SALVAGE

147-162

雲ひとつない晴れ渡った空。

「しばしの別れだ。ナナルゥ、達者でな。」
「このナナルゥ、ユート様のご無事を朝な夕なにお祈りしております。」
「ナナルゥっ!」
「ああっ、ユートさまっっ!」ひしっ。

「よっ、ナナルゥ殿!千両役者っ!」
「パパっ、かっこいい!」
「ナナルゥ~、次は私と替わって~!」
「あーっ、ネリー、順番だよぉ~!」
無邪気な声援が送られる。
「見てられねえな、たくよぉ。おーい、誰かアイスバニッシャーかけてやれよ!」
「も、申し訳ございません、コーイン様。私もその魔法は存じ上げておりません。くく。」
今日子のハリセンを借りて胸元に風を送り込む光陰の横で、
「献身」を握るエスペリアの手がわなわなと震える。
「もう、放っときなさいよ、光陰。エスペリアもいちいち冗談を真に受けないの!」

神聖サーギオス帝国との戦争がはじまってから約ひと月が経過した日の午後。
新たにエトランジェ2名の戦力が加わった悠人達ラキオスの部隊は、
電撃的にケムセラウトからリレルラエルを陥いれ、3大エーテル供給地に向かって出発しようとしていた。
エトランジェ達はゼィギオスへ、そしてエスペリアをはじめとするスピリット部隊は
サレ・スニルへと進攻するべく二部隊での作戦を展開する事になったのである。

「―――で、何なの、あれ?」セリアが目の前で繰り広げられるバカップルの三文芝居に失笑する。
「...ごめんなさい。私がそそのかしたのよ。でも、あそこまでやるとは思わなかったわ。」
ヒミカが首を振りながら、額に手を当てた。
「ナナルゥも、相当ハイペリアの空気に毒されてますね~。」
ハリオンもさすがに複雑な表情を浮かべる。

―――ほんと、バカバカしい。
自分が今まで恐れていたものは一体何なのだろう。そう思うと、セリアは可笑しくてたまらなかった。

「怪我したくなかったらどきなさい、あんた達!」
今日子の鬼のような稲妻攻撃に、さしものサーギオス兵も敗走を重ねた。
エトランジェ達はわずか三人の編成ながら、快調にセレスセリスを越え、
一路ゼィギオスを目指した。
「でもよ、良かったのか、悠人?なんならお前だけあっちに行っても良かったんだぜ。」
悠人とともに南下する光陰がニヤニヤしながら尋ねた。
「できればゼィギオスへは一部隊だけで攻め込みたいんだ。
シアー達にはやってもらわなきゃならない事があるからな。」悠人は意味ありげに笑った。
「あんたはオルファリルと組みたかっただけでしょ、光陰!」今日子がハリセンを取り出す。
「いや、俺は純粋に戦略的なことを考えてだな、別にオルファちゃんじゃなくても
ネリーちゃんでも...うわ馬鹿なにをする、やめろっ!」
「もう少し仲良く漫才できないのか、お前ら。」先行きに不安を感じる悠人であった。

悠人の不安はどこ吹く風とばかりにラキオス陣営の快進撃は続いた。
スピリットのみで編成された部隊もシーオス、サレ・スニルを相次いで陥れ、
部隊が別れてからわずか二ヶ月で悠人達はサレ・スニルでの再合流を果たしたのである。

臨時駐屯所として使っている町外れの宿舎で、昼のさなかから会議が開かれた。
「どうだった、エスペリア?」悠人は再会の挨拶もそこそこに、
かねてから情報のあった技術者、クォーフォデ・リウの消息を尋ねた。
「はい、最初はやはり渋っておられましたが、女王陛下の目指す世界に共鳴され、
ようやく我がラキオスに協力を取り付ける事が出来ました、ユート様。」
「そうか、これでイオ達も少しは楽になるな、よくやってくれた、シアー。」
悠人は偵察に説得にと奔走していたシアーの肩を叩いた。
「へっへーん。シアーだって一人でおつかい出来るんだよ~。...あ、そうだ、それでね、
そのクォーフォデ様がねえ、もう一人お友達を呼んでくれるんだって。」
褒められてすっかりお姉さん顔のシアーが胸を張った。
「そうか、そりゃ凄いな。ヨーティアも学者仲間が増えて喜ぶよ。」
「ううん、今度の人は学者さんじゃないの。すご腕の訓練士さんなんだって。」

