エスペリアの家出

40-51

城を取り囲むサーギオスのスピリット達は見る間にその数を増やしてゆく。
攻撃の主体をなす敵のブラックスピリットが次々と斬り込んでくるが、
ことごとく光陰の分厚いオーラフォトンのシールドにブロックされる。
突然潮が引くように攻撃を止め、引き上げる敵のスピリット達。
それに呼応するかのように上空が真っ暗になり、何本もの火柱が悠人たちに襲い掛かった。
――スターダストか!

「ネリー!頼んだ!」悠人の指示を待つこともなくネリーが氷結魔法を詠唱した。
凄まじい勢いの火焔があっさり氷の壁に阻まれる。
「見た見たー?ユート様、ネリーの魔法、すっごいでしょー!?」
自称「クールな女」ネリーが悠人に手を振ってはしゃぐ。悠人にしてみればクールというより
「青いオルファ」といった感じなのだが、こと神剣魔法に関する限り、
今やネリーの右に出るブルースピリットはいなかった。

「ユート殿!次が来ます!」ウルカが叫ぶ。
「ったく、キリがねえな。」光陰がぼやいた。絶大な防御力を誇る加護のオーラも
さすがに連戦で弱まっている。

「よし、今日子!アレをやるぞ!」悠人が今日子に呼びかける。
今日子は軽く頷き、パワーセーブされたイクシードを放った。――合図だった。
左右に展開していたアセリアとヘリオンが舞い戻ってくる。
悠人はマナをオーラフォトンへと換え、「求め」の刀身に注ぎ込んだ。
次の瞬間、「求め」から放たれた光の渦がサーギオスのスピリット達を呑み込む。
一瞬にして何体かのスピリットがマナの塵に帰した。
「―――ッ!」射精にも似た快感が悠人の体に突き抜ける。あまりの威力に
戦場に居合わせた者すべてが、つかの間、沈黙した。敵も、そして味方も。

――――変態だよね、あたし。変態の殺人鬼だよ。
ラキオスに来た日、そう言って自嘲気味に笑っていた今日子の姿が甦る。
その時「求め」が青白い光を放っているのが悠人の目に入った。

――ちっ、嗤ってやがる。
悠人は心の中で舌打ちしながら、自ら手にしている「求め」を睨みつけた。
そう簡単に喰われてたまるか、と。

「パパー、すっごーい!」オルファが無邪気に喜ぶ。
「うるさいっ!」
悠人は知らず、怒鳴っていた。

「パパ...?何で怒るの...?」いきなり怒鳴りつけられ、オロオロするオルファの目に涙が浮かぶ。
「――おい、悠人。」さすがに光陰も咎めるような口調になった。
「え...?あ!ご、ごめん、オルファ!」ハッと我に返った悠人が慌てて謝る。
「い...今、このバカ剣と話してたんだ。こいつが余計な事言うからさ、つい...」
「ほら、そこ!油断しない!」今日子が振り返って言う。まるで悠人に助け舟を出すように。
「まだ敵はうじゃうじゃいるんだからね。」そう言いながら悠人から顔をそむけて、再び攻撃の体勢をとる。

日が暮れるころにはラキオス側の優勢が固まりつつあった。イオの突貫工事もほぼ終わったようだ。
悠人達に攻撃、防御両面の主導権が移っていた。無数とも思えたサーギオスのスピリット達が
徐々にその数を減らしてゆく。
「とりあえず、ひと段落ってとこか。」悠人の緊張が緩む。

「きゃあっ!!」突然前方で悲鳴が上がった。
守備に回っていたグリーンスピリット、ハリオンが血煙をあげて崩れ落ちた。
「なっ...いつの間に!」テラスに舞い降りたスピリットが悠人に向きを変え、
倒れたハリオンの体を乗り越えて無言で飛びかかって来た。

「くっ、速いっ!!」悠人にとってはそのスピリットの動きを目で追うのが精一杯で、
とてもかわしきれる攻撃ではなかった。即座にシールドを展開させ、
亀のように身を縮めて斬撃を弾き返す。攻撃の失敗にも表情ひとつ変えないまま、襲撃者は飛び去った。

「お怪我はっ、ユート殿!?」ウルカが駆け寄ってきた。
「俺は大丈夫だ!光陰っ、ハリオンを!」悠人が叫ぶ。倒れたハリオンの顔から見る間に血の気が引いてゆく。
光陰がハリオンを抱き起こし、加護のオーラで包みこんだ。
「このくらいなら何とかなる。悠人っ、また来るぞ!」
「くそっ、そう何度も...」悠人が迎撃態勢に入ったその時、悠人の脇を滑り抜けるように黒い影が疾駆した。
「ユート殿っ、ここは手前に!」声だけを残し、ウルカが飛び込んでくるスピリットを空中で迎え撃った。
「ウルカっ、そいつはただもんじゃない!無理するな!!」
上空で金属音を響かせ、斬り結ぶ二つの影。双方とも尋常なスピードではない。
やがて、力尽きたように一方が悠人達の前に墜落した。

