SALVAGE

47-70

洞窟の外に出て、神剣を構える悠人に、女兵士がつかつかと歩み寄り、
悠人の体のあちこちをパンパンとはたいた。
「――ふん、少しは鍛えてあるようだが...それにしてもその構えは何だ、貴様。よく
それで今まで生き延びて来られたものだな。」心の底からあきれ返った声で、女は言った。
悠人は返す言葉もなかった。今までやってきた事はオーラフォトンのバリアに
頼っていただけの話で、武術とはかけ離れている。
女兵士は大上段に振り上げられた悠人の神剣を下げさせ、剣先が眼の高さになるように直した。
「重心のかけかたも無茶苦茶だ、手間をかけさせる。」美しい眉宇に皺を刻み、女は拾い上げた
小枝で軽快な音をたて、悠人の背中や腰、膝を打った。不思議と、それだけで悠人の構えが自然な形をなした。
「運動にもならん。今日は私がいいと言うまでそのままでいろ、若いの。」
そう言って女兵士は甲冑を鳴らしながら洞窟へと戻っていった。

日がな一日、構えを執らされるだけで数日が経過したある朝。
悠人はだいぶサマになってきたナナルゥの手料理を食べながら、女兵士に尋ねた。
「なあ、一体いつになったら剣を教えてくれるんだ?」
女兵士は呆れたように首を振った。
「お前は口の利き方も知らんのか。―――まあ、少しは型が出来てきたようだ、少し揉んでやろう。」

洞窟の前で、二人は向かい合った。入り口から、ナナルゥがさすがに心配そうな面持ちで、壁に
寄りかかって見守る。悠人が教えられた中段に剣を静止させた。

「どうだ、その神剣は何か言って来ているか?」
女は短い木刀を右手にぶら下げ、悠人の前に突っ立ち、問うた。
「いや、ここに来た日から、うんともすんとも言わないよ。全然神剣の力も引き出せなくなった。」
悠人は答えた。事実、「求め」はあの夜以来、ただの重剣と化していた。
「神剣にしても木切れにしても、所詮自分の腕の延長にすぎん。いちいち剣の力などに
頼るなと言った筈だぞ、小僧。」ニヤリと笑みを返し、女兵士は居合いのような構えを見せた。

「――始めるとするか、エトランジェ。」


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女が構えた途端、怒涛の如き闘気が悠人に押し寄せる。今までアセリアやヒミカと練習で
立ち会った経験もあり、相手の圧力には慣れていたはずの悠人の足がすくんだ。

―――マナでも、オーラフォトンでも、ない!これは...、これが...人間の持つ殺気か!?
悠人の膝がガクガクと笑い始める。
「――クク。どうした、掛かってくる気がないならこちらから行くぞ。」
直後、女兵士の影が、揺らいだ。重い甲冑を着けているとは信じ難い速さで、その影が奔る。
―――こっ、殺されるっ!!
降り注ぐ小太刀の嵐を一撃も受け止める事が出来ず、悲鳴をあげて悠人は地べたに這いつくばった。
悶絶する悠人の下半身を生温かい尿が濡らしてゆく。

「―――あ、気が付きましたか、ユート様。」洞窟の入り口近くで寝かされていた悠人の横にナナルゥが座っていた。
「―――え?あれ?――ぐっ!!」体のそこかしこが軋みを立て、起き上がろうとした悠人は苦痛に顔をしかめた。

「な、何だ、俺は―――何も出来なかったのか。」
苦痛に身をよじりながらも、悠人はこみあげる喜びを隠せなかった。
「ナナルゥ、凄いぞ、―――あのひとは。」
幾多のスピリットを倒したという女の言葉はハッタリではなかった。悠人の目に、本当に
久し振りに、希望の光が宿った。悠人は痛みも忘れて、かけられていた毛布をはねのけ、立ち上がった。
「―――あ。」下半身が裸になっていた。
「あの―――、洗っておきました。」ナナルゥが言いにくそうに外を指した。木立に悠人の
ズボンと下着が架けられていた。

「お目覚めか、いいざまだな、若いの。」女兵士が苦笑しながら洞穴の中から顔を出した。
「どうする?まだ続けるか、小便小僧?」
「当たり前だろ。このまま終われるかよ。」悠人が拳を握り締める。
「―――前くらい隠してください、ユート様。」ナナルゥが目をそむけた。