「訓練士...?」
イオのように訓練も施設建築もこなすタイプの人間だろうか、悠人は席に戻りながら、そう思った。

バーンライトと交戦していた頃とは異なり、イオを筆頭に、ガンダリオン、パウスリーといった
スピリットに勝るとも劣らぬ質の高い訓練士たちが、すでにラキオス部隊の育成にあたっていたのである。
「今度の方は大陸でもほとんど伝説になっている剣士です、ユート様。」
ホクホク顔でエスペリアがシアーの後を続けた。
「その名も...」

ガタン、と勢いよく悠人が立ち上がった。
「悪い、よく聴こえなかった。もういっぺん言ってくれないか?」
悠人の真剣な視線にエスペリアが仰天する。「ま、まさか、ユート様、私を...!?」
身の危険を感じたエスペリアが「献身」を構えた。
「ち、違うって!聴こえた気はするんだけど、ちょっと信じられなくってさ。
頼む!もう一回言ってくれ、エスペリア!」
エスペリアがその名をもう一度口にする。悠人にとって、忘れたくとも忘れられない、その名前を。

「うわ、きたねえ、コイツ、漏らしやがった!」悠人の横に座っていた光陰が飛び上がって逃げ出す。
「ウ...ウソでしょ?どうしたのよ、悠。」
さすがに距離を開けながら、今日子がそれでも心配そうな言葉をかけた。

「―――また洗わなきゃ。」ナナルゥが机に突っ伏した。

「ユート殿!ミュラー・セフィス殿をご案内いたしました!」会議室に興奮したウルカの声が響きわたった。
「ミュラー殿も早く愛弟子の顔が見たいと、いたく感激のご様子で...え?こ、これはっ!一体っ!?」
「あ、そこ汚いぞ。踏むなよ、ウルカ。」光陰がウルカの足元にに注意を促す。

「―――変わってないな、ユート。」ウルカとともに入室した甲冑姿の女剣士が溜息をついた。

「ユート、私が言った通り、精進に怠りなかっただろうな?」
宿舎前の広場でミュラーが半ばあきれ声で、悠人に疑いの眼差しを投げかけた。
「はは。やだなあ、師匠。訓練をサボるなんて、滅相もない!」
街でガメてきたズボンに履き替え、悠人が乾いた笑い声を発した。
「では、久々に遊んでもらおうか。私も一・二を争う弟子に再会出来て嬉しいぞ、ユート。」
「ちっ。」ウルカに軽口を叩いたことを今さらながらに後悔する悠人であったが、
ミュラーの殺気のこもった構えの前には雑念は払わざるを得ない。
スピリット達はただの訓練とは思えぬ空気に、一体何事が始まるのかと遠巻きにして固唾を呑む。

「―――行くぞ。」
ミュラーの体が沈んだ。その体から発せられる凄まじい闘気に、居並ぶラキオス精鋭部隊も震え上がった。

「あの...大丈夫ですか、ユート様?」
その夜、ナナルゥが悠人の部屋に入ってきた。
「あちち。――ナナルゥか。まあ、何とか生きてるよ。張り切りすぎなんだよなあ、師匠。」
悠人がぎしぎしと軋む体を起こした。
「でも良かった。ミュラー様もお元気そうで。」
生傷に当てた濡れ手ぬぐいを替えながら、ナナルゥが嬉しそうに笑う。
「いい加減元気をなくして欲しいよ。あれで八十過ぎだって?冗談じゃない。」
「ユート様がウルカに調子のいい事を言うからです。」...返す言葉がなかった。
「――でも、またあの方に会えるなんて。」ナナルゥが胸を押さえる。
「師匠、本当に俺達の訓練士役をするつもりなのかなあ。
有難いけど、下手すりゃ部隊ごと全滅するぞ。」悠人は溜息とともに言った。
「さっき様子を見て来ましたけど、他のスピリット達には優しく剣の手ほどきをしてましたよ。」
ナナルゥが笑顔を絶やさずに言う。
「げっ、そんなのありかよ!それって差別じゃないのか?」
「そうですね、ふふふ。」
多分、いい意味でも、悪い意味でも、差別なのだろう、ナナルゥはそう思った。
紅い妖精の屈託のない笑顔に、悠人もまた、体の痛みが不思議と懐かしく、心地よいものに感じていた。

