―――弾かれ合う二人を止める術はない―――
紅蓮の火の粉を背に舞い踊る緋の影、一撃一撃に『必殺』を込めて吼える青の影。
左手を突き出し、緋の影が呟く……この世界に漏れる絶対的な破壊の呪詞。
浮かぶ幾何学な炎の魔方陣、だがそれよりも先に青の影が冷たく呟いた。
一瞬にして下がる辺りの気温、まるで物質の振動を全て止めてしまうような絶対零度の呪詞。
―――本来なら実体を持たないはずの魔方陣が白く濁り、虚空に弾けた。
だが、両者の顔には何も浮かんでいない。
……当然だろう、止めて当たり前、止められて当たり前のことをしただけだ。
緋の影が軽く左手を払い、腕に白くこびり付いた霜を落とす。
ただ、冷たくそれを見つめる青の影。
溶けて水滴になった霜が重量に従い、眼下の地上へと落下を始める。
最早、二人の周囲は完全に世界から切り離され、さながら二人だけの戦場。
やがて、緋の影が双頭の神剣を前面に押し出すように構えると、それにあわせるように青の影も正眼に構えた。
……始まりの合図は他愛のないことで事足りる。
そう、それは例えば―――たった一滴の水の音でも。
そこから先はコンマ何秒の戦い、誰も……『彼女』達の空間には踏み込めない。
何もない、上下すら曖昧な世界をそこに確かな大地があるかのように……『彼女』達は駆ける。
―――ただ、眼につくのは血のような世界で尚一際輝く緋色の影。
―――ただ、眼につくのは血のような世界で尚一際異質な青の影。
何度かのぶつかりの中、徐々に自分が疲弊していくのがわかった。
一撃一撃が速く―――重い。
辛うじて、防いでいるが剣戟を続けるたびに神剣を取り落としそうになる。
目の前でロイヤルブルーの髪が舞い、それを追うように銀光が走り抜ける。
……舞踏会のように華やかでなく、けれど美しく舞うような剣戟に終わりはない。
甲高い金属音、神剣が噛み合い火花が散る。そんな中で互いの視線が絡み合う。
両者の瞳の奥で燻ぶる戦いへの歓喜、勝つことへの執念……。
ただ此の時を―――身を削り、精神を磨耗する―――この甘美な戦いの時を楽しみたい。
ギンッ!!と一際高い金属音が響いた―――華麗な舞はそこで終わる。
ついに度重なる連撃を受けきれなくなった手から神剣が弾き飛ばされ、
無表情で無防備な姿を晒しているであろうこの身に『必殺』の斬撃が襲い掛かる。
煌く一筋の銀光―――突き出された剣の道筋はその程度にしか見えなかった。
疾い、ただそう思った。
……元々、神剣魔法一筋で来て剣の腕はからきし駄目だったのだ。
それなのに接近戦で『剣』の妖精に敵うはずはなかった、この一撃で自分は脱落だろう。
……迫り来る煌きを見つめて、そう思った。
けれど、本能は否定した―――『こんなところで……終われない』、と。
ぞくり、と背筋を熱いものが駆け上がる感覚。
後の行動は、そのまま自分の体を突き動かそうとする力に従えばよかった。
ふっ、と世界がゆっくりと動き始める。突き出された剣は寸分違わず無防備な腹部へと。
口は破壊の呪詞を紡ぎ始める、紡ぎ終わるのが先か、腹部が切り裂かれるのが先か。
剣の切っ先が赤の戦闘服に触れる―――まだ終わらない。
切っ先は厚く編みこまれた戦闘服を易々と切り裂き、皮膚に赤い雫を浮かびあがらせ―――もう少し。
さらに切っ先が皮膚に潜り込み、鈍い痛みが鋭い痛みに変わりかけた時―――呪詞は終わる。
左手を基点に浮かび上がる小さな炎の魔方陣。
僅かに笑みを浮かべつつ、緋の影はなんの躊躇いもなく『それ』を"自分の胸に当てた"。
「……やるわね、ナナルゥ」
過ぎ去る爆風を一身に受けながらポツリと青の影―――氷の女王、セリアが呟く。
鼻につく肉の焦げる嫌な臭い、視界を埋め尽くす僅かに炎の残滓が混ざった黒煙。
……これでは追い討ちをかけることもできない。