―――その夜。
悠人は全身を覆う痛みになかなか眠れなかった。
顔も倍くらいに腫れ上がり、口の中の至る所が切れ、喋るたびに血の味がした。
「――大丈夫ですか、ユート様?」ナナルゥも気になって眠れぬ様子であった。
「――ああ。」呻くような声の返事があった。
「やっぱり、神剣の力もなしに訓練するのは無理だと思います。――体が先に潰れますよ。」
「俺が弱いんだから仕方ない。あれでもずいぶん手加減してもらってるんだ。」
「弱い――?」ナナルゥにはセリア達を威圧していた悠人が、自分の事を「弱い」と言っているのは理解しにくかった。
「弱いから、逃げたんだ。戦う事からも、みんなからも。」そのあげくに一番従順な部下を
巻き込んだ、その事実だけが残っていた。「―――もう、逃げたくない。」悠人の声が鼻声になる。
「はあ。」ナナルゥは体を起こした。
「ごめんな、――ナナルゥ。」すすり泣く声がする。
「え―――?」よく泣く隊長だ、ナナルゥは傷だらけの悠人の横顔を見ながら、そう思った。
それでも今は、少しだけその涙の理由が分かる気がした。

筆舌に尽くしがたい、昼夜を分かたぬ訓練の日々が過ぎていった。
失禁には至らなくなったものの、悠人は何度となく反吐にまみれ、転がされた。しかし、いつしか、悠人は
名前も教えてくれぬ女剣士の事を「師匠」―――、そう呼ぶようになっていた。

「ほら、どうした、足が止まったぞ。」まるで背中に翼を持つがごとく、右から左へと
体を入れ替える「師匠」が、じゃれるように次々と悠人の体を打ち据える。
「くっ、そっちかっ!」悠人が渾身の一撃を放った時にはすでにそこに女剣士はいない。新たな傷が
悠人の体に刻まれるだけであった。しかし、ナナルゥの傷が癒え、歩けるようになるころには、
小太刀の打ち込みを「求め」でどうにか受ける事が出来るまでに、悠人は成長していた。

「ナナルゥって結構料理の才能があったんだな。」
並べられた料理を次々に平らげながら悠人が言った。
「第二詰所でも、食事の準備は当番制でしたので。」少しばかりムッとした口調になってナナルゥが言った。
「へえ、俺はてっきり、全部エスペリアとオルファがやってるもんだと思ってたよ。」
炊事を任されていたナナルゥの料理の腕は、これもやはり「師匠」の手ほどきを受けていたようだった。
食材はほとんどが女剣士が獲ってきた魚や獣肉、山菜等であった。

「何をくだらん話をしている、さっさと準備しろ、ユート。」
「おうっ!」
ここにいたってようやく「坊主」やら「若いの」といった呼び名から昇格した悠人が、神剣を手にして立ち上がった。

―――同じ頃。

「クッ、まだエトランジェは見つからんのかっ!!」ラキオス国王は従卒を怒鳴りつけた。
当初は順調に戦果が上がっているという報告に相好を崩していた王であったが、ある日
忽然とエトランジェの隊長が行方不明となり、主力を欠いたスピリット部隊はエルスサーオの砦に
足止めを食らっている状況が続いていた。
「―――と言って、もう一人のエトランジェの下に神剣が現れるわけでもない...。
一体どうなっておるのだっ!!」
欲にかられ、身動きの取れなくなった父親を、たった一人の娘は、哀れむような視線で見ていた。
元はと言えば自分が、人質を取って悠人を脅して戦わせるなどという、品のない事を
するからだと、そんな事には思いも及ばぬ父親を。

「―――でも、今頃ユートはどこで、何をしているのでしょう。」レスティーナはつぶやいた。
父の言う通り、神剣が佳織の前に出現していない以上、悠人は死んではいないと言う事になるが、
ただ、妹を放って逃げ出したと言うのも考えにくかった。

更に数ヶ月が経った。

斥候の兵士がエスペリア達の駐屯するエルスサーオにやって来た。
「王からの命令だ、ここには最小限の部隊だけ残して、お前達はラセリオの防衛に当たれ!」
バーンライトが主力部隊を投入し、サモドア山道経由で、ラキオスの要衝ラセリオ急襲に向かったとの報告であった。

「―――はい、かしこまりました、直ちに。」
エスペリアは沈鬱な面持ちで頷いた。今、戦力を分割するのは自殺行為に等しかった。
しかし、開戦そのものがエトランジェの戦力を当てにしてのものだったのだから、仕方のない成り行きとも言えた。

