたそうな顔をしてるな」
「う……質問攻めにされそうですね」
「行ってきなよ。あ、俺、ちょっと『破壊』と話してみたいんだけど、いいかな?」
「私は構いませんけど、良いですか『破壊』?」
『ああ』
「では、ちょっと行って参ります」
 ファーレーンは『破壊』を置いて皆のところに向かった。
 楽しそうな声が聞こえて来る。
 どうやらこの世界でエターナルとなったファーレーンの事は、皆の記憶からは消えていないらしい。
 ふと、この戦いの後の事を思う。
 ファーレーンは戦いの後、どうするつもりなのだろうか。この世界を離れるのだろうか。
 『破壊』に聞いたら答えてもらえるだろうか。
 でもこれは『破壊』に聞くべき質問ではなく、直接ファーレーンに尋ねるべきだろうと思い直す。

「『破壊』、一つ聞いていいか?」
『まずは質問を聞くだけ聞こうか。答えられるかどうかはそれからだな』
「ファーレーンのどこが気に入ったんだ?」
『どこ、と問われても返答に困る。誰かを、或いは何かを好きになるというのはそういう理屈じみたものじゃないだろ。
 俺の心がファーレーンを気に入った。それだけだ。お前もそうじゃないのか?』
「え、お、俺?」
『お前は、付随する条件や何かを、好意を持つのに必要とするのか?
 その存在のあるがまま、全てをひっくるめて気に入る。それが好きになるという事だと俺は思う』
「……そうかも知れない。俺もきっかけは色々あったかも知れないけど、今となってはファーレーンの長所、短所、全てが好きだから」
『お前らしい質問だったな』
「え? 何がだ?」
『答えはいつだって自分の内にあるというのに、それに気付かない。いや、気付かないフリをしてる』
「そうなのかな。よく判らないけど」
『ファーレーンもそうだが、お前ももう少し自分を信じるべきだな。お前が誰よりもお前らしくある為に』
「自分を信じる、か……」
『ああ』
 でも……。
「……なぁ、『破壊』。俺がやってきた事は正しかったのかな?
 俺は自分でやるべきと思ってやってきた事が正しかったのかどうか判らない。
 俺はこのファンタズマゴリアに来て、佳織を助けたいと思って、結果たくさんのスピリット達を斬ってきた。
 佳織を助けた事を間違っているとは決して思わないけど、でもそれでもたくさんのスピリット達を斬った事は多分許されない事だと思うんだ。
 ファーレーンをこの世界においてエターナルになった時もファーレーンを泣かせちまったし、今だって一人で突っ走ってピンチを招いた。
 俺は、自分が間違ってばっかりな気がする。これからもたくさん間違いそうな気がする。
 そんな自分を信じてもいいのか?」
『そういう質問は、俺よりもむしろ知恵を持ってる筈の『聖賢』にするべきだろ……っつーのは意地が悪いか』
 にやりと笑うような声の響き。俺と『聖賢』の関係を完全に見透かされているような気がする。
『……そうだな。じゃあ逆に問おうか。お前はどうすれば良かったと思うんだ?
 この世界に来た時も、エターナルになる時も、そして今の事も、どうすれば良かったと思うんだ? 何が正解だったと思うんだ?
 その選択を選んだ時に起こる未来が、お前の選択してきた過去に続くこの今よりも幸福なものだとお前は断言できるのか?』
「そ、それは……」
『他にも選択肢はあったかも知れない。が、それが正解であったという保障などどこにも無い』
「かも知れないけど、でも……」
『気にするな。お前は、思うままに突っ走ればいいのさ。
 何が正解で何が間違いかなんてどうせ誰にも判断できない。そもそもそんな正解不正解の基準なんてもの無いんだろうさ。
 でもな、お前の優しさが作る道は……少なくとも今までお前が作り、駆け抜けてきた道は正しいとか間違いとかじゃなく、俺は好きだぜ』
「……『破壊』」
『信じるままに進め。この世界で戦い苦悩した経験が、今のお前を形作った。
 ファーレーンをおいてエターナルになった事に関しても、今回お前が突っ走った事に関しても、お前らしい判断だったと思う。だからこそ、そこに俺がいたんだろう。
 お前の取ってきた選択は、正しい間違いじゃなくて、どこまでもお前らしい選択だ。
 繰り返すが、俺は好きだぜ、お前のその選択。実際それで何とかなってきたしな。運命ってのは、実に上手く出来てるもんさ』
「そう、なのかな」
『そうさ。お前やファーレーンの心には優しさがある。心に優しさを持っていれば、その心の示す道は自ずとそれに沿ったものになる。
 その道の先にどんな結果があろうとも、それが間違いだとは俺は思わない。
 行こうぜ、ユート。俺は、お前やファーレーンの優しさが切り開く未来を見たい。だから俺はここにいる。その為なら力を貸すぜ?』
 自分が優しいかどうかは判らない。
 だけど『破壊』の声はとても強く優しく心に響いた。
 そしてそれは、俺の中の一つの迷いが破壊された瞬間でもあった。