『The Spirit BR』

chapter.3

キーンコーンカーンコーン―――

朝、小鳥の囀りと共に一日の始まりを告げる鐘の音。
まだ、その鐘の音が鳴り止まないうちにパタパタと慌てて通路を駆けてくる音が聞こえる。

通路を走る、真紅の髪をした小さな少女。

ずっと走って来たのか息も切れ切れになりながら通路を駆けていく。
と、急に足の裏から煙が出そうな急ブレーキを掛けて停止する。
彼女の目の前に佇むスライド式の扉。それを間髪いれずに引き開け、部屋に飛び込んだ。

「セーーーーフッ!!」

一瞬だけ静まり返る部屋の中、けれどすぐにざわめき始める。
互いに「おはよう」と朝の挨拶をしたり、他愛のない雑談で盛り上がったり……。
そんな中、少女はすれ違う人々に「おっはよー!」と挨拶しながら自分に割り当てられた席へと向かう。

部屋の中にいるのはいずれも自らのイメージカラーで染められた制服で身を包んだ、見た感じ年齢バラバラな少女達。
それぞれが等間隔に並べられたパイプ製の机やイスに座り、周りの少女たちと会話している。

―――キーンコーンカーンコーン……
やがて、鐘の音が鳴り止むと、少女たちも私語をやめ、前に向き直った。

少女たちの前方、つまり部屋の前方には一際大きな机が置かれており、
その向こうの壁には大きな黒い板が取り付けられている。その黒板には今日の日付と、空欄と共に日直との文字。
しかし、―――この部屋には扉が前方と後方、二つあるのだが―――少女たちの視線は前方の扉の方に注がれている。

鐘の音が鳴り止んで数分後。
コツコツと通路を歩く靴音が聞こえてくる。
徐々に大きくなるそれは、やがて扉の前でピタリと止まった。
と、次の瞬間にはガラッと扉が開かれ、一人の男が入って来る。

男の歩みと共に少女たちの視線も動いてゆく。

針金のような髪質で、研ぎ澄まされた精悍な顔つき、紺色のブレザーの上には陣羽織。
腰には無骨な剣を下げ、左手には『日誌帳』、ミスマッチだが様にはなっている。
男はそのまま歩いていくと黒板の前に置かれた机の上に日誌帳を叩きつけた。
バンッ!という大きな音に少女たちが一斉に身を縮める。
男はそれを睥睨しながら、少女たち全てを見回した。

「……この国はすっかり駄目になってしまいました」

どこか疲れたような表情と共に男が重々しく口を開く。
教卓に両手を突きながら少女たちを見つめる男を困惑顔で見つめ返す少女達。
だが、そんな少女たちも男の次の一言で絶句することになる……。


「そこで、今日はちょっと皆さんに殺し合いをしてもらいたいと思います」

「……って、なんでやねーーーーん!!!!」

ズゴーーーン!!!という感じに教卓が天板の方からバックドロップ気味に黒板にめり込んだ。
………決して黒板に書かれていた『B○法』を抹消しようとしたわけではない、著作権の問題なんて関係ない。

いきなりの奇態に愕く少女達の視線を感じながら、男は、両手はめりこんだ教卓の脚、
背中はエビ反り気味な半ブリッジ状態で荒い息をついている。
やがて、腹筋を駆使して上体を起こした時、男の顔は幽鬼のようであった……。

―――エトランジェ『求め』の悠人、いつでもどこでも損な役回りをする男である。

さて、事の発端はあの(以下略)であるが、誰がここまで計画したのかは定かではない。
チャイムの音といい、城の会議室を改造し、まんまハイペリアの学校の教室のようにしてしまったり、
某映画の再現しちゃってたり……ただ、城に勤める侍女の話では、早朝の事エトランジェがレスティーナ嬢の部屋から
今にも死にそうな顔をして出てきた、とのことだ。
というか、こんな権力を持っているのはこの国でただ一人だけなわけなのだが……。

