SALVAGE

71-85

悠人達の戻ったラキオス部隊は、破竹の勢いでラセリオからバーンライトの首都サモドアを陥落させ、
更に勢いを駆ってダーツィ大公国を攻め落とした。
それはもう、信じられないスピードの進攻であったが、断じて尺の都合では、ない。

「みんな、俺が悪かった!」
久し振りにラキオスに戻り、食堂兼会議室に勢ぞろいしたスピリット達に向かって悠人は平謝りした。
エルスサーオに居合わせていなかったヘリオン、そして新たに隊列に加わったファーレーン、ニムントールは
訳が判らず、謝る悠人を呆然と眺めた。

「今さら、許してくれるとは思わないけど...」そう言ってスピリット達の顔つきをうかがう悠人に、ハリオンが言った。
「あらあら~。何があったか知りませんけど~、今さらそんな事言われてもぉ、信用出来ませんよ~、ねえ、セリア。」
意外と冷たい事を言うハリオンが、ニヤニヤしながらセリアに水を向ける。
「う...そうね、私だってそう思うわ。散々迷惑かけられた訳だし、ねえ、ヒミカ。」何故かヒミカに丸投げするセリアであった。
「まあまあ、いいじゃないの、二人とも。ナナルゥだってこうして無事に戻って来たんだし。」
ヒミカが困ったような笑顔を見せる。

「いや、セリア達の言う事も、もっともだ。」悠人が言った。
「ここは一つ、目に見える形で俺の誠意を示そうと思う。」
スピリット達は悠人が一体何を言い出すのか、身を乗り出して見守った。
「本日限りで、俺は隊長を降りて、新入りのヒラ隊員になる!要するに、この中で、
一番下っぱとして扱ってくれ!」
余りに馬鹿げた提案を聞いて頭痛が襲ったのか、ナナルゥが頭をかかえた。

「何を言い出すんですか、ユート様!」エスペリアが血相を変えて立ち上がった。
「パパ、オルファ達の家来になるの~?」オルファが目を輝かせる。
「そういうことだ。みんなの言う事は何でも聞くよ。」
「わ、私は賛成ですっ!」
どういう訳か、ニムたちにも先輩づらをされている、通称・二詰のパシリ・ヘリオンがすっくと立ち上がる。
「ユートさ...ユート、ユート...」ぶつぶつと独り言を言い始めるヘリオン。
どうやら呼び捨てにする練習を始めたらしい。

「ねーねー、シアー、何してもらう?」すっかりネリーもその気になっている。
「で、でもぉ...」今さらコトの発端はネリーの負傷であった、とは言い出せない気弱なシアーであった。

「――ヘリオン、ネリー、あなた達は黙っていなさい。いいですか、ユート様。
隊長を任命したのは国王です。この命令は絶対ですっ!」エスペリアが決然と言った。
「うーん、じゃあ、俺の隊長命令で、おれ自身を格下げするっていうのはどうだ、エスペリア。
つまり、左遷ってことだ。」悠人が無い知恵をしぼって反論する。
「なあんですってえっ!?そんな事は―――っと。」言いかけて、エスペリアは着席した。
「ふう。あやうくオヤジギャグをとばす所だったわ、私としたことが。」
エスペリアは喉まで出かかった言葉をお茶と一緒に飲みくだした。
「じゃ、エスペリアにも了承を得たということで、改めてよろしく頼む、みんな。」
悠人はエスペリアの隙をついて、なし崩し的に話をまとめた。

「ユート様ぁ、新入りだったら寝泊まりする場所も変えないとだめだよー?」
ネリーのこの一言が第二詰所に嵐を呼んだ。
「うーん、やっぱりそうだよなあ。じゃあ、誰か第一詰所の俺の部屋と入れ替わってくれるか?」
一斉に第二詰所のスピリット達が外に飛び出してゆく。

「セリア、あなた第二詰所のリーダー格でしょ?順番から言えばあなたが行くべきよねえ、第一詰所に。」
ヒミカが微笑を浮かべて、言った。しかし、目は笑っていない。
「何言ってるのよ、私が新入りを指導しなくてどうするの?残念だけど
第一詰所行きはあなたにゆずるわ、ヒミカ。」
突然ぴゅうっと吹いてきた北風にポニーテールを揺らめかせながら、セリアが応戦する。
「ふふふ~。私がいなくなるとぉ、第二詰所のおやつタイム、なくなっちゃいますよぉ?」
不敵な笑みを浮かべ、ハリオンが甘党のネリーやシアーを取り込もうとする。
「そっ、それなら私がケーキを焼きますっ!」ヘリオンがマジック仲間のハリオンに反旗をひるがえした。

