朔望

nocturn -Ⅱ

 §~聖ヨト暦330年スリハの月黒ひとつの日~§

「イースペリアに各国のスピリット共が集結する。それに意味があるのだ」
自分の預かり知らぬ所でイースペリアにスピリットを向かわせたという報告を聞いたレスティーナは、
父の言葉を愕然とした思いで聞いていた。
その内容もさることながら、さも当然かのように、熱に浮かされたかのような恍惚の表情で語るラキオス王。
そこにはもはや、傲慢ながらもそれでも国の先行きだけには憂いの感情を持っていた父の面影は全く無かった。
「どういう意味ですか…………イースペリアに何が……ま、まさか!」
確かな確信などない。しかし今のレスティーナには、父のやろうとしている事が、朧気に見えてしまう。
ファーレーンの報告にあった帝国の影。北方五国のスピリット達は、帝国にとってただの障害に過ぎない。
もし彼女らが、ある一点に集まるとなれば、彼らはどう画策するだろう。恐ろしい考えが浮かび上がる。
そこまで思い当たった時、父の発言は、不気味な程その予想と一致していた。
しかし、そんな事が出来るのだろうか。自国のスピリットをも失う事を、全く躊躇もせずに。
レスティーナはもう、父を憎しみの感情でしか捉える事が出来なかった。

「我が国…………ラキオスこそが、北方を治めるのだ。多少の犠牲など、大したことではない」
「その場には、エトランジェたちもいるのですよ!」
「『求め』さえ回収できればよい。エトランジェは、もう一人いるではないか」
「っ!………………そんなっ!」
「スピリットなども補充できる。エトランジェが二人いることこそ、マナの導きというものだ」
最早隠し切れない悲鳴の様な叫びに、にべも無いルーグゥ・ダィ・ラキオスの声が返る。
「…………人のやることではありません」
唇を噛み締めながら、レスティーナは父を睨みつけて呟くのが精一杯だった。


「…………貴女だけに、背負わせはしません」
かつては親子だった二人の決裂を目の当たりにしていた影が一つ、気配も残さずにその場を立ち去っていた。