「ククク。多少は出来るようだが、自惚れは禁物だぞ、スピリットよ。」
その夜、月の光を浴びながら、対峙する二つの影があった。
「自惚れてなどおりませぬ。ただ、修練に手心は無用と存じますゆえ。」
「まあいいだろう。ユートはあのザマだしな。お前なら少しは楽しませてくれそうだ。」
ウルカは腹の底から湧き上がる緊張に、全身におこりのような震えが走るのを禁じえなかった。
これまで達人と呼ばれる敵とも数多く対戦してきたが、今、目の前にいる剣士は桁違いの殺気を放っていた。
恐らく、自分も悠人同様、地に転がされるであろうという事は容易に想像出来たが、
それでも自分の中に流れる何かが今、ウルカを突き動かしていた。

「――参ります。」ウルカはミュラーの脇構えと対称をなすように、居合いの体勢に入った。
右腕一本の、それも木太刀のみを持つミュラーに、電光の様なウルカの剣が撃ち込まれた。
しかし、それはことごとく弾かれ、そして、柳に吹く風の如く流された。
「いちいち鞘に納めるなっ!」ミュラーの怒号が飛んだ。同時にウルカの肩に痺れるような痛みが走る。
「ぐ―――ッ!」ウルカが呻いた。もう一度居合いの一撃を放った時、
手首をしたたかに打たれ、「冥加」が月光を反射させながら転がった。
「―――拾え。」木太刀を一直線にウルカの顎に突きつけるミュラーの顔に酷薄な笑いが浮かぶ。
睨み返すウルカもまた、片頬に笑みを浮かべた。

―――これほどまでに...!

  聖ヨト暦332年、レユエの月。

悠人達はサーギオス最大にして最後の砦、ユウソカの街を取り囲む外壁を視界に捉えていた。
「こんな状態で仕掛ける気、悠?」
ユウソカの街の前で立ち並んだサーギオスのスピリット達を見ながら今日子が心配そうに尋ねる。
悠人はともかく、ウルカまでも、まるで既に戦地へ赴いて来たかのように傷だらけであった。
「どうだ、ウルカ、厳しそうなら上がってもいいぞ。」悠人は今日子には答えず、横にいるウルカに訊いた。
「いえ、お供いたします。ユート殿こそ、体調がすぐれぬのであれば引き上げて頂いても宜しいかと存じますが。」
ウルカが静かに答える。
「バカ言うなよ。俺にしてみりゃ、あそこで雁首並べてる奴らより、サレ・スニルで待ち構えてる
あの人の方がよっぽど恐ろしいよ。」悠人は苦笑した。
「あはは、全くです。」
ウルカがつられて笑い声を上げる。
「まったく、お前らは病気だな。――ま、いいけどな。」光陰が双剣を構え直した。

「行くぞっ、みんな!」先陣を切った悠人の背中を追いかけるように、ラキオスの精鋭達が一斉に奔った。
その姿は紛れもなく部隊のリーダーの姿であった。

―――自分の弱さを呪い、泣いてばかりいたあのひとが...

「どうしたの、ナナルゥ、行くわよ。」ヒミカが声を掛ける。
「あ―――、はい。」悠人の後ろ姿を、まるで不思議なものでも見るかのように眺めていたナナルゥが慌てて駆け出した。

鉄壁の牙城と思われたサーギオス最後のエーテル供給拠点・ユウソカが
ラキオス戦士達の怒涛の攻勢の前にあえなく陥落したのはその丸一日後であった。
悠人達はほとんど休養も取らずに秩序の壁へと到達した。

