『The Spirit BR』

chapter.2

それはそう……昼食時のことであった。

「え?一番……ですか?」

スピリット第一詰め所の玄関脇。そこにある食堂から少し間の抜けた声が小さく聞こえた。
覗いてみれば食卓にはアセリア、オルファ、エスペリア、ウルカ、そして悠人といういつものメンバーの姿。
テーブルの上には焼き立てなのか香ばしい香りを放つパンに、詰め所の裏でエスペリアが
栽培しているハーブのサラダ、そして食欲を誘う暖かなエヒグゥのハトゥラが並んでいる。

アセリア、ウルカは黙々と、オルファは騒々しく、エスペリアは料理の感想を聞きながら、
ユートはガツガツと、といった和気藹々とした第一詰め所特有の食事風景が展開されている―――はずだった。

「…………?」アセリアは千切ったパンの欠片を口に入れる一瞬前で止まり、
「一番……」ウルカはハトゥラをすくったスプーンを虚空で停止させながら困惑顔。
「パパ?お姉ちゃん?」さらにオルファはきょとん?とした顔で周囲を見回し(隙を見てラナハナを悠人の皿の中へ)、
「やだ……私ったら」エスペリアに至っては思わず素の声を出してしまったせいか口元に手を当てて赤面している。
多種多様な驚き方だが、彼女たちの問いかけるような視線はただ一人に……。

寝起きのせいかまだ寝癖が存分についた針金頭をガシガシと掻きながら
「何かおかしい事言ったかな……俺。」という感じの顔で、固まった少女達を見回す異邦人、
その名はエトランジェ『求め』の悠人であった。

「えーと……だからさ、部隊の中で一番強いのは誰かな……と」

時は戦乱、北方五国を制圧し、束の間の平和を手に入れたラキオス王国。
制圧した他の四国の内政整理が続いておりレスティーナやヨーティアなどは忙しい日々を
送っているが、スピリット隊の方は戦闘もなく休息と訓練を繰り返す日々が続いている。
アセリアとウルカは剣の訓練をし、オルファとエスペリアは姉妹のように過ごし、
ネリシア姉妹にヘリオンは悠人と遊び、ヒミカ、ハリオンにセリアは静かな場所でお茶会をし、ニムにファーレーンは日向ぼっこでお昼寝。
それぞれがそれぞれの楽しみ方で殺し合いから解放された、この一時の安らぎを満喫していた。
そう、スピリット隊の誰もがこのような時が長く続けばいいと思っていた。

けれど、それは所詮叶わぬ夢物語なのである。

大陸中央部から西部に掛けて広がる大国『マロリガン共和国』との和平の決裂。
と、同時に出されたマロリガン共和国からラキオス王国への宣戦布告。
北方五国を統一し、領土的には強大になったラキオス王国だが内部地盤がまだまだ安定していない。
そして、マロリガン側には二人のエトランジェの存在が確認された。今、戦争が開始されれば劣勢……いや、敗北は必定だった。
が、予想に反してマロリガン共和国は沈黙、兵を送り出すこともせず自らの領地内に留まっている。
まるでラキオスが軍備を整えるのを待っているかのように……。
が、対してラキオス王国もマロリガンの東部に広がる砂漠―――マナ消失地帯に阻まれ、兵を送ることが出来ないでいた。

その為、宣戦布告からしばらく戦争は膠着状態に陥っていた。

尤も、膠着状態と言ってもいつ侵略されるか侵略するかも分からない為、
スピリット隊の隊長である悠人は少し頭を悩ませていた。それは――――。

「いや、ほらさ、部隊編成時に考えなきゃいけないだろ?誰に誰のサポートをさせるかとか誰と誰に先陣を任せるとか……。」
ようするにマロリガンとの戦闘に関する部隊編成のことであった。
悠人にとっては全員が家族のようなもので誰一人として死んで欲しくはない。
その為にはより生存率を高める組み合わせでいかなければならないのであった。

「やっぱり、個々の戦力を把握してないと色々と難しいからさ」
「なるほど……」

カチャッとスプーンをお皿の上に戻し、ウルカが何度か頷いた。
が、すぐに眼を細め、難しい顔になると言葉を続けた。

「しかし、『誰が一番か』を決めるのは……」
「やっぱり分からないか?」
「そうですね……実際に競い合ったわけではないですから推論だけで決めるのは難しいかと」
「それに、スピリットにはそれぞれ得意とする分野があります。例えば手前などは速度、技ですが、
 アセリア殿はパワーと技のキレ、エスペリア殿は守りと癒し、オルファ殿は神剣魔法とそれぞれ個々に能力が違いますから」

