寸劇@第二詰所

digression

 翌日、第二詰所の廊下を歩いていた悠人の前からニムントールがやって来た。
「…あ、あの、その…」
「ん? どうした?」
声をかけてきたニムントールの頬は赤く染まっているし、その物言いもらしくない。
「…えっと、その…」
(…なんだか、まるでヘリオンみたいだな)
そんなことを思っていると、階段の方でコンッと音がした。そちらを見ると、ファーレーンが階段の壁から頭だけを出してこちらを見ている。ファーレーンは手を口元へ当てると、それから兜の額の部分へ動かした。そして壁の影に消える。
(…それって、やっぱり、そういうこと、だよなぁ…)
「…だからその……なんでもないわよっ」
そう言って駆け出そうとするニムントールの腕を悠人はとっさにつかんでしまう。
(…あー、引き止めちまった)
「なっ、なによっ!」
「うん…」
振り返ったニムントールの腕を放して頬に手を添え、おでこにキス。
「んなっ!?」
瞬間、呆然。そして、わなわな。それから、ニムントールは外へと駆けて行ってしまった。
「…本当にこれでよかったのか?」
「はい」
ファーレーンが答えて姿を現わす。
「ま、ファーレーンがそう言うならそうなんだろう」
悠人はそう言ってファーレーンの側に歩み寄った。
「あの子には必要なことです。…そう、『その先』のために」
「そっか」
「あ、それから、後で…そうですね…お茶の時間ぐらいに、中庭の木のところへ行ってみて頂けますか?」
「ん? 何かあるのか?」
「はい」
「ん。わかった。それじゃ、さんきゅ、な」
悠人はファーレーンの兜の額に口づけをしてその場を去る。
悠人を見送ったファーレーンは兜を脱ぐと、しばらくその額の部分をみつめていたが、顔を寄せ―――

 中庭の木の根元にニムントールは跪いていた。
「なんなのよ、ニム!? なにやってんのよ!? わかんないわよ!!」
ふらふらと揺れ動き定まらない自分の気持ちと行動に苛立って、喚いて泣いて、ポカポカと木を叩く。
「…うっ…うっ…わかんないわよ…」
やがてそのままくずおれる。
(…お姉ちゃんに見られなくてよかった)

 もうじきお茶の時間という頃、悠人が中庭を訪れると、木の根元に丸くなって眠るニムントールの姿があった。
「…うーん、さすがファーレーン」
思わず呟きが漏れる。
(しかし、自分で来ずに俺をここに寄こしたってことは、俺がやれということか…)
悠人はそっとニムントールを抱き上げると、ニムントールの部屋へ向かった。
「…これでよしっと。じゃ、おやすみ。…って、もう寝てるのに言うのも変だな」
ベッドへ寝かして布団をかけてやってそう言うと、悠人はニムントールの部屋をあとにした。

 それからしばらくして、ニムントールは目を覚ました。
「…ん? あれ? ここ…ニムの部屋? ……ニム、中庭にいたよね?」
ふと、嗅ぎなれない匂いを感じる。別にいやな匂いではない。
「………」
その匂いを最も強く感じる左肩を下にして、枕を肩に寄せた。そして鼻を左肩に寄せる。その匂いを包み込むように…。逃がすまいとするように…。
「…はぁ、起きるの面倒」
そう呟くが、その顔には微笑み―――