朔望

Eine kleine nachtmusik -Ⅱ

 §~西暦2005年4月22日~§

「あのね、お兄ちゃん……」
もじもじと落ち着き無く切り出した佳織が、何故か申し訳なさそうな顔をしていたのを憶えている。
「今日、小鳥と一緒に音楽室に部活動見学に行ったんだけど……」

「こちらになります」
「うげ……」
思わず唸ってしまう程、銀色に輝くそれは綺麗で、そして高かった。明らかに桁が違う値札。
それでも佳織が初めて自分から欲しがったもの。兄として、どうしても望みを叶えてやりたかった。
内緒で購入した帰り道の緊張は、今も思い出せる。値段の重さもだけど、むしろ期待の方に腕が痺れた。

「お兄ちゃん…………ありがとうっ!」
箱から取り出し、ぎゅっと強く胸元に抱え、泣き笑いをする佳織。
両親が死んで以来、久し振りに見せた、本当の笑顔。
絶対に忘れない、原初の記憶。『求め』に縋りついてまでようやく得る事の出来た笑顔。
                                         
幸せを実感出来た、数少ない想い出の欠片。初めて俺の望み・・・・が叶った、ささやかな一瞬だった。


『汝の契約を果たせ。得られた代償を忘れるな』
絶対に、忘れない。絶対に、失わない。佳織の笑顔。佳織の望み。佳織の幸せ。
『果たさなければ失われる……それでも良いのか契約者よ』
嫌だ。失うのは嫌だ。その為になら、俺は何でもすると誓ったんだ。
『ならば、契約を果たせ。 マナヲウバエ。 コロセ、オカセ』
…………そうだ、その為にマナを奪うんだ。殺シテ、オカシテ――――――

頭の隅で、ぱりん、と軽い音が聞こえた。硝子が割れ、細かい欠片が飛び散った。