「妹の佳織。で、ファーレーンとニムントール。こっちで出会った仲間だ」
「初めまして、高嶺佳織といいます! これからヨロシクお願いします!」
「初めましてカオリさま、ブラックスピリット、『月光』のファーレーンと申します」
「…………ニムントール」
「こらニム、カオリさまにちゃんと御挨拶しなさい!」
ぺこぺこと頭を下げ合う二人と横を向く約一名。
どうやら無理矢理連れて来たのがお冠なのか、不機嫌さを隠そうともしないニムントールを
必死になって宥め、挨拶させようとするファーレーン。こうして3人の初対面は始まった。
「もう……すみませんカオリさま、いつもはこんな子じゃないんですけど」
代わりに謝るファーレーンに最初は目を丸くしていた佳織だったが、すぐにぶんぶんと首を振った。
「いいんです。ファーレーンさんにニムントールさんですね、兄がいつもお世話になってます」
「と、とんでもありません、ユートさまにはいつも危ない所を助けて頂いて……ほらニム?」
慌てて頭を下げながら、ぐいぐいと背中に隠れようとするニムントールを引き出そうとする。
しかし何を踏ん張っているのか、当の本人はファーレーンの後ろから出てこようとしない。
悠人はなるほど、と思うところがあった。不意に、裾をくいくいと引っ張られる。
(なんだ? 佳織)
(ふわ~、すっごく綺麗な人だね、ファーレーンさんって……緊張しちゃうよ~)
(兜越しでも判るもんなのか? まぁ綺麗だけどな……大丈夫だ、ファーはあれでけっこうドジだから)
(判るよぉ~。それよりドジって……お兄ちゃんファーレーンさんのこと、えと、ファー……って呼んでるの?)
(ん? ああ。なんか呼びやすいから定着したんだが……どうかしたか?)
(……ううん、なんでも。それにしてもニムントールさんって随分人見知り、激しいんだね~)
(お、やっぱり佳織もそう思うか? 俺も最初に佳織に会った時の事、思い出したよ)
(え? 酷~い、私、あんなに怯えてなかったよ~)
(…………佳織の方がよっぽど酷いぞ。お、こっち来た)
兄妹のひそひそ話が盛り上がってきた所で、ようやく説得されたらしいニムントールがおずおずと前に出た。
もじもじと前で組んだ指先を見つめたまま、借りてきた猫のように大人しいニムントール。
いつもからは考えられない仕草に悠人は思わず噴き出しそうになり、必死で耐えた。
場をぶち壊す訳にはいかない。それに、後ろではらはらと見守るファーレーンの手前もある。
ふと、佳織の演奏会で焦りの為立ち上がった自分が思い出され、改めて似ているな、と気になった。
そっと側により、優しくファーレーンの手を握る。大丈夫、そう囁きながら。
ちょっと驚き見上げたファーレーンに頷くと、ほっとした表情が覆面越しに伝わる。
向こうを見ると、丁度佳織がニムントールに話しかけようとしているところだった。
「えっと……ニムントールさん、だよね? 高嶺佳織といいます。改めて、ヨロシクお願いします」
にこにこと、目線を合わせようとしないニムントールにもう一度挨拶し、そっと手を差し出す。
暫くその手を見つめていたニムントールだったが、やがてゆっくりと自分の手を重ねた。
真っ赤になった顔を上げ、佳織をじっと見つめてぼそっと一言だけ呟く。
「ニムは……ニムって呼んでいいから」
「え……? う、うん! あ、えっと、じゃあ私の事も佳織って呼んで下さい」
「うん……よろしく、カオリ」
「こちらこそ! ヨロシクね、ニムちゃん」
何となく友情みたいなものが出来始めた所で、二人の会話に驚いたファーレーンが口を挟んだ。
「ちょっとニム、そんなカオリさまに失礼な……」
「まあまあ、同年代っぽいしいいんじゃないか? よかったな佳織、いい友達が出来て」
「友達なんて……ですが…………」
「いいんですファーレーンさん。私もその方が嬉しいし」
「そうだぞ。大体珍しいじゃないか、ニムが初対面の相手に呼び捨てを許すなんて」
「え? そうなの?」
「ああ、大体俺なんか未だに……おおっ?」
「……ユートは、ニムっていうな」
たった今認めた相手の兄を睨みつける訳にもいかないのだろう、
複雑な表情でニムントールが『曙光』にマナを走らせていた。
ニムントールが第二詰所の案内をすると言い出し、二人がぱたぱたと出かけて行った後、
見送ったファーレーンがふう、と一つ溜息をついた。
「申し訳ありませんユートさま、何だかばたばたしてしまって……」
そうしてもう一度、ぺこりと頭を下げる。悠人はがしがしと頭を掻いて、苦笑いをした。
「真面目だよなぁファーは。いいじゃないか、ニムにだって友達は多い方が」