「ねえ、お姉ちゃん、こんな面倒な言い争いしたってしょうがないよ。」
ニムがあきれた声でファーレーンの説得にかかりはじめる。
「あなたの言う通りね、ニム。みなさん、ここは一つ正々堂々と戦って決めましょう。」
完全に意味を取り違えているファーレーンが臨戦態勢に入った。

スピリット達のバトルロワイアルが始まりかけたが、残念ながら某SS職人の抗議により、それは中止の運びとなった。
結局、悠人は第二詰所の広間に引っ越す事となったのだった。
当然、それを快く思わないスピリットもいた。

「そんな事は―――させませんっ!」物陰からそのスピリットは音もなく立ち去った。

「ククク...新入りとは言っても俺達は同期みたいなもんだ。そうだろ、ファーレーン?」

悠人はその夜、ファーレーンの部屋に忍び込んでいた。
「ユート様...そんな...事っ!」ファーレーンの悲痛な声が響く。
「フン、さすがに初めてだときついな。ギュウギュウ締め付けやがる。
まあ、今のうちだけだ、いずれ拡がってなじんでくるさ。」
少女特有の甘酸っぱい匂いが、悠人の鼻腔をくすぐった。

「ああ...やめて下さい、ユート様...」
覆面を剥ぎ取られ、明かりに晒されたファーレーンの端正な素顔が、羞恥にゆがむ。
「ユート様だと?俺はお前の知っているユート様じゃない。まだ分からないのか?」
「ねえ、ユート。お姉ちゃんばっかりじゃずるいよお。ニムにも、ちょうだい。」ニムが甘えたような声を出した。
「わかってるよ、ニムが協力してくれたんだからな。ちゃんとお返しはさせてもらおう。」
悠人はニヤリと笑った。

「―――それにしても、ファーレーンは小顔だな。俺にはこの覆面はちょっときつすぎるよ。」
悠人は鏡の前で、ファーレーンの残り香がする覆面を被りながらぼやいた。
「首周りの締め付けがなあ。ま、そのうちなじんでちょうど良くなるだろうけど。」

「ユート様、見てて恥ずかしいからやめて下さい。」ファーレーンが頬を染める。
「バカ、ユート様じゃないって言ってるだろ。俺は、えーと、そう、謎の覆面戦士、神剣マンだ。
もうすぐエスペリアがレスティーナを連れて来るらしいから、ちゃんと調子を合わせろよ、ファーレーン。
なんたって同期みたいなもんなんだから、俺達。」
「一発でばれると思うんですけど...そのネーミングのセンスは何とかなりませんか、ユート様。
そんな事より、お礼のヨフアル、忘れないで下さいね。」しっかり自己主張をおりまぜて要求するファーレーンだった。
「ねえ、ユート、お姉ちゃんの説得、ニムも協力したんだから私にも買ってちょうだい。」
「わかってるよ。結構うたぐり深いな、二人とも。」

「あの、それで、ユート様、私はこれから覆面なしで過ごすんですか?」
ファーレーンが心配そうに尋ねた。
「一応、替えの覆面ももらってくよ。一枚だけじゃ洗い替えがきかない。さすがに花柄のはかぶれないけど。」
悠人はファーレーンに向き直り、真顔で言った。
「でもさ、そんなに可愛い顔してるんだから覆面で隠すのはもったいないぞ、ファーレーン。」
「やだ~♪ユート様ったら、正直なんだから~☆」
照れまくるファーレーンを見ている悠人が、覆面の下でほくそ笑むのを、ニムは見逃さなかった。

―――ユートって、お姉ちゃんを上回る腹黒かも知れない。
完全に手玉に取られる姉を見て、思わず悠人に惚れ込んでしまう腹黒好きのニムであった。

「一体なんのマネですか、その格好は、エトランジェ・ユート!」
仰天したレスティーナの声が第二詰所を揺るがす。
「ねえ、ラキオスに戻ってからおかしくなっちゃったんですよ、王女様。」
まるでジャイ○ンに告げ口するス○夫のようにエスペリアが言った。