「あ、あの……ユート様、これはどういうことなのでしょう?」

真っ先に声を挙げたのはやはり優等生度No,1のエスペリア嬢。
が、当のユートは片手を額に当てうつむき、さらにもう片方の手をひらひら……「俺に聞くな」ポーズ。
腰につけたきびだ……じゃなかった、『求め』の光も心持ち弱弱しい。

「……その説明は私がさせていただきます。」

ガララッとスライド式ドア独特の音を立てて、迷彩服の兵士と共に教室に踏み込んできたのは―――

「「「「「え?」」」」」一同の困惑の声が被る。

「皆さん、おはよう御座います……」
ペコリとお辞儀するその少女は、ヨーティアの助手であり、訓練士No.1であるイオ・ホワイトであった。


「………と、かくかくしかじかな訳なのです」
それから数十分後、イオの説明が終わり、皆の疑問が解消され―――
「誰も分からないと思うわよ、それだと……」鋭いツッコミのセリア嬢。

仕方ないので解説することにしよう!
ようするに、エトランジェゾッコンLOVEな女王様が彼が悩んでいるのに心を痛め、
少しでも力になりたいと天下一武闘……じゃなかった、一度全員を戦わせてラキオスのNo,1を決めてしまおうと、
そうすれば彼の心の悩みは消えるだろうと画策したわけだ。決して面白そうだからと安易に決めたわけじゃないぞ!
ちなみにNo,1になったものはビリの者を一日好きにできるという特典があるぞ!

「ねぇ、セリア……何で虚空を睨みつけてるの?」
「なんでもないわよ!」
………終始、ご機嫌ななめなセリア嬢なのでした。……生理?

「……詳しい説明をする前にこれをまずはつけてもらいましょう」
そういってイオがちょっと暇そうにしてる兵士に持ってこさせたのは鈍い光沢を放つ首輪。
それを少女達一人一人の机の上に置いていく、少女達に浮かぶのはまたもや困惑。
「あの……これは一体?」
「それは、今回の訓練を行う上で欠かせないものです」
やがて、黒板の前まで戻ってくるとそこに『求め』と共にいじけて座り込んでいる悠人の首に何のためらいもなく首輪を装着した。

「な!何!?」ガチャリと鍵のかかる音と共にピッタリとフィットする首輪。

「このように、万人の首に完璧にフィットするように作られています。」
ガチャガチャと首輪を外そうとしている悠人を尻目に説明を続けるイオ。
「それに加え、装着者の脈拍、呼吸、体温……つまりは意識の有無が確認できます。」
「そして……」スッと音もなく、いまだもがいている悠人の後ろに立つとゆっくりと神剣を振り上げる。

ズドコーン!!!!

地響きすら起きそうな衝撃と共に悠人が地面に沈んだ。
唖然とした少女達が見守る中、イオは何事もなかったかのように服の裾についた埃を払い落とし、咳払いを一回。
その横で、金色の粒子になって悠人が消えていく……って何!?
「え!?あのユート様!?」「パパ!?」「ユート!?」
一斉に少女達が立ち上がり、駆け寄ろうとする。が、それを片手で制するイオ。
「ご心配には及びません、これも首輪についたエーテルジャンプ機能です。」
そういうイオの横で最後の金色の一粒が空中で弾けて消えた。

――――出席番号1 エトランジェ『求め』の悠人 死亡

それを横目で確認しながらイオがまた説明を続ける。
「このように、意識を失うなどした場合には自動的に転送される仕組みになっています」
もとは負傷者などの戦線離脱用にヨーティアが開発中だったものを試作ということで利用しているのだった。
「それで……あの、ユート様はどこに?」
「ご心配なく、今頃は医務室で手当てを受けていられる頃だと思います」
教室中に一瞬、安堵の息が満ちたような気配がした。

