朔望

zwischenakt-Ⅳ

 §~聖ヨト暦331年スフの月赤ふたつの日~§

広大な、ダスカトロン砂漠。少しづつ進撃しながら、ヘリヤの道を確保する。
その地味な作業は、確実に神経をすり減らす。一度は辿り着けた筈のスレギトが、酷く遠く感じた。

そうして何度目かの戦いの後。
俺たちは、多分この世界で、最も不愉快な男と対面していた。
「ふふふ……私の妖精たちの攻撃を受け止めるとは。さすがは勇者殿、と言ったところでしょうか?」
その男は狂気っぽく口元を歪め、さも楽しげに眼鏡の縁を上げた。
背後に従えているスピリットたちに、目の光が無い。真っ黒なハイロゥからは、ただ不気味な力が漂う。
明らかに、神剣に飲まれていた。感情を失った、冷徹な「人形」。ぞっとする光景だった。

「お初にお目にかかります。私はソーマ・ル・ソーマ。サーギオスに身を寄せる、ただの人です」
ただの人、という部分が妙に強調された自己紹介。
「勇者殿のように特別に力を持つわけでもなく、ただ妖精たちを率いる無能者、とでも言っておきましょう」
いや、それよりも仰々しく深く礼をする、その人を小馬鹿にしたような態度が気に入らなかった。
「…………」
黙って『求め』の切先を向ける。と、あきれ返ったように杖を翻し、男は立ち去ろうとした。
「やれやれ……我が国のエトランジェ殿といい、どうもそちらの世界の人間は優雅さに欠ける人達ばかりですねぇ」
危険を感じた。この男は、ここで倒さなければ、と。
「今日は挨拶だけです。やり合う気はありませんよ」
それでも、俺は動けなかった。周囲を取り囲むスピリット達の力に気圧されて。

「……くそっ!」
それはあの男の方針か、それとも瞬の差し金かは判らない。それでも、スピリットをあんなにしちまうなんて。

きぃぃぃぃん――

『求め』が珍しく、俺に同調していた。頭痛も引き起こさずに。