刺突の構えを解くと、スッといまだ黒煙のなかに留まり続けていた神剣を手元に引き寄せた。
手応えはなかった―――それを証明するように煙の中から現れた『熱病』の切っ先には僅かな血糊が付着しているだけである。
それに多少の不快感を覚えつつ、血糊を袖で拭いとる。
……もう一度神剣を確認する、僅かに青みを帯びた刀身がキラリと鋭利な光を返して来る。
煙が晴れるまでの僅かな時間、セリアは神剣を構えるでもなくただ待った。
やがて、夜の冷たさを含んだ風が黒煙を吹き流してゆく―――。
やや、暗い青が混ざった緋色の空。
死人のような半透明な白い月が僅かに顔を覗かせている。
上空を吹き荒ぶ風は冬の到来を告げるかのように冷たく、厳しい。
―――そんな中、『彼女』は満身創痍で立っていた。
セリアから単純距離で50フィートほど、所々煤けて破れた戦闘服に、その隙間から僅かに覗く白い素肌には
無数の切り傷や軽い火傷の跡、とくに戦闘服胸部の焦げ跡はひどく、炭化しているような状態だった。
……当然だろう、いくら逃れる為とは言え、神剣魔法を自分に当てその爆風と反動で距離を取るなんていう無茶な戦法を取れば。
ただ、瞬時にあそこまでの判断が出来たのは賞賛に値する。
普通なら何ら対処するヒマもなく串刺しになっているところだ。
それなのに一瞬で詠唱を……と、ここでふと疑問が沸いてくる。
神剣魔法の詠唱が速すぎるのではないのか、と。
確かに速効性の神剣魔法もあることはあるが、普通どんな神剣魔法でも一秒も掛からず詠唱が終わるなどということは有り得ない。
なのに先程は―――ここで、初めてセリアは気付いた。
いや、正確にはさっきナナルゥの姿を視界に納めた時からどこかしらの違和感を感じていた。
それは、そのボロボロの姿でもいつの間にかナナルゥの手に納まっている『消沈』でもなく……
――――彼女の背中に浮かぶ、漆黒のウィングハイロウだった――――
ふっ、とセリアが口元に淡い笑みを浮かべる。
それはどこか恋焦がれる乙女が待ち人を見つけたような笑み……。
ナナルゥが初めて動く。
その能面のような顔を上げ、その満身創痍の身体を動かし、けれど瞳には意志の光を込めて。
そっとナナルゥの左手が右手に構えられた『消沈』の刃の上を滑るように撫でる。
と、ナナルゥの手が触れた跡をなぞる様にして幾何学文様が淡い光と共に浮かび上がる。
やがて、刀身全体が幾何学文様で埋め尽くされるように光る……それと時を同じくして刀身から吹き上がる炎。
――――
刀身に絡みつくように蠢く、大気すら歪ませる高温の炎。
自分の身すら焼き尽くしかねない炎に、けれどナナルゥは微かに笑っていた。
……『裏ナナルゥ』完全覚醒。もう誰にも止められない。
あちらが炎剣だとすれば、さしずめこちらは氷剣。
いつの間にやらセリアの手元、『熱病』には薄っすらと氷の膜が張っている。
切り裂くような冷たさ、白く濁った冷気が絶えず、刃から漏れ出している。
それを掻き消すように、ヒュンッ!と一振り、何者も凍てつかせる刃に大気が甲高い悲鳴をあげた。
―――ほぼ同時に、倒すべき相手に向けられた互いの切っ先。
―――炎に彩られた紅蓮の堕天使、氷に閉ざされし氷結の天使。
沈みゆく夕日、浮かび上がる星が照明代わり。
……舞踏会の夜の部が静かに幕を開ける。
そんな危険な舞踏会が始まろうとしている、その足元……ナナルゥが穿った黒いクレーターの中心に一本の腕が生えていた。
所々埃や土やらで小汚くなった細い腕、まるで天を求めるかのように地面から突き出すように生えている。
と、ピクリとその指先が蠢いた。
虚空を二、三回掴むように掻いた後、なんとなく場所感覚が分かったのか地面をガシっと掴む。
僅かに血管が浮き出てピクピクと痙攣しているのは余程力が入っている証拠だろう。
