エターナルとなったナナルゥを加え、戦力を強化し進攻を再開した一行の前に、ロウ・エターナルが立ち塞る。
王冠型永遠神剣『炎帝』を装着したエターナル、業火のントゥシトラ。
非人間型、目玉のエターナル。
「同じ目玉同士、通じるものがあるのではないですか、『夢幻』?」
時深がナナルゥに向かって言う。
「『夢幻』の言葉をそのまま伝えますね。『心外だわ。一にして千の目を持つ観察者と、たった一つの目すら己が欲望にくらんだ愚者とを一緒にしないでよね』だそうです」
「なるほど。結構プライドがあるんですね」
ちょっと意地悪が言いたくなった時深。恋人いない暦1000年オーバー。今も継続中。
ずっと狙ってきた悠人をあっさりととられ、目の前でいちゃつかれているのだから八つ当たりしたくなるその気持ちも解らないでは無い。
だがそれは結果的に自らの墓穴を掘る事になった。
「『千の次元、万の世界を見てたんだから、もちろんあなたの事も見てたわよ』と」
「……え?」
「『エターナル全体を見ても数少ない時を操る存在、加えて複数の神剣に認められた存在ともなればチェックは当然でしょ?
あなたがユートを見て、しょっちゅういやんいやんとツイストしてたのも観てたわよ』と」
「ち……ちょっと『夢幻』さん?」
なぜかさん付け。
「『ストーキングしている人は、まさか自分もストーキングされてるとは思わないものよねぇ。ユートがお風呂に入ってるのを別次元から覗いてきゃーきゃー騒いでたのも観てたわよ』と」
「……時深、そんな事してたのか」
悠人の冷ややかな視線が時深に刺さる。
「『まだまだ、もっともっとあるわよ。他にもね……』」
「うわー!! うわー!! ごめんなさい『夢幻』!! もう言いませんから!! 謝りますから許してください!!」
「『あら、残念』と」
「……ふぅ」
時深は思った。『夢幻』だけは決して敵に回したくない、と。
とはいえ、こんな間の抜けた漫才をしながらも、油断をしないのはさすがエターナルである。
ちりちりとした緊張感が高まる。
燃え盛る炎がントゥシトラの周囲を覆い、その発する熱に雪が融け、空気が陽炎に揺らめく。
「厄介ですね」
「ええ。まともに戦ったらおそらくかなりの長期戦になります」
ントゥシトラの動きから、観察者『夢幻』と一体化したナナルゥ、そして経験あるエターナルである時深は狙いを見て取った。
それは防御主体の戦闘スタイル。
メダリオは油断していたからこそあっさり倒せたが、今回はそうはいかない。防御に回った相手を打ち崩すのは容易では無い。
既に『再生』の暴走までのカウントダウンが始まっている状況下、時間をかけていたら手遅れになる。
今のロウ・エターナル達にとっては、防御こそ最大の攻撃なのだ。
「ここは私達に任せて先に行って下さい」
エスペリアが、アセリア、オルファリル、ウルカと共に前に進み出る。
一刻も時間が惜しい今、方法はこれしか無いのかも知れない。
とはいえ、これが全員で生き残るという目標に繋がるかとなると、かなり危険な賭けになる事も間違い無い。
「……くっ」
「では、私も彼女らに協力し、ここで戦いましょう」
躊躇う悠人達の背後から声がかかった。
声に振り向くと、そこにはマロリガンの戦闘服を着たグリーンスピリットがいた。
「遅くなりましたが、何とか間に合いましたね」
「クォーリンか!?」
光陰が驚きに満ちた声を出す。その隣では今日子も目を丸くしている。
「お久しぶりです。コウイン様。キョウコ様」
落ち着いた佇まい、モデル顔負けの長身、日に焼けた精悍な顔立ち。
彼女こそマロリガンの精鋭にして、大陸三傑に数えられた稲妻のクォーリン。
「どうしてここに!?」
光陰の問いに対し、クォーリンは当然のように答える。
「この戦いはこの世界を賭けたもの。この世界に生きる者全員で戦うのは当然です」
「来たのはお前だけか?」
「他の皆は各街を守っています。幾ら敵を退けても、この世界を破壊されてしまっては勝利の意味も薄れてしまいますから。
それに、自分で言うのもなんですが、マロリガンスピリットの中では私が一番の腕を持っています。
……皆が私をここに送り出してくれました。私で無くば、エターナルとは戦えない、と」
確かに、砂漠のようなマナの少ない場所での戦いに慣れたマロリガンスピリットの中で、今のソーン・リームのようにマナの溢れた場面で思い切り力をぶつけ合う戦いが出来るメンバーは多くない。
そしてその中でほんの僅かでもエターナルにくらいつく事が出来る可能性のあるスピリットといえばクォーリンしかいない。
それが解っているからこそ、他のマロリガンスピリットのメンバー達は、無駄死にして仲間の戦意を削ぐのだけは避けようと、断腸の思いでここに来るのを諦めたのに違いない。
前線に立つだけの実力が自分達に無い事を悔やみながら。
かつて自分の指揮した稲妻部隊の面々を思い浮かべ、光陰はその思いに感謝し、決意を新たにする。
「よし、俺はもうお前達の隊長じゃないが、共に戦ってきた戦友として頼む。クォーリン、ここであの目玉のエターナルを抑えてくれ。だが、絶対に死ぬな」
「了解しました。コウイン様の頼みとあらば、命を賭して」
「だから命は大切にしろと言ってるんだが……」
「……死ぬ気で……いえ、生きる気で精一杯頑張ります」
「よし、頼むぞ!!」
「任せて下さい」
クォーリンは生真面目に答え、ヒュンヒュンと戟型永遠神剣『峻雷』を回転させてウルカの隣に並んだ。
「いつぞやは世話になったわね。まさか共に戦う事になるなんて、夢にも思わなかったけど」
「貴公はあの時の……ならば背を預けるに足るな」
ここに『蒼い牙』、『漆黒の翼』、『深緑の稲妻』、この世界の三傑と呼ばれる妖精が集結した。
そこに仲間内から『ラキオスの秩序の壁』(防御力が非常に高い&実はその内側では何をしているかわかったものではうわなにをするやmr)と呼ばれるエスペリアと、自称『赤い彗星』オルファリルが加わる。
「よし、ここはまかせた! 行こうみんな!!」
悠人が大きな声で指示を飛ばす。
それは自分を奮い立たせる意味もあった。
「グル、アァァァアァァァ!」
「……この世界を……みんなの世界を、私は守る!!」
しばらく走ったところで、次なるエターナルが待ち受けていた。
「メダリオの坊やはやられたみたいだね。ントゥシトラはお仲間に任せてきたか」
待ち受けていたのは不浄の森のミトセマール。
毒々しいオーラを放ちながら佇むその姿は、強さというよりも怖さ、不気味さといった雰囲気を醸し出す。
いずれにせよ、楽な相手でない事は明白である。
「ここは私達に任せてください」
ヒミカが言い、セリアがスピリット隊に指示を出しミトセマールを囲む。
「だが……」
「悠人さん。今は時間がありません。ここは彼女達に任せましょう」
時深が悠人に語りかける。
これしか方法は無いのだと悠人も頭では解っているだろうから、誰かが背を押して感情にケリをつけさせねばならない。
だから、時深は語る。自分も隠し切れない辛そうな表情をしながら。
「ここでもたついていたら、この世界ごと皆消滅します。そうならない為にも、行きましょう」
「……みんな、死ぬなよ。絶対に死ぬなよっ!!」
「無論です。あの時の誓い、忘れてはおりません」
セリアがきっぱりと答え、皆も頷く。
「ナナルゥ!!」
走り出そうとしたナナルゥにかかったのはヒミカの声。
「頑張れ」
酷く抽象的な言葉。しかし具体的な言葉にするには、その一言に込められている想いは大きすぎた。
だからナナルゥも、自分らしい言葉でそれに応えた。
「了解」
「よし、約束した!! じゃあここは任せなさい!!」
にこりと吹っ切れたように笑い、ヒミカは視線をミトセマールに戻した。
ナナルゥも悠人と時深を追って走り出す。そこに迷いは微塵も無かった。
キハノレに入った一行を待ち受けていたのは、第三位永遠神剣『無我』を持つ黒き刃のタキオス。
光陰と今日子が進み出、タキオスに向かい神剣を構える。
「さて、ここは俺達の出番だろうな」
「ひとつ気合入れなきゃね」
「アイツは……恐ろしく強いぞ」
