エスペリアの家出

99-122

「いやあ、ホント、死ぬかと思ったよ。」
あははと笑いながらベッドの上の悠人がのんきな事を言う。
「いや、あれは間違いなく死んでたって。お前って奴は...」
「あはは、じゃないわよ、悠。バカは死ななきゃ治らないって言うけど、
あれってウソだったのねー。」あきれ果てた光陰と今日子が仲良くツッコミをいれる。
「全くです、ユート殿。手前には常々命を大切にしろ、などとおっしゃっておきながら。
あんな危険なケンカをなさるとは...コーイン殿達の事はとやかく言えませんぞ。」
珍しく、ウルカまでも苦々しい口調で苦言を呈する。
「そうよ、もう、二度とあんな面倒な魔法、遣ってやんないんだから。」横でニムがふくれっ面をする。
本当に、隊長として皆に愛されているのか疑問を感じつつも、悠人は言った。
「やれやれ。でも助かったよ、ニム。魔法は苦手だなんて言ってたけど、
ニムがいなけりゃあのままアウトだったからなあ。」
「べーだっ、ユートの馬鹿!あたしもう知ーらないっと。」
そう言ってそっぽを向きながらもニムは、チラリとはにかんだような笑顔を見せた。
ニムの笑顔を見ながら胸の内になんとも言いようのない安心感が広がるのを感じた悠人は、
グリーンスピリットには、生来癒やしの特性のようなものが備わっているのかもしれない、そんなことを考えた。

サレ・スニルでエスペリアと悠人が死闘を繰り広げた翌日の昼下がり。
エーテルジャンプで一旦ラキオスに引き上げた面々たちは、
久し振りに訪れたのどかな時間を楽しんでいた。

悠人が「死んでいた」間に起こった出来事については、今日子が今朝、二人きりで話してくれた。
エスペリアが悠人の後を追おうとした事、それをオルファと光陰が止めてくれた事。
ニムが一世一代の蘇生魔法をかけてくれた事。
『――けっこうカッコ良かったよ、光陰のヤツ。』
今日子は、これは秘密だけどね、そう付け加えながら、笑って言った。
悠人は当初、ラキオスのたった独りのエトランジェ戦士として戦っていた頃に比べて、
いつの間にか増えた仲間に助けられていることを実感していた。

レスティーナが悠人の部屋に入って来る。
「ユート、体の具合はどうですか?」
「ああ、心配かけて悪かったな、レスティーナ。でも、ニムのおかげで、
もうほとんど傷も残ってないし、なんなら、明日からでも動けるよ。」悠人は笑って答えた。

「余り無理はしないで下さい、エトランジェ・ユート。私達はまだそんなに急いでいません。
実のところ、帝国への侵攻が予想より早かったので拠点整備が追い付いていないのです。」
レスティーナは微笑をたたえた。

「あのさ、それより――エスペリア、どうしてる?」
悠人は声のトーンを落とした。エスペリアも悠人達とともにラキオスに戻っていた筈だが、
まだ悠人の前に姿を見せていなかった。正直、悠人もどんな顔をしてエスペリアに話をするべきか、悩んでいた。
レスティーナは首を振った。
「あまり良くありません...。何と言うか...ふさぎこんでいる、そんな感じです。
戻ってきてから、ほとんど食事にも手を付けていないようですし。」
そう言ってレスティーナは悠人の顔をうかがう。
多分、今、誰よりも孤独感にさいなまれているのはエスペリアであろう。

――俺が逃げてるわけにはいかないな。

「そうか...じゃ、俺が行って話してみるよ。」
悠人はベッドから立ち上がって、掛けてあった制服に袖を通した。
「そうして貰えると助かります。」レスティーナはホッと胸をなで下ろしたように、
悠人に向かって頭を下げた。
気取らない女王は最初からそれを頼みに来たのだろう、そう思って悠人は微笑を浮かべた。
「出来ればうまく仲直りして下さい。」レスティーナはそう言ってクスリといたずらっぽく笑った。
悠人はその笑顔をどこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。