「で、ようするに私達は何をするの?」
じれったくなってきたのか少し苛立ち気味に声を出すセリア。
朝早く集合命令が掛かり、ここに集められてから長い間待たされている。
「まあまあ……そうカッカしないで落ち着きなさいよ。」
ちょうど後ろの席から声を掛けるのは纏め役のヒミカ嬢。
……もっともカッカしないと言っているわりには自分も先程から貧乏ゆすりしていたが。

真っ直ぐに自分を見つめる視線に少し溜息をつきながらイオは答える。
「そうですね……簡単に言えばこれは訓練だと思ってくれて構いません」
「で、実際には何をするわけ?」やっぱり苛々しているセリア嬢。
「スピリット隊内での模擬戦闘と言ったところでしょうか、それに伴い隊内での
 簡単な戦闘能力の測定も行います。これからの戦闘の参考にもなるとのことですから」
「そう……訓練なら仕方ないわね。ようするにさっきの首輪をつけて戦い合って気絶、
 もしくは戦闘不能になったものから脱落。最後に生き残ったものがNo.1ってこと?」
「簡単に言えばそうですね。後は、場所に関してですが―――」

イオの横に迷彩服を来た兵士達が立ち、手に持った地図を少女達に向けるように大きく広げた。
ラキオスを含めた北方五国を網羅した詳細な地図、それの一点を神剣で指しながらイオが続ける。

「城内、また城下町などは安全性や広さの面で少し不安がある為、場所としては不向きです。
 ということで、北のリクディウスの森か南のリュケイレムの森ということになりますが……」
「今は戦争中、マロリガンがいつ攻めてくるとも限らない……。」続けたのはファーレーン。
「その通りです。ですので何かあってもすぐ対応できるようにより敵地に近い、
 南に広がるリュケイレムの森で行うこととします。」地図を折り畳み、兵士達が後ろに下がる。

と、また新たな兵士が何か大量の袋を持って教室に入り込んできた。

袋は金属音やら打撃音を響かせながら前方の扉の近くに次々と積み上げられていく。
あっという間にそれなりの山になった。

「それと、訓練は最後の一人になるまで続けられます。」
今までなんとなしに楽観視していた少女達の顔に緊張が浮かんだ。
「一人って……そ、それじゃあ、いつまでかかるか分からないってことですか!?」
「そういうことになりますね。一日で終わるかも知れないし一週間掛かるかもしれません。」
少し怯え気味なヘリオンに妖艶な微笑を返すイオ、かなり怖い。
途端にざわめき始めた教室を一瞥し、イオが言葉を続ける。
「勿論、その間の食料などは自給自足ですが……さすがにもしもの事があっても
 まずいとのことですので、こちらからある程度のものは支給します。」
そういって扉の前につまれた袋の山を指す。
「教室を出る際に一人、一個お渡しします。中には当面の食料と……武器が入っています。」
「武器……ですか?」気だるげな表情で疑問を口にするナナルゥ。
「ええ、といっても神剣があるスピリット達には無用のものですが……そうですね、戦略性の武器とだけ言っておきます。
 後は配られた後で確認してください。一人一人中身は違いますので。」
と、ここで兵士の一人が一枚の羊皮紙をイオへと手渡した。

「………それでは、そろそろ開始時間ですね。名前を呼ばれた方から出口前で、
 袋を受け取りリュケイレムの森に向かってください。ちなみに出口で待ち伏せも有りですが危険……ですよ。」
羊皮紙に眼を通しながらすらすらと言葉を続けるイオ。
「それと……先程言った生き残った者はビリの者を一日好きに出来る、ですが。
 一応ユート様も今回の参加メンバーに入っていた為、今回生き残った人は一日ユート様を好きにしていいということになりますね」
一瞬にして、教室中の空気が張り詰めた。

「「「「「「あは……あははははは」」」」」」

様々な思惑が飛び交いあい、教室内に魔界を作り出すほど濃厚な塊となっている。
そんな中で一人別のことを思っている少女がいる……「面倒臭い」と。
「では、そろそろ開始することにしましょう。」
羊皮紙から眼をあげたイオがちょっと危ない雰囲気になりつつある教室を見渡した。

