朔望

minnesang-Ⅱ

 §~聖ヨト暦331年アソクの月緑みっつの日~§

「佳織、よく来てくれた!」
長かった。やっと待ち望んだものが手に入った嬉しさか、思わず声が高くなった。
「報告を聞いてから、今日のことを心待ちにしていたよ」


「……秋月先輩。どうして戦うんですか?」
いかにこの世界が素晴らしいか語ろうとした所で、いままで無言だった佳織が口を開く。
一瞬何のことだか判らなかった。
「どうして?……ここでは僕の力が必要とされているんだ、この世界が僕を必要としているんだよ」
今更何を、という感じだった。佳織なら、知っているはずなのに。あの病室で、僕が何を望んでいたかを。
「秋月先輩……」
「僕は選ばれた人間なんだよ。地べたを這い蹲るアイツとは違う、この世界を動かす義務があるんだ」
「……!!!」
そう、佳織を手に入れる為。僕は誓った。なのに、何でそんな顔をするんだ。
まだアイツを信じているのか。……仕方ないのか。それだけ長い間、アイツに騙されて続けていたんだ。

「……お兄ちゃんは、私を騙したりしません」
「かわいそうに……そんなことも考えられないほど、ずっと騙されていたんだ」
けどもう、違う。これからは、僕が側にいる。いつかきっと、佳織もわかってくれる。
「それは今にわかる。慌てなくていいさ。……佳織はそれでいい。だけど、アイツは罰を受けないとな」
思い出しすぎたせいか、『誓い』が憎悪に反応する。……ち、うるさいな。もう少し黙ってろ。
「もっとも、すぐに受けるのはわかっているがね」
くっ、耳障りな音だ。何だよコレ。憎い?ふん、言われなくても、僕が『求め』を砕いてやる……


「罰……?」
「これからアイツは、親友とやらと戦うことになるんだ。くくく……苦しむ顔が目に浮かぶ」
しまった。こんな風に、下品な笑いを浮かべるつもりは無かった。佳織が驚いてるじゃないか。
「親友って今日ちゃん……それとも碧先輩ですか?」
「……その両方さ」
「どうして? どうして今日ちゃんたちとお兄ちゃんが戦わなきゃいけないの?」
「運命さ。運命がそうさせてるんだよ。僕が『世界』に望まれるように、アイツは『世界』の敵になる」
それなのに、口が止まらない。溢れ出す感情が、歪んでいく。くそっ!佳織の前なのに。
「だから、運命はアイツに死を贈るんだ」
笑わせたいのに。いつも笑って僕の側にいて欲しいのに。どうして困った顔ばかりさせるんだ……僕は。

「ハハハ……これまで、僕の佳織をたぶらかしてきたんだ。その報いを受けて、死ぬしかないのさ!」
「そんな……そんな……」
真っ青になった佳織からは、もう拒絶の感情しか窺えない。失敗だ。まだ僕は、信じてもらっていない。
「止められ、ないんですか……」
「止める必要は無いだろう? アイツらはみんなで佳織をたぶらかしていたんだ」
違う。アイツはともかく、残りの二人なんてどうでもいい。佳織が望むなら、生かしてやってもいいのに。
「全員揃って殺しあうなんて、いい気味じゃないか……そうだな。そろそろ戦っていてもおかしくない頃だ」
「…………」
きん、と鋭い音を立てて、頭痛が治まる。今のうちか。佳織に僕の本心を知ってもらうんだ。

「佳織……いつまでも僕の隣で笑っていてくれ。それが佳織の幸せなんだから」
伝わらない事は、わかっている。それでも信じて言い続ける。佳織が僕を裏切るわけは無いのだから。
「………………」
じっと俯いたまま唇を噛みしめている小さな体。思わず抱き締めたくなり、ぎっと歯噛みして堪える。
今はまだ、その時じゃない。もう一度あの眩しい笑顔を僕に向けてくれた時。その時こそ望みが叶う。
あの小さな病室で、ずっと待ち続けたもの。もうすぐそれが手に入る。アイツの死と共に、な…………