安息

Ⅷ-3

感動の再会でじゃれ合う悠人、光陰、今日子をヒミカ達は少し遠くから眺めていた。
既に他の方面に進攻していたラキオス軍も全部隊合流して辺りは人とスピリットでごった返している。
皆戦いの勝利で湧き上がっていた。

今日子のハリセンブラストが炸裂したのをみて慌てたクォーリンが真っ黒こげの光陰に駆け寄る。
「キョ、キョーコさまっ、酷すぎますよぅ!コウインさま、コウインさま?!」
「あらら~、光陰、懐かれてるわね~#」
「お、おいもう止めとけよ今日子、クォーリンも巻き添えになっちまうだろ?」
「……あらゆ~う~?なんでこの娘の名前知ってんの~?」
「うわっ、やぶへびっ!違うんだって、クォーリンとはさっきちょっと……なぁ?」
「は、はい、ちょっと…………ですね」
「ピクッ)おほほ~、ちょっと何だっていうのかしら~?……まったくアタシがいない間にアンタ達はぁ~!」
「違っ!がっ!痛いっ!今日子そのハリセンマジで痛いっ!!」
「ふんっ!!」
「ユート殿、お疲れ様でした。」
「パパ~、やったね♪」
「まったく…………ああ、ウルカにオルファ、お陰で何とかなったよ。みんなも無事で本当に良かった。」
「なにっ?オルファっていうのか、この娘。いや~前から気になってt」
「コウイン殿、御免っ!」
「ぐぉっ!!」
「少しは控えられよ……まったく苦労されるな、クォーリン殿も。」
「え?あ、あはは…………」
「え~なになに~?パパぁ、一体どうしたの~?」
「…………さっきから気になってたんだけどさ、悠。『パパ』ってなに?」
「……………………判った、全部まとめて説明するからその首筋に当てた『空虚』を離せ。痺れて痛い。」

楽しそうに話す悠人達。
そんな中になんとなく入り辛くて一歩踏み出せないといった感じのヒミカの脇を、ナナルゥがすたすたと歩き始めた。
「ちょ、ちょっとナナルゥ…………?」
そのままナナルゥは悠人と今日子の剣呑な雰囲気を気にした風もなく、悠人に話しかける。
「ユートさま、お疲れ様です。」
「ああ、ナナルゥ。そっちこそお疲れ、もう大丈夫なのか?」
「はい、もうなんの問題もありません。」
「……ねぇ悠、この娘は?」
「初めましてキョーコさま、レッドスピリット・『消沈』のナナルゥと申します。情熱的です。」
「情?……あ、う、うん。アタシは今日子。悠と同じエトランジェよ。こちらこそよろしく。」
「はい…………あのユートさま、いきなりですが、お願いがあるのですが…………」
「え?珍しいなナナルゥが、っていや別にいいけど。なに?」
「先日調合した新しい薬草をぜひ試したいのですが……ラキオスに戻ったら早速宜しいでしょうか?」
「薬草……?ああ、シャンプーのことか?風呂場で洗ってもらってたの、あれナナルゥの自作だったのか…………あ」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「風~呂~場~?ゆ~~う~~~?」
悠人は口を滑らして余計な事まで説明してしまっていた。
地獄の底から響くような今日子の声に、ギギギと錆びたような音を立ててそちらを見る。
背景に炎を纏って『空虚』を構える今日子の髪の毛は怒りで逆立っていた。
殺される。比喩でもなんでもなくそう覚悟した悠人だったが、ナナルゥの次の一言で九死に一生を得た。
「今日子さまも御一緒にいかがですか?硬い髪によく効くんですよ?」
「えっ?ホントホント?いや~すぐ帯電する髪でさ~、こっちのシャンプーはアタシには適わないし、実は困ってたんだ~。」
「はい、どんな髪でもなめらかさらさらそれでいてしっとり♪にして差し上げる自信があります。」
「っ!なめらかさらさらそれでいてしっとり♪?!いや~ナナルゥってばいい娘ね~、ね、ね?悠?」
「あ、ああ…………」
一瞬にして殺意を霧散させた今日子がナナルゥを抱き締めるのを見て、悠人はほっとしながらも別の意味で戦慄していた。
(あの今日子をあっという間に篭絡してしまうとは……恐るべしナナルゥ…………)

輪に溶け込んでしまったナナルゥを見て、ヒミカはそっと溜息をついていた。
側で傷ついたアセリアを治療していたハリオンがそんなヒミカを見上げながらにこにこ笑う。
「ヒミカさん~、また負けちゃいましたね~。ああいうのを「将を得んとすればまず」というのでしょうか~?」
「……………………」
色々と反論しようとしてやめた。ハリオンには全部知られちゃってるし、
それに今の自分はそんな事じゃもう諦めなくてもいいんだって知っているから…………それにしても。
「……ハリオン、あたし、こんなに臆病だったんだ。心って……凄いね。」
心の弱さに記憶を封じた自分。心の弱さに恋で遅れをとっている自分。
耐え続け、待ち続けたハリオン。自ら克服し、還ってきたナナルゥ。悠人の為に「存在」全てを投げうったアセリア。
…………一番弱かったのは、自分の心だったのだ。
そんなヒミカの心を悟ったかのように、いつの間にか側に立って空を見ていたハリオンが呟く。
「そんなことはありませんよ~。ヒミカさんがいないと私もナナルゥさんももっと強くなれません~。」
「…………ふふっ、そうね……ありがと……ハリオン、あたしもよ。」

ふぅっと息をついて自分も空を見上げる。金色の柱も暗雲も今はない。
突き抜けるような青空が、ヒミカにはとても眩しく感じられた。
そう、まずは第一歩。その一歩が大切だから。

「さて、あたしもユートさまに今度のキャクホンを推敲して貰うようにお願いしてこようかなっ♪」
「がんばってくださいねぇ~」
にっと笑ってヒミカが駆け出してゆく。その背にかけられるハリオンの声援が嬉しかった。

楽しそうなその背中をハリオンはいつものように見送っていた。あの日から始まった、変わらない想いをそっと籠めて。