安息

Ⅴ-2

進攻を始めた悠人は出撃早々恐るべき情報に接していた。
マロリガンの大統領、クェド・ギンが首都のエーテル変換施設を暴走し始めたというのだ。
イースペリアの悪夢が心の中に蘇る。

「そういう訳だ、ユート。時間は余り無い。引き返してくれば間に合わなくなるぞ。」
ヨーティアのやけに冷静なマナ通信が頭に響く。
これで後戻りは出来なくなった。あんな悪夢を二度も繰り返してたまるもんか。
しかし何故?以前交渉の時会った印象ではクェド・ギンはそんな愚かな事をする男には見えなかった。
一体何をしようとしてるんだ?歯軋りしながら悠人は振り返って叫んでいた。

「みんな!急ぐぞっ!」


 ―――――――――――――


急速に凝縮しつつあるマナを感じながら、光陰はベッドの上で仰向けになって天井を眺めていた。
マロリガン中のマナが首都に向かってどんどん流れこんでくるのがわかる。

「…………始めたな、大将。」

ゆっくりと起き上がり、よっと神剣を担ぐ。
永遠神剣第五位『因果』。その巨大すぎる刀身がゆらりと光った。

「行こうか、今日子。」
振り向いてそこにいる人物に話しかける。
鞘に納まってなお紫電を纏う永遠神剣第六位『空虚』。
携えてゆらりと立ち上がる今日子の瞳には憎悪の光が宿っていた。

「…………来たか、『求め』。こんどこそ……壊す。」

ウルカに鍛えられた成果がはっきりと出ていた。
確実にレベルアップしたヒミカの剣技が冴え渡る。
『赤光』は決して剣として殺傷に長けた形状ではない。
それでも次々と敵を戦闘不能にするヒミカの剣技はもはやレッド・スピリットのそれとは思えなかった。
セリアが積極的にそれをフォローする。実力でヒミカに劣るとは思わない。
それでも今のヒミカはのびのびと戦わせてサポートに回るのが正解だと判断したのだ。
また、新たに加わった元・漆黒の翼、ウルカの働きは言うに及ばなかった。
治癒魔法を使うこともほとんどなく出番の無いエスペリアが思い出したようにエレメンタルブラストを放つ。
心配された『稲妻部隊』の出現もなく、怒涛ともいえる勢いでエスペリア分隊はニーハスに雪崩れ込んだ。

ニーハスは騒然としていた。
どこから漏れたのか、『マナ暴走』が始まっている事が民衆に知れ渡っていたのだ。
ヒミカ達は逃げ惑う人々を押し分けるようにしてエーテル変換施設に辿り着いた。
エスペリアが急いで装置の解析を始める。
ヒミカとセリアはエスペリアの周りを固めるように警戒していた。
その時一人入り口を警戒していたウルカの瞳がつぃと細まった。

そこに、一人のグリーンスピリットが立っていた。

「…………『漆黒のウルカ』。ここで貴女に会えるとはね。いつぞやの決着、ここでつけさせてもらう!」

突然部屋に飛びこんできたグリーン・スピリットにヒミカは驚いた。
その小柄な少女はそのまま入り口付近に立っていたウルカに襲い掛かる。

ガギィィィィ………………ン…………

部屋中の壁に剣と剣がぶつかり合う音が反響した。
受け止めたウルカと敵スピリットはそのままもつれ合うように部屋の奥へと転がっていく。

「ウルカっ!」
「待たれよっ!」

思わず駆け寄りかけたヒミカはウルカの鋭い声に足を止められた。
目が一瞬ウルカと合う。……………………ウルカは来るな、といっている。
その理由は判らないが何か訳があるのだろう。赤い眸の威圧感にヒミカは何故か逆らえなかった。
ふと隣をみると駆けつけてきたセリアとエスペリアも同様、動く事が出来ずにじっと見守っている。
もう一度ウルカの方に振り向くと、戦い合う二人が奥の小部屋に飛び込むところだった。