ニムが悠人の後ろ姿を複雑な気分で見送り、小声で呟く。「何か...ムカつく。」
悠人はエスペリアの事が好きなのだ。それは分かっていても素直にそれを応援する気にはなれなかった。
今日子が悠人は世話好きに弱い、というような事を言っていたのを思い出し、ニムはポツリと漏らした。
「――薬の勉強する前に、ハリオンに料理の特訓してもらおうかな。」

悠人の出て行った部屋の中で秘密会議が始まった。
「さて、あの二人の問題はこれでいいとして...エスペリアの処分は、どうしましょう。」
レスティーナが言った。さすがに悠人との戦闘は伏せられていたが、
エスペリアが行方不明だったことはラキオスの臣下たちにも伝わっていた。
あまりあからさまにエスペリアを特別扱いする訳にもいかない。

「やっぱり、敵前逃亡って事になるよね...ねえ、光陰、あんたこういうの得意でしょ。いいアイデアないの?」
「全く、面倒な事は全部俺に押し付けやがって...」光陰が眉をしかめて考え込んだ。
「―――そうだな、こういうのはどうだ?レスティーナの特命を受けて敵の内情を探りに行ったってのは。」
「ほう、さすがはコーイン殿。事実、ソーマは元上官であったのですから、
それならばサレ・スニルでエスペリア殿が見つかった事にも得心のゆく説明が成り立ちましょう。」
目を細めて光陰を褒めるウルカを、少し警戒する今日子であった。

「エスペリア...いるか?入るぞ。」悠人はエスペリアの部屋をノックした。
中からドタバタと、軽やかな足音がドアのほうに向かってくるのが聞こえた。
「エスペリアのほかに誰かいるのか―――?」
いぶかしげに半開きになったドアを覗き込む悠人の目に入ったのはオルファだった。

「パパ...。」小さな妖精がドアから首だけを出して言った。
「あ...オルファ。見ててくれたのか、エスペリアのこと。」
「うん...でも、元気ないの...エスペリアお姉ちゃん。」
そう言ってオルファはそっとドアを開けた。室内のベッドの上で座っているエスペリアの姿が見える。
「――みたいだな。」あんな事があった後じゃ無理もない、悠人はそう思った。
「ちょっと話してみるよ。悪いけど二人っきりにさせてくれないか?」
「ん―――。」オルファが悠人の顔色をうかがう。
「―――パパ、もうエスペリアお姉ちゃんとケンカ、しない?」オルファは、おそらくエスペリアが
はやまった事をしないように、ずっと見守っていたのだろう。
ことによると一晩中ずっと傍に付き添っていたのかもしれない。

悠人は少し膝を曲げてオルファと視線の高さを合わせた。
「約束するよ、ケンカはしない。」

しばらく悠人とエスペリアの顔をを見比べて、オルファは元気に頷いた。
「わかった!じゃあ、オルファあっちに行ってる!」
そう言って駆け出すオルファの背中に、悠人は心の中で頭を下げ、部屋に入った。

「ここ、いいか?」悠人はそう言ってオルファの温もりが残るベッドの横の椅子に腰を下ろした。
エスペリアはベッドで上体を起こしたまま無言でうつむいていた。

「――エスペリア。俺、知らないうちにずいぶん追い詰めちゃってたんだな。」
しばらく流れた沈黙の後、悠人は言った。
「エスペリアにはあんなに世話になったのに、生き方がどうとか、
えらそうな事ばっか言って、ほんとにゴメン。」

悠人の言葉を黙って聞いていたエスペリアの肩が震え始め、その瞳に見る間に涙が溜まってゆく。
こらえきれず、エスペリアは両手で顔を覆った。
「あ、ああ、いや、あの、別に泣かせようと思ったわけじゃ――」
慌てる悠人に、鼻声でエスペリアが答える。
「違うんです、悪いのは私です。一人で、勝手にいじけて、勝手に飛び出して、
ユート様にも、みんなにも迷惑ばっかりかけて―――!」
悠人はエスペリアが子供のように声を上げて泣くのを黙って見守った。

「―――私、ユート様がこの世界に来て、世話を任されたとき、
ユート様が全然動けなかったから、本当は嬉しかったんです。」
ひとしきり泣いた後、エスペリアが意外な事を言い始めた。

