『The Spirit BR』

chapter.6

小鳥が囀り、夜の冷たさを含んだ風が肌を撫ぜる。
長かった夜が明け、戦いに傷ついた森にも朝が訪れた。
けれど、戦いだけはまだ続く―――スピリットバトルロワイヤルの二日目が幕を挙げる。

「ああ……太陽が黄色い」
……どこぞの徹夜明けの受験生のように呟いているのは穴掘り真っ盛りのヒミカ嬢である。
ナナルゥのラピュ○級の神剣魔法で抉られた大地、そこに埋まった愛しの神剣『赤光』を探してほとんど寝ずに徹夜中。
最早グロッキー状態のヒミカ嬢、その頑張り様と言えば最初は綺麗な半球形状のクレーターだったにも関わらず、
今は盛り上げられた土やら掘られた穴やらでもう何がなんだか分からない形になっているほどだ。
「ていうか……こんなもんで掘らすなッ!!」
ガギンッ!と鈍い金属音を立てて地面に叩きつけられた―――園芸用スコップ。
さすがに素手では掘れないと、袋の中を漁っていたら食料品に紛れて出てきた園芸用スコップ。
本気になればこんなものでも2m近くの大穴をほれるんだと関心させてくれる園芸用スコップ。
取っ手には小さな文字で「えすぺりあ用」と書かれたプレミア物の園芸用スコップ。

……けれど、こんなもので一晩粘ったヒミカが一番凄いのかもしれない。

「ふー!ふー!…………はぁ」
急に怒り出したかと思えば次は一気に項垂れる、乙女心はフ・ク・ザ・ツ。
「これだけ掘っても『赤光』は見つからないし……代わりに『変なの』が出てくるし」
ぶつくさぶつくさと文句を垂れるヒミカの後ろにその『変なの』があった。
それは、少々崩れた巨大な楕円形のような形をしており―――
それは、茶褐色の表面に幾筋もの脈動する血管が全体に張り巡らされており―――
それは、所々内部で何かが蠢いているかのように表面が波打っており―――
それは……巨○兵と呼ばれうわなにをするやめくぁswでrftgyふじこlp;
まあ、なんていうか一言で言えば非常に『キモい』物体であった。

「気持ち悪いわね……何かしら一体これ……」
気持ち悪いとか言いながら隅々まで嘗め回すように『キモい』物体を視姦するヒミカ嬢。
薄い皮膚膜の表面を通して僅かに中身が見えるが赤い液体でも詰まっているのか赤と言う色彩しか目に入ってこない。
と、僅かに顔のような輪郭が見えた。
自分と同じほどもある巨大な顔、そしてそこにつけられたパーツのようなただ一色の瞳。
その気味の悪い瞳は確かにこちらを捉えて―――

「……笑ってる?」

ぞくりと悪寒が背筋を走り抜ける。
未知のものを目にした時に感じる根源的な恐怖、それに似たようなものであった。
気のせいだ、と頭を振る。徹夜明けで精神が参っているせいだ、と。
そして、次に見た時には顔らしきものは見えずただ赤だけが広がっていた。
「はぁ……」嫌なもの掘り当てちゃったな感を全体的に出しながら小さく溜息をついた。
ふと、もう一度その『キモい』物体を眺めていた時、気づいた。
ちょうどその天辺、まるで墓標のように天へと向かうように突き刺さった一振りの両剣。
僅かに感じる懐かしい神剣の気配、それは捜し求めていた神剣―――
「―――赤光!!!!!!」
先程みた顔のことなどすっかり忘れ、輝かしい顔で『キモい』物体に足掛け手掛け登っていく。
途中で物体の表面の血管を二、三本引きちぎり、辺りが血に染まるが全く気にしない。
彼女の目に入っているのは徹夜で捜し求めた可愛さ余って憎さ百倍の『赤光』。
そして……ようやく頂上まで辿りつき手にした愛しの神剣。
思わずちょっと抱きしめてみたりもする。
「やっと……やっと見つけた」
まるでかのアーサー王のようにゆっくりと力を込め引き抜いていく。
だが、ここでヒミカは大変なことを忘れていたのである。