「私達がここに残るわ、エスペリア。」
セリア、ヒミカ、ハリオンの3名がエルスサーオに駐留する事を引き受けてくれた。――時間稼ぎの
駒にしかならない事を承知の上での事であった。

―――明日は我が身、か。
エスペリアは胸の内でつぶやいた。果たして、あの、変わり果てた隊長の下で戦っていた方が
良かったのか、それとも今こうして破滅に向かって突き進むのが良いのか、エスペリアには分からなかった。

「今日は手加減抜きで相手してやる、有難く思え、ユート。」

ある日の朝。
そう言った「師匠」はいつもの小太刀を携げていたが、常に身に着けていた甲冑を外していた。
――そういや、師匠っていつもあの重い鎧を着込んでたんだよな。
向かい合って、悠人は薄手のシャツに包まれた女らしい体つきに眼を奪われながらも、改めて畏怖を感じた。
その甲冑を忘れさせるほど、「師匠」の動きは流麗であった。

「――――行くぞ!!」低い声とともに小太刀が襲いかかった。
「くっ!!」かつてない異様なスピードに、これまで叩き込まれたもの全てをつぎ込んで、悠人は応戦した。

「ふむ...まあ、よく持ち応えたほうだな。」
呻き声をあげて、木偶のように転がった悠人の傍らで「師匠」がつぶやいた。
「聴こえてるか、ユート。今日で私の気まぐれは、しまいだ。最後に名前を教えてやる。私の弟子としては
まだまだ恥ずかしい腕前だがな。」
そう言って女剣士は悠人のそばにしゃがみ込んだ。
「ミュラー。―――ミュラー・セフィス。それが、お前の師匠の名だ。もう、会うこともないだろう、精進しろ、ユート。」

「し、師匠―――」
別れを覚悟した哀しみか、弟子と認められた歓喜だったか―――。
悠人の、薄れてゆく意識に歌うような声が届き、一筋の涙がその頬を伝った。

「行こう、ナナルゥ。」悠人は僅かな荷物をまとめ、ナナルゥに呼びかけた。悠人が気付いた時には
すでに「師匠」の姿はなかった。ナナルゥにも行き先を告げずに出て行ったとの事であった。

「―――あいつら、無事でいてくれるかなあ。」悠人は残して来た部下達の顔を思い出していた。
自分がした事を考えれば、すんなり受け入れてくれるとは思えないが、今、悠人とナナルゥの帰るべき場所はそこしかない。
「だと、いいですね。」ナナルゥは、ふと洞窟を振り返った。
―――?
何だか、ここから離れたくないような気がしていた。ミュラーは悠人に対しては鬼のような
剣の師匠だったが、ナナルゥにはいろいろな事を優しく教えてくれた。

―――楽しかったんだ、ここの暮らしって。
ナナルゥはやっと後ろ髪を引かれる理由に気が付いた。悠人と過ごしたこの場所は、ナナルゥにとって
初めて、殺し合いとは無縁の日々を送った所でもあった。心の中が暖かいもので満たされてゆくのを感じ、
ナナルゥはそっと胸を手で押さえた。

「おい、どうした、行くぞ。」悠人が立ち止まっている赤い妖精に声をかける。
「あ、―――はい。」振り返ったナナルゥは、悠人を追い越して先に森に入ってゆく。
「一人で行くなよ、危ないぞ。」
悠人は慌てて少女の後を追いかけた。しかし、追い越しざま、ちらりと見えたナナルゥの顔は笑っているように見えた。

―――気のせい、だよなあ。

二人は西へと向かって、森の中深く進んで行った。凶暴な獣達が群れている、その中を。
「―――まあ、確かに、師匠に比べればかわいいもんだよな。」悠人は苦笑した。

「今日はここで野宿するしかないな。ちぇっ、もうちょっと食糧持ってくりゃ良かったよ。」
悠人は焚き火の用意を始めた。思ったより森は広大で、一日では抜け出る事は不可能だった。
途中で何度か獣に襲われはしたが、ボスらしき一頭を倒すだけで、群れは素直に引き下がって行った。

「でも、こっちの世界にもウサギがいたんだなあ。角、生えてるけど。」
ナナルゥによるとそれはエヒグゥと呼ばれる生き物、とのことだった。
ナナルゥは手際よく悠人が獲ったエヒグゥをさばき始めた。
「―――でさ、ナナルゥ、このキノコは食べられるのか?」
悠人はナナルゥが途中で見つけたキノコを火にかけながら尋ねた。
「はい、ミュラー様に見分け方を教えて貰ってましたから。それに、何度かラキオスのお店で売ってるのを
見たことがあります。―――私達はお金を持つ事が出来ないので、買った事はありませんけど。」
やがて、周辺に香ばしい匂いが立ち込め始めた。