「ユート様のこと、独り占め出来るって、思ってました。ずっとこのままだったらいい、
そんな事まで考えてました。だから、ユート様が動けるようになって、
私の出来る事がどんどん少なくなっていくのが寂しかったんです。オルファのことが――本当は羨ましかったんです。
私にはあんなふうに素直に抱き付いたりするなんて、出来なくって。そのくせ、
スピリットとしての分をわきまえろなんて、説教して。スピリットが人間のために尽くすのは当然だ、なんて
言い訳しながら夜中に――こそこそユート様の部屋に入って行ったり―――自分だけは特別、みたいな顔して。
―――卑怯です、私。」

エスペリアが体の中の毒をすべて吐き出すように告白するのを聞き終え、悠人は幼子をあやすように、言った。

「わかった。もういい。あんまり自分を責めるなよ、エスペリア。エスペリアが、
その――夜の世話までしてくれた時に、止めなかった俺にも責任はある。
本当はさ、悦んでたんだ、俺も。ただ、人間なら誰にでも同じ事するのかって思うと、ムカついちゃって...
俺も同じだ、エスペリアのこと、独り占めしたかったんだよ。」
悠人は小さく息を吐いてエスペリアの手をそっと握った。

「それに――妖精趣味って言われるのが怖くて...人間もスピリットも違いはないなんて言っときながら...俺は...」
そう言ったうつむく悠人をしばらくの間、驚いたように見つめていたエスペリアの瞳に、再び涙が溢れ出した。

「なのに、私―――、あんな馬鹿な事―――もう、取り返しが――んっ!」
いきなり悠人がエスペリアの小さな唇を自らの口で塞ぐ。
エスペリアは目を見開いていたが、やがて、ゆっくりと目を閉じた。

小さな部屋に静寂が訪れる。
悠人はされるがままになっているエスペリアの体を押し倒しながら、その、服の上からでも
ふくよかさが見てとれる胸に手を這わせた。
「あ...」エスペリアが小さな声を漏らした。

薄い生地越しにエスペリアの胸を揉みしだいていた悠人の手に、
いつのまにかコリッとした先端の突起が触れるようになった。
悠人はしばらくの間その突起を指でつまむように弄んだ。
「う...く...」悠人が少し力をこめるだけでエスペリアは敏感な反応を見せる。
悠人は見慣れたメイド服のボタンを外しにかかる。やがて、エスペリアの胸があらわになった。

――うーむ、結構エスペリアって胸、大きいなあ。
手のひらでそれを包み込み、今度はじかにその先端を指先で転がしながら、
つい悠人はそんな事を考えてしまう。脳裏に先日見たハリオンのたゆんたゆんが浮かび上がった。
――さすがに、あれにはちょっと負けるかなあ。
「ユート様...何か...考え事ですか?」
快感に体をよじらせつつ、まるで悠人の心を読み取るかのようにエスペリアが言った。

「あ、いや、何でもないんだ。」
悠人は左手でエスペリアの胸を揉みながら、慌ててごまかすように右手をエスペリアの
スカートの中に潜りこませた。むっちりと肉付きのいい太ももが触れた。
悠人はその隙間に手を差し入れ、上のほうへと移動させた。
人差し指の横側がエスペリアの脚の付け根に行き当たる。悠人はゆっくり手を回転させた。
熱い、そして、下着の上からでもわかる湿り気をもってエスペリアの恥丘が悠人の手の中に収まった。
悠人の手が動きやすいようにエスペリアが脚の間を広げる。
悠人は手のひらを女陰全体に密着させ、中指の先で浮かび上がった縦筋をなぞった。
「はあっ...ダ...ダメです...ユート様っ!」エスペリアがきゅっと目を閉じて悠人の肩に腕を回す。
下着が湿りによってエスペリアの秘裂に食い込んでゆく。
「もう...脱がすぞ、エスペリア。」悠人は体を起こし、両手でエスペリアのスカートを捲り上げた。
薄い下着がエスペリアの女陰に張り付き、その形が完全に透けていた。
悠人は下着に手をかけ、下へと降ろしていった。エスペリアが少し腰を浮かせる。
女陰から溢れた愛液が下着に糸を引いた。