思わず呻きたくなる様な迫力を感じながら、悠人が前に進み出た二人のエトランジェ、かつての無二の友人達に言う。
エターナルの悠人ですら凄まじい威圧感を感じるこの状況で、エターナルで無い二人はどれほどの勇気を振り絞って立っているのだろう。
「これでも一応伝説の戦士と呼ばれたんだ。これくらいしなきゃ名前負けもいいところだろ?」
「そそ。まっかせときなって」
不敵に笑ってみせる光陰と今日子。
悠人が向かってくると思っていたタキオスは、馬鹿にされたと思ったのか顔を歪めた。
「何だお前らは。エターナルでも無い者が俺に敵うと思っているのか? なめるなよ、小虫風情が」
「はっ、小虫で結構。蜂の一刺しだって人は死ぬもんだぜ?」
「蝶の様に舞い、蜂の様に刺す、ってね。華麗な戦い、見せてあげるわよ」
不敵な笑みをそのままに、光陰と今日子がタキオスに応じる。
「……ほう。単なる捨石かと思ったが、なかなか吠える。面白い。ならばやってみるがいい。俺を満足させてみせろ!!」
失望から一転、エトランジェ二人の言葉に、タキオスは確かな意志を認めた。
強さを求めるタキオスが、光陰と今日子を戦うに値する敵と認識した。
黒いオーラフォトンを纏って、『無我』を構える。
ただ立っているだけなのに、恐ろしいほどの力が迸る。
「光陰、今日子、絶対に死ぬなよ」
「あたりまえだろ? 俺達よりも自分達の心配しな。何しろこの世界の命運はユウト達にかかってるんだからな」
「ほら、早く行きなって!!」
それは、以前と変わらぬ声。
悠人に関する記憶が消えてなお、その言葉は悠人に勇気を与える。
光陰と今日子の力強い声に送られて、三人のエターナルは走り出した。
「はあっ!!」
クォーリンが渾身の力で、横薙ぎに『峻雷』を振るう。
大地を強く踏みしめ、震脚の音と共に繰り出される重く鋭い一撃。
地球の中国武術の動きが取り入れられているのは、光陰に教わったからだ。
深緑の稲妻の名を受けるに相応しい破壊力の攻撃が、エターナルとしては薄い部類に入るントゥシトラのオーラフォトンの壁を一文字に切り裂くものの、ントゥシトラの傷口からは灼熱の体液が爆ぜてクォーリンに降りかかる。
「くっ!!」
幾ら防御が薄いとはいえそこはエターナル、全力で無くば破れるバリアでは無い。ゆえに、全力を込めた攻撃の後に降りかかる体液へのガードが間に合わない。
ントゥシトラの体液がジュウジュウと音を立ててクォーリンの体を焼く。
想像出来るだろうか、煮え立つ熱湯を正面から浴びせられる恐怖。浴びせられた後の全身の火傷の痛み。
そしてその熱湯よりも遥かに高温の液体を全身に浴びながら戦う事の比類無き恐ろしさ。
「くぅっ!! アースプライ……」
急ぎ回復しようとするクォーリンに、ントゥシトラの触手が襲い掛かった。
「シュシュ、シュシュシュ……」
「!? しまったッ!!」
身をかわそうとしたクォーリンの左腕に触手が絡みつく。
クォーリンの左腕からぶすぶすと煙が上がり、肉の焼ける臭いがする。
「うああああーーーーーーっ!!」
生きながらに腕を焼かれるあまりの激痛に、抑えきれず絶叫する。
「やぁぁぁぁぁっ!!」
間髪入れずアセリアが、突進の加速をそのままに『存在』を打ち付け触手をクォーリンから引き剥がすが、その部分から更に体液が弾け、二人に降りかかる。
「雲散霧消の太刀!!」
ウルカが『冥加』を振るい、宙を舞う体液すらをも斬り刻み金色のマナに返す。
しかしウルカの全力、神速の剣技をもってしても無数の液体、全てを斬るには及ばない。
「間に合えっ!! ファイアボールッ!!」
間一髪、オルファリルのファイアボールが降り注ぐ灼熱の体液、その残りを吹き飛ばした。
大陸中のスピリット達に恐れられたオルファリルの炎も、ントゥシトラ相手では飲み込まれるだけでまるっきり効果が無い。
だからこういうフォローしか出来ない。
歯痒い。だけれども出来る事しか出来ない。ならばそれを精一杯に、全力を尽くすのみ。
「マナよ、癒しの力となれ!! アースプライヤー!!」
エスペリアの癒しの魔法がクォーリンにかけられ、炭化しかけた左腕が肉を持った左腕に回復再生する。
けれども、完全に回復する前にクォーリンはそれを止めた。
少しでも回復魔法は温存しなければならない。とりあえず動くのに支障が無ければ、この戦闘中は十分。
とはいえ、圧倒的な戦力差にアセリア達の戦力はどんどん削られている。遠からず体力も魔法力も尽きる事は目に見えている。
一方で、ントゥシトラは殆どダメージを負った様にも見えない。
「くそっ!!」
クォーリンが悪態をつく。
左腕は動くとはいえ、あまりに酷い火傷ゆえに痛みすらも感じない。
それ以外にも、全身至る所にントゥシトラの炎による水ぶくれができ、べろりと皮がむけ、じくじくとした痛みが走る。
辺りは既に熱気で満ち、息をする度肺が炙られ、焼け付くような錯覚に襲われる。
「これほど力の差があったなんて……けど、至近距離からのエレメンタルブラストなら或いは……」
「無理だ。冷静になれ」
呟くクォーリンに、ウルカが冷静に諭す。
「生きる事を諦めるな。コウイン殿にもそう言われたであろう」
「でも、このままでは!! 私はコウイン様に受けた恩に報いたい!! コウイン様の為ならこの命も惜しくはないのよ!!」
声を荒げるクォーリンに、静かに、だが強くアセリアが語りかけた。
「諦めてはダメ。諦めは覚悟なんかじゃない。そんなの私は認めない」
それは以前、悠人が佳織に語った言葉。
「アセリアの言う通りです。全員で生きて帰ってこそ心から喜べるのですから。コウイン様の為にもです」
「そーそー」
アセリアも、エスペリアも、オルファリルも、ウルカも、全身大火傷を負っていながら瞳には強い意志を失わない。
共に大陸を統一した頃の悠人の事は覚えていなかったが、どんな絶望的な状況においても諦めないその強さはきっちりとラキオススピリット達の中に根付いていた。
それを見てクォーリンも、見失いかけていた希望を取り戻す。
「……なるほど、ね。ラキオススピリット隊が強い理由が解った気がするわ」
そういえば、と思い出す。
(先程コウイン様は私を戦友と呼んでくれたのではなかったか)
「そうね。死ぬ訳にはいかないか。戦いの道具として受けた命令ならまだしも、友と呼ばれ頼まれたのだから。私も道具としてでは無く、一人の存在としてコウイン様の信頼に報いるべく戦わねばならないわね。……よし、いきましょう!!」
「ん!!」
「承知!!」
「月輪の太刀!!」
抜刀速度を己の極限まで高めたファーレーンの一撃必殺の筈の居合いは、しかし軽くかわされる。
一撃必殺、それ即ち決まらなければ大きな隙が出来るという事。抜刀術は本来見切れない筈の攻撃なのだから、隙は当然でもある。
そのファーレーンの隙を、ヘリオンがカバーする。
「やーーーっ!!」
疾風迅雷の連続突き。無数の閃光にしか見えないそれをも全てミトセマールは軽く見切り、『不浄』を振るう。
「そらっ!!」
「危ないっ!!」
『不浄』の直撃軌道上にいたヘリオンを、体勢を整えたファーレーンが抱えて転がった。
鞭のスピードは、時深や今のナナルゥといった特殊能力者を例外として、目では到底追いきれるものでは無い。
ゆえに相手のモーションから攻撃の軌道を見切るしかなく、必然的に経験の占めるウエイトが大きくなる。
ヘリオンは、単純な身体能力こそファーレーンに肉薄、或いは越えているにしても、戦闘経験の無さは如何ともし難い。
ミトセマールの攻撃が、ヘリオンを庇ったファーレーンの肩に掠り、それだけでファーレーンの肩の肉が裂け、血が飛び散る。
否、そんな生易しい状態では無い。血が飛び散るのでは無く、肉が抉れ飛び散っている。攻撃が掠っただけにも拘らず。
その光景はまるで血と肉の花火。
「ファーレーンさん!!」
かけられたヘリオンの声に応える余裕も無く、ファーレーンが素早く立ち上がる。
血を溢れさすように噴き出し、骨すら砕けた肩の怪我を全く意に介さず逆の腕に『月光』を構える。
二人への追い討ちを狙ったミトセマールに、セリアが突っ込む。
「させないっ!!」
「見え見えだねぇ」
バシイッ!!
