破壊の死神

後編

 統べし聖剣シュンは倒れ、第二位永遠神剣『世界』は砕かれた。
 ファンタズマゴリアを賭けた戦いが終わり、この世界は新しい未来へ向け進む事になる。
 この世界のスピリット達を生み出していた永遠神剣『再生』もまた砕け、スピリットが新たに『再生』から生み出されることも無くなった。
 エーテル技術は使えなくなり、間違いなくこの世界の人達の生活は不便になるだろう。
 けれど、不安は無い。
 それは光陰の、今日子の、レスティーナの、ヨーティアの、スピリットの皆の、そして道行く人々の笑顔を見たから。
 この笑顔から始まる未来に、どんな心配が必要だというのだろう。
 みんななら絶対に大丈夫。
 それは希望を越えた確かな確信だった。

 そして今日、俺達―――俺と時深とファーレーン―――はこの世界を発つ。
 『破壊』が『聖賢』と行動を共にする事についてカオスエターナルの間でも少々もめたらしいが、『破壊』からの伝言―――俺はやりたいようにやる。止めたかったら止めてみろ。―――を伝えると、結局静観する事になったらしい。
 カオスエターナルも戦力が欲しく、たとえ一時的ではあっても協力してくれるのならばありがたいといったところで落ち着いたそうだ。
 時深が言うには、下手につついて自分達が被害を受けるのだけは避けたいという事らしい。
「正に『触らぬ神に祟り無し』ってやつですね。死神ですけど」
 そう言って時深は笑っていた。
 高台の上。俺の隣に佇み、ラキオスの町並みを眺めるファーレーンに問う。
 それは今まで怖くて言い出せなかった問い。
「いいのか、ニムントール達を残して……」
 何を言おうとしているのか解ったのだろう。ファーレーンが俺の口の前に人差し指をすっと差し出し、俺の言葉をさえぎる。
「ユート様も、カオリ様を残してエターナルとして生きる道を選んだのですよね。
 でもそれは、カオリ様が嫌いだからではないですよね。
 大好きだから。誰よりも大切だからこそユート様はエターナルになった。違いますか?
 私もそういう事です」
 その通りだ。俺は佳織がそしてみんなが大好きだから、全ての人達の笑顔を守りたいからこそエターナルになった。
 ファーレーンも俺と同じなのだろう。
 それにしても、情け無いがほっとした。
 やっぱり残る、なんて言われたら、どうしようかと思ったところだ。
 一度はファーレーンをこの世界において、一人でエターナルになった事を思い出す。
 あの時はどうしてそんな事が出来たのか、不思議でならない。
 加え、この世界に戻ってきて俺の記憶を失ったファーレーンを見た時の苦しさは、ちょっと忘れられそうに無い。
「それに、私のこの世界での役目は古い秩序を破壊した事で終わったんです。
 後はみんなに任せます。みんなになら安心して任せられる。
 みんな、強いですから。私なんかより、ずっと」
 にっこり微笑み、俺を促す。
 俺達は肩を並べて、時深の待つリュケイレムの森へと歩き出した。


「みんなに黙って出て来たんですか?」
 トキミ様が私達に尋ねる。
 ここはリュケイレムの森の中。
 以前ユート様がエターナルになる為に、この地を一度離れた場所だ。
「ああ。どうせ記憶から消えるんだし、別れの辛さをわざわざ味わう必要も無いだろ」
「それに、みんなの顔を見てしまったら、決意が鈍りそうですから」
 答える私達。
 その私達に、後ろから声がかけられた。
「みずくさいったら無いな」
「それくらいで鈍る決意なら、大した事無いんじゃない?」
「「……え?」」
 私とユート様が振り返ると、そこにはニム、コウイン様、キョウコ様、スピリット隊のみんな、おまけにレスティーナ様、ヨーティア様、イオ様までいる。
「悠人さんもファーレーンも、隠し事には向いてませんから」
 トキミ様が苦笑する。
 以前私が、ユート様の態度からエターナルになる事をあっさり察知したように、今回の私達の出発も態度からバレバレだったのだろう。
 皆が私達を送ってくれる。
「うぅっ……」
 その事実に思わず涙ぐみかけ、これは自分で決めた事、泣いちゃダメだと必死で堪える。
 そこに、『破壊』が声をかけてきた。
『なんで、思い切り泣かないんだ?』
「だって、涙は見せたくない……から」
『なぜ?』
「みっともないじゃないですか」
『あほぅ』
「な、何ですそれ!?」
『別れの涙がなんでみっともない? それは恥じるもんじゃなく、誇るもんだろう。お前に大切な友人が、家族がいた証だろうが』
「……。でも私は……強くなきゃ……」
『戦士の涙がみっともないと言うんなら、俺の事はひとまずそこらに放り出せ。別れがすんだら拾いに来い。それまではお前は戦士じゃない。ただラキオススピリット達の頼りになる友であり、ニムントールというスピリットにとってのひとりの優しい姉だ。ほら、早くしろ』
「……ありがとう『破壊』」
 『破壊』を木に立てかけ、手を離す。
 今や、私はエターナルの戦士ではなく、ただのラキオススピリット達の友人であり、ニムントールのひとりの姉だった。
 駆け出す。
 みんなの所へ。
 泣きながら。
 視界はもうぐちゃぐちゃで、まともな言葉も出てこなかった。
 ひたすらにみんなで泣いた。
 ニムントールと抱き合って、涙が枯れるまで泣いた。