「王女様、私は『求め』のエトランジェ・ユートではありません。平和の使者、神剣マンです。」
悠人がしゃあしゃあと答えた。
「何をバカなことを...では、腰にぶらさがってるその剣は何ですか?」
あきれたレスティーナが問い詰める。
「よくぞ聞いてくれました。これは太陽神剣第一位の『バカ剣』です。」
「え...そうなんですか?そう言われて見れば、そんな気が...」レスティーナが悠人に近付いて神剣を眺める。
「確かに、あまり知性は無さそうですね。」侮辱に耐えかねたのか、「求め」が青白く光る。
「なに丸め込まれてるんですかっ、王女様!どう見たって覆面かぶっただけのユート様じゃないですか!」
エスペリアが立場も忘れて突っ込んだ。

「レスティーナ王女。隊長だったエトランジェ・ユートはいなくなりました。
ここにいるのはただのスピリット部隊の新入り隊員です。」
悠人は少し真面目な口調に戻って、言った。

「―――なるほど、そういう事ですか。分かりました、神剣マン。
我がラキオスへの御助力、感謝いたします。」レスティーナは一礼した。
「国王には私からうまく言っておきましょう。」
そう言って王女は微笑した。

哀れなエスペリアが湯気の噴き出す頭をかかえてうずくまる。
「えっと、ここにいるのは隊長のユート様じゃなくってヒラ隊員の神剣マンで、
私は副長の隊長代行で...いやいや、そうじゃなくって...あれ、私は誰ですか?私は私よね。妖精だもの。」

翌朝から悠人の二詰生活が始まった。

「お、今日の炊事当番はハリオンか。」
当面悠人は下っ端として、毎日の当番手伝い、という役どころに就いていた。
「お姉さんが、優しく教えてあげますから~、安心してください~。」
寝ぼけまなこの悠人をハリオンスマイルが出迎えた。
「何だか安心できないなあ、その笑顔。で、俺は何をすればいい?」
「そうですね~、では、そこの野菜を切ってってもらえますか~?」
「あ、これか。苦手なんだよなあ、ラナハナ。」
「好き嫌いは、めっめっ!ですぅ~、新入りさん。」
悠人はナイフを手に、並べてあった野菜を切り始めた。

「そういや、ハリオンって普段はメイド服なのに、戦場では戦闘服だよな。」
「うふふ~、当たり前じゃないですか~。コスプレしながら戦うなんて、そんなバカな事出来ませんよ~。」
「いや、その発言はなにかと物議をかもすと思うぞ、俺は...って、いたた!」

「あらあら~、指、切っちゃいましたね~。お姉さんに見せてごらんなさい~。」
「よそ見しちゃったよ。はは。」悠人は思わず手を差し出した。
「消毒してあげます~。んむ...ちゅ...れろれろ。」
「・・・・・・・・・。」
「あ~、今、興奮してましたね~。」
「いや、だから興奮してないってば、ハリオン。」
どこかであったようなやりとりが交わされる。
「思うんだけどさ、そんな事しなくてもハリオンなら回復魔法で
このくらいすぐ治せるんじゃないのか?あ、いてて!噛むな噛むな!」
「それは言わない約束です~。」野良犬のように唸りながらハリオンが睨む。

「うう。約束ごとが多いんだな、この世界は。」
悠人は歯型の残る手を押えた。

ドアの外は黒山の人だかり、ではなく黒赤青山のスピだかりであった。
「うーん、いい雰囲気っぽくない、あの二人?」セリアが眉間にシワを寄せる。
「ぐぬぬ。ハリオンったら色仕掛けなんて、卑怯なマネを!」
その横で覗いていたヒミカが拳を握りしめる。
「色仕掛けなの、あれ?けど大きな声出しちゃダメよ、ヒミカ。覗いてんのがバレるじゃない。」