他方を狙う攻撃前のモーションから一転、攻撃はセリアを捉え、跳ね飛ばす。
技術とか戦術という言葉が悪い冗談に思えてしまう程に、スピードの桁が違いすぎる。
ミトセマールの攻撃は基本もなっていない本能的な攻撃だから、辛うじて攻撃の軌道が予想出来る。それでも回避しきれない。防御しきれない。
血飛沫と共に宙に舞い上げられたセリアは、ウイングハイロゥを広げて空中で何とか体勢を取り戻す。
致命傷だけは、避けている。
「おあああああーーーっ!!」
ニムントールが叫びながら『曙光』を叩きつける。
それをバックステップで軽く避けるミトセマール。
『曙光』は地面に叩きつけられ、土や雪を撒き散らす。
ニムントールはそのまま棒高跳びの要領で『曙光』を使ってジャンプ。
同時にヒミカが、セリアが、ファーレーンが、ハリオンがミトセマールを囲んだ。
周囲を囲まれ、上空からは重力をのせた一撃が迫る中、ミトセマールは『不浄』を荒々しく躍らせる。
周りを囲んでいた四人は血煙を上げて弾き飛ばされ、ニムントールの空からの攻撃もはね返され、叩き落された。
「そろそろあきらめたらどうなんだい?」
「はぁ……はぁ……あきらめる?」
口元から流れる血の筋を拭いつつ、セリアが立ち上がる。
「あんたが何言ってるのか、これっぽっちも理解出来ないわ」
ヒミカも、ファーレーンも、ハリオンも、ニムントールも立ち上がる。
「神剣が砕けても、両手両足がもがれても、噛み付いてでも戦う。敗北するのは死んだときだけ。
そして、私達は決して死ぬ訳にはいかない。絶対に死なない。二つの事柄を合わせた答えは、もう勝利しか無いでしょう?」
凄絶な戦いは続く。
ヒミカが服を朱に染めて、転がるようにして下がる。
見れば神剣を口に咥え、左腕には引きちぎられた右腕を持っているという凄惨な状態だ。
咥えていた『赤光』を地面に置き、呟く。
「腕の一本分軽くなっても、これだけ差があるとやっぱりマイナスにしかならないわね」
肉というのは意外に重い。
体重が1kg増えたの減ったのと騒ぐ事があるが、実際その1kgは1lペットボトルの水の重量に相当する。当然2kgなら2l。かなりの重量である。
それを鑑み、どうせ短期決戦、ヒミカは腕一本が引きちぎられた事をチャンスに転化しようとしたが、それで追いつけるようになるスピード差でも無く、反映されたのは片腕が無い事によるバランスの悪化だけだった。
「ハリオン、頼む!!」
「了解ですぅ!! アースプライヤー!!」
爆ぜ、飛び出しかけた自らの桃色の内臓を、腹に押し込んで治したばかりのハリオンが、ヒミカに駆け寄り腕を繋ぎ合わせて動かせるように治療する。
「助かった!!」
「では、参りましょう!!」
圧倒的暴力の前に、再び躊躇い無く飛び出すヒミカとハリオン。
それと入れ替わるように今度はセリアとニムントールが弾き飛ばされてくる。
セリアの両腕がずたずたに引き裂かれ、本来ありえない角度に折れ曲がり、捻じくれているのを、ニムントールが血だらけのままで回復させる。
「痛むよ」
「ええ、構わないわ」
治療の為に折れ曲がった腕をまっすぐに伸ばす。仕方が無いとはいえ、骨折した部分を無理矢理動かす事に変わりは無い。
「つっ!!」
セリアが激痛に、整った顔をしかめる。
ニムントールの手に感じられるのは、赤黒く変色した皮膚の下で、骨も肉もぐちゃぐちゃになっている感触。
平和に生きる人間がそれだけで胃の中のものを戻してしまいそうな違和感を両の手の中に包み込み、淡々と作業をするように回復をはかる。
機械の様な冷静さを保ち続ける。全ての思いは神剣に込める。
前回の戦いではハリオン一人に回復の役目が集中してしまった。
それを悔やみ、回復魔法が不得手なニムントールが、連日連夜の修練で会得した回復効果を持つウインドウィスパー。
「あなたの怪我は?」
「問題無い」
「そう」
致命傷を避ければ、手足を引き千切られても、腹を抉られても、そう簡単には死なない。
手術を思い浮かべてみるといい。手足を切断しても、腹を切られても、上手くやってさえいれば死ぬ事は無い。
但し麻酔は無く、代わりに覚悟と気合で激痛を堪えているという違いはあるが。
この段、精神論でどうにかなる実力差では無いが、精神力が無ければ心が折れるを飛び越えて、既に発狂していてもおかしくは無い。
無論それ以前に、精神を集中していなければ、ミトセマールの猛攻から致命傷を回避するなど出来はしないだろうけれども。
そんな二人にヘリオンがおずおずと訊ねた。ヘリオンの後ろにはネリーとシアーもいる。
「お二人は……皆さんは怖くないんですか?」
「何が?」
「何がって、敵のエターナルはあんなに強いのに!! みんな死んじゃうかもしれないのに!! どうして平気なんですか?」
ヘリオンは、目の前の敵の圧倒的強さに、そして背筋を走る死の恐怖に小刻みに震えており、それはネリーもシアーも同じだった。
怖い。
ヘリオンは心底の恐怖を感じていた。
まるで相手の攻撃が捉えられない。捉えたところでガードが間に合わない。ガードしたところでガードごと吹き飛ばされる。
逃れられぬ冥い運命がすぐ背後に口を広げているかのような感覚。足掻いても足掻いても、進む先は決められた死という未来が確定しているような絶望感。
先程とて、ファーレーンが助けてくれなければ、ヘリオンは今頃物言わぬ無数の肉片と化し、マナの霧となっていただろう。
それすら、助けられてはじめて気が付いた事。
ネリーとシアーもまた、ヒミカのスフィアハイロゥが敵の攻撃の軌道を逸らしてくれなければ、ハリオンのシールドハイロゥが守ってくれなければ、もうこの場にいる事はなかった筈。
リアルな死と隣り合わせである事を実感し、その上で平静を保つのは戦いの中に生きてきたスピリットにとっても至難の業だ。
今までにも死にそうな目にあった事はある。けれど、これまでとは状況がまるで違う。敵の力が圧倒的過ぎる。
次の瞬間には、自分でも気付かないまま死んでいるかも知れないという発狂しそうな恐怖の中で、どうして一片の迷いも無くエターナルに立ち向かっていけるのか、ヘリオンは訊ねずにいられなかった。
セリアがそれに静かに答える。
「答えはYESであり、NOでもあるわね。怖いといえば怖い。でも、敵は怖くない。自分が死ぬ事それ自体もそれほど怖くはない。
怖いのは、自分が死んだらみんなが苦しむであろう事と、仲間が死ぬ事。それだけだわ」
セリアの言葉をニムントールが継ぐ。
「この前、ニム達はナナルゥを助けられなかった。結果としてナナルゥは生きてたけど、それは偶然みたいなもの。それで解った。
本当に怖いのは、自分の大切なものが失われる事。
ニムはみんなが好き。この世界が好き。お姉ちゃんが大好き。だから守る為に戦う。怖いから戦う。
戦って、勝ったところにしか道は無いから」
セリアの腕が回復する。
まだ傷は無数にあるが神剣を振るうのには問題は無いと判断。『熱病』を拾い上げ、ぐっと握って握力を確かめる。
「よし!!」
回復を確認した途端、疾駆。セリアがあっという間に戦いに戻る。
「あなた達の大切なものは何?」
最後に一言だけを残し、ニムントールもセリアに続いた。
残されたネリー、シアー、ヘリオンはしばし立ちすくむ。
鮮血で紅に彩られた、先輩達の姿を見る。
絶対的な修羅場をくぐり抜け、なお果敢に困難に立ち向かうその姿は、崇高で美しかった。
セリアとニムントールの言葉を反芻する。
大切なもの? 大切なもの……
ネリーは考える。
(ネリーは、いつもみんなと楽しく笑っていたい!!)
シアーは考える。
(シアーは……みんなとずっと、いつまでも一緒にいたいよ)
ヘリオンは考える。
(私は、これまでの戦いの中でやっと見えてきた未来を……希望を守りたい!!)
三人は力強く頷き合った。
言葉から、姿勢から、三人は先輩達の思いを受け取った。臨界寸前だった敵への恐怖が霧散する。
自分達には守るものがある。その為にはここで絶対に勝つ!! それしかない!! 立ちすくんではいられない!!
ネリー、シアー、ヘリオンは、三人同時に純白のウイングハイロゥを広げ、ミトセマールに向かって飛び出した。
「全く、揃いも揃ってしつこさだけは一級品だね」
「意志があるならば、未来は開ける。必ずね!!」
「はあああぁっ!!」
光陰が『因果』をタキオスに叩きつける。上段から全力で。
ガシィン!!