エスペリアのしなやかな細い指が悠人の股間に伸びる。
「あ...もう...こんなに大きく...」悠人の制服の上からその怒張にゆっくりと
指を這わせながら、エスペリアは喘ぐように言った。
悠人は傍らの椅子の上に制服を脱ぎ捨てた。
「わがままな...お願いですけど...忘れさせてください...何もかも。」
エスペリアが全裸になった悠人に顔を向けて言った。
「ん...やってみる。」
緊張すると人はアセリアのような口調になるのだろうか。悠人はなんとなく、そんな余計な事を考えた。
悠人はエスペリアの上に覆いかぶさった。

――えっと、この辺かな?
とても経験豊富とは言えない悠人は、男根をエスペリアの深部に入れようとしたが
なかなかうまく行かない。エスペリアが少し腰をずらしながら、そっと優しく悠人の怒張に手を添えた。
ヌルリとした感触とともにエスペリアの体の中に悠人の怒張が侵入してゆき、
わずかに悠人が腰に力をこめて突き出すだけで、奥に突き当たった。

悠人に深々と貫かれながらエスペリアの瞳に新たな涙が湧き出てきた。
「――あ、い、痛かったか?」少し乱暴にしすぎたのだろうか、そう思って悠人はエスペリアに尋ねた。

「違います。」エスペリアは横になったままかぶりを振った。エスペリアの髪の毛から
甘い香りが、石鹸の香りと入り混じって悠人の鼻腔に届いた。
「こんなに...好きな人と一つになる事が、こんなに嬉しいなんて...
お、おかしいですね、嬉しいのに、――涙が、涙が止まりません、ユート様。」
悠人は繋がったまま、何も言わずにエスペリアを抱きしめた。

―――やがて。
果てた二人は狭いベッドで身を寄せ合うように並んで横になっていた。エスペリアが言う。
「私、決めました。これから先、何があってもユート様のそばにいます。
――ユート様にうっとうしがられても、――汚いと思われても。」
それは、今までのどんな時よりも強い、エスペリアの言葉であった。
「――なかなか言ってくれるじゃないか。」悠人は笑った。
「はい。それが私の選んだ道です。」そう言ってエスペリアは体を起こし、悠人に口づけた。
そしてそれは、悠人が何よりもエスペリアの口から聞きたかった言葉でもあった。

「お帰り、エスペリア。」悠人がエスペリアにキスを返し、再びその体をベッドに押し倒した。

翌日の午後。久々にラキオスの面々が会議室に勢ぞろいした。
なぜか酒臭さが漂う。光陰が悠人の横で二日酔いの青白い顔をしている。

「もうっ、光陰ったら飲み過ぎよ!!」
「耳元で怒鳴るなよ、今日子。頭にガンガン響くだろ。」
うんざりした顔で光陰が抗議する。実は昨夜、何故かエスペリアの部屋から出て来なかった悠人を祝って、
ヤケ酒の乱痴気騒ぎが繰り広げられたのだった。光陰は美女たちの酌を受け、と言えば聞こえは良いが、
要するに愚痴の聞き役をしていたのだ。
いくら飲んでも顔色一つ変えないハリオンはともかく、ウルカの泣き上戸や、ニムの笑い上戸、
果てはヘリオンのおっさん臭い説教上戸まで全ての相手をしていたのだから、
いかに酒に強い光陰とはいえ、グロッキーになって当然であった。

