『The Spirit BR』

chapter.4

体を揺さぶる一定リズムの心地よい振動。
前か後ろへ……絶え間なくいかにも田舎といった平凡な景色が流れていく。
閉め切った窓からは外の世界の冷え切った空気は入ってこない。
遠くに見える山々は紅く染まり、まるで燃えているかのような紅葉を示し、景色の中に浮かぶ人影も心持ち厚着だ。
それらの景色を感慨深げに、そして若干の悲哀を込めた眼でただ見つめていた。

何分そうしていたのか、ふと視線を感じて向かい合った前の座席に目を向ける。
古ぼけた木を組み合わせてその上に硬いマットを敷いた簡素な座席。
けれど、そこには何も無い。

………いや、一つだけあった。

こちらを見つめるように深緑のシートの上にポツンと置かれた小さな"雪だるま"が。
車内の温度のせいか、若干頭が溶けかけグロ画像のような有様。
触れれば今にも溶けて崩れ落ちてしまいそうな"雪だるま"をそっと包み込むように抱え上げると
空いていた自分の座席の隣へとそっと下ろす。
……どこか"雪だるま"が寂しそうにしていたからだ。

今、この列車は深く、遠い世界へと向かっている。
今いる世界よりももっと寒く、厳しく、悲しい世界へと。

ギュッと皮の擦れる音に我に返る。
知らず知らずのうちに皮手袋を嵌めた手を強く握り締めていたようだ。
小さく、苦笑いをするとまた窓の外の風景へと意識を向ける。
なんら代わり映えのしない風景、ただその中で自分だけが異世界の住人のような気がする。
列車はカーブに差し掛かり……列車の前方には黒々としたトンネルが口を開けていた。
煙を吐き出す機関部が初めに吸い込まれ、二列目、三列目。

………やがて、列車がすっぽりとトンネルに入りきってしまうと窓には自分の顔しか映らなくなる。
暗闇の中でうつる亡霊、痩せこけて、死人のような顔がじっとこちらを見つめていた。
車内に漂うのは通夜のような雰囲気、どの席の客も全員俯いて死人のよう。
幾刻の時間が流れたのか……、長い長い時間だったようで短い時間だったようで。
ただ、隣の座席に鎮座していた"雪だるま"はすっかり水溜りに変わっていた。

やがて、列車の前方に光が見えてくる。
暗闇のトンネルを照らし出すように、徐々に近づく光に眩しそうに目を細めた。

―――時は"冬"、トンネルを抜ければそこは―――

「くそっ!!弾切れか!」
「アパーーーム!!弾だ!弾を持って来い!」

全裸のマッチョな男達が闊歩し、噴煙と硝煙の煙が風に流れ―――
「見ろ!装甲列車が到着したぞ!マッチョな援軍だ!」
ウオォォォォォォ!と地響きのような雄叫びが上がった。
「いくぞ!!野郎ども!!」
さっきまで死人のような顔をしていた男達が居場所を見つけたような活き活きとした表情で次々と飛び出していく、全裸で。
時は第三次マッチョ大戦の真っ只中だったのだ。

―――トンネルを抜ければ、そこは"戦場"でした―――

「っ!!!」
暴れ狂う心臓、声に鳴らない悲鳴が口から漏れる。
それに伴う意識の浮上、多少血走った目で辺りを見渡せば、何の変哲もない古びた岩肌と雑草達。
全身から噴出した嫌な汗のせいでピッタリと肌に張り付いた肌着が気持ち悪い。
額に浮かんだ冷や汗を服の袖で拭うと、安心したように一息ついた。

「夢……?悪夢だわ……」
全裸でマッチョな男達の汁が飛び交う汗臭い闘いを延々と見せられるのは悪夢以外の何者でもない。
少し脅えた目でもう一度確認するように辺りを見渡した。
やっぱり、視界に入ってくるのは古びた岩肌と申し訳程度に生えた雑草の数々。
ただ、夢のせいか、壁に『マッチョな雄姿を称え、ここに……』とか書いてあるように見える。