多くのスピリットやエターナルミニオンを防御の上から叩き潰してきた筈の攻撃は、『無我』に阻まれあっさりと止められる。
まるで木刀で固い石を叩いているかのよう。タキオスはびくともせず、逆に『因果』を持つ光陰の手の方が痺れる。
続く今日子が雷を乗せた刺突。
これに対しては、タキオスは防御の姿勢すらとらない。
攻撃は、タキオスの体を覆う強力な黒いオーラフォトンに完全に阻まれる。
「貧弱だな」
ブゥン!!
呟いたタキオスが、無造作に『無我』を真横に振る。
大して力を込めたとも思えない一撃に、加護の力を使いガードを固めた筈の光陰が地面と平行に吹き飛ばされ、壁にしたたかに打ち付けられた。
「いってぇーーーっ!!」
完全に攻撃を受け止めたにも拘らず、『因果』を持った腕が衝撃で折れてしまっている。
ガードが意味をなさないとは言わない。直撃をくらっていたら一撃であの世行き決定だろうから。
それにしても、と光陰は思う。
(防御には結構自信があったんだが、こいつは本物のバケモンだな。本格的にちとやばいか)
急ぎ傷を回復する。泣き言を言うつもりは微塵も無いが、神剣を持てないのは困る。
「光陰!! 大丈夫!?」
「よそ見をしている暇は無いぞ!!」
「!?」
「今日子ーーっ!!」
ナナルゥが、くん、と鼻を鳴らした。
「『秩序』のテムオリンです」
悠人にも時深にも気付かれない程、完全に気配を消していた法皇テムオリンが呆れたように姿を見せる。
お約束の様に時深との言い合いが勃発しかけたが、そこにナナルゥが割って入る。
「トキミ様、この様な子供の相手をしている場合ではありません」
「こ、子供!? 私が子供ですってぇ!?」
「そうですが、何か?」
「私はあなたなどよりも遥かに長く生きていますのよ!?」
「……とてもそうは見えません」
「私は子供なんかじゃありませんわ!! 訂正しなさい!!」
「子供は皆そう言うのです」
「なっ!! そこまで言いますか!!」
「見た目は子供。頭の中身も子供。それ以外にどこで判断しろと?」
「キーーーッ!! 絶対に許しませんわ!! 細切れにして差し上げます!!」
「癇癪持ちの子供の相手は苦手なのですが……こうなった以上、私が相手をするべきでしょうね」
ナナルゥがすっと進み出る。
「第二位神剣、『秩序』の力を見せて差し上げますわ!!」
テムオリンが荒々しく魔力を込め、ナナルゥ目がけて無数の神剣を飛ばす。
ナナルゥは優雅に魔力を操り、まるでオーケストラの指揮をするかのような動きで、あらゆる方向から襲い来る神剣全てにエネルギー球をぶつけて弾き返す。
「第二位神剣の持ち主とはいえ、このような力の使い方の相手であれば私でも対処できます。ユート様、トキミ様、ここは私に任せて先に……」
ナナルゥが言いかけた時、数体のエターナルミニオンが突如悠人達の目の前に転送され、襲い掛かってきた。
「ちっ!!」
悠人が『聖賢』を一振り、エターナルミニオンを金色の霧に返す。
時深も冷静に舞い、エターナルミニオンを撃退。テムオリンのやり口を理解しているから、動揺は微塵も無い。
ナナルゥも襲いかかる敵の攻撃を飛んで避け、宙からエネルギー球を叩き込み、エターナルミニオンを消し去る。
音も無く地面に降り立ったナナルゥがテムオリンに語りかけた。
「やはり正々堂々と戦うつもりは無いのですか?」
「おほほほほ、誰があなた方弱者如きに。1000年早いですわよ」
「私に卑怯さの勝負で挑むなど、なんて愚かな。やはり『夢幻』が観察したそのままの愚者でしたか。底の浅い……」
ナナルゥがばばばっと素早く印を組む。
「ホワイトミスト」
途端、辺りに濃い乳白色の霧が立ち込める。
伸ばした手の先も見えない濃い霧に包まれ、その場にいる全員の視界が奪われた。
「こしゃくな!! めくらましですか!?」
テムオリンが叫ぶ。
周りには悠人も時深もいた。毒の可能性はおそらく無い。
「この程度で、私をどうにか出来るとでも思っているのですか!?」
テムオリンは『秩序』を振りかざし、突風を起こして一息に霧を吹き飛ばす。
霧が晴れた時、そこに残っていたのは時深ただ一人。悠人とナナルゥの姿は無い。
「他の二人は霧に紛れて先に行ったという訳ですか。ちょこざいな。あなたを倒してすぐに追いついてあげますわ」
「やってみるといいですわ」
にやりと笑い、妙なポーズをびしっときめて時深が構える。
見た事も無い時深の構えにテムオリンは虚をつかれた。
「エネルギー充填120%、発射準備完了!! いきます!!」
__
「,'´r==ミ、
くi イノノハ)))
| l|| ゚ヮ゚ノl| <すーぱーあまてらす光線!!
j l||(つと)===================================
(7i__ノ卯!
く/_|_リ
「……」
虚をつかれてくらったが、それはまるでおもちゃの水鉄砲程度の威力でしかない。
「……時深さん。あなた、私を馬鹿にしておりますの?」
こめかみに血管を浮かべながら訊ねるテムオリン。
AA(ry
撃ち続ける時深。
そこに至ってようやくテムオリンは、この時深がマナで作られた人形である事に気が付いた。
テムオリンのこめかみに浮かんだ血管がぴくぴくと動く。
「この私を完全に無視して進んだというのですか……」
AA(ry
ぺちぺちぺち。
額にあたり続けるすーぱーあまてらす光線なる攻撃がよけいに神経を逆撫でる。
「私が無視されるなどと……この様な屈辱生まれて初めてですわ!! ふざけてますわ!!」
怒りに任せて時深もどきを攻撃するテムオリン。
攻撃を受けた時深もどきは……大爆発した。
ちゅどーーーーーーん!!
それは完全に相手の虚をついた見事な攻撃。
「屈辱……です……わ……」
呪詛の言葉を聞かせる相手もいない。その事すら呪いつつ、テムオリンは消滅した。
法皇テムオリンの、屈辱にまみれた完全なる敗北だった。
その爆発音はテムオリンとの戦いを回避し、既にかなり走った悠人達にまで伝わった。
とんでもない爆発であった事を示す大気の震え。
「ナナルゥ。あなたの仕業ですか?」
時深にナナルゥは頷き返し、つまらなさげに呟いた。
「現実をしっかり見据える事が出来ないから、幻に囚われ自滅する。正面から戦ったのならば、まだ勝機もあったでしょうに」
卑怯ととられかねないこの戦い方は、実際のところナナルゥの正々堂々である事を時深は見抜いていた。
観察者ナナルゥの最大の武器は強力な魔力を利用した神剣魔法では無い。
冷静無比な観察能力、状況把握力。
例えば、打撃防御力の弱い赤スピリットには、高い直接攻撃力を持つ青スピリットが攻撃するし、打撃には強いが魔法に弱い緑スピリットに対しては、赤スピリットの神剣魔法で攻撃するのがセオリーである。
相手に強力な神剣魔法の使い手がいたら正面から堪えるのではなく、青スピリットのバニッシュスキルで打ち消すし、相手に魔法を打ち消す青スピリットがいたら黒スピリットのアンチブルースキルで対応するのは当然である。
戦いとはつまるところ、いかに相手の不利をつき、自分の得意な形に持っていくか、というのが重要なのだ。それが戦術というものである。
相手の戦術に合わせるのは、相手の戦術に合わせる事それ自体が戦術で無い限り、勝利を捨てるに等しい。それは勇敢ではなく無謀といえる。
その点ナナルゥは、相手を自分のペースに巻き込むのが非常に上手い。
相手の弱点を見抜き、自分が動き、相手を動かし、勝負を決める。まるで詰み将棋の如く。
傍目から見れば、全てがナナルゥの掌の上の出来事の様な錯覚すら覚える。
それは相手の性格や戦術、周囲のあらゆる状況を正確に把握していなければ出来ない事。
テムオリンは強い。時深は幾度も戦い、その実力の高さは骨身に沁みている。
ナナルゥ本人の言う様に、正面からぶつかっての戦いでは、『夢幻』の、ナナルゥの勝ち目は薄かっただろう。
それはメダリオに対しても同じく。メダリオの剣技に、ナナルゥが真っ向勝負で対抗出来たとは到底思えない。
だが、ナナルゥは勝った。脆い部分を正確に突いて。
軽くあしらった様にさえ見えるのは、相手がまるっきり実力を発揮出来無かった証左。
その意味で観察者ナナルゥは、性格にムラがある彼らの天敵と言えるかも知れない。
(……もし私が戦うとなったら……)
ヽ)/
∠´ ハ`ゝ
彡//ノハハ〉
ゞ(リ ´ヮ`ノ! < オーラフォトンビ━━━(゚∀゚)━━━ム!!!!!