ラキオスにも未成年者飲酒禁止法を制定すべきだ、自分の事は棚に上げて、
光陰は心の底からそう思った。

「こここ、これは一体どういう事ですかっ、ユート様!!」

久々の会議で燃え上がるエスペリアが、横に座っている悠人に噛み付いた。
対照的に悠人は一滴も酒を飲んでいないのに何故か光陰と同様、青白い顔をしている。
「なんだよ、エスペリア。なんか問題でもあったか?」悠人が及び腰で答える。
「なんだよじゃありません!この報告書に目は通されたんですか!?」悠人の目の前で一枚の紙をひらひらさせる。
「ああ、それか。なんたら言う技術者がいるとかいないとか。」眼前で泳ぐ紙を見ながら悠人は答えた。
「なんたらいう、ではなく、クォーフォデ・リウ様です!」
「別にいいだろ、もう充分技術者は揃ってるんだし。
その場所にいるかどうかだってはっきりしないんだしさあ。」悠人は投げやりに言った。
「いいえ、ユート様。クォーフォデ様は名うての技術者です。
最大の誠意と努力を持って説得工作に当たるべきです!」
「分かった、分かったって。そんなに怒るなよ、エスペリア。」

開き直った女ほど強いものはない。つやつやと生気に溢れるエスペリアの顔を見て、
それを思い知らされた悠人は白旗を上げる。

「だいたいコーイン様やキョウコ様が付いていながら、こんな事では困りますっ!」
エスペリアの怒りの矛先が悠人の右側にずれてゆく。
「な、なによ、あたし達は関係ないじゃないの。」今日子が反撃を試みる。
「いいえっ、大いに関係があります!クォーフォデ様は旧マロリガン領にいらっしゃるのですから、
当然あなた方も人脈を当たって然るべきです!」
「あ、あたしは、ほら、助っ人って言うか、戦うの専門だからさあ...ねえ、光陰、何とか言ってよ。」
旗色が悪いと判断するや、横の二日酔いの男の肩をゆする。
「――俺に振るな、今日子。おい、悠人、エスペリアはお前の担当だろ、俺も面倒見きれないぜ。」
バトンが悠人に戻ってきた。悠人が仕方なく立ち上がる。
「まあまあ、エスペリアも落ち着けよ。みんなだってやっと戦闘が一区切りついてのんびりしてるんだからさあ。」
そう言って愛想笑いを浮かべた。

「私にはそうとも見えませんが...」そう言いながらぐるりと周囲を見渡すエスペリア。
嬉しそうにメモに何やら、多分新作のお菓子のレシピを書き込んでいるハリオンを除いて、
ほとんどのスピリットがぐったりしている。全員酒が抜け切っていないのだ。
「まあ、いいでしょう。私も帰ってきた早々、説教ばかりするのは疲れますから。」
そう言ってエスペリアはいつもの微笑を浮かべた。「では、酔いざましのお茶でもいれて参ります。
あ、そうそう、その前に特製のシチューの火加減も見ておかないと。」
嬉しそうに言ってエスペリアが退室する。全員がホーッと溜息をついた。

――ま、あれがエスペリアだよな。
パタパタと鼻歌混じりで去って行くエスペリアを見送りながら悠人はそう思って笑った。
「やっぱり、エスペリアさんも『まぐろ』ですね。」ヘリオンがニコニコしながら言った。
穏やかなひとときに浸る悠人が一気に凍り付く。

―――ヘリオン!お前って奴は!!

「ヘリオン、何言ってるの?」今日子の目がすうっと細くなる。
「だって、ユート様がハイペリアでは素敵な女の人の事をそう言うんだって、教えてくれましたから。」
ヘリオンが笑顔を絶やさずに答えた。

「―――悠、あんた、こんないたいけな娘に一体ナニしたの?」
今日子のオーラが瞬時にレッドゾーンに達した。光陰が二人の間から素早く離脱する。
「ご、誤解だっ、今日子!俺は何も!」冷や汗を滝のように流し、悠人が弁明する。
「私もすごく高級な女性だそうです。」全く状況を解さず鼻高々にヘリオンが続ける。
「ヘリオン、『マグロ』って言うのはねえ...男と女が―――」
余りに痛々しいヘリオンを見かねた今日子の、恥ずかしげもない解説に、
今までぐったりしていたスピリット達が一斉に起き上がり、エヒグゥのように耳をそばだてた。

「ひ、ひどいですっ、ユート様!たた、試した事もないくせにっ!!」
今日子の解説を聞いたヘリオンが涙目になる。
「いいのか、試しちゃっても!?」言ってから悠人は自分の失敗に気付く。
美味しすぎる天然につい突っ込んでしまった、その事に。

