反転

Romance-2

あの後、どうやって自分の部屋に戻ったのか、判らない。
もっとも、部屋の前だったのだから、そのまま入っただけなのだろうけど。
ただ、先程のやり取りだけが、上手く思い出せない。それ程、わたしにとっては衝撃的な出来事だったのだ。
ばふっとベッドにうつ伏せになって倒れこむ。拍子に濡れたポニーティルがベッドに広がった。
前髪を軽く掻き分け、ぼーっとしながら頭の後ろをそっと触る。かさっと指先に感触があった。
……そう、あれは現実に起きたことだったのだ。今更ながらに実感する。かぁっと顔が熱くなった。

男の人からプレゼントを貰う。そんなシチュエーションが、まさか自分の身に起ころうとは。
視線が、自然に机においた小さな箱にいってしまう。そこから見え隠れする黄色いリボン。
ちゃんと洗って縫っておいたから、と言っていた彼は、本当に自分で洗ったのだろう。
聞いた話では、身の回りの世話はエスペリアがいつも行っている、との事なのだが…………
所々皺の残るその仕様は、とても彼女の仕事とは思えない。不器用さが、なんだか彼らしいとにやけてしまう。

そして、この緑色のリボン。わたしの知っている限り、これを売っているのは、ラキオス城下で一軒だけ。
とても男性一人で入れるような、店ではない。一体、どんな顔をしてこれを選んでくれたのだろう。
わたしは気が付けば、ベッドの上でくくくっとお腹を抱えていた。
ネリー、溜息くらいじゃ、幸運は逃げないらしいよ。そんなことを、囁きながら。

そうして暫くじたばたと悶えていたわたしは、突然はっとなって枕から顔を上げた。
そういえば、と思いつく。なんてことだろう。
わたしは、助けられた時も、今回も、お礼というものを言っていなかった。
がばっと身を起こし、先程のやり取りを懸命に思い出す。
検索該当無し……間違い、ない。大粒の汗が、つーと流れた。
「…………どう、しよう」
まずい。なにがまずいって、こんな時どうやってお礼を言えばいいか、全く判らない。
今更ながら、自分が異性とまるで話したことなど無いことを思い知らされて、愕然とした。

…………例えばこれが、ネリーに助けられたり、リボンを貰ったりしたのだとするなら、どうだろう。
にっこり笑って、訓練の時にでもさりげなく。
『ネリー、こないだは有難う。助かったわ』
そうそう、それを彼に応用して。

  …………駄目だ、とても言えない………………

こうして、苦悶と葛藤の一夜は明けた。