<´ii Yliンっ======================================
U |.Tii<
<_ノ_jイ_ゝ
などとやられた日には、時深もテムオリンと同じ運命を辿る事は想像に難くない。
(……やはり絶対に『夢幻』と敵にはなりたくないですね)
時深は改めてそう思った。
「はあーーっ……はあーーっ……」
荒々しく息をつくクォーリン。
全身焼け爛れながらも、鋭い眼光は失われない。その射る様な視線の先にあるントゥシトラは、戦闘開始時よりも動きが少なくなり幾分弱っている様に見える。
「ん、もう一度、いく!!」
「承知!!」
「ええ!!」
少しずつではあるが、確実にダメージは与えている。
天秤はほんの僅かながらアセリア達に傾きかけている。
そう、見えた。
そこに微かな油断が生まれた。
戦っているのは高度な知性と圧倒的戦闘力を持つエターナル。
皆気力も体力も疲弊しきっており、視野が狭まってしまうのは決して責められる事では無かったとしても、一瞬の油断すら許されない戦いでのそれは、定められた最悪の解を導く。
「シュル……フシュル……アアア……!!」
三人が飛び出そうとした瞬間、ントゥシトラがぐるんと丸まり炎を纏って突進した。
目標は、エスペリア。
「!?」
エスペリアが回復の要である事を見抜いてのントゥシトラの攻撃だった。
弱っていた? 違う。
決定打を決めるチャンスを虎視眈々と狙っていただけ。ただ一撃で、この戦いの勝敗を決められる事を理解していたから。
どんなスピリットであろうとも致命傷は免れないであろう威力の攻撃。
それを魔法耐性の低い緑スピリットであるエスペリアがまともにくらったら、ひとたまりも無い。攻撃を回避出来るだけのスピードも無い。
アセリアもウルカもクォーリンも、攻撃の態勢に入っていた為にフォローに回るのが遅れた。
狙い澄まされた完璧なタイミングで、業火球と化したントゥシトラがエスペリアに迫る。
エスペリアがやられる事は、ントゥシトラの考察通り、イコールアセリア達の敗北に他ならない。回復役を失うに留まらず、精神的な部分で勝敗が決定づいてしまう。
一瞬でありながら永遠に感じる、絶望の時間。
「だめーーーーっ!!」
その時オルファリルのかざした手に大気中のマナが集中した。
今このソーン・リームの大気には暴走寸前の『再生』の影響により、高濃度のマナが満ちている。
それがオルファリルの手に集中し、瞬く間に膨れ上がる。
オルファリル本人すらも気付けなかったが、それは『再生』が本来の持ち主たるオルファリルの声に応じた結果。
ハイペリオンスターズ。
『再生』の以前の使い手リュートリアの必殺技が、オルファリルの手によって炸裂した。
爆炎がントゥシトラを包み込む。
閃光、炸裂音。
世界が圧倒的な量の光と音に包まれる。
それは宇宙の始まり、ビッグバンを彷彿とさせる爆裂。
ントゥシトラはあまりに突然の出来事に、抵抗も理解も出来ないまま無に帰す事となった。
白一色だった世界に色彩が戻ってくる。
「お……オルファ?」
「オルファ殿、今の技は……?」
「わ、わかんない。必死だったから、無意識で」
「凄い威力だった……私達は、勝ったのか?」
「……」
「……」
呆然としていた全員の表情に徐々に笑みが浮かんでくる。
「やったーーーーーーっ!!」
全員で抱き合い、そのままオルファリルの胴上げになった。
やがてそれも落ち着き、みんなで倒れる。笑顔のままで。
「コウイン様達は、大丈夫かしら……」
「大丈夫だよ」
クォーリンの呟きに、確信に満ちたオルファリルの声が答える。
根拠も何も無かったが、そう信じる事が出来た。
いずれにせよ、全員もう動けないのだから同じ事。後は仲間達を信じるしかない。
全員がゆっくりと休息に入った。
今度は帰ってきたユウト達を胴上げする、その為の体力を養う為に。
ラキオススピリットの中でも屈指の爆発力を誇るネリーの連続攻撃。
勢いはあるが荒削りなネリーの攻撃の間に、シアーが絶妙のタイミングで重い一撃を入れる。
そしてヘリオンが集中力を最大限に発揮し、袖摺り合わすような接近戦の中で『失望』を鋭く繊細に舞わせ二人をフォローする。
前後左右からだけで無く上からも、更には地面を抉り抜いて下からも、狂ったように飛んでくる『不浄』から致命傷を防ぐ。
経験の足りなさを、至近距離に張り付き相手の行動を制限する事でカバー。黒スピリットの特性を活かした攻撃的防御。
無数の傷を受けながらも、三人のコンビネーションは止まらない。
「ちっ!! うっとうしい!!」
強力なオーラに阻まれ、ミトセマールに届くダメージは微々たるものであったけれど、その攻撃はミトセマールを苛つかせるに十分だった。
苛立ったミトセマールは大きく腕を振り、強大なオーラを乗せた『不浄』の一撃を三人に叩きつける。
「!!」
この攻撃は、軌道を逸らせるレベルでは無い。
反射的に三人は協力して防御を固めたが、問答無用の破壊力に大きく吹き飛ばされた。
その一瞬を、集中力を限界まで研ぎ澄ませたファーレーンが捉える。
「見えた!!」
それを見極め、利用出来るのはファーレーンだけという刹那のチャンス。
大きく振ったミトセマールの腕が延びきった瞬間に、腕に絡みつく。
ファーレーンの神剣での攻撃では、幾ら隙を突いても致命傷を与えるには至らない。それは前回のメダリオとの戦いでの教訓。
「なにっ!?」
飛びついての、腕ひしぎ十字固め。
かなりの勢いで飛びつき、ファーレーンが全体重をかけたものの、ミトセマールは立ったままびくともしない。
「ふん!! 私を地に這わそうだなんて、生意気なんだよ!!」
しかも、完全に関節が決まっているにも拘らず、それをミトセマールは力で無理矢理技を解こうとする。
技をかけているファーレーンの体の方が限界を超えた酷使にぎしぎしと悲鳴を上げる。
ファーレーンが比較的力の無い黒スピリットである事を差し引いても、エターナルとスピリットでは身体能力が語るも馬鹿らしくなるほどに違いすぎる。
全身から響くぶちぶちという血管、神経、筋繊維の軋みに耐えながら、ファーレーンが作る決定的な隙。その隙は僅かしかない。そこを無理矢理こじ開けるしか無い。
ゆえに、皆がその瞬間に全てをかけて一斉に動くのも前回と同じ。
この瞬間こそが勝利を掴むおそらくは最初で最後、唯一のチャンス。
前回のメダリオとの戦いでは、チャンスがあったにも関わらず相手を倒しきる事が出来なかった。
まともなダメージを与える攻撃手段が無かった。
仲間が来て助かったが、そうでなければ間違い無く全員が消滅していた。
だから必死で編み出した。エターナルに通用する一撃を。
ヒミカの背にハリオンとニムントールが手を添え、更に二人の背にセリアが手を添えた。
(マナが命であるのなら、私の命の叫びを今全て伝えよう!!)
セリアが今思う事。命を賭けた時に心を占める想い。
「青のせせらぎは緑を潤わせ……」
(ヒミカ、私はあなたと共に、この世界で生きていきたい!!)
切なる想いをセリアは全てマナに込める。
セリアの蒼い清涼なマナが、ハリオンとニムントールに伝わり二人の力を倍化させる。
ハリオンもニムントールも、自らの想いを全てこの瞬間に凝縮する。
「緑の囁きは赤を熱く燃え上がらせる!!」
ハリオンとニムントールの込める生命力に満ちた碧のマナがヒミカに伝わり、ヒミカの中で溢れんばかりのマナが弾ける。
「私達の想いの全て、剣に宿れ!! はああーーーーーっっ!!」
猛り狂う紅いマナを、皆の想いを、ヒミカが受け取り『赤光』に思い切り流し込んだ。
『赤光』が眩いマナ光を放つ。
「くっ!!」
ミトセマールは本能的に危険を察知したのだろう。全力でファーレーンを振りほどいた。
肉体限界を超え、まるでゴミの様に吹き飛ばされたファーレーンの口元には、しかしはっきりと笑みがあった。
必殺の技の準備は既に完成していたから。
眩く輝く『赤光』を、自分達の想いの全てを、ヒミカはミトセマールに思いっきり叩きつける。
「りゃあぁーーーーっ!!」
ドシュウッ!!