………何も言わずに神剣でその部分だけ削り落とした。

とにかく、眠るには少々イタダケナイ環境であるのは確かだが贅沢を言える状況でもない。
何せ、今は闘いの真っ只中なのだから。……決して全裸でマッチョではない。
……『BR』開始から約半日。
まだ、特に戦闘らしい戦闘も起こっていない。皆、混乱してどうしていいか分からないのだろう。
だから、その間に休息を取ってこれからの戦いに備える。
そう考えて、散策中に見つけた洞窟で睡眠をとっていたのだが夢見は最悪だった。………ちょっと後悔。

「ごほんっ……まあ、いいわ。」

誤魔化しがてら、大きく背伸びをすると、一度強く頬を叩き眠気を飛ばす。
寝る際は邪魔だから、と下ろしていた美しい空色の髪も頭の後ろでしっかりと一つに束ねた。

次に、洞窟の入り口付近まで静かに近づき、張り巡らされたトラップを確認する。
(作動した形跡は……ないわね)
確認を終えると今度は一つ一つ慎重に外し、回収していく。貴重な罠だ、無駄には出来ない。
あらかた回収し終えると特に危険性の無い二、三個のトラップを残し、洞窟へと戻る。
今度は隠しておいた麻袋を取り出し、中身の再確認を始める。
少なく見積もって二日間ほどは持つと思われる簡易食料の数々、それに数は少ないが種類は豊富な生活必需品、そして……一冊の本。
これが、自分の当たった『戦略性の』武器らしい。
表紙にでかでかと描かれた題名は

『0歳児でも出来る簡単トラップ講座(悪用するなよ☆)』

……とりあえず一回岩肌に叩き付けたのは秘密。
ただ、読んでみれば意外と役立つのは確かだったりもする。
元々スピリット同士の戦いは相手を見つけたらひたすら力でのゴリ押し対決になるのが普通だ。
故に、言い方は悪いがこういう姑息な方法にはスピリットは基本的に免疫がない。

「戦略的に見たら使えるわよね……」
とりあえず袋に入れなおし、麻袋の口を紐で縛りなおす。
準備は万端、右手には神剣、左手には支給された麻袋、背中には純白のウィングハイロゥ。
完全武装でいつでも戦闘出来るような態勢で洞窟の外へと足を踏み出した。
広がる世界は僅かに翳った夕暮れ時。森たちも徐々に光ある姿から夜の姿へと変わりつつある。
瞬時に戦闘態勢に入ると、ゆっくりと足を踏み出し―――足元でカランカランと乾いた音。
視線を向ければ、危険防止の為に自分で仕掛けた音が鳴るだけの簡単なブービートラップ。
………問答無用で叩き切る、と同時に駆け出した。
照れなのか走り抜ける顔は少し赤い、お茶目なセリアでした。

半日、それは戦闘訓練を受け続けてきたスピリット達に取っては心を落ち着けるには十分な時間だ。
もとより、この闘いを終わらせる方法は示されているのだから。

――――そう、自分以外の全てを倒せ、と――――

セリアが洞窟から駆け出したその瞬間に、もうすでに一組の闘いが始まっていた……。

緩やかに流れる清流の青と涼しさを際立たせるような森の緑、二つの色が規則正しく混同する空間に異質な色が混ざりこんでいる。
―――それは、燃えるような紅だ。
ちょうど、幅2m程度の川を挟んで睨み合うように存在している。
得物から、着ている服、持っている荷物まで鏡に映したように一緒だが、唯一髪の長さだけが違った。
川のこちら側にいるのが短髪赤毛の少女だとすると、向こう岸にいるのは長髪赤毛の少女だ。
両者共に時間が止まったかのように一歩も動かない。
ただ、まだハイロゥを展開していないことから今すぐに戦うというわけではなさそうだ。

