安息

Ⅵ-1

ミエーユは乱戦だった。
この最も首都に近く、最も巨大なエーテル変換施設を持つ城には敵の最精鋭、『稲妻部隊』が詰めていた。
それでいてあっさり侵入出来たのは、敵の罠だったのだろう。
時間が無いことに焦っていた悠人はあっさりとこの罠に嵌ってしまった。
誘導される様に城の際奥、行き当たりの大広間に追い詰められたのだ。
大広間といっても巨大な空間である。侵入されればひとたまりも無い。三方から敵が同時に襲い掛かってくる。
正面はアセリア、右廊下に悠人、左廊下をハリオンとナナルゥが防ぎ、
分散してなんとか大広間の中に敵が雪崩こむのを防いでいた。

「まずいですね…………」
ハリオンは珍しく間延びしない口調で呟いていた。それほど余裕が無いという証拠だろう。
隣でナナルゥの『消沈』が光る。赤い光球が弾け飛び、敵の一部が燃え上がった。
炎の中から飛び掛ってきた黒スピリットを『大樹』ではじき、敵集団に向かってエレメンタルブラストを放つ。
ハリオンのエレメンタルブラストはエスペリアのそれのように敵を一掃させるという性質ではない。
敵の動きを一時無力化するという、本来青か黒スピリットと組んでその威力を発揮するものだ。
しかしこの状態ではそんな事も望めない。自ら斬りこんで数体傷つけ、またナナルゥの横に立った。

「…………ハリオン、あと何発撃てますか?」
「さぁ~、一度くらいはなんとかなるかも~。貴女はどうですか~?」
「……イグニッションが一発。それが最大の神剣魔法ね。あとはファイアーボールで凌ぐしか…………っ!」

言いながらナナルゥは廊下の壁を駆け抜けてきた青スピリットに火球をぶつけて吹き飛ばしていた。
しかし明らかにその威力は落ちている。倒れたスピリットは衝撃で気絶しているだけだった。

「しかたありませんね……一旦後退してユートさまと合流しましょう。」
「わかりました~。風よ~、守りの力となれ~」

唱えると同時に一斉に駆け出す。
雨の様に敵の光球が降り注ぐ中、ハリオンが展開したウインドウイスパに守られながら二人は必死に駆けた。

大広間の入り口をくぐったとたん、ハリオンの横を正面から何かが横切った。
ソレは物凄い勢いで今通ったばかりの入り口の横の壁に激突し、ぐしゃり、と嫌な音を立てる。
ぴぴっと頬に何か飛んでくる感覚。そっと拭った手が赤く染まった。
恐る恐る後ろを振り向く。辺りにぶちまけられている真紅。一部は既に金色のマナになって舞い始めていた。
そしてその巨大な花模様の中央。そこに、敵スピリット「だったモノ」がへばり付いていた。

「はぁぁぁぁぁっ!!!!」
広間に響き渡る叫び声でハリオンは我に返った。
見ると遠く広間の中央付近。距離にしてミートストラロスはあろうかというその先で、アセリアが暴れている。
気合と共に振るったアセリアの剣は膨大なマナの放出と共に敵を薙ぎ倒していた。
回転する『存在』が光り輝きながらアセリアを中心とした嵐を起こしている。
先程のスピリットがその嵐に巻き込まれた者だと悟ったハリオンは背に冷たい汗が流れるのを感じた。
(まさかあそこから吹き飛ばしたのですか…………)
神剣の支配に身を委ねるという事。その凄さはよく「知って」いた。
しかし自分が知っている「それ」とは明らかに違っている。
神剣の位の違い?それともこれがアセリアの本質なのだろうか?
呆然としていたハリオンをもう一度現実に戻したのは、すぐ隣から聞こえた悲鳴だった。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ナナルゥ?!」
「いやだぁーーー!!!!」
突然悲鳴をあげたナナルゥはそのまましゃがみこむ。両肩が激しく震えていた。
『消沈』を放り出して、身体を庇うように両手で抱き締めている。
驚いたハリオンは駆け寄ろうとして足を止めた。
そのまま入り口の方を見る。追いついてきた敵が二人に襲い掛かろうとしているところだった。

※注 ミートストラロス 500