あまりの熱量に白い光を眩く放つ一撃は、その攻撃に触れた部分を瞬時に気化させながらミトセマールの体を真っ二つに引き裂いた。
「何……だ……って……?」
訳が解らないといった表情のまま、左の肩口から右の胴にかけて切断されたミトセマールの上半分がどちゃりと地面に転がり、遅れて下半分が崩れ落ちる。
「私が……殺されるのかい……アハハ……アハハハハハハハッッ!!
ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
狂った笑い声を残し、不浄の森のミトセマールはファンタズマゴリアから消滅した。
狂気の声が消え、つい先程までの戦いが嘘の様な静けさが戻ってくる。
「倒した……の?」
静寂を破ったのはネリーの声。
「倒しましたね~」
ハリオンが大の字に倒れ、豊満な胸を上下させながら答える。
「あはは……やった……」
ヒミカが倒れこみながらも、満足げな声をあげた。
「うおーーーーーっ!!」
全員が歓喜の声を上げる。もはやまともな言葉にもなっていない。
皆が皆満身創痍で倒れながら、それでも腕を空に向かって高く掲げて勝利の歓声を上げた。
全員の力で掴み取った、紛う事無き勝利だった。
「やったわね、セリア」
「ええ」
ヒミカとセリアは倒れたまま神剣から手を離し、互いの存在を確認するように固く手を繋ぎあった。
今日子は倒れ、辛うじて呼吸をしているのだけが確認出来るがピクリとも動かない。
光陰もまた、全身傷だらけで無事な部分を探す方が難しい。
「正直、ここまで粘るとは思ってもいなかった。敬意を表し、全力で塵にしてやろう」
タキオスがゆっくりと上段に『無我』を振り上げる。
その前に膝をついている光陰は息も絶え絶えで、もはや攻撃をかわす事も受ける事も不可能。
(手も、足も、動かねぇ!! くそっ!!)
タキオスが持ち得る全てのマナを『無我』に込める。周囲の空間が歪む圧倒的な力が『無我』に集中する。
(奴なりの敬意かも知れんが、そんなんいらねえっつーの。あの攻撃を受けて生き残る可能性は、ゼロ、か。ち、冷静な判断力が恨めしいぜ)
唯一つの結論が頭の中で導かれ、絶望に打ちのめされる。
だからかも知れないな、と妙に透明な思考の中で光陰は思う。
冷静に結論を見てしまう自分が、結論を考慮せずただがむしゃらに物事にぶち当たる今日子を好きになったのは。
憧れる。凄いと思う。勝てないと思う。だからこそ好きになったのだろう。
あれ? 他にも憧れた奴がいたような……。今日子に似た奴が誰か……。
「覚悟は出来たか? これで終わりだ!!」
タキオスの声によって、光陰の思考はそこで遮られた。
「くっ!!」
ザクッ!!
湿った音が響く。
「な……に……?」
タキオスの神剣は振り下ろされなかった。
『無我』を振り上げたままのタキオスが、自分の胸から生える神剣を見る。
「何……だと……?」
ゆっくりと後ろを振り向く。
そこには倒れていた筈の今日子がいた。
攻撃に全力を込めたがゆえに防御のオーラが無くなる。
その瞬間を狙いすましての一撃。
オーラに守られていなければ、いかにエターナルといえども攻撃は通じる。
相手のオーラを正面から打ち破る手段を持たない以上、そこにしか勝機は無い。
唯一にして最大の問題は、いかにしてタキオスの防御のオーラを無くすかという事。その一点に尽きたのだ。
「やられたのは、フリだけよ。演劇の練習したかいがあったわね」
今日子はありったけの力でタキオスに電撃を流し込んだ。
「がはぁっ!!」
ばちばちと閃光が弾け、高圧電流に内臓を焼かれたタキオスがついに、どうっと地面を揺らして倒れこんだ。
「卑怯……な」
「何とでも言いなさい。光陰が私の為に手を汚してきた事に比べれば、こんな事くらいなんでも無いわよ。むしろ自分も光陰の為に泥をかぶれた事を誇らしくすら思うわ」
「く……」
光陰が『因果』を杖代わりにゆっくりと立ち上がり、倒れかける今日子に肩を貸す。
光陰もまたふらつき、今日子とお互いに支え合う。
「自分の戦闘方法を至上と思うのは勝手だが、それを相手に強制するのはどうかと思うぜ。俺達がそれに付き合う義理は無いんだ。
それを相手に押し付けるなら、押し付けて勝利するだけの実力がなきゃな。戦いは、勝たなきゃ負けなんだ」
「こっちは、あんたみたいに遊びで戦ってるんじゃないの。どんな手を使っても勝たなきゃいけないのよ」
「なるほどな……。この敗北も……ひとえに俺の未熟さゆえ……か」
タキオスが軽く笑い、黒い霧へと変化していく。
「いずれまた……お前達と戦いたいものだ」
「こっちは願い下げだね。殺しあいを楽しめるほど堕ちちゃいないんだ」
タキオスが完全に消えた事を確認し、二人はへたり込む様にその場に腰を下ろした。
息を切らせながら、それでも笑い合う。
「全く。隙が出来る前に光陰がやられちゃうんじゃないかってひやひやしたわよ」
「俺は今日子が死んでんじゃないかって気が気じゃ無かったぜ」
「敵を騙すにはまず味方から、ってね」
「へへっ、見事に騙された。……それにしても、今日子にはかっこ悪いところばっかり見せちまうな」
「何言ってんだか。私の為に戦ってくれる光陰が、かっこ悪い訳無いでしょ? いつもありがとう、光陰」
今日子は光陰にキスをした。
それもまた、完全な不意打ち。
防御も覚悟も何も無く、光陰の唇には柔らかな感触。光陰の心には破壊的一撃。
「!?」
「感謝の気持ちよ。とっておきなさい」
あまりの照れくささに、そっぽを向く今日子。
「あー、俺、もう死んでもいいや」
圧倒的実力差を見せ付けられてすら、心の片隅にも浮かばなかった言葉が出る。
仏門の教えを受けた身だが、不惜身命どこ吹く風。
光陰にとって命を捧げる相手は、一人しかいない。
「まったく、何言ってんだか。これからでしょ? これからは戦いなんかしないで私も普通の女の子に戻るんだから」
「そういう事言う奴に限って、普通の女の子には戻れなかったりするんだが……あ、ウソウソ、嘘です!!」
「死んでもいいなら、死なすわよ?」
ライトニングハリセンを構える今日子に、謝る光陰。
もうすっかり普段の空気に戻っていた。
「すまんすまん。でもまぁ、そうだな。キス以上に色々やりたい事もあるし……って、ごめん、マジ勘弁!! 今それくらったら本気で死ねるから!!」
「ほんっと、あんたってばろくな事言わないんだから」
「ま、何にしても未来が無けりゃあな。後はユウト達の勝利を祈るのみか」
「大丈夫よ、絶対に。何でか解んないけど、それだけは確信出来る」
「そうだな。ちょっと不思議な感じだが、俺もだ。じゃ、ちょっと休もうぜ。疲れて戦勝パーティーに出れないのも何だしな」
「異議無し」
寄りかかり合い、目をつむる。
触れ合った部分からお互いの体温を感じての、心から安らいでの休息だった。
悠人達三人のエターナルは暴走寸前の『再生』の目の前で統べし聖剣シュンとついに対峙していた。
彼らの前に立っているのは、もはや瞬ではなく、第二位永遠神剣『世界』そのもの。
仮に下位神剣に心を飲ませたところで、発揮出来るのは能力のほんの一部。
自我の薄い下位神剣が元有る本能の赴くまま戦うというのは、赤子の駄々と同じ様なものだ。己を知り、能力を尽くのとは全く異なる。
躊躇が無くなり、どんな事も平気で出来る反面、相手や自分の能力に合った戦い方を見出すような、応用力や発展性が無くなる。より高みに上る可能性が無くなる。
だが、上位神剣となると、まるで話が変わってくる。
強い自我を持ち、思考する上位神剣とは、長年培われた経験、技術を使い得る。思考し、成長する事も出来る。
『世界』は生まれたばかりの神剣とはいえ、『求め』『誓い』として戦ってきた過去はその中に受け継がれている。
全存在を賭けて互いに戦い、その中で命懸けで自らの力を高めてきた。互いの長所も、短所も知り尽くしている。そんな神剣同士が一体化したのだ。
戦闘知識を得、己を知るという意味でこれ以上の経験は無い。
『世界』の目が、禍々しい光を帯びて悠人を射る。
悠人はその視線を正面から受け止め、横にナナルゥと時深が並んだ。
『聖賢』は今ここで発揮できる全ての力を引き出すべく意識を集中し、悠人に全てを託した。
『夢幻』もこの戦いをナナルゥに託した。自分は奥に引っ込んで、この大舞台を一瞬たりとも見逃すまいと集中しているのだろう。それもまたナナルゥを信頼している証といえる。
「待たせたな、シュン」
「ようやく来たか」
カオスエターナルとしての使命を果たすべく、時深がゆったりと構える。
「さあ、覚悟はよろしいですか?」
「いつぞやと一緒にするなよ。我はこの肉体を完全に掌握した」
「いかに速くなろうと、威力を増そうと、あなたの攻撃が私には見えるのですよ」
「ふん。見えていようがいまいが関係無い。見える事と食らわぬ事は同義では無い。それを今証明してやろう。
その未来を見るという目に究極の力を焼き付けろ!! オーラフォトンブレイク!!」
『世界』の中でオーラフォトンが膨れ上がる。
「!? や、やばいッ!!」
桁違いに膨大な破壊の力が三人を飲み込む。
力が溢れ狂い、空間が軋み、世界が歪む。
三人は必死でオーラフォトンの壁を展開。力を合わせ辛うじて恐るべき破壊をやり過ごす。
「くっくっく……今回は何とか生き延びたか。だが、次はどうかな? 貴様の未来を見る目には何が映っている? 細切れになる己の姿か? 滅び消え去るこの世界か?