「ナ、ナナルゥ……こんなところで会うなんて奇遇ね」

初めに口を開いたのは短髪の少女、ちょっと動揺しているヒミカ嬢。
「……そうですね」答えるナナルゥは相変わらずちょっと暗い。
それっきり会話は続かない。……仕方のないことではあるが。
二人がこの小川に足を運んだ理由は明白だ、ようするに飲み水の確保である。
麻袋には食料は入ってはいたが、飲み水となるようなものは一切入っていなかったのである。
やはり、長期戦となることを想定すれば飲み水の確保は絶対なのであった。

「ね、、ねぇナナルゥ、ここは一旦休戦にして―――」
「お断りします」
チャキ、と自らの神剣『消沈』を捧げる様に水平に構えるナナルゥ。その目は本気だった。
「でもね、ほら、お互い水を汲みに―――」
「関係ありません」
「はぁ」と小さく溜息をつくとこちらは下段、腰だめに構えるヒミカ。
「仲間同士で戦うなんてね……でも、一度貴女とは戦ってみたかったし」
「奇遇……ですね、私もです。レッドスピリットなのに剣を使う貴女と……」
二人は不適に笑いあう。と、ナナルゥがヒミカへと問いかけた。

「一つ、聞いてもいいですか?」
「……何?」怪訝そうな顔で答えるヒミカ。
「どうして、神剣魔法を使わないのですか?」
ギクリッとヒミカの顔が強張る、微妙に引きつって面白い顔に……。
「し……失礼ね、ちゃんと使っているじゃない」
「……そうですね」
「うっ……」若干の呆れを込めた視線にたじろぐヒミカ。
確かに戦闘時に使っていることは使っているが威力が全く伴っていない。
目くらましぐらいにしか用途が無い神剣魔法というのもかなり珍しいとは思う。
「悪かったわね……目くらまし程度の威力で」
「そうですね」あまりに正直すぎるナナルゥにガクリと肩から崩れ落ちる。
「うう……まあ、いいわ。ホントの事だし……私、神剣の声が聞こえづらいのよ」
やがて、諦めたかのようにポツリとヒミカが呟いた。
ただ、それはどこか懺悔をするかのような響きを伴ってナナルゥの耳に届く。
「聞こえづらい?」
「そう……完全に聞こえないわけじゃないんだけど、何を言ってるのか分からないの」

と言っても分からないわよね、と苦笑しながら付け加える。

神剣魔法とはその名の通り、神剣からマナを引き出し、その膨大なマナを具現化させ事象に変化をもたらすのである。
神剣からマナを引き出す性質上、神剣の声、ようするに支配力にも耳を傾けなければ一個師団を丸々葬るような威力など得られない。

「いつからかは忘れたけどね。たぶん、私自身が神剣を怖がって否定していたからだと思うわ」

だが、ヒミカはそれを拒否した。神剣魔法は強力である分、使えば使うほど神剣に呑まれていく。
その、いい例がナナルゥだ。神剣の声が聞こえなくなれば神剣に呑まれる可能性は少なくなるが、神剣魔法すら使うことができなくなる。
ヒミカの場合は神剣から僅かにマナを引き出し、そして自らの内のマナ、周りのマナを混合して使っていたのだ。
だが、それでは到底、敵を葬るなどという威力など得られるはずもなかった。
「………………」
「ほら、貴女は前に神剣に呑まれかけてたじゃない……、私も神剣に頼りすぎるとあんなになるのかな、と思うとどうしようもなくなって。」
それから、神剣魔法を使わないようにしていたら聞こえなくってた、とヒミカは語る。
ナナルゥは聞こえてくる神剣の声に忠実だった、ヒミカは神剣の声に耳を塞いでいただけ。
たったそれだけの違い、それだけの違いが全く正反対の二人のスピリットを生み出した。
「ま、そのお陰で剣技は上達したけど……つまらないこと話ちゃったわね」
「いえ……、良く分かりました。」

お互いに見つめあう、話は終わり、後に残されたのは生き残る為の闘い。

そして、展開される互いのハイロゥ。
一気に場の空気が張り詰め、一触即発の雰囲気を呈してきた。

「じゃあ、ナナルゥ、手加減なしだか―――……え?」

唐突にヒミカの言葉が途切れる。驚愕に見開かれた視線はナナルゥ―――の後ろ。
別に誰かがいたというわけではない、ナナルゥのハイロゥがそこには展開されているだけだ。
先日、ようやく自我に復帰の兆しが見え、今や純白になったナナルゥのハイロゥ。
それ自体はなんら問題はない、問題はないのだが――――