地面に埋まっている本体を引き上げるように必死で足掻く細い腕、ちょっと本体は酸欠気味なのかもしれない。
やがて、地面を掻いていた腕がピタリと動きを止める。
そして、地中から僅かに漏れ出す式……動きを止めた腕を基点に幾何学文様の魔方陣が浮かび上がった。
その後は実に簡単、魔方陣から炎が漏れ出す前にそれを地面に叩きつける。
―――このクレーターが出来た時に比べれば小さな爆音が響いた。
「けほっ……ゲホッゴホッ……」
濛々と上がる土煙の中、咳き込む声が聞こえる。
……ちょっと酸欠気味で必死で息をしたら土煙を吸い込んでしまったのだろう。
やがて、新鮮な空気を求めて未だに辺りを包んでいる土煙の中から
ふらふらとリビングデッドしたてのゾンビのように彷徨い出てきたのは……『赤光』のヒミカ嬢であった。
「ゲホッゲホッ……すーはーすーはーすーはー」
ようやく新鮮な空気にたどり着き深呼吸を繰り返す、余程死に掛けだったのだろう。
必死で呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いたのかその場に大の字で倒れ付した。
「あー……死ぬかと思った……」
至極、まともな意見だった。ていうか、普通は死んでる。
ナナルゥのム○カ様級神剣魔法を諸に受けて生きていられるのが不思議だった。
もしかして、ナ○シカ級じゃなかったから助かったのか……そんなわけはない。
と、ふと何かに思い当たったのか徐に煤けた戦闘服のポケットを探り始める。
煤やら、土やら、埃やら、爆風を諸に食らったやらでボロボロの戦闘服。
と、そんな中で何かを探り当てたのかポケットの中から握り締めた拳を引き出してくる。
―――そっと開いた拳の中には徐々に砂へと変わりつつある緑色の小さな結晶。
「はぁ……もう使っちゃうことになるとはねー……」
落胆した様子でがっくりと項垂れるヒミカ。
やがて、ヒミカの掌の中で完全に砂になり、風に流されていく結晶。
それは、ヒミカの袋の中に入っていた『戦略性』の武器……つまりはマナ結晶であった。
ようするに……先程のナナルゥの神剣魔法はこれが身代わりになってくれたらしい。
もったいなくはあるが、なければリタイアだったのだから仕方ないといえば仕方ない。
「はぁ」と、もう一度軽く溜息をつくと両手で土ぼこりなどを払いつつ立ち上がる。
――――頭上で鳴り響く爆発音。
先程寝転んだ時に気付いた、上空で戦う二つの影に。
いつまでもこんな見晴らしのいい場所にいると余計な巻き添えを食いかねない。
というわけで、さっさと退散しようとするヒミカ嬢―――と、ここでさらに気付いた。
右手……スカスカ、左手……スカスカ、周り……焼け野原。
「!?」
慌てて辺りを見回す、が何もない。自分の埋まっていた所……やっぱり何もない。
ということは、このだだっ広いクレーターのどこかに埋まっているということになる。
そのことに気付いた瞬間、本気でがっくりと項垂れるしかないヒミカ嬢。
かくして、愛しの神剣『赤光』を探して発掘の旅が始まったのであった……。(何
空はまだ夕焼け色が濃く残っているが一度森に足を踏み入れればそこは既に夜の世界。
鬱蒼と生い茂る木々が光を隠し、僅かにキノコ類や鱗類が光を放っている程度だ。
そんな森の一角に白い霧が発生していた。まるで迷い込むものを待っているように……。
「………うぅー、寒いよー怖いよー」
と、その霧の中から少し舌足らずな声が聞こえてきた。
……どうやら既に霧は獲物を捕らえていたようだ。
一寸先も見えないような白い霧の中でちょこちょこと揺れる二本に括られた赤い髪。
自分の身長以上の巨大な双剣を抱きかかえるように構え、一対のスフィアハイロゥ(通称:ぴぃたん)を
お供に覚束無い足取りで歩いていくのは『理念』のオルファリルである。