ブルースピリットは剣技、グリーンスピリットは守備、レッドスピリットは魔法、ブラックスピリットは速度が一般的な能力だ。
また、それぞれにもそれぞれの弱点があり、緑は赤の魔法に弱いし、赤は剣技に弱いし、かといって青や黒も苦手なものもある。
そしてこれに個々の能力まで加えると一概に誰が一番などと決めるのは難しくなってくるのである。
特に、ラキオス王国のスピリット隊は特殊だ。

そう、スピリットの定説を無視しまくった例外のオンパレードなのであった。

例えば有名なのが第二詰め所の姉御ことヒミカなどである。
レッドスピリットのくせに神剣魔法は全く使えず、剣技に関してはブルースピリットにも負けず劣らぬ威力。
ちょっとおかしいだろという声も某所でちらほらと………。
ネリシア姉妹はブルースピリットなのに剣技に関してはほとんど威力がなし、しかしこれはまだ幼いせいもある。
しかし、ヘリオンはブラックスピリットの命である速度を天然ドジで殺しているし、いざ戦闘になれば尻込み。
その他も強化魔法ばっかりで回復魔法を覚える気なしのグリーンスピリットやら諸々だ。
個性があるのはいいことだが編成を考える身にもなって欲しかった……。

「いっそ全員で手合わせをしてみれば分かると思いますが……」
「うーむむむむ………」
考えすぎで知恵熱でも出したのがガクリと机に突っ伏してしまう悠人。
その横に、コトリと湯気の立つコップが置かれた。
横目でちらりと見ればお盆を持って苦笑しているエスペリアの姿が眼に入る。
「ユート様、あまり考えすぎないで下さいね。お体を壊されては元も子もないですから」
「あー、ありがとう。エスペリア」
一言お礼、コップに入った液体を一口口に含む。
ふわっとしたハーブの香りが漂い、心を落ち着けてくれた。
ふと、気付けばいつの間にか昼食も終わりに近づいて来ているのかエスペリアなやウルカなどの皿は綺麗になっている。
アセリア、オルファに至ってはすでに食堂にすらいない。
自分の手元を見ればほとんど手付かずで残った料理(何故かラナハナ大量)。
慌てて料理を口に詰め込む悠人の姿を苦笑しながら見つめる妖精達であった。

天井にいる何者かに気付かずに――――。

「はぁ……」
小さな溜息がすっかり夕闇の帳が降りた大気の中に溶け込んだ。
二階角の部屋、開け放たれた窓から身を乗り出してうなだれているのは悠人である。
室内にあるエーテル機関によってほぼ無尽蔵に煌々と光を放つ事が出来るランプも、
今は光が落とされ、室内はゆったりとした暗闇に包まれていた。

物思いに耽るかのように外を見続ける悠人の貌を照らし出すのは青白い月光と、
ラキオス郊外に立てられたエーテル変化施設から上空に立ち上るPillar of Mana-マナの柱-だけであった。

『ふむ、何を考えているのかは知らないが………似合わないぞ、契約者よ』

真っ暗な部屋の隅、立てかけられた無骨な剣が青白い光を放っている。
それを横目でちらりと見、けれどすぐまた外に眼を向けた。
「なんだよ、バカ剣。お前には関係ないだろ」
『それもそうだが………契約者よ、一つ言いたいことがある』
「言いたいことがあるならはっきり言え」

『マナをよこせ』
「却下」

……即答だった。一分の隙もない完全完璧な拒絶だった。
『求め』から漏れる青白い光が弱弱しくなる。

そして―――。

『腹減った~、お腹すいた~、マナをくれ~、マナをよこせ~』

『求め』が壊れた。
『大体お前さ!俺はお前の求めに答えてるのに俺の求めにお前が答えないのってどういうこと?』

最近、平和続きで『求め』に対するマナ補充が完全に滞っていた。
その為、今までの戦争で溜めた分はあるものの二ヶ月近く絶食状態なのであった。
…………そりゃ、おかしくもなるね。

『俺ばっかり扱き使われてさ……毎回約束破られても力貸すって俺ぐらいしかいないよ?』
『求め』、すっかりブチ切れモード。
『あんたはもっと俺の重要さを知るべきだと思いますよ?例えば―――』

うざくなってきたので気合いで強制切断。
しばらくの間、ガタガタと部屋の隅で『求め』が怒ったように揺れていたが、やがて拗ねたような気配と共に大人しくなった。

「はぁ………」
どっと疲れが出てきたのか、もう一度深く溜息をついた。
気分が削がれたのか窓をパタリと閉じると、眠りにつくべくベッドの方へと足を進める。
が、その途中、テーブルの上に正方形の白い紙が置かれているのが眼に入った。
(確か、部屋に入ってきたときは何もなかったはずだけど……)
不思議に思いながらも紙を手に取る。そこには簡潔な一文がただ一行。

「 明朝、部屋まで来られたし fromレスティーナ 」

ちょっと微妙に果たし状チックな手紙に恐れおののきながら眠りにつく悠人であった。


――――そう、これが全ての始まりだった――――