一旦剣をはじき返して後退したウルカは自分がどうやら燃料倉庫にいることを確認した。
ここで戦うのはリスクが大き過ぎる。
ウルカは『冥加』を鞘に収めた。向かってくるクォーリンの神剣を柄で弾く。
そしてそのまま押し返そうと今度は自らクォーリンに斬りつけた。
しかしその瞬間、ウルカの双眸が動揺と共に大きく見開かれた。
驚いたことに、クォーリンは構えもせずウルカに対して無防備に両手を広げていた。

「…………くっ!!」

咄嗟に剣の軌跡を変えようとして切先が鈍った。
不覚を感じる暇も無い。不自然な動きを見逃す程クォーリンは「戦い」に甘くはなかった。
一瞬にして構えた神剣で『冥加』をはじき返し、同時に詠唱を始める。

「相変わらず殺す事にためらいがあるのね……ウルカっ!!」
「くぅっ!!クォーリン殿っ!!」

姿勢を崩したウルカは一瞬とはいえ迎撃の態勢を取る事が出来ない。
バニシングハイロゥは速すぎるクォーリンの詠唱には追いつかなかった。
クォーリンのシールドハイロゥがその瞬間を見逃さず、凝縮してウルカの腹部を襲う。
『大地の祈り』。大陸でも使える者は唯一クォーリンだけだと言われるグリーンスピリット最強の技。
本来癒しの力であるはずのそれを、驚くことに彼女は攻撃用に使いこなしたのだ。
(…………やったっっ!!!)
高密度のマナをウルカに放ちつつ、クォーリンは勝利を確信していた。

ずんっ

その威力とはうらはらに小さく鈍い音が響く。それは衝撃を全てウルカが受け止めてしまった証。
致命的な一撃を与えた手ごたえが伝わる。しかし。

「…………え?」
クォーリンは次の瞬間宙に浮いていた。
視界に飛び込んできたのは純白のハイロゥ。……え?……純白、の?

「クォーリン殿、舌を噛まれるな!」
「……え?え……え?」
何が何だか判らないまま、クォーリンはウルカに抱えられて倉庫を飛び出していた。

ズゥゥゥゥン!

その直後、出てきた場所から物凄い炸裂音と共に、熱風が吹き出してきた。
押し出されるようにはじき出されたウルカがクォーリンを抱えながら地面を弾む。
ばらばらと落ちてくる何かの欠片を背中に受けながら、ウルカが囁いた。

「…………大丈夫ですか、クォーリン殿。」

クォーリンはそこで初めて理解した。ウルカが自分を庇ってくれた事に。
恐らく私の技が燃料庫の小さなマナ暴走を引き起こしたのだろう。
私はそれすら気付かずにあそこで力を放っていたのだ。でもなんで?

「……なぜわたしを庇った、ウルカ。自分だけなら楽に逃げれただろうに。」
「…………其方もご存知でしょう、手前は殺せませぬゆえ。」
「な………………」
にっこりと微笑みかけてくるウルカをクォーリンはぼんやりと口を開いたまま見つめる。

「それよりもクォーリン殿。貴殿はもう聞こえましたか、『自らの声』は。
 …………手前は、『剣の声』が聞こえるようになりました。」
「え…………あ…………」

ゆっくりと立ち上がりながら語るウルカの腹部からは血があふれ出していた。
自ら受けたのだろう、その傷。さっきの手ごたえだとかなり深い傷のはずだ。
それでもそれを見たクォーリンはもう罪悪感以外何も感じられなくなっていた。

「クォーリン殿も早く“気付く”と良いでしょう、『自らの声』に。剣はその声に応えるものですから。」
その一言を最後に背中を向けて立ち去るウルカ。
その背で純白に輝くハイロゥの意味を考えながら、クォーリンは自らの胸に手を当てていた。