いくらスピリットと言ってもまだまだ子供、一人で夜闇に放たれれば怖いもの。
視界はすっかり閉ざされて、加えて今は戦闘中、いつ襲われるともしれない状況。
『理念』は辺りに神剣の気配はないと伝えているが、それだって本当かどうかも分からない。
何より……「キャッ!」――――暗いとよく転ぶ。
「うぅぅ……」顔から地面に突っ込んだオルファから漏れる怨嗟の声。
ガバッと泥だらけの顔をあげる、明らかにぷんすかぷんすか怒っていた。
「む~~~!もういいもん!『理念』、焼き払っちゃえ!」
……もはや、何もいうまい。
オルファの叫びに応じて『理念』を中心に特大の魔方陣が浮かび上がる。
幾何学文様に光が走る度に神剣から僅かな炎が漏れた。
―――もしも、この時誰かが傍にいたならばこう言っただろう。
―――「この霧……粉っぽくない?」と。
薙ぎ倒された木々、まだ所々で掌ほどの小さな炎が燻っている。
放射円状に薙ぎ倒された木々の中心、焼け焦げてボロ雑巾のようにオルファが転がっていた。
すっかり眼を回して気絶状態、頭はパパイヤ○木もびっくりなアフロヘヤーに……。
―――気絶状態を感知したのか、オルファの首輪が淡く反応する。
金色のマナの霧となって転送されていくオルファ……しばらくはいじられるだろう、頭。
そんな中でオルファの傍らに転がった『理念』はその双剣の中心近くにポツンとある一つの瞳で見ていた。
薙ぎ倒されずに残った大木の上、緑の葉が生い茂るその太い枝に一人の妖精が立っているのを。
その時、『理念』は思った……この位置からだとスカートの中身が見える、と。
やがて、完全にマナの霧となり転送される段階になると『理念』の意志は途絶えた。
それを見続けていた一対の瞳。
やがて、オルファの姿が完全に消えると静かに地上へと降り立った。
大地色の短い髪に、草木色のエプロンドレス、グリーンスピリット特有の刃の広い槍、そして展開されたシールドハイロゥ。
「………………」
普段ならば、オルファの心配などをする彼女も今は鉄面皮。
何故なら今の『彼女』は―――我らがヒーロー!キッチンファイター!!
座右の銘は「料理は愛情」。
彼女にとっては今現在このリュケイレムの森全てが調理場……。
調理場である限り『彼女』は無敵、食材がコックに勝つ道理はないのだから。
くるりと身体を反転させると歩き始める『彼女』……そう、次の食材を探して。
次はどう料理しようか、と考えながら……。
そんな危険な戦士が徘徊している中、各地で続々と戦闘が始まりつつあった……。
向かい合う黒と黒の妖精。
互いに、たまたま偶然出会ってしまったのか多少の動揺が現れているようだ。
それでも、しっかりと両者が戦う構えを見せているのはさすがというかなんというか。
「……本当は皆さんと戦いたくはないのですけど」
少々くぐもった声をあげる片方の黒。
ロシアンブルーの髪の毛をデザインの整ったヘッドギアで、黒の覆面で顔を隠し、
僅かに瞳だけが露出したその姿、内面の腹ぐr(中略)が如実に顕れているような『月光』のファーレーンだ。
「それは手前とて同じ……共に過ごした仲間にどうして刃を向けることが出来ましょうか」
答えるもう一人の黒。
セルリアンブルーのロングヘアを首元辺りで一括りに、身体を包むのはピッタリとしたレオタードのような黒の戦闘服、
腰には下半身以下を包むような長いマント、最近寝返ったばかりなのにいきなり仲間発言している不思議妖精の『冥加』のウルカであった。
なんとも、消極的な二人の発言……けれど、戦う意志がないというわけでもない。
ただ、二人とも割り切れるものが欲しいだけだ。
と、いうわけで必然的に――――
「でも、訓練ですから」「しかし、訓練となれば仕方ありませぬ」
ほとんど同時に被る言葉、それが戦いの引き金。