「『失望』のヘリオン」

「は、はい!~~~ッ!」慌てて立ち上がったせいか脛を思いっきり机にぶちつけるヘリオン。
少し涙目で脛を擦りながら首輪を嵌め、前へと出てくる。そのままイオに促され出口前へ。
ビクビクしながら強面の兵士からバックを受け取ると扉へと手を掛けた。
が、急に振り返るとじっとこちらを見ていた仲間たちに向かって―――

「あ……あの、負けないんですから!!」

叫ぶと同時に走り出していくヘリオン。
唖然とした少女達だったが少しずつ笑いが広がった。彼女もちょっと積極的になったかもしれない。

「『静寂』のネリー」

寝ぼけ眼で前へと出てくるネリー。ふらふらとして危なっかしいが机はちゃんと避けている。
シアーの心細そう視線に気付いているのかいないのか、そのまま扉の前で荷物を貰うとさっさと外に出て行ってしまった。
その間、一言も喋らなかったネリー……ようやく神剣と対になったか?

「『孤独』のシアー」

ビクッ!!!と思いっきり身体を飛び上がらせるシアー。
その後、おどおどと天敵に怯える動物のように机の隙間を縫って前へと出てくる。
「うう~……怖いよぉ」兵士から荷物を受け取ると怯えながら扉の外へと出て行く。
と、シアーの姿が扉の向こうに消えた瞬間「キャッ!!」と可愛い悲鳴が聞こえた。
騒然とする教室内、「待ち伏せ?」「敵襲……」など飛び交うが悲鳴の後、廊下を駆け抜ける音を最後に音は聞こえなくなった。

「『消沈』のナナルゥ」

「はい……」イマイチ抑揚のない声で返事。まあ、ある程度は仕方がない。
そのまま音もなく歩み出ると扉の前で荷物を受け取り、扉に手を―――掛けずにいきなり真上に飛び上がった。
愕く視線を気にせず少し突き出た照明に両手を掛け、振り子の要領で身体を揺らすと足の裏で僅かにずれていた天板を蹴り上げ、
空いた隙間へと身体を滑り込ませた。その後ゴソゴソと暗闇の中から音がするとスッと天板が元の位置に戻される。
この間、僅かに3秒。さすがは天井裏の散歩者か……。

「『月光』のファーレーン」

ゆっくりと立ち上がるとそのまま無言で歩み出てくる。
プロテクターに隠された顔からは表情は読み取れないが口元は微かに結ばれている。
山積みにされた袋から一つ選び出し、肩に担ぐと少しだけ仲間達の方へと振り返った。
キラリとプロテクターに隠された瞳が僅かに輝き……まるでそれは宣戦布告のように。
そのまま扉をひき開けると戦場へと向い、飛び出していった。

「『熱病』のセリア」

一度、戦ってみたかった。赤い短髪の華麗な少女を見つめる。
他人を拒絶していた為、手合わせしたこともなく果たして自分と彼女の力の差はどれほどのものなのかと。
……刃を交わせればこの胸の奥に燻ぶる気持ちの正体に気付けるかもしれない。
袋を手に、教室を出て行く前にやや熱っぽい視線でヒミカを見つめるセリア嬢であった。

「『大樹』のハリオン」

「は~い」にこにこ笑顔でグラマラスな肢体を揺らしながら進むハリオン。
第二詰め所スピリットの中でもっとも謎の多い女性、通称魔女。
彼女の周りでは何が起こっても不思議ではない、まさにハリオン空間。
現に今も袋を持って出て行こうとする彼女の手には何故か二つの袋。
果たして、今回はどんなハリオンマジックが炸裂するのか!

この後も次々と少女達の名前がそれぞれ呼ばれ、袋を貰い、戦場へと去っていく。
やがて、兵士も退出し、誰もいなくなった教室でイオが一人呟いた。

        ―――「バトルロワイヤル……スタート」―――

                                     Chapter.3 End