SALVAGE

14-26

数週間が過ぎ、悠人達に出撃命令が下った。言い渡されたのは、ラキオスから東に移動し、
国境に位置するエルスサーオの砦を拠点に、リーザリオ、リモドアへ侵攻する、という戦略であった。
悠人にとっては隊長として初めてのミッションである。これまでも何度か戦闘はあったが、
散発的、防衛的であった事もあり、本格的な国同士の争いは悠人にとっては、
これが初めての経験であった。無我夢中で神剣を振り回していただけの悠人ではあったが、
これからはそうも行かない。自分の判断に部隊の命運がかかっているのだ。

――今までは、頼りっぱなしだったもんなあ。
悠人は傍らを静かに同行するアセリアの顔をうかがった。
相変わらず何を考えているのかつかみにくい少女であったが、
オルファのように戦いを楽しんでいるようにも見えなかった。

「うおおおっ!!」

エルスサーオに押し寄せるバーンライト兵との交戦が始まった。
悠人が咆哮とともに敵のスピリットと斬り合う。スピードで言えばスピリットに分があったが、
悠人のオーラフォトンのバリアは敵の斬撃を受け止めても、びくともしなかった。悠人は攻撃を失敗し、
完全に無防備になったスピリットの体を存分に薙いだ。
無表情なスピリットが、最後の一瞬、その人形のような顔に絶望の色を浮かべる。
「求め」が容赦なくマナを吸い上げ、肉と骨を絶つ感触が、悠人に快感を与えた。
エスペリア達と同じ、生身のスピリットの最期の呻きが悠人の耳にこびりつく。

――死にたく、ない。

自分のやっている事は、佳織のためとはいえ、ただの人殺しだ、その現実を
受け入れる程には悠人は、強くなかったのかもしれない。

―――こいつらは、道具だ!俺は、道具を「壊して」いるだけだッ!

いつか、悠人の心に、免罪符のような、そんな気持ちが浮かぶようになった。

そんな中、ナナルゥが習得した強力な火焔魔法は悠人にとって、まさに都合の良い「道具」であった。
常に先手を打てる高速詠唱魔法である事に加え、効果を及ぼす範囲が広く、
一気に敵全体を焼き払う事が出来る。また、セリアやアセリアとは対照的に、
ナナルゥは悠人の命令に対して実に素直に従った。
何より、ナナルゥと行動を共にしている限り、悠人自身が手を汚す必要がほとんどない。

「やるじゃないか、ナナルゥ。」
悠人のねぎらいにも、紅い瞳の少女は小さく頷くだけで、眉ひとつ動かさなかった。

――やっぱり、戦場では、スピリットは道具として扱うべきなのかな。

勝手なもので、悠人はナナルゥと初めて会った時に嫌悪感を抱いた無表情さにも、余り抵抗を感じなくなっていた。

「何だよ、ヒミカ、話って。」
戦闘が小休止状態に入ったある日。二人きりで話がしたい、そう言ってヒミカが、
悠人の使う駐屯所の一室にやって来た。
「ユート様。出来れば、ナナルゥの神剣魔法を余り多用しないで欲しいのです。」
ヒミカは苦渋の表情で悠人に訴えた。
「何でだよ。神剣魔法だって立派な戦力なんだから、使うのは当たり前じゃないか。」
「勿論それは私にも分かっています。ただ、神剣魔法は、それが強力であればあるほど、
遣いすぎると剣に呑み込まれやすくなるのです。」

「―――なるほど。そういやヒミカはあんまり魔法を遣わないな。」
火焔魔法を得意とするレッドスピリットの中にあって、武闘派のヒミカの存在は、むしろ異色と言えた。
「ただ、今やナナルゥの神剣魔法は我が軍の主戦力となりつつあります。
私のわがままなお願いだと、そう思って頂いても構いません。」そう言ってヒミカは深く頭を下げた。
自分より冷静に状況判断をしているヒミカに軽い嫉妬を覚えながらも、悠人は答えた。
「分かったよ。でも、ナナルゥの魔法を制限したら、
その分ヒミカ達の負担が増えると思うけど、――それでもいいか?」
「私はそれでも結構です。むしろそうして下さい、ユート様。」
ヒミカは、ホッとしたような笑顔を浮かべた。

バーンライトの攻勢が強まり、戦闘が激しくなった。
悠人はヒミカに言われたとおり、ナナルゥの火焔魔法の使用を控えていたが、
言うだけの事はあって、ヒミカがそれを補うように前線で奮闘していた。
悠人達ラキオス軍は徐々にリーザリオへの南下を開始した。
ただ、それに伴って、別の問題も浮き彫りになっていた。