「…………そうで、しょうか?」
ファーレーンは、そんな事を考えた事も無かった。今までは、必死に生き残るだけで。
ニムントールを戦場に出さないよう、自分が矢面に立つということだけで。
それで、守れるのだと思っていた。それだけが自分に許される、精一杯だったから。
「ネリーやシアー、オルファもだけどさ。まだ子供なんだから、友達から得られる事も多いと思うんだ」
「…………」
「それで戦い以外に生きる意味、みたいなものを見つけてくれれば……俺はそう、思ってる」
「戦い、以外に…………それは」
レスティーナ皇女を連想させる言葉。名前が出そうになって、ファーレーンは口を噤んだ。
「まあ、戦いもとりあえず終わったんだしその後を考えてもいいんじゃないか……ファー?」
真剣な眼差しで床を見つめているファーレーンに気づいた悠人は何となく恥ずかしくなってきて、鼻を掻いてみた。
「いやだから……ファーも、ユートさまってのは、止めてみないか?」
「…………え?」
唐突な話題の切り換えに、ファーレーンの肩がぴくっと震える。
「前から気になってたんだけどさ。俺も悠人でいいって」
どうにも照れ臭いので、悠人はそのまま窓を見て誤魔化した。
ややあって、やっと反応したファーレーンの目元が、ぼっと覆面越しに赤くなる。
「い、今すぐは無理です…………」
「そ、そうだよなぁ…………は、はは…………」
さりげなく言ったつもりが、見事に玉砕。悠人の乾いた笑いが部屋に流れた。
「で、ここが大浴場よ」
「ふわぁ、おっきいね~、気持ちよさそうだよ~」
「……うん。気持ち良い、かも」
「そうだよね~。…………ね、お兄ちゃんもココ、入るの……?」
「……たまにはそうなんじゃない? ニム、知らないけど。何で?」
「そっか、時間ずらしてるんだ。……よかった」
「当たり前だと思うけど」
「う、うん……そうなんだけど、ね。お兄ちゃん、ちょっと鈍いトコロあるから……」
「? ユートが鈍いのは知ってるけど。何かあるの?」
「あ、あはは……う~んあのね、内緒だよ…………」
ゴニョゴニョゴニョ――――
「……………………」
「でね、お兄ちゃん急に裸で出てくるから……」
「……お姉ちゃんは、ニムが守る」
「へ?」
「カオリ、もっとユートの駄目なトコ、教えて」
「え、え? え~と、朝中々起きてくれない、とかピーマ……リクェムをこっそり食べないとか……」
「うんうん。他には?」
「あ、あはは。あのね、でもでもいいところもあるんだよ、ちょっと判り難いけど優しいし……えと…………」
「いいトコは知ってるから。ううん、ニムは知らないけどね……お姉ちゃんは知ってるから、きっと」
「ファーレーンさん? あの、ニムちゃんどうしてそんなにお兄ちゃんのこと聞きたがるの?……あ」
「なんでお姉ちゃんもよりによってあんなヤツ……はぁ、面倒」
「あ、あはは~…………そっか、だから“ファー”なんだ…………」
月だけが照らす部屋。窓から覗く星一杯の夜空。
その夜悠人は、久し振りに佳織と二人で話をする事が出来た。
膝の上にすっぽり収まった小さな体が自然に体重を預けてくる。
その髪を柔らかく撫でながら、ようやく辿り着いた幸せを噛み締めていた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?なんだ、佳織」
話が一区切り付いた頃、佳織は目を閉じながら、切り出した。
「ファーレーンさんって、綺麗だよね」
「…………いきなりだな」
「うん、いきなりだよ。お兄ちゃん、ファーレーンさんのことどう思ってるの?」
「は?」
「は? じゃないよ、も~。さっきだって凄く自然だったし、ニムちゃんの話だと……あっ」
「なんだよ? ニムが何か言ったのか?」
「ううんううん、何も。でもファーレーンさん、優しそうだし大人っぽいし……憧れちゃうな」
「う~んそうかぁ? たまに子供っぽいとこあるし、意外とおっちょこちょいだぞ。この間だって…………」
楽しそうな顔をしてファーレーンの話を始める兄の横顔を、佳織はじっと見つめていた。
そんな兄の顔は、初めて見る。柔らかく、険の無い穏かな笑顔。
向こうの世界に居た時は、常に何かに警戒したような、他者を寄せ付けないような雰囲気があった。
大体こんなに楽しそうに女の子の事を自分から話していた記憶が無い。
ここ数ヶ月離れただけなのに、また大きくなったような気がする。
必死で追いかけてきた背中が、ここにきてまた少し遠くなった。
それが少し寂しい、それでいて嬉しいような複雑な気持ちで佳織は悠人を眺めていた。