卵みたいな物体に突き刺さってる→引き抜く→卵割れてなんか生まれる、という黄金方程式を……。

さてはて、ヒミカがよくわからん地形の上で今世紀最大の喜びと恐怖を味わっている中、
初日には名前すら出てこなかったアセリアはと言えば……

「ラナハナ……食え」
「ンギュルルルルルルーーーー!!」
大きなエヒグゥ(?)と戯れていた。
…………以上、出番終わり。

朝焼けの空は紅いような青白いようなそんな不思議な色合いになる。
不思議とそれは人々を懐かしい気持ちにさせてくれる。
「………寒」
―――妖精にはあまり関係ないようだ。
早朝の森というのは総じて気温が下がる。
おまけに霜やら露やらで湿気も高くなり少し歩いただけでもベトベトになるものだ。
そして体が濡れるということは体温も下がるということでうんぬんかんぬん。
そんな森の中を、ぞわりと鳥肌の浮かんだ肌を掌で擦りながらトボトボと歩く一人の妖精……最近百合属性が定着しつつあるセリア嬢である。

「……誰のせいよ、誰の」
私は知りません。(キッパリ)

一見するといつものセリアではあるが、実際のところは結構ボロボロである。
青の戦闘服は所々破れて素肌が露出しているし、肌にも細かく小さいながらも軽度の火傷が無数にある。
美しい青髪も湿気でベタベタ、肌に張り付いて気持ち悪いことこの上なし。
本来ならどこかで休息を取り、万全の体制にするべきなのだがもう『二日目』なのである。
寝込みを襲われてリタイアなんていうのは洒落にならない、というか情けない。
「ふぁぁ~~~……んっ」
というわけで小さな欠伸を噛み殺し、トボトボと森の中を散策するのでありました。

さて、こうなったのには理由がある。
勿論、裏ナナルゥとの戦いのせいではあるのだが……。
実際のところは、あの戦いはたった一回の激突で決着がついた。
同じ速度、同じ角度、上からか下からかの違いはあったが二つの剣戟は寸分違わず交わった。

水蒸気爆発。

絶対零度の氷、超高温の炎。
こんな二つが交わったら何か起こらないほうがおかしい。
ナナルゥの自爆魔法を越える勢いの爆発が二人の中心、二つの神剣の交わった点から起こり何もかもを吹き飛ばした。
咄嗟に腕でガードしたもののその爆発力は凄まじく、腕に感じた衝撃と数百メートル離れた木に叩きつけられた衝撃とをほぼ同時に感じるほどだった。
当然のことながら同時に吹き飛ばされたナナルゥを見失い、リタイアしたのかしていないのかも分からない。
ただ、咄嗟にガードしたこちらと違い、爆発を諸に受けたナナルゥが無事であるかは疑わしいところではあるものの油断はできないのであった。

さてはて、その爆発を諸に受けたナナルゥではあるが実はピンピンしていた。
勿論、爆発のダメージはあったが地面に叩きつけられたとか木に叩きつけられたとかいうダメージは一切ない。
何故なら―――

「あら~?ナナルゥさんじゃないですか~?」
「……ふぇ?ふぁりふぉん?」

モゴモゴと喋るナナルゥの顔はハリオンの豊かな胸の谷間に埋まっていたからだ。
ようするにぱふぱふ込みのハリオンクッションだね!と近所のトミー君が言ってました。
ぱふぱふ……それは男の夢であり、希望であり、全てである。

爆風で吹き飛ばされたナナルゥはちょうど木の上で舞っていたハリオンに狙ったかのように直撃。
その豊かな胸に顔を埋めながら、そのまま二人で地面へと恋のアバンチュール。
ナナルゥが受けるはずだったダメージは豊かな胸が吸収し、代わりにハリオンに痛恨の一撃。
通常ならば怒り狂って首をへし折るところだが、そこはハリオンお姉さん、慈母のようにそっとナナルゥの顔を抱きしめる。
ますます、その豊かな胸(しつこい)に顔を埋めることになるナナルゥ。

……というか息が出来ない。

「むぐ!?ふぁ、ふぁりふぉん!ひきふぁ!」
「怖かったんですね……もう大丈夫ですから~」
さらにギュッと抱きしめる。天然なのか殺意があるのか分からない。
ますます息が出来なくなりじたばたと暴れるナナルゥ、爆発のショックでか正気に戻ったナナルゥの純白のウィングハイロウも死に掛けの鳥のようにばさばさと羽ばたく。
それでもハリオンの拘束は離れない。ここまで来たら完全に殺意があるだろう。
「あら~?ナナルゥさん」
ようやく何かに気付いたかのように声をあげるハリオン。
胸に埋まって表情は見えないが顔には一縷な希望が浮かんだことだろう。