「セリアっ、下がれっ!」悠人の声は届いていた筈だった。
セリアが一瞬ちらりと振り返るが、聞こえないかのように敵陣の奥深くへ突っ込んでゆく。
「くそっ!ネリー、シアー!!セリアを援護しろ!!」
悠人はやむなく双子のスピリットに命令した。
「了解了解。ほら、行くよ、シアー。」ネリーがまるで近所に買い物にでも出かけるかのように
気軽な口調で返事をして、突入する。シアーが不安げな顔で続いた。

その夜、進軍を一旦中断し、エルスサーオに引き上げた悠人は、駐屯所の会議室に全員を呼び集めた。
「どうだ、ハリオン、ネリーの容態は?」遅れて入室したハリオンに、悠人は尋ねた。
「はい、今は寝てますけど...しばらくは動けないんじゃないでしょうか。」
セリアの援護に向かったネリーが重傷を負っていた。

「セリア、何べん言ったら分かるんだよ。単独行動はするなってあれほど言った筈だぞ。」
苦々しげに悠人はセリアを睨んだ。
「私は別に応援を頼んだ覚えはないわ。」憮然としてセリアが応えた。
「これでも状況判断しながら動いてるつもりよ。素人のあなたが余計な事をしなければ、
ネリーだって怪我せずにすんだのに。」そう言いながらセリアは立ち上がった。
「話はそれだけ?私も疲れてるから今日はもう休ませてもらうわ。」

「待ちなさい、セリア!ユート様のおっしゃってる事は――」
エスペリアが言いかけるのを、悠人が片手で制止した。

「―――セリア、待てよ。」悠人の、いつになく低い声にセリアが立ち止まった。
「よく聴こえなかった。――悪いけど、もう一回、言ってくれないか?」
「ユート様――?」隣に座るエスペリアが、ギョッとしたように悠人を凝視した。
ゆっくりと立ち上がった悠人の腰で、「求め」が鈍い光を放ち始める。
「ユ、ユート様、待ってください!セリアにも自分なりの考えがあってやったことです!」
ヒミカが弾かれたように立ち上がり、言った。
「ヒミカは黙ってろよ。――俺はセリアに訊いてるんだ。」ヒミカに目もくれず、悠人はセリアを睨み続けていた。
会議室を、重苦しい沈黙が包み込む。

「――申し訳ありませんでした。これからは気を付けます、ユート、様。」
ややあって、観念したように、セリアが肩を震わせながら頭を下げた。
「――道具が。謝るくらいなら、最初からデカい口を叩くな!」悠人が吐き捨てるように言った。
「怖いよぉ...パパ...」今にも泣き出しそうな声でオルファが言った。

「俺は――パパなんかじゃない。」
オルファに冷徹な一言を残して、悠人は部屋を出て行った。

悠人の退室した部屋で、オルファがハリオンに抱きかかえられながら泣きじゃくっていた。

「フン...何よ、人間の隊長らしくなってきたじゃない。」セリアの強がりが虚しく響く。
勝ち気なヒミカの目にも涙が浮かぶ。
「ユート様は...違うと思ってたのに...」

「人は...力を持つ事で、変わってゆくのです。」エスペリアが、目を伏せて、
半ば自分に言い聞かせるように、言った。
「ユート様の指示には絶対に従う、これが、私達の使命です。」

――エスペリアは、当たり前の事を、どうしてあんなに悲しそうに言ってるんだろう。
こんな騒ぎの中でも、ナナルゥは一人、全くその表情を変えることはなかった。
ナナルゥには、何故セリアが、隊長である悠人に刃向かうような事をするのかも、全く理解できなかった。

「ぐわあぁぁ――っ!!」
部屋に戻った悠人を最大級の頭痛が襲った。
――契約者よ。汝の言った通りだ。あの者達は道具に過ぎぬ。
何をためらう事があるのだ。妖精たちを犯し、殺せ!

「ふざ...けるな、バカ剣...あいつらは、俺の、部下だっ!
敵の連中から...さんざんマナを...吸わせてやったはずだぞ!」
苦痛に身をよじらせながら悠人が怒鳴る。
――ククク、我の力を持ってすれば下位神剣の主をひざまずかせるなどたやすい事だ。殺すのが
嫌なら汝の下僕たちを片端から犯してゆけ。悪い話ではなかろう?