「……折角ですから、お見せしようかと」
昔では考えられない、口の端を吊り上げるだけの小悪魔的な微笑を浮かべ、ナナルゥが呟いた。
そう、そこにあったのは―――大きく翼を広げた純白のウィングハイロゥだった。

「……ウィング……ハイロゥ?」
茫然自失、空気が足りない金魚のように口をパクパク開閉させているヒミカ。
対するナナルゥは完全な無表情、ふわりと一度の羽ばたきで僅かながら宙に浮かぶ。
ヒミカの周囲に展開されたスフィアハイロゥ、ナナルゥの後ろに展開されたウィングハイロゥ。
それは本来、有り得ない光景である。
だが、完全に有り得ないことか、と問われるとそうではない。
もともとハイロゥと言うのは決まった形を持たない、それぞれの色のスピリットに割り振られてようやく形を持つのである。ようするに一は全、全は一である。
そういうわけで訓練さえ積み重ねれば、ブルースピリットがシールドハイロゥを展開したり、レッドスピリットがウィングハイロゥを展開させることが出来るのである。
これは、より神剣との融和が進んだ自我の薄いスピリットほど成功する可能性が高くなる。

―――トンっ、と軽く地面を蹴る音。

「ちょ……っ!」

ようやく頭の整理が追いついたヒミカが声を掛けるが、翼を広げたナナルゥは舞い上がる。
既に十分使いこなしているのか、決して低くはない木々を追い抜き、生い茂る緑の葉の向こう、広がる夕焼けの紅い空へと……。
声を掛けた一瞬、こちらをチラリと見据えた瞳には―――
「追ってこい……ってわけね」
『赤光』を握り締め、チラリと周囲に視線を走らせる。

―――このまま、何もなかったことにして水を汲み、次の戦闘に備えればいい。
―――無駄な戦闘をして消耗する必要は無い。

これが正しい選択だ、正しい選択なのだが……。

「どうにも……プライドが許さないのよね」

地を蹴り、駆けた。一跳びで眼前に広がる小川を飛び越え、竜の胴ほどもある木の幹を蹴りつけ、飛び上がる。
尤も、一蹴りで到底、空まで届くはずが無い。そんなに低い木々ではないのだ。
「ふざ―――」メキリと硬い幹に罅割れが奔る。思い切り蹴りつけ、その反動で対角線上にある別の木へ。
「けん―――」体を縮め、バネの要領で思い切り蹴りつけた。元々、大した太さもなかった木のせいか、蹴りつけると同時に致命的な音が響く。
が、それようも早く、まるで舞い上がるように飛び上がる。眼前には無数に張り巡らされた枝々、その向こうに広がる緑の壁。
「じゃ―――」既に体は地上から数十m、計算では後一蹴りでこの緑の空間を抜ける。
最後に体を反転、先程蹴り付けた木の幹にしゃがむように張り付き―――軽く蹴り付けた。
「―――ないわよ!」あっと言う間に迫ってくる緑の壁。

それを冷静な目で見つめ……神剣を振るった。
一振り、二振り、振る度に神剣から纏わりつくような炎が舞う。削られて磨耗していく緑の壁。
削られた欠片は、全て火の粉となり地上へと降り注ぐ。
地上より遥か数十m、緋色の煌きに彩られて舞うように進むその姿はまさに炎の妖精。
が、唐突にそれは終わりを迎える。磨耗し切った緑の壁が大きく穴を開ける。
そのぽっかりと空いた穴へと火の粉を散らせながら潜り抜けていく炎の妖精。

