朔望

sinfonia -Ⅱ

 §~聖ヨト暦331年エハの月黒みっつの日~§

古い石造りの壁と天井。窓は無く、むろん月の光も届かない。
巨大な石室を思わせるその部屋の中心には貫くように一筋の赤い絨毯が敷かれている。
薄暗く無機質な部屋の中で一際鮮やかな絨毯の先には金色に輝く縦長の椅子。
常々その装飾は悪趣味だと思っていたが、むろん口に出した事は無い。
薄暗い玉座の主は今は無く、ただじっと寒々しい静謐さを醸し出している。
遺跡を連想させるその造りは意図したものだろうか、とふと思った。
片膝をついている石畳が温かくなっている。足元から這い上がってくる黴の臭い。

――――こうしてもう、一時間にはなろうか。
当然絨毯の上など許されるはずも無く、顔を上げるだけでも周囲の叱責の対象になるだろう。

「もしもの場合…………せめて、苦しまないように頼みます」
居並ぶ『反ルーグゥ派』。その殆どが情報部に所属する。
そして、全員が既に一致したある「情報」を掴んでいた。
サルドバルトでのファーレーンの報告と、王の最近の取り憑かれたような行動。
それらは、ある一つの仮説を立証し、浮かび上がらせていた。

 ――――王は、神剣の意志に飲み込まれている。

早急に、対策を立てねばならなかった。それも、最悪の場合を想定して。

目の前に立っているレスティーナ皇女が話し終えたのを確認して、一言だけ言葉を返す。
「それでは、失礼致します」
「………………」
満足とも後悔ともとれる溜息が聞こえてくる。いつもはそのまま立ち去る影が、小声で囁く。
「ごめんなさい、いつも貴女にだけこんな役目を負わせて…………」
「………………」

ファーレーンは僅かにかぶりを振って立ち上がり、そして声に背中を向けた。