展開される純白のウィングハイロゥ、大気が荒れ狂う。
掻き乱される髪を気にも留めずウルカが―――跳んだ。
姿勢は低く、右手は刀を握り締め、ほとんど地面と平行に滑るように駆ける。
常人には視認することさえ不可能な速さ、大陸最強のスピリットの名に違いはなかった。
対するファーレーンには、全くといって動きがない。
刀に右手を添えたまま、目を細め見透かすような瞳でこちらを見ているのみ。
……克ち合う視線の中で、不思議な違和感を感じる。
――――そう、何かが足りないような――――
それに気付いた瞬間、大地に踵を打ちつけ無理矢理後方へと跳んだ。
ほぼ同時に目の前を上から下へと通過する鋭利な光、それは広がるマントの裾を浅く切り裂き、地面へと突き刺さった。
背筋に悪寒が走り抜ける―――まだ終わっていない。
ほとんど直感的に鯉口切る。放たれた神速の居合い、白刃の一閃は、降り立った人影に吸い込まれるようにして流れていく。
硬い手応え、僅かに動揺する気配、それだけを認識すると手が痺れるより早く刀は鞘へと納まっていた。
ズザザザッと地面を削るように僅かに離れた場所に接地、すぐにハイロゥを駆使し力のベクトルを捻じ曲げ、横合いへと飛ぶ。が、思ったような襲撃はなかった。
ファーレーンとウルカの間に割り込むように降り立った襲撃者は、地面へと突き刺さった神剣を静かに引き抜くと、刀身を手で支えるように構えた。
「…………………」
耳の後ろ辺りで二つに括られた緑色の髪、やや吊り眼なキツイ瞳、ファーレーンと切って考えるのは不可能な『曙光』のニムントールであった。
「……油断しました、ニムントール殿を忘れていたとは」
忘れていたとは言え、全く気配を感じなかった。
―――もしも、気付くのが一歩でも遅れていたら……。
「お姉ちゃんには……指一本触れさせない」
チャキリ、と構えていた槍の穂先を突き出すようにこちらに向ける。
その顔に浮かぶの歴然とした決意……まさに『姉のためなら死ねる』。
そんなニムの後ろで、ファーレーンは僅かに細めた瞳で場を静観していた……。
―――守りの戦いと攻めの戦い、二人を例えるならばそんな戦いだろう。
僅かな空間の中で二人の妖精がぶつかり合い、戦いは加速していく。
一足跳び一気に間合いを詰めたウルカの鞘から放たれる白い閃光、空気を切り裂き、太刀筋は視認さえも不可能。
それを、まるで先読みでもしていたかのようにニムのシールドハイロゥが弾き返していく。
ただ一回の鯉口を切る音と共に、都合六つの刃跡がシールドハイロゥに刻まれた。
チン、と刀が鞘に納まった瞬間、ニムの突きが繰り出される。
三連突き、人体の急所を的確に狙う突き。
……それを、顔を横に逸らし、身体を半歩ずらし、最後の刃を鞘で弾くことによって全て捌ききるウルカ。
タッ、と地面を軽く蹴り、後ろに飛ぶことによってそれ以上の追撃を封じる。
間合いを外されたニムも追撃を仕掛けてくることはなかった。
互角とも言える戦い、けれど僅かに勝機にウルカに傾いている。
先程のぶつかり合いで分かったことが一つ、都合六回の居合いは全て防がれたが回数を重ねるごとに僅かずつタイムラグを生じている。
ならば、攻略の答えは簡単―――防ぎきれないほどの斬撃を浴びせかければいい。
「――――参る」
―――駆けた。先程よりも速く、早く、疾く……。
一瞬で縮まる距離、ニムの顔に僅かに動揺が走る。
後はただ―――赴くままに刀を抜けばいい。
連続する大気を切り裂く悲鳴、縦横無尽に煌く白い閃光。
連撃では足りない、まさにマシンガンが放つ連続したマズルフラッシュのような閃光だった。
身体を固定するために地面を穿つように打ち付けられた足、腰溜めの状態から放たれる居合いは常軌を逸していた。
十連撃―――くらいまでは数えていられたが、最早そんな数はどうでもよくなる。
