朔望

Eine kleine nachtmusik -Ⅴ

 §~聖ヨト暦331年エハの月青いつつの日~§

「ユートさまに……?」
静かなファーレーンの質問に、ゆっくりと佳織が頷く。
「これ、私が我が侭言ったんです、すごく。そうしたらお兄ちゃん、大変だったのに買って来てくれて……」
体全体でいとおしそうに、大事そうに抱えたフルート。
「お兄ちゃん、いつもそうなんです。わたしの我が侭で、大事な物をいっぱいいっぱい捨てて頑張って……
 自分を殺して……そしてわたしを守ってくれました。……妹、だから。それはすごくすごく感謝してます」
一瞬、ぎゅっと目を瞑って俯く。ごしごしと擦り、再び上げた顔の目元が赤かった。

「お兄ちゃん、強いから……だから私、お兄ちゃんには幸せになって貰いたいと思ってます。
 けど、お兄ちゃんだから……わたしには弱いトコ、絶対に見せたくないんだと思います。
 こっちに来てからも嫌なコト沢山あった筈なのに、お兄ちゃんだけいっぱいいっぱい傷ついたのに…………」
「カオリ、さま…………」
俯き、小声になっていく。似ている、とファーレーンは思った。自分とニムントールの関係に。
とすれば、ニムントールも同じことを考えているのだろうか。ファーレーンには判らなかった。

「変な話かも知れませんけど、私なんかがこんな事おこがましいのかも知れませんけど。
 わたしじゃ、何も出来ないから。このままじゃお兄ちゃん、自分の生き方を失くしちゃうから。だから……」
「え…………?」
『自分の生き方』。幼い、しかし強い意志が、そこにはあった。ふいにニムントールの姿がそこに被さる。
涙声で、縋りつくような。小さな囁きが、ファーレーンに問いかけているように思えた。
自分は果たして、生きる意味を見出せるのだろうか。ただニムを守るだけでは駄目なのだろうか。
ユートさまは? ニムは?

…………一体『わたし達は、何の為に戦っているのだろう』…………

ぐるぐると思考が回り、ぼう、としたファーレーンに、佳織がぺこり、と頭を下げていた。

 ――――だからファーレーンさん、お兄ちゃんのコト、宜しくお願いします…………