確定した絶望に向かって進むしかない哀れな存在。惨めなものだな」
「……確かに、このままではまずいですね」
ナナルゥが冷静に呟く。状況を的確に見据えてのその言葉は、重い。
「いつまでも連発出来る技では無いでしょうけれど、相手の力が尽きるまで私達が耐え切れるとも思えません。技後の隙を突こうにも、今の私達では防御に全力を注がねばならないのでそれも不可能です」
「くそっ!! 『聖賢』は、自分の力は『世界』と同等だって言ってたぞ!?」
「確かに『聖賢』は『世界』と同等、それどころかそれより遥かに上の力を持っています。
ですが永遠神剣の力を上手く引き出せないユート様と、肉体を完全に手中にし100%力を発揮する事が出来る『世界』では、明らかに向こうの力の方が上です」
「……俺って、情けない?」
「いえ。情けないというならば、それは私も同様でしょう。ですが、独りでは出来ない事も二人ならば出来るものだと私はユート様に教わったつもりです」
「そうか。そうだったな」
見つめ合う二人。
「私もいますからね。仲間外れにしないで下さいね」
こんな場面にも関わらず二人だけの世界に入り込みそうなところに、時深も慌てて割って入る。
それは多分にして嫉妬交じりの行動ではあったが。
「それにしても、どうやって戦いますか、ナナルゥ?」
油断無く構えながら、時深はナナルゥに問いかける。
「正面からぶつかり、勝ちます。この戦いは……この戦いだけは真正面から勝利しなくては意味が無いです」
「それで勝てると思うのですか?」
「この戦いがユート様の出発点、ユート様がエターナルとして歩む長き道のりの最初の一歩。
なればこそ、正面から勝利を掴みとらねばいけません。この戦いでユート様の進む方向が大きく決まってしまいますから」
その『夢幻』の名の示す、己を容易に掴ませずに相手を観察し、夢或いは幻の如く敵を惑わせ虚を突くのとは180°逆の戦い方。
それは『夢幻』の、ナナルゥの最も不得手とする戦い方であろう事は容易に察しが付く。
「この戦いに、ファンタズマゴリアがかかっていてもですか?」
「大丈夫です。ユート様は勝ちます。『世界』にも、自分自身にも」
最も不得手とする戦い方に迷わず身を投じる事が出来る根拠は何か。
全てを観察し在り様を捉える、観察者ナナルゥが最も確信を持って認識出来ているものがその根拠。
それは自らの持つ悠人への絶対の信頼。
観察者ナナルゥの行動の根源にして指針である観察力がそれを見出したならば、そこには迷いも躊躇も存在する筈が無い。
それこそが、観察者の貫く道なのだから。なす事はただ赤誠を尽くすのみ。
「……ふふっ、そうですね。ですがそうすると私達はどうするのですか?」
「もちろん、共に戦います。私とユート様は、一心同体ですから。トキミ様は抜けますか?」
「一心同体ですか。なるほど。私も仲間に入れていただけるのであれば、抜ける手はありません。負けませんよ『世界』にも、そしてナナルゥ、あなたにも」
「?」
「……その、なぜ自分が競争対象に含まれるのか心底解らないという表情が、逆に敗北をこれ以上無く感じさせますね……」
うなだれかける時深に、今度はナナルゥが問う。
「あの周囲の刃、何本までなら防げますか?」
「三本……いや、四本はぎりぎりでいけます」
『世界』の実力は時深の予想以上だった。
未来を読み、弾けるのは幾ら頑張ってもそこが限界だろう。
『世界』の言う通り、攻撃が見える事とそれに対応出来るという事は同義では無い。加え、今の『世界』の攻撃は、未来の可能性を読むだけで一苦労だ。
「了解です。では、残り二本は何とか私が」
共に戦うとは言っても、それは一歩引いた場所から戦況を見渡し、悠人が自分の持ち味を完全に発揮出来るようにフォローするという意味。
自分は露払い、或いは脇役となり、舞台の主役にはならない。
それが観察者『夢幻』、そしてナナルゥの戦闘方法であり、矜持の形でもある。
かり、とナナルゥは右親指の腹を齧り、血を出した。
その血を使って左の掌に呪印をしるし、左掌の前に出来た空間の歪みから、『消沈』を取り出す。
呼び出された『消沈』は、周囲の状況にびびる。
『(´・ω・`) … → (; ̄Д ̄) !? 』
無理も無い。『消沈』は第七位神剣。そしてこの場には第二位神剣『世界』、『聖賢』、第三位神剣『時詠』、『夢幻』といった上位神剣が集って戦っているのだから。
ナナルゥが、並み居る上位神剣を前に恐怖する『消沈』に語りかける。
「行くも地獄、行かぬも地獄。どうせ倒れるのなら前のめり」
『Σ(゚Д゚;≡;゚д゚) !?』
「……大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。『消沈』も私のマナで強化しますし」
ナナルゥは『消沈』にマナを込める。
ドーピングの様に『消沈』の気分が高揚していく。
『ヽ(゚∀゚)ノ アヒャッヒャヒャ』
「以前は『消沈』に支配されかけましたが、今はもう完全に私が『消沈』を支配していますから」
「……『消沈』が少し哀れに見えてきました」
ナナルゥは続けて朗々と詩を詠むように魔法を唱える。
「この地を守っていた龍の魂よ、この世界を救う為に今一度力を貸して下さい。
炎の具現ガリオーン、水の具現サードガラハム、大地の具現ネセトセラス、闇の具現クロウズシオン!!」
大気中のマナが膨れ上がり、四体の龍の形を成す。
その中には、悠人が以前手にかけてしまったサードガラハムの姿もあった。
「サードガラハム!!」
悠人が思わず叫ぶ。
サードガラハムは、悠人を見て満足げに笑ったように見えた。
「いい目をするようになった。長くこの世界が堕していくのを見てきたが、最後に見たお前の姿は希望の始まりだったのだな。嬉しく思うぞ」
悠人はそんな声を聞いた気がした。
錯覚だったかも知れない。そうだったとしても、悠人が決意を再確認するのには十分過ぎるきっかけだった。
「ああ。もう誰も傷つけさせやしない。絶対にこの世界を、みんなを守ってみせる!!」
ナナルゥの魔法が続く。
「四つの力をもって、『夢幻』のナナルゥの名においてここに召喚します。来て下さい、守護者アシュギス!!」
四体の龍の形のマナ光が眩しく光輝き、合わさり、一体の龍の形を成す。
光が収まった時、強大な存在感を持った白い龍がそこにいた。
余裕の表情を浮かべてただそれを見ていたシュンは、純白の龍を目にしても馬鹿にしたように笑うのみ。
「フン、我も甘く見られたものだ。龍程度で我をどうにかできると思ったか? 全てまとめて吹き飛ばしてやろう。
集えマナよ……我に従い、全てを爆炎で包み込め!! オーラフォトンブレイク!!」
地獄のオーラ光が辺りを包む。
アシュギスがそれに対抗してフォトンブレスをはく。
全方位を破砕する『世界』の必殺技オーラフォトンブレイク。これを避ける事は不可能。防御を固めていても状況は悪化するばかり。
ならば。
避ける事が不可能ならば、突っ切る。それが三人の選択。
この世界の守護龍の力を集中したフォトンブレスに、悠人、ナナルゥ、時深の三人は迷う事無く飛び込んだ。
フォトンブレスの威力に乗り、オーラフォトンブレイクを相殺しながらシュンに迫る。
「小賢しいッ!! うおおおおぉっ!!」
「ギャオオオオォッッ!!」
破壊力を増すオーラフォトンブレイクの前に、アシュギスは金色のマナと化す。
しかしアシュギスは守護者の名の通り、圧倒的破壊からこの世界を救う三人のエターナルを守りきった。
「目障りだ!! おとなしく消滅しろ!!」
宙に浮く六本の刃が、三人を目がけて襲い掛かる。
「ナナルゥ!!」
「了解です」
ナナルゥが自らの姿を模したマナ人形を、ダミーとして作り出す。
分身とも見えるほど精巧な人形は、次々と刃に貫かれて霧散する。
予定通り。
一度に複数の攻撃を受けきる事は不可能。
ゆえに、僅かでも攻撃のタイミングをずらさせる。
反射的に体がベストな選択肢を取る程『夢幻』は戦いが得意では無い。
戦いが不得手な事実を認めるからこそ、取るべき戦い方も見える。
無我の反射反応に頼るのでは無く、自覚的に相手の攻撃を認識し、行動を決定する。
一瞬が命取りになる戦闘、そこに生じる致命的な思考、判断のタイムラグを己が武器たる卓越した観察眼と判断速度で埋めていく。
行動も素早くなければ間に合わない。魔力を体中に漲らせ、魔力によって体を動かす。
いざとなれば、肉体の限界を無視する事も、思考回路さえ無事ならば骨や神経が切断された体を動かす事も可能。
それだけの用意をしてもなお、『世界』の攻撃を回避しきれる保障は無い。
認識により戦う、それは転じて認識する間も無くやられればアウトという事でもある。
ナナルゥは観察者の目を持って刃を見る。
軌道、威力、速度、全てを見切り、対応する。
正面から受け止める事は不可能。純粋な力の差がありすぎる。
だから力の方向を曲げ、刃の威力を利用して吹き飛ばす。チャンスは一瞬一度のみ。それを確実に、見切る。
まずは一本。
右方向から喉元を狙う刃を、逆手の『消沈』で迎え撃つ。
針の先程の接触面で刃の先端と先端が掠る様に触れ、『世界』の刃の軌道が逸れて喉の前を疾風が通り抜ける。
斬られたのは、首の皮一枚。
その瞬間にも迫る二本目の刃。
右に突き出した『消沈』を今度は順手で滑らせる。
剣を持ちかえている時間は無い。前後に刃のある『消沈』ゆえの戦術。先の迎撃を逆手で行ったのはこの為だ。
正面から左胸の心臓を狙う刃に『消沈』が辛うじて追いつき、触れ合う。
軌道を逸らしても勢いは止まらない。
曲げられる角度は僅かなもの。僅かな安全地帯へと限界まで体を捻って、避ける!!