――――その先に広がるのは『彼女』と『彼女』の戦場。

「ナナル――――っ!?」

沈みかけた太陽に焼かれた空、遠くに見えるリクディウス山脈を背に緋色の影が浮かんでいた。
大きく広げた純白の翼、突き出された左手を基点に『彼女』の前方に何重と重なって浮かび上がる幾何学文様。
背筋に悪寒が走り抜ける、それは美しくも恐ろしい魔方陣……。


――――――アポカリプス――――――


無表情に影は確かにそう呟いた。

まずい、と思う時間も、防御体制を取る時間すらもなかった。
それは一瞬の出来事、浮かびあがった魔方陣が一瞬膨張するのと同時に天から降り注ぐ一筋の紅い閃光。
それは寸分違わず、ヒミカの体を飲み込み、そのまま地面へと吸い込まれるように落ちてゆく。
「―――――――」一拍遅れて響く爆発音。
それを無表情で見つめるナナルゥ。一切を消滅させ、大地には半球体状の黒い穴。
手加減は一切なし、人間の軍隊なら一個師団丸々葬れる威力だ。

「…………私の勝ち、ですか」

もう一度、辺りを確認。動くものは―――なし。神剣の気配も感じられない。
小さく息を吐き出すと、軽く左手を握ったり開いたり。指先が僅かに震えている。
……体力の消費も激しいが、精神の消費がもっとも激しい。
背中に広げたウィングハイロゥ、これを維持するのだけでもかなりの意志の力を使う。
それに併用して特大級の神剣魔法、一度堕ちた身としては神剣から流れてくる囁きは甘く、甘美なものであった。

それこそもう一度身を任せたくなるような―――。

ゾクリ、と背筋に震えが奔る。絶頂を迎えるかのような震え、破壊という名の媚薬。
息は荒く、唇を舐める舌は艶かしく、瞳は妖しい光を放っていた。

もう一度、もう一度あの感覚を……。
知らず知らずのうちに口は式を紡ぎ、左手からは幾何学文様の魔方陣。
理性は先程から警告を出しているが、どうにも頭が働かない。
式が終わり、最早、自分のものではない口が言葉を呟く。

「ふふ……人がゴミのようだ……」

空が煌き、一筋の閃光が森へと吸い込まれる。
ム○カ様のご光臨であった……。

さて、少しだけ時間を遡り、洞窟から駆け出したセリアはというと……。

「こら、ヘリオン!逃げないの!」

――――ドタバタ、ドタバタ。
森の真っ只中、小屋と言うにはオンボロで、廃墟と言うには小奇麗な小さな家屋から慌てた声と暴れる音が聞こえてくる。

――――ドタバタ、ドタバタ……ドテッ。

窓から覗いてみれば鼻を抑えて涙目になっている『失望』のヘリオンと、その上に覆いかぶさっている『熱病』のセリア……ちょっと目が妖しい。

「はう……痛いです~」ぽよぽよと頭の上で二括りにされた髪が揺れる。
「逃げるからでしょ……まったく」セリアが小さく溜息をつく。
ヘリオンの体がピクリと震えた。ちょうど吐いた息が耳に当たったせいだ。
「そ……そりゃ、逃げますよ~!今は、敵同士なんですからね!」
「確かにそうね――――って、こら暴れないの!」
ドタバタドタバタ、なんとか拘束を振りほどいて逃げようとするヘリオン。

「――――ふあんっ!」

と、唐突に甘い声と共にヘリオンの体が震えた。
見れば、ヘリオンの耳たぶを甘噛みしているセリアの姿が……。

「ちょ……ン……何するんですか!セリアさん!」

自分の口から漏れた艶かしい声に顔を真っ赤に染めながらも抗議の声を上げるヘリオン。


「さあ、ね……それより、ヘリオン……貴女―――」
肝心のセリアはどこ吹く風、チラリと視線を足元に向ける。
そこには先程こけた際に捲れ上がったスカートと丸見えになった―――