「でもぉ、ユート様、やっぱりああいうお姉さんタイプが好みなんでしょうか~?」ヘリオンが半泣きになる。
「てっきり妹みたいな女の子が好きなんだと思ってたのに!」
どこから仕入れた情報なのか、ネリーが地団駄を踏んだ。
「ただの巨乳好きっていう説もあるわよ。」セリアの言葉にヒミカが肩を落とす。
「私も、無印の時は大丈夫だったんだけど...。」何やら意味不明の愚痴をこぼすヒミカであった。
「そうか~、ユート様って胸がおっきいほうがいいんだ。ふ~ん、それならぁ、私にも...」
「「私にも、何?」」勝ち誇るシアーをネリーとヒミカがにらみつけた。

「うあ~、生き返るなあ。」
その夜、雑用から開放された悠人が第二詰所の風呂につかって足を伸ばした。
「まあ、風呂も一番最後だけど、その方が落ち着いて入れるってもんだよな。」
第一詰所では、何故だか悠人が入浴するたびに不測の事態が発生していた。
その為、オナ、もとい、自己処理もままならぬ悠人であった。
「では、久し振りに...」周囲を見回し、股間に手を伸ばしかけた悠人の耳に、脱衣所からドタバタと足音が聴こえる。
「―――やれやれ、またこのパターンかよ。」悠人はがっくりとうなだれた。

「パパー、オルファが背中流したげるよぉ!」
すっぽんぽんのオルファが、かけ湯もせずに湯船に飛び込んだ。
「お前は第一詰所に居たんじゃなかったのか、オルファ。」すでに運命にあらがう気力の失せた悠人が弱々しく言った。
「だあってえ、パパがいないからつまんないんだもん。」オルファがぷうっとふくれる。
「あ、来てる来てる、オルファ、先に入ってるなんてずるーい!」
威勢良くやって来たのはこれもまた素っ裸のネリーであった。後方でシアーがもぞもぞ服を脱いでいる。

「お前達はさっき風呂終わっただろ!」
悠人の言うことなど聞いちゃいないといった風情の三人組の乱入で、一気に浴場が賑わった。

「ユート様ぁ、シアーがやさしく洗ったげるぅ。」
悠人の腕を抱え込んで、自信ありげに胸をこすりつけながらシアーが積極的に迫る。
「わわ、よせ、シアー!ホント、しまいに犯すぞ、お前ら。」
「ねえ、ユート様、ひらききっていないつぼみをたんのうしてみないー?」
「ネリー、またエスペリアに変な本借りてきたな、お前は。
こないだやっとこさダーク系から這いずり出して来たとこなんだから、勘弁してくれよ。」
光陰ならば歓喜のあまり気絶しかねないこの状況にもかかわらず、悠人は思わず顔をしかめた。
「昨日何でも言う事聞くっていったくせにー!!」
「くせに~!」
ねー、と三人で頷きあうのを見ると、悠人は反論できなくなる。
「よし、じゃ3人ともそこに並んで座れ。新入りの俺が背中流してやるよ。」
「「「やったー!!」」」

「お疲れ様でした。」
風呂から上がり、広間に戻った悠人の前に、コトリとお茶が置かれた。
「お、さんきゅ。まだ起きてたのか、ナナルゥ。今日は参ったよ、まったく。」悠人は赤い妖精に向かって苦笑した。
「全然参ったって顔じゃないですね。お風呂も楽しそうだったし。」
「う...見てたのか。」思わず悠人は目をそらす。
「ふふ。これでも観察眼は鋭いですから。―――でも、みんなユート様が戻って来て、嬉しいんですよ。」
「そうかなあ。」ヒラだけどな、という言葉を飲み込む悠人だった。
「――そうだ、ナナルゥも先輩なんだからさ、なんかして欲しい事があったら言ってくれよ。」

ナナルゥは少し考えてから言った。
「それでは...歌を一曲歌ってもら...」
「そ、それだけはやめてくれ!ほかの事なら何でもするから!」悠人はあわててさえぎった。
「ふふふ。じゃあ、歌はまたの機会に。おやすみなさい、ユート様。」ナナルゥは広間を後にした。
「ああ、おやすみ。」悠人はどんな時でも文句一つ言わず、ずっと見守ってくれた少女を感謝の念で見送りながら思った。

―――初めて会った頃と全然雰囲気が違うよなあ。ひょっとして...あのキノコ、まだ効いてんのかな。

少し不安になって自分の顔を押さえる悠人であった。続く。