安息

Ⅵ-2

意志の無いアセリアの瞳。赤い血の色。燃え上がる炎。マナに還るスピリット。
それらを一度に目の前にした時、ナナルゥははっきりと恐怖を自覚した。
気が遠くなり、思わずうずくまる。いけない、敵中で…………
震える肩を抑えつけようとするが、収まるどころかそれは激しさを増していた。
放り投げた『消沈』の意識が流れ込む。戦え、戦え、戦え戦え戦え戦え戦え戦え…………
気が狂いそうだ。こんなにも神剣の声が気持ち悪く感じたことは無かった。
全身に悪寒が走る。ナナルゥは初めて自らの意志で、神剣を拒絶した。

「いやだぁーーーー!!!!」
搾り出すような悲鳴をあげたナナルゥの自我は『消沈』の支配を完全に抑えつけた。
同時に降り掛かる感情と記憶の奔流。崩れていく砂時計。
混乱と整合を繰り返すその中で、ナナルゥは一つの光景を思い出していた。
自分が「自分として」最後に見た光景を。
怯えていた女の子を。助けに来てくれた友達を。
…………守る為に神剣に差し出した、自分自身の姿を。

「あ…………あ………………」
次に訪れたのは自我を見失った後の光景。嵐が残していった爪痕の軌跡。
半ば支配されつつも、無意識に神剣の力を抑えていた自分。
そんな自分の側に常にいてくれた、一人の女の子。
訓練の時も、戦いの時も。
無反応だった自分に対して、いつもいつも微笑んでいてくれた。
長い間、何時も私がこれ以上自我を失わないようにと癒しの力を与えてくれていたではないか。

「あ…………あ…………あ………………」
記憶の収束と交わり溶けるように現実へと視力が戻ってくる。
目の前には傷だらけになりながら懸命にシールドハイロゥを展開しているハリオン。
その暖かな懐かしい緑色のヴェールを感じた時。ナナルゥの中で彼女と少女が完全に織り重なり、そして一つになった。