朔望

minnesang -Ⅰ

 §~西暦2001年5月18日~§

病院の天井に浮かぶくすんだ染み。梅雨前の生暖かく湿った空気の流れ。
消毒され尽くした純粋な死の匂い。満足に動かない体。満足に動かない心。
「くっ……ううう…………」
全てが、闇だった。全てが、虚ろだった。
通り抜けていく人々の視線。自分にだけ届かない思い。自分だけが伝えられない想い。

「あっ…………」
「えっ?!」
全てを与えられたものに、唯一欠けていたもの。
心の中でたった一つ、狂おしい程に渇望していたもの。
「……どこか痛い……の?」

 ――――ただそれだけを、求めていたもの。

「僕は、秋月瞬……キミの名前は?」
「高嶺佳織、よろしくね」

ようやく与えられた微笑に、少年は誓った。あらゆる力を得ることを。
「うん、よろしく。……よろしくね、佳織」
二度とこの幸せを、奪われないように。
……佳織を失わない為に。奪う側に立つ為に。

(佳織……僕の佳織…………)

その日、世界は変わった。