しかし、それは遅すぎた。背後に危険なマナを感じ、振り向いた悠人の目には、リュールウと言いながら
「献身」の穂先をしごき上げるエスペリアの姿が!
「ユート様、信じておりましたのに。」エスペリアが微笑を浮かべて、言った。
「むう、全然信じてる顔じゃないぞ、エスペリア。」
じりじりと間合いを詰めながら、エスペリアが神剣魔法の詠唱に入る。
「大地の精霊よ、力を貸して。ユート様のクサレた根性を叩き直すために、この力が必要なの。」
会議室が燦然とエメラルドグリーンに輝く。

「はいはい、お嬢ちゃん達はこっちに集合~。」光陰が加護のオーラを展開し、それをビーチパラソルのように広げた。
逃げるべきか、それともこのまま見物すべきか迷っていたスピリット達が、われ先に傘の下に潜り込む。

「おお、光陰、我が心の友よ。助かる、マジで。」悠人もこそこそと逃げ込もうとした。
「残念だな、悠人。もう定員オーバーだ。」光陰が冷たく突き放す。「悪いが、勝手に一人で死んでくれ。」
「そんなつれない事言うなよ、碧くん。お、アセリア、そこちょっと詰めてくれよ。」
揉み手をしながら悠人が傘に近付いた。
「ユート、往生際、悪い。」
「ちっ、どうやらアイスバニッシャーで援護してくれる気もさらさら無さそうだな。
いくら無表情でもそのくらいは分かるぞ、アセリア。」
「――ん。わかれば、いい。」
「じゃ、ネリー、シアー...」アセリアをあきらめて青い双子に愛想笑いを向ける悠人。
「行け行けー、ユート様!エスペリアなんかやっつけちゃえ!」
「ちゃえー。」二人は完全に野次馬モードだ。
「――頼むからこれ以上エスペリアを刺激するな。お前達に頼った俺が馬鹿だったよ。
あ、ニム。俺に万一の事があったら、例のやつ、頼むぞ。」
「はあ、面倒。」
「百パーそれを言うと思ったよ。おお、ウルカ、ウルカなら助けてくれるよな?」

「ユート殿。男には負けるとわかっていても、戦わねばならぬ時があります。」
クールにウルカが言い放つ。
「って、お前は女だろうが!」
「パパー、がんばってー!エスペリアお姉ちゃんに負けるなー!」
「――オルファ、昨日言ってた事と全然違うぞ。」悠人は肩を落とす。
「元気出して、パパ。あ、そうだ!オルファがおまじないしてあげるよ!」
悠人のお尻に、オルファがポンッ!と可愛らしいキックをお見舞いしてくれる。
「おるふぁきっく『絶』だよ、パパ!」
「絶対わかっててやってるだろ、お前。こんな時に、オルファ...
オルファもとうとう笑いをとる事を憶えてくれたんだね。パパ...パパ、うれしいよぉっ!」涙ぐみ、かすれゆく声。
「そろそろごたくは並べ終わりましたか、ユート様?」にっこりと笑いながらエスペリアが近付いてくる。
「ま、待ってくれ、話し合おうじゃないか、エスペリア!」
「この期におよんで...問答無用ですっ!!」
エスペリア最大の攻撃魔法、エレメンタルブラストがお約束のように炸裂した。
シールドを展開する間もなく、2倍ダメージの悠人はあっけなく床にぶっ倒れた。

――翌日。
ラキオスの青い空に、トンカントンカンと部隊全員総出で、詰所再建をする大工仕事の音が響いた。
「はあ、なんであたしまで...鬼軍曹に鬼参謀...マロリガンにいた頃が懐かしいよ、実際。」
ノコギリを持った今日子が、慣れぬ作業に音を上げる。

