朔望

円舞 Ⅶ

 §~聖ヨト暦331年エクの月黒いつつの日~§

「…………?」
何かが、揺らいだ。一見何の変哲も無く、相変わらず埃っぽい風景。その中で掠める違和感。
「ん?どーしたの、パパ?」
思わず足を止めてしまったのをオルファリルが怪訝そうな表情で窺う。
悠人がああ、と答えようとした時だった。

きぃぃぃぃん――――

「……!! みんな、気をつけろっ!」
叫び、今出来る最大限のシールドを広げる。同時に感じる、迫り来る鋭角的なマナの塊。
俄かに巻き起こる竜巻の中、荒れ狂う蒼雷が悠人達に降り注いだ。


「がっ、ぐぉぉっ!」
石の礫が叩きつけてくるような衝撃。広角の軌跡を描きつつも的確に鋭利な攻撃が悠人達に収束してくる。
その連続したオーラフォトンは確実にシールドを削り、あと一歩で堪えきれないという所まで来て急に已んだ。
「はぁはぁ……くっ」
堪らず膝をつく。荒れた呼吸が肺まで焼き付けようとしていた。悠人は振り返り、見渡した。
「みんな、大丈夫かっ!」
「は、はい……ユートさま、これは……」
ふらつきながらもエスペリアが気丈に返事をする。しかし突然の状況に驚き、目を大きく広げたままだ。
同様に頭を振りながら立ち上がる面々を確認し、悠人はほっと溜息を付いた。その時だった。

「ふふん……やっぱり、この程度じゃ駄目だよなぁ」
「!!」
「せっかく『因果』で気配を殺していたのにな。さすがはラキオスのエトランジェ……ってとこか?」
「この、声は……」
「…………『空虚』よ。永遠神剣の主の名において命ずる。我らを守りし、雷の法衣となれ」
「ま……まさか」
「よっ。ひさしぶりだな、悠人」
「今日子、光陰っ!」
それぞれに異界の装束に身を包み、神剣を携える親友。それは、有り得ない光景だった。


もう、何ヶ月も見ていない笑顔。懐かしい親友との再会。しかし、喜びは一瞬だった。
余りの歓喜に疲れも忘れ、思わず駆け寄ろうとした悠人の足がぴたりと止まる。
「…………殺す」
「今日、子?」
訝しげに今日子を見上げる。抑揚の無い、平板な声。その意味を悟る前に、ひゅん、と風切り音が耳を掠めた。
細身の剣を振るう今日子。とたん、目の前に紫の雷が走り、地面を閃光が焼き貫いていた。
「きょ……今日子っ! なにするんだよ!」
叫びも冷静な光陰の一言に遮られる。
「やめろ今日子。今日のところは挨拶だって言われたじゃないか」
「なんだよ?どういうことなんだよ?どうして光陰たちがマロリガンにいるんだ?今のは何のつもりなんだよ!」
疑問が次々と口から飛び出す。訳が判らなかった。殺意の伺える攻撃。エトランジェ。二人とも神剣を持って……
(…………俺と……同じ、なのか?)
叫んでいるうちに冷静になってくる考え。表情を読み取ったのか、光陰がそれを裏付ける。
「悪いな……悠人。こっちにも都合が色々とあってな」
「あ……あ……」

 ――――だからさ……俺たちに殺されてくれ

不敵に笑う光陰。それは悪夢のように悠人を打ちひしいだ。


しゅぃぃぃぃん……

『因果』が猛烈な力を解放する。それは先程今日子が放った『空虚』の威力を遥かに凌いでいた。
既に、『求め』で防げるレベルではない。あまりに集まったマナが細かいフォトンとなり、風を紡ぐ。
急速に舞い上がった砂と空気が、今日子の周囲に展開された雷に触れて細かく音を立て始めた。

「光陰! やめてくれ! 本気かよっ!」
もう沢山だ。悠人はそう思いつつも、『求め』を握り直していた。
光陰を中心に膨れ上がる圧倒的な力。それは無意識下で恐怖による自己防衛反応を引き起こす。
全身を覆う、冷や汗。原始的な、古い感情が体中に震えを呼び覚ます。戦慄、といってよかった。

「永遠神剣第五位『因果』の主、コウインの名において命ずる……」
自分の身長程もある巨大な両刃型の神剣を軽々と振り回した光陰が、ぴたりとその切先を悠人に向ける。
「っ! みんな、下がれ! 俺の後ろに、早くっ!!」
悠人は咄嗟に叫んでいた。集まってくるマナが尋常ではない。スピリットが耐えられる力ではとてもなかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
光陰と悠人の気合が被さる。唸りを上げたマナが轟然と舞い、辺りを昏く覆いつくす。
白と黄緑のオーラフォトンが正にぶつかり合おうとしたその時。
「……ふっ」
鼻で薄く笑った光陰の気が、ふっと掻き消えた。


突然、熄んだ風。
周囲に渦巻いていた緊張感が完全に消え去っても、悠人は暫く『求め』に籠めた力を抜く事が出来ず慄えていた。

「今日のところは挨拶だ。俺たちの力を悠人が知らないってのはハンデになっちまうからな」
へっ、と鼻の下を擦る光陰。その見慣れた仕草が、酷く遠いものに思える。
「俺たちは、悠人たちの戦いをずっと見てきたわけだしな……フェアじゃない」
飄々と語る光陰を見ても、もう懐かしい感情が湧き上がらない。
「そんなわけで……宣戦布告ってヤツだ。俺たちの防衛線を突破できるか、楽しみにしているぜ」
視界がぼやける。揺れた陽炎の向こうに、軽く手を振り背中を向ける姿が歪んだ。
「じゃあ、またな。悠人」
聞きなれた、いつも日常の最後に軽く告げられていた一言。今はそれが限りなく重かった。

「…………」
冷たい一瞥の後、無言で今日子が続く。その後姿に、はっと我に返る。
「光陰! 今日子は、今日子はどうしちまったんだ!?」
ぴたり、と立ち止まった光陰が、一瞬だけ振り返った。
「……お前なら判るだろう?永遠神剣『求め』を振り、戦ってきたのなら」
「っ! まさか、今日子は……」
「お前が佳織ちゃんのために戦うように。俺たちも、自分達の為に戦うしかないんだよ。悪く思わないでくれ」
言って、『因果』を空に捧げる。それに応じたかのような、見た事のない異質な青い光が周囲を包んだ。
「じゃあな、悠人。これからは敵同士だ。…………恨みっこなしだぜ」
歪んだ空間が光陰達を取り込み始める。透けていくその背中に、悠人は最後にもう一度叫んでいた。
「なんなんだよ、おい……なぁ! 光陰!!」
混乱した頭に渦巻く、様々な疑問。それを打ち消すかのように光が弾け、そして光陰たちの姿は消えていた。

ただ、一つだけ判ったこと。それは、佳織だけではなく、親友までもが離れていったということだった。
それも、こんどは自分自身の意志をもって。