「ぷはあっ、食った食った。まさか三匹全部なくなるとは思わなかったよ。」悠人は満足気にお腹をさすった。
「今日は一日中歩きっぱなしでしたから、仕方ありません。」そう言ってナナルゥは悠人に水を差し出した。

「お、さんきゅ、ナナルゥ。ちょっと可哀そうな気もするけど、まあ仕方ない。」
悠人は骨だけになったエヒグゥを見やった。
「―――ナナルゥの魔法があると、マッチがいらなくって便利だな。」焚き火を見て、悠人は笑った。
昔、光陰や今日子、佳織達と仲間うちだけでキャンプに出かけた時、火を起こすのに苦労したものだ。
「そうだ、ナナルゥ、祈りの歌って知ってるか?」悠人はその時のキャンプファイヤーを思い出して、言った。
「―――はあ。」嫌な予感に襲われたナナルゥが答えた。
「一回だけ、オルファに歌ってもらった事があるんだけどさ、歌えるなら、ひとつ頼むよ。」
「私は、―――歌は苦手で...」ナナルゥがうつむいた。
「はは。そんな事言わずに、やってくれよ。どうせ俺以外聴いちゃいないって。」
その『俺』に聴かれるのが嫌なのだとも言えず、しぶしぶ、といった表情でナナルゥが歌い始めた。
「暖かく、清らかな母なる光―――」

静かな、落ち着きのある歌声が森の中へと吸い込まれて行った。

「―――マナの光が、私たちを導きますよう――。」

「うん、うまいもんだよ。これでウサギも天国行きは間違いない。」
歌い終わったナナルゥに悠人は拍手を送った。

「ウサギではなく、エヒグゥです。―――ユート様、ハイペリアにも、歌はあるのですか?」ナナルゥが悠人を見据えて、言った。
「な、なに?」今度は悠人が嫌な予感に襲われる番であった。「そりゃ、あるけど―――。」
「では、お願いします。」某スポ根マンガの主人公の如く、メラメラと燃えるたき火を瞳に映し、炎の妖精が迫った。
「お、俺は歌が苦手で!」
「その言い訳は通用しません。どうせ私以外聴いている者もいません、ユート様!」
「くっ!」悠人は調子に乗りすぎた事を後悔したが、遅かった。
「じゃ、じゃあ、一曲だけ。」悠人は観念して、バイト先のコンビニに流れていた、うろ覚えの歌を歌った。

「もう、これで勘弁してくれ、本当に歌はダメなんだよ。」歌い終え、悠人は真っ赤になって頭を掻いた。
「ふふ。―――はい。」
その時、悠人は目を疑った。

ナナルゥが―――笑っていた。その頭上に純白の光輪を浮かべて。

「あの―――、どうかしましたか?」
ほうけたように悠人が自分を見ているのに気付き、ナナルゥが問うた。
「―――ナナルゥ、ハイロゥが白くなってる。」涙がこぼれそうになるのをこらえ、悠人は言った。
「え?―――あ!」悠人に言われて初めてその事に気付いたナナルゥが、驚いたように声を上げた。
「ナナルゥってさ、笑うとそんな顔するんだな。」綺麗だ―――、悠人は素直にそう思っていた。
「―――あ、ほんとだ、ふふふ。笑ってましたね、私。」
「あはは。自分で気が付いてなかったのか、あはははは。」
「ふ、ふふ。笑うなんて久し振りです、ユート様。うふふふ。」
「あははははは、はーっはははは。」
二人は笑い続けた。

「あは、はははは、お、おかしい、笑いが、ははは、と、止まらないっ、ははは!」
悠人は腹を抱えて涙を浮かべた。
「ふふふふ、あは、わ、わたしも、です。あは、あははは。」ナナルゥも身をよじった。
「あははは、ナ、ナナルゥ、あのキノコ、あはは、やっぱり、ははは。」
「も、申し訳、あはは、ありません、ユート様、キノコは、うふふふ、見分けるのが
難しいから、注意しろと、あれほど、あはは、言われたのですが。」
二人は死の恐怖と戦いながら、地面を転げ回った。

「はあっ、はあっ、い、――生きてるか、ナナルゥ?」肩で息をしながら、木々の間の夜空を見上げて、悠人が訊いた。
「は、はい、―――なんとか。」悠人の横手からかすれ声が返ってきた。
「良かった。こんなところで二人で笑い死に、なんて、シャレにならないもんな、あはは。」
「そうですね―――ふふ。」それもいいかも知れない、ナナルゥはそう思いながら、言った。

