安息

Ⅷ-2

「…………なんだ、こいつらは…………」
倒しはしたものの、スピリット達の力は尋常なモノではなかった。
そこにスピリットの意志などはなく、更に剣の意志すらも感じられない。
完全なロボット。先ほどのヨーティアの通信が思い出される。人のやる事じゃないよ…………
「くそっ!!」
思い切り壁に拳を叩きつける。やり場のない怒りが悠人の心を覆っていた。
静かに部屋の奥から声が響く。力強い意志の感じられる、低く太いその声は部屋中に響き渡った。

「やはり来たか。いや……来させられたというべきか。また会ったな。エトランジェ、『求め』のユート。」

クェド・ギンはゆっくりと、しかし静かに語り出した。

 ――――――――――――

巨大なマナ結晶とそれに突き刺さる鎖に絡まれた第四位神剣。
その不気味なオブジェを背にしたままクェド・ギンは語り続ける。
世界を支配する本当の力を。それが神剣の意志なのだと。
そして、それに逆らう為に自ら世界を終わらせるのだと。
熱に浮かされたように語るクェド・ギンに、圧倒された悠人達は一言も挟めなかった。

「わたしたちは生かされているのではない。生きているのだ!」
最後にそう言って手にしたマナ結晶をかざしたクェド・ギンは発した光の中に包まれていった。
そして光が消えた後に立っていたのは…………『禍根』を手にした一人のホワイト・スピリットだった。

あらゆる色が混ざり合って真っ白になった無数のマナ粒子が悠人達に襲い掛かる。
吹雪のように荒れ狂うホワイトスピリットの神剣魔法が悠人達の防御力を削っていった。
「みんな、大丈夫かっ!!」
「はいっ!」
「まだ、なんとか~」
「……やれますっ!」
頼もしい答えとは裏腹に、三人の顔に苦痛が広がっている。
バニッシャーを持たない悠人達は、一瞬でもこの嵐を抑えることが出来ない。
…………もっとも持っていても、結果は同じだった。
戦い当初制止も聞かず飛び出したアセリアが放ったエーテルシンクは逆にあっけなく無効化された。
それでも『存在』を振るったアセリアは疾風のような槍で肩を貫かれ、向こうで気絶している。
「あの」状態のアセリアと『存在』がまったく子供扱いだったのだ。

ホワイトスピリットは所謂全ての属性魔法を使いこなす。
こちらの神剣魔法は全て無効化され、あちらの攻撃は全て強大。
例えばイオが『理想』の力を生まれつき封印されていたという事。
戦闘者としても強力過ぎて封印せざるを得なかったという戦慄すべきその事実を、今悠人達は身をもって知らされていた。
こうしている間にも荒れ狂う吹雪は収まるどころか膨れ上がる一方である。
オーラフォトンをぎりぎりまで展開しながら悠人は必死になって考えた。
間合いに入らなければ攻撃出来ない俺とヒミカは話にならない。
ナナルゥの神剣魔法は問答無用でキャンセルされる。
いつ尽きるともしれない敵の攻撃じゃ、いずれ俺とハリオンのシールドは壊される…………

「きゃっ!!!」
最初に力尽きたのはナナルゥだった。
慣れないながらもスフィアハイロウで防いでいたナナルゥだったがやはり神剣の位の差は大き過ぎた。
殺到する純白のマナに混じる蒼い粒子に『消沈』の力を全て打ち消され、その軽い躯を吹き飛ばされた。
そのままアセリアの横まで弾んで動かなくなる。
「ナナルゥ!!」
思わず駆け出したヒミカがハリオンのシールド外に出てしまう。
ひとたまりもなく嵐に舞い上げられたヒミカはきりもみ状に落ち、地面に叩きつけられた。
「…………ぐっ!!」
「ふたりとも~、大丈夫ですか~?」
場にそぐわないハリオンの声に弱々しく手を上げて応える二人をみて悠人はほっと胸をなでおろした。

永遠とも思える時間のあと、ホワイトスピリットの神剣魔法が突然熄む。
不気味に沈黙する『禍根』を前に、悠人はしかし動けなかった。
『禍根』に流れ込むマナの量が尋常ではないのである。へたに動けばあの嵐が来るに違いない。
結局は時間の問題なのだがアレをあと一回でも食らえば誰も無事ではすまないだろう。
「それにしてもハリオン、余裕だな。」
「あらあら~、ユートさまもお変わりなく~」
緊張を紛らわせようと、悠人は軽口を叩いてみせる。苦笑いをしてハリオンを覗くその額からは汗が噴出していた。
そしてにこにこと答えたハリオンもまた、『大樹』を持つ手に汗を隠せなかった。

――――ホワイトスピリットの神剣魔法が完成する。

近づいてくる臨界。攻めることも守ることも出来ない、絶望的な状況。
八方塞がりで活路が見出せない、一番辛いそんな時に。
当然のように、悠人の背後から心強い親友の声が響いた。

「よう…………、助けは必要か?」

「光陰っ!!」
「ちっとばかし遅くなっちまったな。……あれが大将の成れの果てか…………」
「…………?」
相変わらずの軽い口調でホワイトスピリットを見た光陰の表情が一瞬翳る。
その哀しそうな瞳の訳を、悠人達は知る由もなかった。


「決着は元の世界でつけよう……佳織ちゃんのためにも、今は悠人の面倒をみてやるさ!」
声と共に悠人達の周りに展開される黄緑色の『加護の力』。
『因果』独特のそのオーラフォトンはホワイトスピリットの嵐を力で押し返した。
「ハリオンっ!アセリア達を頼む!行くぞ光陰っ!」
「応っ!!」
隣に光陰がいるだけで、気持ちが落ち着く。
さっきまで感じていた恐怖も絶望も、今はなかった。
あれ程脅威に思えたホワイト・スピリットに立ち向かう気力が湧き出てくる。
安心して後ろを親友に任せた悠人は自らの高まりを『求め』へとシンクロさせていく。
同調がピークになったとき、光陰のトラスケードがホワイトスピリットの神剣魔法を完全に打ち消した。
「今だっ!……悠人、大将を頼むっ!」
「任せとけ!うぉぉぉぉっっ!!!」

一気に間合いを詰めた悠人はオーラフォトンブレイドでホワイトスピリットに斬り付けた。
『求め』が殺到する瞬間にも表情を変えないその瞳に一瞬の哀しみを感じながら。

…………………………

散っていくホワイトスピリットが残した言葉が先程ヨーティアが呟いていたそれと不思議に重なる。
『クェド・ギンを、止めてやってくれ』
『お前たちが勝ったなら……俺の意志を継いでくれ』

暴走の解除を指示するヨーティアの声は、『理想』越しのせいか少しくぐもって聞こえた