朔望

Eine kleine nachtmusik -Ⅳ

 §~聖ヨト暦331年エハの月青いつつの日~§

「あら…………」
第一詰所の廊下を歩いていたファーレーンは、ふと足を止めた。
奥の一室から、聞き覚えのある音色が流れてくる。いつか、城の方角から聴こえて来た旋律だった。
いつもの習慣で、思わず『月光』にマナを籠めながら、
「カオリ、さま……?」
そっと、開きっぱなしの扉を覗きこむ。そこには細長い銀色に輝く異国の楽器を吹く佳織の姿があった。
目を瞑り、想いを篭めるように演奏している。ノックをしようかどうか、迷って止めた。
「…………」
静かに、耳を傾ける。目を閉じると、胸に沁み渡るような穏かな響き。
前に感じた哀しい音色はそこには無かった。不思議に優しい旋律が体の隅々まで流れ込んでくる。

「…………ファーレーン、さん?」
急に、演奏が止まった。はっと我に返り目を開くと、不思議そうな佳織の気配。
ファーレーンは慌てて頭を下げていた。
「すっ……すみません。あの、綺麗な音色だな、と思ったらつい……」
「あっ、いいんですいいんです。わたしも聴いてくれる人が居てくれた方が嬉しいですし」
ぶんぶんと手を振り、手前にある椅子をかたっと鳴らしながら差し出す佳織。
「……あの、どうぞ。ここに」
「えっ? あ、そんな大丈夫ですから…………はい。失礼します」
にこにこと促されて、ファーレーンはおずおずと佳織の部屋に入った。

「えへへ……今、お茶入れますね!」
「あ、どうぞお構い無く……って行っちゃいました……」
返事をする間も無く、有無を言わさず駆け出していく。
ぱたぱたと忙しい足音が遠ざかると、ぽつん、と一人ファーレーンは部屋に取り残された。
「ふぅ…………」
椅子に座る事も出来ずに、周囲を何となく見渡す。詰所の部屋の配置はどこも同じなので代わり映えは無い。
それでも落ち着かない視線をうろつかせていると、なにかが光ったような感じがした。

「…………それ、お兄ちゃんから貰ったものなんですよ」
いつの間にかお盆の上にお茶を載せてファーレーンの後ろに立っていた佳織は、静かに呟いていた。

ベッドの上に投げ出されている棒状の装飾品が窓からの光に反射してキラキラと輝き、
複雑な文様のようなものが刻まれている本体には幾つかの突起と先端に大きな穴が空いている。
――――銀色のフルート。それを手に取りながら、佳織は静かに語り出した。