「まあ、そう言うなよ、連帯責任ってやつだ。」ハチマキを巻いて、金づちを持った隊長がいさめる。
「だいたいあんたが余計な事言うからでしょうが、バカ悠!」
「何だと、もういっぺん言ってみろ!」ノコギリと金づちがオーラフォトンをまとい、青白く輝く。
「いい加減になさい!」いつの間にか二人の後ろにレスティーナが立っていた。
「エトランジェ・ユート!ここは私がやっときますからあなた方はとっととユウソカを攻め落としてらっしゃい!」
羅刹の形相で、若き女王はそう言って悠人の金づちをひったくる。
「はっ!かしこまりました、女王陛下!」悠人が最敬礼をした。

レスティーナに蹴っ飛ばされるようにしてエーテルジャンプで移動したラキオスの精鋭部隊が
ユウソカを視界に捉え、ずらりと勢ぞろいした。

「あそこが...ユウソカか、ウルカ。」
「はい。サーギオス最大にして最後の砦です、ユート殿。」
ユウソカは町全体が要塞のような風貌を呈していた。唯一の出入り口である門の前に、
恐らく守備に特化しているであろうスピリット達が大勢並んでおり、悠人達を睨みつけている。

「ぐふふふ...俺たちの怖さが分かってないようだな。よし、先陣はエトランジェチームだ、
行くぞ、光陰、今日子!」
このところヘタレた場面の多い悠人が、イービルルートさながらに目を血走らせ、雄叫びを上げた。
光陰、今日子がそれに続く。
「オーラフォトンッノオヴァァァァ―――ッ!」
「ライトニングブラスト!!」
「プロテクション!!」

―――阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるか、と思いきや、何も起こらなかった。

  「「「おいおい、3人ともサポートに回ってどうすんだよ(のよ)!!」」」

同時にボケて同時に突っ込む。どこまでも息の合う同級生たちであった。
エトランジェたちの醜い内輪もめが始まる。

「今日子っ、隊長は俺だぞ!勝手なマネすんなよ!」
「何よっ、バカ悠!あんたのなんて1回ポッキリで、いちいち拠点に戻らなきゃだめなんて、
使えないったらありゃしない!」
「そうだ、ここは手堅く俺のありがたい御仏の加護を優先させろ!」
「何を、光陰!だいたいこないだ、技の名前を絶叫するのは恥ずかしいとか言ってたのはお前だろ!」

「――まったく、あいつらには任せておけないわね。」これまでほとんど出番がなく、
うずうずしていたセリアが言った。
「アセリア、あなたはどうせ正面から行くでしょ?ヒミカは側面から、ウルカは攪乱をお願い。」
「ちょっと待った、セリア殿!ユート殿直々の命を受けた攻撃隊長は手前です。
ここは手前の指示に従って頂くのがスジと言うもの!」ウルカも黙ってはいない。
「――ん。セリアも、ウルカも、ちょっとエラそう。」珍しくアセリアがムッとした表情になる。
「そこの3人!ラキオス部隊の副長であるこの私をさしおいて、勝手な行動は許しません!」
完全にエンジンのかかっているエスペリアが割って入り、スピリット達による第二次紛争が勃発した。
「みなさーん、ケンカはっ、やめましょうっ!」けなげにヘリオンが仲裁に回る。

「うう...せ、戦力差が...ある...?」
敵を目前にしながらの、余りのラキオス戦士たちの余裕ぶりに恐れをなし、
ユウソカ防衛のスピリット達が、三々五々逃げ始めた。
「あーあ、敵さん、逃げちゃってるよ。あの人達はほっといて、さっさと行こう、シアー。」
ネリーが翼を広げ、颯爽と飛び立った。
「あーん、待ってよぉ、ネリー。」追いかけるようにシアーが飛んで行く。
「わわわ、私を置いてかないで下さい!」
仲裁をあきらめたヘリオンが、慌ててウィングハイロゥを展開する。

「ゆ、悠人、俺たち置いてけぼりくらってるぞ!」ようやくネリー達に気付いた光陰が叫んだ。
「ま、まずいっ!ようし、みんな、あそこの要塞のてっぺんに一番最初に立った奴が次期隊長だ!
それで文句ないな!」悠人が後の事も考えず、無謀な事を高らかに宣言する。

     「おうっ!!!!」

突き抜けるように澄みきった青空の下、ラキオスの精鋭達が一斉に走り始めた。


                                  
                                   エスペリアの家出・完