勘、そんな不確かで……頼りないものに頼って防ぐ。
『曙光』で―――シールドハイロゥで―――ただ防ぎ続ける。
右脇腹、左太腿、右側頭部、左足首、腹部、右胸部左手首左側頭部右手首左脇腹左太腿……―――。
白い閃光が『曙光』やシールドハイロゥの上を滑る度に散る青白い火花、手に響く痺れ。
―――じきに防ぎきれなくなるだろう、そうしたらそこで終わりだ。
徐々に出始めた剣戟に対する守りのタイムラグ、守りの間にあわなかった箇所が皮膚一枚切り裂かれ行く。
それでも……それでもただニムは防ぎ続けた。
―――けれど、終わりはあっけない形で訪れる。
剣戟を防ぐことだけにニムを集中し始めたのを見て取ったのかウルカが仕掛けた単純な足払い。
姿勢を低く、地面に手をつき身体を回転させるようにして掛けられた足払いにいとも簡単にバランスを崩すニム。
それは致命的な隙だった。
ウルカの顔に浮かぶ獰猛な笑み、チンッと一度だけ音がした。
それだけで、完全にバランスを崩していたニムの手から『曙光』が弾き飛ばされる。
弾き飛ばされた『曙光』が地面に突き刺さるのと、尻餅をついたニムの喉元に
鋭利な光を放つ『冥加』の切っ先が突きつけられるのは、ほぼ同時だった……。
「勝負……ありです」
厳かにウルカが告げる。
「はぁ……面倒……」
自分に突きつけられた切っ先を見ながらニムが静かに呟いた。
「どうされますか?ファーレ――――」
ウルカの顔に困惑が走る。
それを見て、ニムも辺りを見回し―――困惑顔になった。
今まで戦いに夢中で気付かなかったことに初めて気付いたのだ。
……そう、ファーレーンの姿がなくなっていることに。
「ニムー、ごめんね~!」
と、その当の本人の声がどこからともなく……。
「むっ、ファーレーン殿!?そんなところで何を……」
声をあげたウルカが見上げる先、緑の生い茂(中略)にファーレーンの姿が。
―――何の変哲もないその姿……麻袋を三つ担いでいることを除けば。
「ちょっ!?お姉ちゃん!?それ!」
「え?これ?……左からニムの、私のと……あとウルカさんのだけど」
「そうじゃなくて!」たまにボケてるのか本気なのか分からなくなる姉です……。
よく考えれば簡単なことだ、最初から袋をパクることが目的だったとすれば。
さすが『見かけは純白、頭脳は漆黒、その名は……』なファーレーン。
「えーと……昔から猛者を倒すときには兵糧攻めは基本ですし……というわけでニム!ごめんね!」
言うやいなや脱兎の如く逃走を開始するファーレーン。
それを呆然と見守る二人の妖精、あっという間にファーレーンの姿は見えなくなってしまった。
後に残された二人……とりあえずニムは突きつけられた切っ先をどけて立ち上がる。
「えーと………降参?」
両手を挙げ、首を傾げつつ可愛くいってみるニム。
……振り向いたウルカは瞳を閉じて静かな笑みを浮かべていた。
―――直後、鳩尾に叩き込まれた腹立ち紛れの一発にニムの意識は刈り取られた。
「くすくす…………」
リュケイレムで一際高い大木、そのほぼ頂上に当たる部分に一人の影が立っている。
冷たい夜風に身を躍らせながら影はおかしげに、楽しげに笑う。
遠くから聞こえる剣戟の音、爆音、叫び声、悲鳴を効果音に……。
揺れる黒のエプロンドレス、長いエメラルド色の髪が風に揺れ、片手で身長よりも巨大な槍を軽々と弄びながら辺りを見下ろす。
遥か眼下、影の乗っている大木の根元に倒れ付す二人の青い妖精。
姉妹である彼女達は消えるときも一緒なのか……ほとんど同時に金色のマナの霧へと変わった。
やがて、影のいるところまで上がってきた金色の霧を愛おしそうに見つめる。
―――ただ、ずっと見つめていた。
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