「――ずいぶん静かだな。」
悠人はつぶやいた。ほとんど防衛するものもいない城壁を打ち崩し、悠人達はサーギオスの城へと続く道を進軍した。
「だいたいこういう時はロクでもない事が有るんだよなあ。」悠人は、ふと、マロリガンへと攻め込んだ時の事を思い出していた。
「恐らく城内で守りを固めているものと思われます。ユート様、ここは慎重に攻めましょう。」
エスペリアが硬い声で進言した。――その時、後方で喚声が上がった。

「敵?いつの間に後ろに回りこまれたの?」
ヒミカが振り向いた視線の先でひしめきあっていたのは敵軍ではなく、ラキオスの兵士達であった。
「なんだ、今頃援軍かよ。」光陰があきれる。「ま、あんまりアテにはしてないけどな。」
突然悠人達の神剣が唸りを上げる。ざらついた音が収束し、それは若き女王の声と変化していった。

『――皆さん。これは最後の戦いです。人のため、スピリットのため、世界のため、
あなた方が自らの力で新たな世界への扉を開けるのです!』
どよめきとともに歓声が上がる。

悠人はゆっくりと戦士達を見回した。
「――そうだな。戦いに無駄な戦力はない。ここは総力戦と行くか。」
人間の兵士達の目もまた、守るべきものの為に戦いを覚悟した目であった。
かつて悠人がこの世界で嫌悪していた、汚れ仕事を全てスピリットに押し付けていた人間達もまた、
変わろうとしている。悠人はそう感じずにはいられなかった。
城の周囲のそこかしこから剣を打ち鳴らす音が響く。悠人も剣を天に向かって掲げた。

「突っ込めっ!!」
悠人の号令の下、人間とスピリットが入り乱れて城内へと殺到した。


「はあっ、はあっ、みんな、無事かっ!」肩で息をしながら悠人は階段の踊り場から階下を見下ろす。
まだ人間の兵士達は追い付いてはいなかったが、ほとんど全てのスピリット達が悠人に遅れず従っていた。
それを確認し、ひとつ頷いた悠人は「求め」に意識を同調させる。
上方に、瞬と、その神剣「誓い」の気配があった。
「あっちだ、ついてこいっ!」悠人は一気に階段を駆け上がった。

「皇帝の間」に飛び込んだ悠人の目に入ったのは瞬と、怯えた目をした妹の姿だった。
「佳織...」悠人は小さな妹に呼びかける。「―――無事でいてくれたか。」
「お兄ちゃん...」
「瞬!もういいだろう、勝負はついてる。佳織を放してやれ。」
悠人は広間の真ん中に突っ立っているかつての同級生に呼びかける。
「フン、僕に命令するとは、何様のつもりだ、悠人。佳織は僕がお前から開放してやったんだ、勘違いするな!」
その姿はかつての瞬を知る悠人にとっては、見る影もない。

――俺も、あんな顔をしていたのか。
神剣に呑まれ、翻弄されていた自分には、それでもナナルゥという命綱があった。
だが、今の瞬には、果たして妹が守り神となり得るだろうか。
悠人は憐れむ気持ちが湧いてくるのを押さえられなかった。
「佳織、もう俺の事は気にしなくていい。お前も自分の気持ちを瞬に言ってやるべきだ。」
佳織が一瞬目を伏せる。しかし、次に顔を上げた妹の瞳には強さが宿っていた。

「――ごめんなさい、秋月先輩。私は、先輩と一緒にいたくないです。」

「佳織...君はこの男に騙されているんだ。目を覚ませ!」
「いい加減にしろっ!!」悠人の怒声が上がった。
「確かに今まで俺も佳織をカゴの鳥扱いしてたよ。
でも、今の佳織は自分の足で歩き出してるんだ。もう、邪魔をするな、瞬。」
「何だと...今さらキレイ事を並べるなよ、悠人。佳織には僕が付いてるんだ。
僕が進むべき道を教えてやったんだ!」瞬が吼えつづける。
「お前が佳織の事を好きだってのは構わない。それをどういうカタチで表現してもいい。
―――けど、佳織の気持ちを殺すような真似だけは...許さん!」悠人はゆっくりと「求め」を構えた。
「やっと殺人鬼の本性を現したな、悠人。佳織、これがこの男の本当の顔だ、よく覚えておくといい。」

