安息

Ⅲ-3

「やばいぞ、これは。アセリア!」
悠人が前方で叫び声を上げた時には周囲の異変は目に見える程だった。
悠人の更に前方。一見何も無いその場所に赤いオーラが集積する。
それは同心円の文様をとり、たちまち赤紫色に変色していった。
あれは…………オーラフォトン!エトランジェ!?
「みんな距離をとれ!狙い撃ちにされるぞ!はやくっっっ!!」
叫ぶと同時に防御魔法を唱える。一斉に散開するスピリット達。
そして悠人がレジストを唱え終わると同時に。紫紺の雷が悠人を襲った。
辛うじて防ぎきったがそれでも服がずだずだになっている。その威力に悠人は鳥肌が立った。

「ユ、ユートさま!ご無事ですか?」
ふらふらになった悠人にエスペリアが、続いてオルファリルが駆け寄っている。
後方にいたハリオンは衝撃の余波に耐えながら、しかしなによりも岩場の上に視線を奪われていた。
女が、立っている。
「……次は、殺す。」
なんの感情も持たずに呟かれた一言。意志の無い声は明らかに神剣に飲まれたものだ。
そして紫電を纏った細身の神剣から発せられる圧倒的な力。あれは……
『大樹』からの悲鳴の様な警報が頭の中に鳴り響く。
ハリオンは理解するよりも先に悟った。
伝えられる四本の神剣。あれは間違いなくその内の一本なのだと。
そしてそれを使いこなせるのは……当然、エトランジェ。私達が必ず、敵わない者。

横に立っているナナルゥの様子を窺う。感情の無いはずの瞳が、ゆらゆらと揺れていた。

「ふふん。やっぱりこの程度じゃだめだよなぁ。」
場の緊張とはそぐわない声が追い討ちとばかりに辺りに響く。
現れた二人目の人影。その威圧感は持つ剣を凌駕している。
……いや、その巨大な神剣が放つ圧倒感は、それがどんな存在かをふんだんに示していた。
明らかに、自分のそれとは位の違う神剣の力。男はそれを軽々と抑えつけているのだ。
――結論は、本能より後に来た。マロリガンが擁するエトランジェ。
遂にその二人が揃って目の前に現れたのだ。

『消沈』の意識がすっと後退する。敵う相手ではない事を悟った剣の自衛。
代わって浮上したナナルゥの意識は、とりわけ女性のエトランジェの方に囚われていた。
また、あの感覚。確かに自分は“あんな状態の誰かを知っている”。
同時に一つのビジョンとなって浮かび上がる記憶。
悠人が岩場に向かって何か叫んでいる。
すると男のエトランジェがそのオーラを更に膨れ上がらせた。
黄緑色のそのオーラフォトンは見た目の優しさとは裏腹に強烈な殺意を周囲に撒き散らす。
気の遠くなるようなプレッシャー。どうにもならない死に近づく感覚。

瞳に映るその光景は、どこか遠い処の出来事の様に。
「あ…………あ…………あ…………」
いけない。なにか。忘れている。いけない。思い出さなくては。でも。
戸惑いながらも手繰り寄せようとした記憶。
浮かんできたソレに手を伸ばそうとすると同時に辺りのプレッシャーがふっと消えた。
現れた『消沈』に意識の大半が塗りつぶされてしまう。
視界が戻ってきた時、既にマロリガンのエトランジェは姿を消していた。

その一連のナナルゥの様子を、ハリオンはずっと見つめていた。
敵が去った後もずっと震え続けている、ナナルゥのその姿を。