「そんな事しなくたって...スピリット達は充分俺に...従っているっ!!」
――面白い。そのやせ我慢がいつまで持つか、見届けてやろう、契約者よ。

悠人の抵抗を楽しむかの如く「求め」が語りかけ、その刀身から光が消えていった。

―――翌朝。
バーンライトのスピリット達がエルスサーオに到達し、戦闘が再開された。
ラキオスのスピリット達は、ぎこちない動きながらも、悠人の指令におとなしく従うようになっていた。
しかし、それとは裏腹に悠人は孤立感を深めていた。時折り指示を仰ぎに来るエスペリアを除いて、
ほとんど悠人に話し掛ける部下はいなくなっていた。ひとなつっこいオルファですらも、
悠人と目を合わせようとしなかった。そんな状況においても、ただ一人、全く悠人に対する態度が
変わらないスピリットがいた。――ナナルゥである。その、赤い妖精は悠人の言うがままに
神剣魔法を発揮していた。すでに、悠人の頭の中から、余りナナルゥに
魔法を遣わせないで欲しいという、ヒミカの願いはかき消されていた。
悠人は、自らもまた、何かに取り憑かれたように「求め」を振り回していた。

数日が経過し、戦闘が膠着状態に入った。悠人はその夜、自室で一人横になっていた。
エスペリアも、あれ以来、夜中に悠人のところへ忍んで来た事は一度もない。

―――これで、良いんだ。余計な感情は、判断を鈍らせるだけだ。
そう自分に言い聞かせながら悠人は襲い来る孤独感と戦っていた。
その時、ふと、悠人の胸中に、従順な赤い妖精の姿が浮かんだ。

――ぴちゅっ...くちゅ。
薄暗い部屋の中で、ベッドに腰掛けた悠人の股間に顔をうずめる妖精の姿が、あった。
切り揃えられた赤い前髪がリズミカルに揺れる。時折り漏れるナナルゥの吐息とともに
淫猥な、湿った音が響いた。

――犯すわけじゃないし、このくらい、大丈夫だよな。
エスペリアに比べると拙く、機械的な奉仕に身を委ねながら、悠人は心の中で言い訳していた。エスペリアも、
性欲の高まった状態では神剣に呑み込まれやすい、そんな事を言っていたのだ。
悠人は戦闘服の上から、ナナルゥの豊かな胸に手を這わせた。
「んっ...んんっ...!」
閉じられた目から表情を読み取る事は出来なかったが、悠人の愛撫に反応したのか、
ナナルゥはわずかに眉間にしわを寄せ、くぐもった声を上げた。

「う...そろそろ、いくぞ...っ!」
きゅうっと乳房を鷲づかみにし、もう片方の手で、ナナルゥの頭を押さえ込んだ悠人が、
限界を迎えた。朱唇に咥えこまれた怒張から、白濁が、ナナルゥの口内にぶち撒けられた。
一瞬紅い瞳が見開かれたが、それはすぐに何事も無かったかのように閉じられ、
ナナルゥの白い咽喉がコクリ、コクリ、と音を立てた。

「ありがと、ナナルゥ、気持ち良かったよ。」
目の前でひざまずき、小さくなってゆく悠人のモノを見つめている赤い妖精に向かって、
悠人は小さな声で礼を言った。

「―――気持ちが、いいのですか?」
ナナルゥが、きょとんとした顔つきで尋ねる。
どうやら冗談で訊いているわけではないらしい。

――今まで、何だと思ってやってたんだ?
真面目に尋ねられて、かえって気恥ずかしさの増した悠人は、ナナルゥから顔をそらして短く答えた。
「ああ。もういいよ、部屋に戻ってくれ。」
「―――はい。」
ナナルゥは静かに立ち上がり、悠人の部屋を出て行った。
身勝手な悠人の要求にも、淡々と応えてくれた少女の後ろ姿を見送る悠人の
胸の内に残ったのは、しかし、苦々しい罪悪感だけであった。
その背後で、「求め」が鈍く光った事にも、悠人は気付かなかった。

翌日は朝からひどい雨が降りしきっていた。
悪天候を衝いて、バーンライトの攻勢が、その激しさを増した。
「来たぞっ、ナナルゥ、頼む!」悠人が振り返った。雨で額にべったりと
前髪の張り付いたナナルゥが、いつもと変わらぬ無表情のまま、頷く。
だが、火焔魔法の詠唱に入ったナナルゥの姿を見て、悠人は表情を凍り付かせた。

「ナナルゥ、あなた―――?」
そばに居合わせたヒミカもまた、ナナルゥの異変に気が付き、声を失った。

二人の視線の先で、ナナルゥの頭上に浮かび上がった輪状のハイロゥが、墨を刷いたように、黒く染まっていた。

豪雨をものともせずに燃え盛る火焔で、敵陣にぽっかりと穴が空く。
「うおおお―――ッ!!」
責めるようなヒミカの視線から逃れるかのように、悠人は、その中に突っ込んで行った。
常に悠人の背後でサポートするように命令されていたナナルゥが、それに続く。

「危険ですっ!お下がりください!!」
「ナナルゥっ!危ない、戻ってっ!!」
エスペリアと、ヒミカの同時に発した悲痛な声も、土砂降りの雨と、敵の喚声にかき消されてしまう。
やがて、悠人とナナルゥの姿が敵のスピリット達に飲み込まれ、見えなくなってしまった。