「ど...どっちだ?」落ちてきたスピリットを確認し、悠人は胸をなで下ろした。
――横たわっているのは、先程の襲撃者であった。続いて、ウルカがゆっくり降下する。
「おい、大丈夫か?」ウルカの肩口から鮮血が流れていた。
「ウルカ、どうした!?」自分が傷を負った事すら気付いていないかのように倒したスピリットを凝視するウルカ。
そのスピリットは半ばマナの霧へと化しているところだった。
固まったままのウルカに、悠人はオーラフォトンの手当を施した。
光陰やグリーンスピリットの回復魔法ほどではないが、悠人のオーラも同様の効果を持ち合わせている。

「―――あ、ユート殿、これはかたじけない。」
ようやく治療する悠人に気付き、ウルカが慌てて頭を下げる。
「動くなよ、ウルカ。」
傷がふさがってゆくのを確認してから悠人は顔を上げた。
「―――ずいぶん腕の立つスピリットだったな、こいつ。ウルカと互角に渡り合うなんてさ」
そう言って倒れたスピリットの方を見る。そのスピリットはもうほとんど姿を消していた。

「――手前の」
ウルカが絞り出すような声で、言った。
「手前の、部下だった者です、ユート殿。」
悠人は息を呑んでウルカを見つめた。

「あの眼は、完全に、神剣に、支配されておりました。」固く目を瞑って、少しずつ言葉を区切りながらウルカが続ける。
「――たやすく神剣に呑み込まれる事はない、そう思っておりましたが――」
震える声はいつか、鼻声になっていた。

「アセリアお姉ちゃん、大丈夫!?」オルファの大声に皆の視線が一斉に動く。
血まみれのアセリアがヘリオンに抱きかかえられるようにしてテラスに膝を付いていた。
「アセリア!」悠人が駆け寄って傷を確認する。
「私は、大丈夫だ、ユート。」そう答えるアセリアだが、脇腹と背中をかなり深く斬られていた。
悠人の手当てでは間に合いそうにない。
ウルカが傷だらけのアセリアを見て、唇をかんだ。

ハリオンの応急処置を終えた光陰が再び加護のオーラを展開し、アセリアの治療に当たる。
「厄介なのがいるみたいだな。」光陰がアセリアを抱えながら言った。
「――どうやらウルカの部下だった連中らしい。どのくらいの数かはまだ分からないけど、
全部がさっきハリオンを襲った奴くらいのレベルだったら、厳しいな。」

「...あの、ユート様」アセリアの具合を心配そうに覗き込んでいたヘリオンが遠慮がちに口を開く。
「そうだ、ヘリオン、怪我はないか?」
ヘリオンも手傷を負っていたが、出血はさほどではなかった。どうやらうまくかわしたらしい。
「ごめんなさい、ユート様。私一人じゃ手に負えそうな相手じゃなかったので早めに逃げてきたんです。」
うなだれるヘリオン。
「謝ることはないよ、俺がそうしろって言ったんだから。――それより、よくアセリアを助けてくれたな。」
「――で、ヘリオン、まだいるのか、そいつらは。」光陰が尋ねる。
「――はい、アセリアさんが一人やっつけたんですけど、あと2人くらいいたと思います。」

――臆病さが役に立つ、か。
今さらながら悠人はウルカの言葉を噛みしめていた。
「悠、あれじゃない?」今日子が前方から声をかける。悠人が駆け出し、城壁から身を乗り出して見ると、
彼方から猛スピードで突っ込んでくるスピリットの影が二つ確認できた。
「ユート殿、手前が行きます!」言うが早いか、ウルカが飛び出していった。

――自分の責任だと思ってやがる、ウルカめ!
今、明らかに冷静さを欠いているウルカには任せたくなかったが、悠人の制止は届きそうにない。
「ヘリオン、どうだっ?まだ動けるか!?」
「私は行けます、ユート様!」ヘリオンが力強く答えた。
「よし、ウルカの援護を頼む!」
相手の能力を考えるとヘリオンにもうひと踏ん張りして貰うしかない。
ヘリオンが翼を広げ、前線に向かった。

出て来た相手の実力を察知したのか、空中で制止し、背中合わせに剣を構える二体のスピリット。
ウルカとヘリオンが前後から挟み込む形になった。

「悠、あたしがやろうか?」今日子が雷撃の構えを見せる。
「――いや、あの至近距離じゃウルカ達が巻き込まれる。」そう言って悠人は「空虚」を下げさせた。
潮合きわまり、ウルカとヘリオンが同時に仕掛けた。しばらく四つの影が一つにかたまり、激しく斬り合ったが、
やがて一番小さな影がそのかたまりから弾き出された。その影は飛ばされた勢いのまま大きく間合いを開けた。