「いつからウィングハイロゥになさったんですか~?」

所詮は一瞬の希望である。
案外、人というのは希望を失った瞬間、一気に落ちていくものである。
妖精もそれに違わず―――
(あ、お花畑が見える……)
最早、息が出来ない苦しみが快楽に変わりつつ、ゆっくりと落ちていく意識。
「もう~、そんなに暴れたらくすぐったいじゃないですか~」
だって、暴れないと死ぬじゃん!という突っ込みすら出来ないナナルゥ。
完全に落ちる寸前の意識。その中で一瞬ポツリと聞こえたハリオンの呟き。
「これで三人ですね~」
何が?と聞き返す余裕すらなくナナルゥの意識は闇に捕われた。

「はうあ……しつこすぎます~」
泣き言とベソをかきながら駆ける、飛ぶ、翔る。
地面から数メートル、木の枝から枝へと舞うようにして飛び移っていく。
三つの麻袋を担いで相当の重量のはずだがまるで羽のように着地した枝はしならず折れず、軽やかに翔けていく。
その遥か後方、圧倒的な威圧感を放ちながら徐々に距離を詰めてくる黒い影。
こちらはもう、なんていうか木の枝とかいうレベルじゃない。
四肢を巧みに操り、まるで木々全てが平らな地面のように駆けてくる。
時に、幹に張り付いたり、小鳥が乗っただけで折れそうな枝を踏み台にしたり、ぶら下がっている蔓を掴み「ア~アアア~~」とか叫んだり……。
そんな激しい運動をしているのに息遣いに全く乱れが感じられない。

……ええい!連○のM○は化け物か!?

と、思いつつ視認できる距離まで近づいてきた黒の影をチラリと振り返る。
―――、一瞬にして眼を逸らした。
「なんていうのでしょう……えーと、野生化?」
現実逃避で思わず独り言を漏らしたくもなったりします。
あの理知的な姿は面影もなく、瞳は爛々と輝き、涎を口から垂らしながら木々を駆けてくる獣。
黒豹と猿と人間を足して三で割ったらあんな感じになるのではないか、と冷静に考えてみる。
「って、そんな場合じゃないですよね!?」
恐怖のあまり、泣きベソが本泣きに変わり、死に物狂いでスピードをあげる。
けれど、黒の影は悠々と距離を詰めてくる。

逃げる、追う、逃げる、追う、逃げる、追う……。

その構図を何時間も繰り返し、さすがに疲労困憊のファーレーン嬢。
が、チラリと確認するかのように振り返った背後には黒の影の姿はなかった。
「あら……?」立ち止まって辺り見渡し首を傾げる。

ついさっきまでは確かに気配があったのに、今はまるで気配がない。
怯えながら再確認、やはりこれっぽっちも姿は見えないし感じられない。
「……逃げ切った?」
言葉にしてどっと疲れが押し寄せてきたのか安堵の溜息をつくファーレーン。

と、ポタリと一滴の雫が肩に滴った。

ビクリ、と身体を硬直させる。
僅かに粘性のあるそれはポタリ、ポタリと断続的に垂れてくる。
ここがこの木の最上段ではない、まだまだ上には無数の木の枝がある。
「((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」
恐怖による震えが全身を伝わる。
ゆっくりと誘われるように―――上を見た。
そこには――――。

今日一番の断末魔の悲鳴が森中を木霊した。

獣は飢えている。
昨日の夜から何も食べていないのだ。
故に横で地面に横たわり不思議な金色の霧に代わりつつあるものに興味などない。
だが、三つある袋を漁っても出てくるのは食べ方の分からないものや、
三角形の布やら不思議な形をした布やら卍型の刃物やらで食べられそうなものがない。
少し聞いてみようと横を向くが横たわっていたものは最早跡形もなく消えていた。
獣は困った。これでは空腹を満たすことが出来ないと。
が、ここで獣の鋭敏な嗅覚は捕らえた。食べ物の匂いを。
すぐにそれに向かって走り出す、少しでも早く空腹を満たすために。
そこに待ち受ける戦いをも知らずに……。

【残り6人】