「早く、――みんなの所に戻らなけりゃ、な。」
ナナルゥの事を心配していたヒミカに、さっきの笑顔を見せてやりたかった、悠人は
そう思った。ふと、捕らわれている妹の姿が胸中をよぎる。

―――もし、生きて会えたら、笑ってくれるかな、あいつ。
自分がいなくなった事で、殺されたりしていないだろうか、悠人はそんな心配を胸に押し込めた。
「生きて―――帰ろう、ナナルゥ。一人でも、悲しむやつがいるんなら。」

「―――はい。」
残り火に照らし出される悠人の横顔を、炎の妖精がいつまでも、見つめていた。

「ヒミカっ、大丈夫?」戦いは一昼夜に及んでいた。セリアが、負傷したヒミカの前に
回りこみながら、背中で訊いた。ハリオンがヒミカを抱き起こす。

バーンライトのスピリット達が、手薄になったエルスサーオの砦の防衛ラインを突破しつつあった。
「ハリオンっ、ヒミカを中にっ、早く!!」セリアが集中攻撃を仕掛ける敵を迎え撃ちながら、叫ぶ。
「で、でもぉ...」自らも、すでに傷だらけになったハリオンが躊躇した。
「ここは私がくい止めるわ、いいから早く!!」追い立てるようにセリアが言う。

―――雑魚も、群れると手こずるわね。一対一なら、負けないのにな。

たった一人で仁王立ちになったセリアが凄絶な笑みを浮かべた。

「くうっ!」セリアの太腿が、血を噴いた。かわし切れなかったグリーンスピリットの槍が突き立っていた。
槍のけら首をつかんで引き寄せた敵を斬り倒しながらも、セリアは片膝を付いた。
その劣勢を見て取ったスピリット達が一斉に襲いかかる。

―――ここまで、か。
視線を落としたセリアの目に血まみれの「熱病」が映った。
―――色恋沙汰なんて冗談じゃないって思ってたけど、いっぺんくらいなら、良かったかもね。
自分とは無縁の名を持つその神剣を、セリアは見つめた。自分が自分でなくなる気がして、
激しい恋愛感情に溺れてしまう事を、セリアは恐れていた。

死を覚悟して、目を閉じたセリアは、不意に、敵のスピリット達が退いてゆくのを感じた。
顔を上げたセリアの蒼い瞳に、敵の後方から次々と金色のマナが立ち上ってゆくのが映る。
そして、さらに、猛烈な炎が敵スピリット達を襲っていた。
「あ、あれは―――?」
一直線に自分に向かってくるその姿に、セリアは我が目を疑った。

「セリアっ!!大丈夫か!?」
「―――ユート様―――?」
「――怪我してるのか。ナナルゥ、セリアを運んでくれ!」しゃがみ込んでセリアの様子を見た悠人が、背後にいた赤い妖精に言った。
「ナナルゥ、あなたも―――生きてたの?」
「セリア、エスペリアや他のみんなはどうしたんだ?まさかもう、やられたのか?」
「――い、いえ、ユート様。ラセリオが襲撃を受けて、そちらに回りました。」
「生きてるんだな。―――良かった。」悠人が安堵の表情を浮かべた。
セリアは以前、自分を処刑しかけた、その男の顔を唖然として眺めていた。
「長いこと空けてて悪かったな、セリア。――森の中で、迷子になってたんだ。」悠人は立ち上がった。
「でも、もう迷ったりしないから、安心してくれ。」そう言って再び集結しはじめたバーンライト兵を見渡した。

「――手伝わなくてもいいのですか、ユート様?」ナナルゥが同胞の体を支えながら尋ねる。
「このくらい、手伝って貰ってたら、師匠にどやされちまうよ。」悠人は立ち上がって、言った。
「はいはい。それじゃ、行きましょ、セリア、歩ける?」
セリアはナナルゥの優しいまなざしに気付いた。――無表情だったはずの妖精の、
一度も見たことの無い、微笑をたたえたその紅い瞳に。

「おい、いつまで狸寝入りしてんだ、バカ剣、さっさとここを片付けてラセリオに行くぞ。
――ただ、今度余計なマネしやがったらドブ川に叩き込むからな。」
悠人はそう言って、敵陣の真っ只中に踊りこんだ。

「求め」があきらめたように光り始めた。