 別れの時間は来る。
 自ら選択した事ではあり、後悔はしていないがやはり辛い。
「ぐすっ、おねぇちゃん……」
「ニム、元気でね」
「忘れたくないよ。お姉ちゃん……」
「大丈夫。たとえ記憶に無くとも、私はニムといつもいつまでも一緒だから」
「でも、行っちゃうんでしょ? そしたら私達の記憶から消えちゃうんでしょ?」
「ニムと一緒にいた時間。みんなと一緒に守った世界。そこに私は常に在る。私の傍にもニムが、そしてみんなが常に共にあるように。みんなと共に歩み、ニムに助けられた私の命と心に、ニムやみんなは刻み込まれてる」
 じっと耐えるようにうつむいていたニムが、ふとユート様の方を向いた。
「……ユウト」
「おう」
「お姉ちゃんを不幸にしたら許さないんだから。そんな事になったら次元の果てまでも追い詰めてやるんだから」
 『破壊』のような事を言う。
 ニムの中では、ユート様はほんの数日前にファンタズマゴリアに現れた、この世界の救世主の筈。
 その人に向かって啖呵をきる。
 でもそれがニム。
 心の中では感謝や好意が溢れていたとしても、それを不器用に隠して憎まれ口を叩く。
 けれどその奥にある感情を隠しきれてない。
 ニムも、ユート様を心から認め、信頼している。
 でなければ、私を任せるなんて言ってくれない。そう考えるのは傲慢だろうか。
 それが記憶が失われても残る、魂に刻み込まれた絆。
 それをユート様も感じたのだろう。
 にっと笑って、以前エターナルになる前にしていたように、ニムの頭に手を置いた。
「ああ。約束する」
「ちょっと悔しいけど、任せたからね」
 頭にのせられた手を振り払う事も無く、ニムは涙の笑顔を、最高の笑顔を見せてくれた。
 ニムがいたから私は強くなれた。
 ありがとう、ニム。


 お姉ちゃんと別れるのは辛い。
 凄く辛い。とっても辛い。
 でも、お姉ちゃんを止めちゃダメだって事も解る。
 ここで私が「ファンタズマゴリアに残って」と泣いて頼めば、お姉ちゃんはきっとファンタズマゴリアに残ってくれるだろう。
 けどそれは、お姉ちゃんが自分の心を殺す事になる。
 それだけは、絶対にイヤだ。
 お姉ちゃんには、いつもいつまでも私の大好きなお姉ちゃんらしくあって欲しい。
 だから私は、笑顔でユウトとお姉ちゃんを見送る。
 それが、お姉ちゃんが私に教えてくれた強さ。
 このなけなしの強さが、私とお姉ちゃんの絆。
 この絆と共に、私は生きていく。
 それはとても誇らしい事。
 ありがとう、お姉ちゃん。


 長く辛い戦いを共に駆け抜けてきた戦友達ひとりひとりと握手を交わす。
 暖かい手、優しい手。固く握り締めてくれる手もあれば、慈しむように包み込んでくれる手もある。
 皆ひとりひとりが違う存在であるように、みんなの進む道も一つでは無い。
 みんなも遠からず、新たな自分の道を見つけ、自分の足で歩き始めるだろう。
 私はみんなよりもちょっとだけ早く、自分の道の最初の一歩を踏み出す。
 道は分かれている。
 でも、私達が繋いだ絆は無くならない。
 どんなに遠く離れていても、例え記憶が無くなっても、決して。

 『破壊』を手に取る。
「お待たせしました。ありがとうございます、『破壊』」
『いい顔になったな。これで少しは解ったんじゃないか?』
「何がですか?」
『自分を縛る枷は不要だ。お前はお前であればそれだけでいい。それが一番大切な事だろう。あいつらはお前というありのままの存在を好いてくれてる。ならばありのままのお前で相対するのが礼儀だろう』
「そう、ですね。またひとつ学ばせてもらいました」
『ああ。お前が隠している面はお前が自分で思っているよりも遥かに美しいんだ。もっと自分を信じてやりな』
 恥ずかしい事をしゃあしゃあという。こっちが赤面してしまいそうだ。
 でも、それがとても嬉しい事に変わりは無い。

「次元の扉が開きます」
 トキミ様の声が聞こえ、涙で歪んだ世界が更に揺らぎ始める。
 手を振って送り出してくれる皆に私も手を振り返す。
 隣では、ユート様も涙を浮かべながら手を振っている。
 これからも、私は古い自分の殻を破壊し、未来を切り開く。
 みんなとの絆が私の心を作った、その心を持って私達は未来を切り開いていく。
 私とユート様は皆の心からの笑顔に送られて、次なる世界へと飛び出した。