「逃げた...の?」今日子が不安げに言う。悠人は何も言わず、「求め」にオーラを送り込んだ。
飛び出した小さな影を追う事なく、二体のスピリットがウルカと対峙する。

――二対一、か。
もしこれでウルカが討たれるような事があれば悠人は迷わずオーラフォトンを叩きつけるつもりだった。
しかし、続くヘリオンの動きを見て、悠人は神剣を握る手の力を抜いた。
―――そうか、ヘリオン。ここでやらかす気だな。
悠人は先日の事を思い出していた。

『ユート様に見せたい物があるんです。』そう言って上機嫌で悠人の腕を引くヘリオン。
『何だ、変な帽子でも買ってきたのか。』苦笑いしながら連れられた場所は駐屯地の近くの草っ原だった。
『違いますっ!』向き直ったヘリオンが真剣な顔で怒る。『新たな技を習得したんですっ!』
『悪かった、ヘリオン。』真っ赤な顔のヘリオンにまさか『日々前進ですなあ』とも言えず、悠人は謝った。

『それで、どんな技だ?ここで見せてくれるのか?』
『ユート様、見事受けて下さい。』ヘリオンは余裕の笑みを見せ、「失望」を抜き放った。
『やれやれ、俺は実験台か。』顔をしかめて「求め」を構える悠人。だが、まさか数秒後に自分が吹っ飛ばされるとは思ってもみない。

『ユ、ユート様っ、大丈夫ですか!?』
余りの衝撃に痺れる腕を押さえながら悠人は立ち上がった。

『あはは、ユート殿もやられましたか。』
『――隠れて見てるなんてずるいぞ、ウルカ。』ウルカを恨めしげににらむ悠人。
『あれは ――ウルカが教えたのか?』
『いえ。ヘリオンが、自ら考えた物です。どう思われますか?』
ヘリオンも固唾をのんで悠人の評価を待ち構えている。

『正直びっくりしたよ、危うく首がなくなるとこだった。』悠人は笑いながら言った。
技の出来ばえよりも、ヘリオンが自分で工夫して考えた、その事の方が嬉しかった。
『まあ、実戦でどのくらい使えるかは分かりませんが、...
ユート殿やアセリア殿のように「一撃の重さ」を持たぬヘリオンには、あるいは、切り札になるやも知れません。』
『そうか...そう言えばハイペリアにも似たような事をする鳥がいるよ。』

『あっ、そうだ、ユート様!この技の名前、付けて下さい!』
好評に気をよくしたヘリオンが悠人にねだった。
『へりおんあたっく、なんてのはどうだ?』
『かっこいい!ユート様、ありがとうございます。』
『おお、さすがユート殿。それで行きましょう。』悠人はボケたつもりだったが、
二人がそれを上回る天然という事を計算に入れていなかった。

「こっ、この際名前はどうでもいい!しくじるなよ、ヘリオン!」
ヘリオンが夕日を包み込むように、弧を描いて急上昇に転じた。
天空高く舞い上がったところで、鋭角にターンし、敵のスピリットに向かって滑空する。
ハイペリアのハヤブサにも似たそのヘリオンの動きは、完全に相手の死角に入っていた。
ヘリオンの軌道が敵の黒い影と交錯した。凄まじい衝撃音を残し、1体のスピリットが落下してゆく。
そして、次の瞬間、突然のへリオンの攻撃に気を取られたもう1体のスピリットを、ウルカが斬り倒していた。

ヘリオンが意気揚々と引き上げて来る。ウルカはしばらくその場に留まっていた。
かつての部下を今現在の愛弟子が斬る、考えてみれば皮肉な話だった。

「見てくれました、ユート様!?」
「ああ、よくやった。大成功だったな、『風早の太刀』。」
「へ?あの、確か『へりおんあたっく』って...」
「だーれがそんなセンスのないネーミングをするんだね、ヘリオンくん!」
なぜかヨーティア口調になる悠人。

やがて、ウルカがゆっくりと戻ってきた。
「ウルカ、無理はするなって言った筈だぞ。」強い口調で悠人がウルカに釘をさした。
ヘリオンが心配そうな表情で2人のやりとりを見守る。
「はい...ですが、これは手前の至らなさが招いた結果ゆえ...」ウルカが口ごもる。

「気持ちはわかるが、お前一人で戦ってるわけじゃないんだ。――まあ、とにかく無事で良かったよ。
敵も静かになったみたいだから、ケガ人を中に運んで、ウルカも今日はもう休め。」
「――は。承知しました。」
ウルカは悠人に頭を下げ、ハリオンを支えながら城内に入っていった。

――ちょうど同じ頃、サレ・スニルの街の一角にあるソーマ部隊の臨時詰所で、料理に洗濯、掃除にと
コマネズミの如く働くエスペリアの姿があった。

「――みんな、私の事忘れてなければいいんだけど。」
ホウキを持つ手を止め、夕焼け空を見上げながら、誰にともなく不安げにつぶやくエスペリアであった。  続く。