「―――いつから黒にしたの……?」

ボッ、と音すら立ちそうな勢いでヘリオンの顔がさらに真っ赤に染まる。
その隙にするりと手を足の方に潜り込ませる。

すべすべした肌にこれまたすべすべした艶のある材質、案外白より黒の方が……。

「って、ちょ……何触ってるんですかぁー!」
またも暴れ始めるヘリオン、羞恥の為か最早全身真っ赤っか。
「貴女、確かいつも白だったと思ったけど……ほら、理由を言わないと――――」
「ふあ……ちょ……言います!言いますから!」
労わるように太ももを撫でていたセリアの手が足の付け根に向かいそうになるのを必死で押しとどめるヘリオン嬢。
ようやく、止まった手に安心からか大きく溜息をつく。
「はう~……セリアさん……女の子同士なんですよ?」
ジト目で訴えてみるが「ええ、それが?」と簡単に返されてしまった。
気力をなくし突っ伏したヘリオン、とその一瞬出来た隙に素早くヘリオンの上着を捲り上げる。
「え―――きゃっ!」可愛い悲鳴が聞こえた頃には既に白い素肌、小振りな胸とそれを覆う黒の下着が外気に晒されていた。

「下も黒だと……やっぱり上も黒なのね……」確認するようなセリアの声。

最早諦めたのか「……ひどいです」とヘリオンは一言呟くとがっくりと項垂れた。

「で……これが、貴女の袋に入ってた戦略性の武器ってことね」

ガバッ!と驚いたように顔を上げるヘリオン、実際に驚いているが。
「なっななな」二の句が告げなくなっているヘリオンに対してセリアは呆れ顔だ。
「なんで……って、そりゃ分かるわよ。大方、水辺で足を滑らせて落ちたんでしょ?
 貴女の服生乾きだからね。さすがに濡れたままの下着を履く気にはなれなかったから代わりを探していたら袋の中にこれがあった。」

そんなところでしょ、セリアの推理は驚き顔でコクコクと頷くヘリオンが肯定していた。

確かにまあ、戦略性の武器だろう。女性ばかりの戦いでなければ……。
「はぁ……ただの悪戯で済まそうかと思ったんだけど」一人例外っぽいのを除いて。
「え……ええ!?」何が何やら分からず慌てるヘリオン、それを舌なめずりして見つめるセリア。

「貴女が……悪いんだからね?」

今、まさに禁断の花園が展開されようとしたその瞬間、紅の閃光が辺りを包みこむ。
音もなければ熱さもない、が絶望的な危機感が身体を支配する。
このまま、ここにいてはいけない。そう、今まで自分を支えてきた勘が告げている。
「―――――っ!」
咄嗟に野外に飛び出し、地面を転がる。美しい青い髪が宙に散らばる。
閃光に一拍遅れてきた爆音と衝撃波にオンボロだった小屋はあっという間に瓦礫の山になった。


「っ!危ないわね……一体誰―――あっ」

慌てて小屋に視線を向ける、そこにはただの瓦礫の山があるだけ。
ちょっと辺りを見回してみる。姿は無い、目立ちそうなツインテールもない。
ということは……「ヘリオンっ!?」急いで小屋に駆け寄ると瓦礫をどけ始める。
ほどなくして瓦礫の下から見覚えのあるツインテールが出土する。
ほっと溜息をつくとそれを掴んで一気に引き抜いた。……扱いが雑です。
陶器のように白い肌、もう片方のツインテールも続いて出土する。
「うきゅ~」目を廻してすっかり気絶しているヘリオン、微妙に半裸のままで。
そっとヘリオンを地面に横たえると服を直そう―――として辞めた。

このまま転送されるのも面白いかもしれない、悪魔の微笑を浮かべるセリア。

徐々に金色の霧へと変わっていくヘリオン。やがて、最後の一粒が虚空へと弾けた。

「さて――――」

屈んでいた腰をあげるとじっと空を見上げた。
冷たい、絶対零度の瞳が見つめる先には夕暮れの空に浮かぶ緋色の影。

「邪魔をされたお詫び……させてもらおうかしら」

氷の女王と灼熱の妖精、果たして勝利の女神はどちらに微笑むのやら……。
それは、神のみぞ知ると言った所か。

                             【残り10人?】
Chapter.4 End