時深は時詠の目を持って刃を見る。
次の瞬間の刃の軌道を見、それを弾く。
上位神剣である『世界』の力は強く、未来は簡単には見えない。
以前対峙した時とはもはや相手の完成度が異なる。
力を総動員して未来を見る。あらゆる可能性を読み、動く。
右斜め下と左から心臓を、正面から眉間を狙う刃を認識する。
右手に持った『時詠』を右下から左方向へと一気に走らせる。
一振りで一本!! 二本!!
返す刃で跳ね上げるように三本目を弾いた瞬間、その三本目の刃の真後ろにあった四本目を初めて認識した。
しまった、と思う間も無く時深の眉間に刃が迫る。
時深は群を抜いたスピードを持っている訳でも、強靭なオーラのガードを持っている訳でも無い。
だから実際の目で刃を認識し、それから避けるのも防ぐのも不可能。
眉間を貫く『世界』の刃が、未来を見る目に映った絶体絶命の時、ナナルゥの指がくいっと動いた。
ごきり。
時深の頭は真後ろに引っ張られ、眼前を刃が掠っていった。目標を逃した刃が勢いを止めきれずあらぬ方向へと飛んでいく。
全ては一刹那。
「……た、助かりました」
首が痛くはなったが、死なずにすんだ。
「今のは?」
「魔力の糸で、トキミ様を動かしたのです」
見れば、ナナルゥの指と時深の後頭部が細い魔力の糸で繋がっていた。
「とりあえずはありがとうございます」
「いえ。互いに助け合い、補い合う。それが仲間ですから」
淡々と、けれども即答する。それが自然に語られるという事は、それが完全にナナルゥの中に根付いたという事。
「ですが、悪用しないでくださいね?」
魔力の糸に操られ、へろへろと踊る自分の姿を想像した時深がナナルゥに言った。
「…………はい」
数瞬遅れた返事が不安だった。
「うおおおおっ!!」
ナナルゥと時深のフォローを受け、全力で突っ込む悠人。
「でやああぁーーーーっ!!」
技術も何も無い。
持てるマナを全てオーラに変えての一撃。
マナとは命。即ちこの一撃は悠人の全ての思いを、魂を込めての一撃。
佳織、ナナルゥ、時深、光陰、今日子、共に戦ってきたたくさんの仲間達、斬り捨ててきたたくさんのスピリット達、自分を支えてくれたたくさんの人達、そして瞬への、全ての思いを乗せての一撃は……
『世界』を砕き、シュンを切り裂いた。
あっけなく。
本当に驚くほどにあっけなく。
断末魔の叫びすら無く、『世界』は煌き、掻き消えた。
再生の剣もまた砕け、ファンタズマゴリアは救われた。
聖ヨト暦の開始と時を同じくして始まった永きに渡る戦いは、ついに終わった。
ファンタズマゴリアの新たな出発を祝福するかのような金色の光の中、悠人が倒れた瞬に向かって寂しげに呟く。
「俺は自分だけを信じ、他の全てを拒絶していた。お前は自分だけを信じ、他の全てを支配しようとしていた。
そして俺達は共に、信頼に足る佳織を自分だけのものにしようとした。俺達は似た者どうしだったのかも知れないな」
「……僕を貴様と一緒にするな。反吐が出る」
「!?」
エターナルとしての生命力ゆえか、或いは重ねた業ゆえか、瞬は明らかな致命傷を受けながらまだ息絶えてはいなかった。
苦しげにひゅうひゅうと息を吐きながら、それでも悠人を忌々しげに睨む瞬の眼光は衰えていない。
だがそれは『世界』の眼光では無く、秋月瞬の眼光であった。
「貴様は何かを悟ったつもりでいるようだが、ならば貴様の見つけた答えとやらを聞かせてみろ。
どうやって佳織を手に入れ、守ってやるというんだ、貴様如き疫病神が」
「手に入れるだの入れないだの言うのがそもそも間違いだったんだ。
佳織はずっと手を差し伸べてくれていた。自分の元に無理矢理引き寄せようとするんじゃなく、手をとって共に歩んでいけばよかったんだよ」
「……ふん、甘ったれた考え方だ」
「人は誰かに支配されて生きてるんじゃない。自分の力で精一杯に生きてるんだ。
今だから解る。相手をあるがままに認める事。その上で相手を愛する事。それが大切だったんだ。
そうしなければ、本当の意味で人と一緒に歩いていく事など出来やしない。守る事と支配する事は違うんだ」
「……」
「佳織も自分の意思で道を決め、自分の足で歩いていった。俺はそれを誇らしく思う。
瞬、お前は気付いてたか? 佳織の強さに。見えてたか? 佳織の一人で立つ姿が」
「……」
「理解、出来たかよ」
「……図に乗るな。僕が貴様から教わった事など無い。何一つ無い。……僕が、自分自身の力で学んだだけだ」
「それでいいさ」
「最後の最後まで、気に入らない奴だ。僕は貴様のあるがままを見た上で言おう。悠人。僕は貴様が、大嫌いだ」
「ああ。瞬。俺もお前が、大嫌いだ」
最後の最後まで憎まれ口をたたきあった二人の別れは、しかし最後の最後で笑顔だった。
「お疲れ様でした」
ナナルゥの赤心そのままの笑顔に、悠人も笑顔を返す。
こうして聖賢者ユウトと観察者ナナルゥのファンタズマゴリアでの戦いは幕を閉じ、二人の永遠の戦いの幕が開けた。
後に。
ファンタズマゴリアでは一冊の本がベストセラーとなる。
神剣に半ば心を呑まれていたスピリットの少女が、ちょっと抜けたところのある、けれど優しく勇敢な少年と出会い、自分の心を見つけ取り戻していくこの物語の作者はヒミカ・ラスフォルト。
ヒミカ・ラスフォルトは、この作品に関する質問に対してこう答えている。
「私には彼と彼女の細かい部分、ほんの些細な部分まではっきりと思い描けます。まるで過去にあった事を思い出しているかのように。だから私はそれを文章にするだけで良かったんです」
そして物語の最後、他の全ての世界を救うべく無限の戦いに身を投じた二人のその後については、こう答えている。
「二人はずっと幸せに決まってますよ。誰よりも深くお互いを理解し、心から愛し合っていたのですから」
と。
なお質問に答えた後、ヒミカ・ラスフォルトが、
「今日これから人と会う約束があるので」
と言い、嬉しそうに出かけていった事を付け加えておこう。