悠人は瞬の言葉を聞きながら、しかし、冷静さを取り戻し始めた。
思えば、これまでの戦いは瞬と自分との戦いであっただけなのかもしれない。
そして、その戦いに巻き込まれたスピリット達を自分は数多く斬り殺してきたのだ。
「お前の醜い欲望の手先になって散っていった奴らのためにも...瞬、俺はお前を...殺す!」

「佳織、見ていてくれ。僕がこの男を殺して、君の目のくもりを払ってあげるよ。」
熱に浮かされた様に、瞬が狂気じみた笑いを浮かべる。
「――瞬、お前には、まだ分からないのか。」思えば、悠人にはいつも見守ってくれる友がいた。
今日子や、光陰が悠人の事をシスコン呼ばわりしてくれなければ、自分も瞬と違いはなかっただろう。
だが、神剣と同化してしまっている目の前の同級生には、それを教えてくれる友達もいなかった。
「グオオ――ッ!!」もはや人間のものとは思えぬ咆哮とともに「誓い」が唸り声を上げて襲いかかる。
叩きつけられるオーラフォトンは、しかし、悠人のシールドを突き破るだけの威力はなかった。
悠人はほんの僅かに体をひねるだけで「誓い」の一撃をいなし、ガラ空きの瞬の胴体を薙いだ。
それはまるで豆腐のように真っ二つに裂けた。瞬の躯体が金色のマナへと、還り始める。

―――契約者よ、様子が変だぞ。
「そ、そうだな...」いつもなら敵を斬った時に感じるはずのマナを吸う手応えがまるで無かったのだ。
例えて言うならばそれは、抜け殻を斬った感触であった。

その疑念に応えるかのように、マナへと帰すはずの瞬の体が、再びその姿を取り戻し始めた。
「どういう事だ...!?」悠人が「求め」を構えなおす。完全に再形成した瞬の高笑いが響き始めた。
「ハハハハッ!!これほどの歪みを抱えていたか!」
己が体を確かめるように撫でさする瞬は、もう悠人の知っている瞬とは全く別の生き物であった。
―――契約者よ、あの者はすでに「誓い」ではない。高位神剣を持つエターナルだ。
「求め」の刀身が震えはじめる。
「なに震えてんだよ、バカ剣。」悠人が「求め」を睨みつけた。

―――神剣の世界において、その位の差は絶対だ。我の力だけではあの剣、永遠神剣第二位「世界」には及ばぬぞ。
「お前ね、ほんっと、そういうロウ的発想は良くないよ、バカ剣。何だ、今までさんざん下位神剣をバカにしてたくせに。
ひとつやふたつ高位だからってビビってんじゃねえよ。相手が強けりゃそれだけ燃えろ!
俺はお前をそんなひよわな奴に育てた憶えはないぞ!」
―――我も汝に育ててもらった覚えなどない!!
唾を飛ばしてくどくど説教する悠人に、「求め」が反論する。

「ククク...これが新たな力か...素晴らしいッ!」
「瞬」であった物体が、まさに神剣とともに一体化し、一陣の刃風となって襲いかかる。
「ぐぅぅっ!!」
それを受けようとした「求め」の刀身が根元からポッキリと折れた。
「ちっ、根性なしめっ!」悠人は手元に残された柄に向かって毒づいた。
瞬が冷酷な笑みを浮かべ、再び近付いてきた。しかし、悠人から二、三歩の位置でその歩を止める。
「――悠人さん。」突然の背後からの声は、聞き覚えのある女性の、しかも日本語のものであった。
「あんたは――!」振り向いた悠人の目に見覚えのある姿が映る。
それは、神社の境内で悠人に初めて神剣を見せた、巫女服姿の倉橋時深であった。

「この場をこれ以上乱すことは、私が許しません!」
時深は、瞬に向かって言った。その手には小型の神剣と、扇子が握られていた。
「―――フン、カオスか。まあ、いいだろう。この場で慌てて決着を付ける事もあるまい。」
「瞬」はそう言い残し、その姿をゆっくりと黒煙に同化させた。それとともに、悠人の意識も失われていった。