朔望

円舞 C

 §~聖ヨト暦331年スリハの月緑ふたつの日~§

ヨーティアの活躍によりマロリガン領になだれ込んだラキオス軍は、破竹の勢いで各地を制圧していった。
若き女王の即位により、活気に溢れた国力がそのまま戦場に持ち越されている。
また、抗マナ変換装置、エーテルジャンプ、マナ通信など技術系の進歩も大きい。
充実した国勢が、その強さをぞんぶんに発揮していた。

新戦力として、『冥加』を携えたウルカがファーレーン、ニムントールを率いてニーハスを陥とす。
それを皮切りにスピリット隊はデオドガンを解放し、ガルガリン、ヒエレン・シエタと次々に占領した。
そして悠人達主力は最大の拠点であるミエーユの城を陥落させ、ついにマロリガン首都をその照準に収めた。
マナ障壁がヨーティアによって解除されて以来、たった5日という快進撃だった。

戦局から外れ、ファーレーンは一度ニーハスから単独で西に向かった。
立ち直った彼女は貴重な戦力だったが、何事かを感じたのか、ウルカは黙って了解してくれた。
ニムントールは膨れていたが、仕方が無い。ソーンリーム台地の麓に発見されたマナ結晶の情報を受け、
レスティーナの指示により回収する部隊を率いることになったのだ。
回収といってもスピリットをこれ以上は割けない。なので部隊は全て人だが、以前のようにそれを蔑む兵士は居なかった。
護衛のようなものだったがファーレーンはその雰囲気に、理想の確かな手ごたえを感じる事が出来た。

そうして、ニーハスに帰還する部隊と別れ、南に下る。
そのまま街道沿いに進めば、マロリガン首都。向かっている悠人達と合流できる筈だった。


 §~聖ヨト暦331年スリハの月緑ひとつの日~§

「そうか、ミエーユも陥ちたか」
「はい。……すみません、私達が不甲斐ないばかりに」
「なぁにいいさ、どっちにしろ俺たちには時間が無いんだ。決着は――」
そこで言葉を切って、城の方を見つめる。空から不気味に降り注ぐ、禍々しい光。
先日発動された、大統領の意志。黒く轟く雷鳴を物憂げに眺めながら、コウインさまは続けた。
「……早い方がいい。そうだろ?」
「ですが……あ…………」
ぱんぱん、と砂を落とし立ち上がる。振り向き、射るような瞳で見つめられた。心臓が一つ、どくんと跳ねる。
「さて、と行くか。クォーリン、残存部隊を率いてラキオス軍を攪乱してくれないか?……邪魔はされたくない」
「はい。……コウインさまが望むのなら、例えこの命に代えても」
「おいおい、やめとけ。たった一つしかない命を粗末にしちゃあ、仏罰に当たるってもんだ」
苦笑いを返すコウインさまは、いつもの、誤魔化したような口調に戻っていた。
「聞きたいんだろ、“自らの声”ってやつを。だったら、無駄に戦うな。戦う意味を探すんだ」

剣(つるぎ)に、なりたかった。こうして、自分を“人”同様に見てくれる、この方の。
「わ、わたしは……自信、ありません…………」
「それでも生き延びろ。これは命令だ。……ついでといっちゃなんだが、もしよかったら、今日子を宜しく頼む」
かちゃり、と肩に掲げる、永遠神剣第五位、『因果』。今だけは、“彼”が羨ましかった。
“彼”はずっと、コウインさまと戦えるのだ。文字通り、この方だけの「剣」として。
「じゃあな。つまらない役柄だったけど、ここでの生活は結構楽しかったぜ。……ありがとな、クォーリン」
「っ! わ、わたしもっ! わたしもコウインさまにお仕え出来て、本当に良かったと思っていますっ! だから……」
背を向ける、もう見慣れた大きな背中。腕だけが軽く上げられ、ひらひらと振られている。
やがて見えなくなったのは、行ってしまわれたからなのか視界がぼやけてしまったせいなのか。
「だから……勝って下さい、コウインさま…………」
“一緒に”、そんな短い一言が、ついに伝えられなかった。
わたしは遠くにぽつりと浮かぶミエーユの城を、いつまでも凝視していた。


 §~聖ヨト暦331年スリハの月緑ふたつの日~§

紫色の雲が、不気味な雷鳴を響かせている。地響きが、荒野の形を少しずつ変えていく。
砂に足を取られながら、悠人は懸命に走り続けた。
一本の巨大な柱、どす黒いマナが収束している城を目指して。

「はぁっ、はぁ……」
先日マナ通信で、ヨーティアが知らせてきた情報。マナ障壁が解除されて初めて明らかになった事実。
マロリガン大統領クェドギンは、国の中心でマナ暴走を引き起こそうとしている。
どうやらエーテル変換施設に立て籠もっているらしい。
先日会った時に感じた聡明さからは、とても考えが及ばない行為だった。

この国クラスの動力中枢にある永遠神剣が暴走すれば、あのイースペリアの惨状どころでは無い。
先程ヨーティアが、恐るべき計算をした。その影響は大陸全土に広がる、という。
大陸全土。その報告に、悠人は戦慄した。マロリガンやラキオスだけではない。
サーギオスにいる佳織も含め、この世界全体が滅んでしまう、そういう事ではないか。
『あいつを……止めてやってくれ』
最後にそんな一言を残して、ヨーティアは通信を打ち切った。

「ははっ……まさか本当に世界を救う、なんてな……」
荒れた地面を、目一杯の力で蹴り上げる。やや上り坂を駆け上がり、ようやく見えてきたマロリガン城。
「光陰……こんな時、お前がこっちにいてくれたら相談も出来てたんだぜ……」
そんな呟きが天に届いたのかどうか。偶然が、悠人を現実に引き戻した。

「ふぅ」
砂丘をぼんやりと眺めていた人影が、ゆっくりと立ち上がる。
「よっ、悠人。遅かったな」
振り返った光陰は、本当に待ちくたびれた、といった感じで首を振った。

きぃぃぃぃん…………

光陰が無造作にぶら下げている『因果』に反応して、『求め』が強烈に憎悪を発する。
油断すれば、根こそぎ持って行かれそうな意識。錐のように差し込んでくる、強制。
「くっ、この……だまってろっ、バカ剣っ!」
今、怒りに身を任すわけにはいかない。そんなものの為に、ここまで来たんじゃない。
声だけを荒げ、心の奥深くをしっかりと握り締める。激痛が耳の中まで熱く響くが、じっと耐える。
やがて潮が引くように、鎮まっていく『求め』。まだ上手くいかないが、それでも消耗は少なくなった。

「ふ……相変わらず、その剣とは仲良くやってるようだな」
「っ!」
平静を装っていたのに、叫びだけで見破られた。昔から、コイツだけには敵わない。
…………いや、それでなくても当然だろう。すぐ側に、俺より酷い状態のヤツがずっといたんだ。
「……光陰、今日子はどうした?」
「悠人…………」
問いかけに、光陰は僅かに目を伏せた。それだけで、状況が判ってしまう。
本当に。……本当に、厄介なもんだ、親友ってヤツは。

「今日子は神剣に飲まれている。このままでは壊れちまう。
 少しでも楽にさせてやるには眷属である剣を破壊するしかない」
きっちり説明する光陰。その簡潔で判り易い説明も、昔のままだ。理屈にも、隙が無い。
「生憎、今は俺が今日子に殺されてやる訳にはいかん。それは一番最後だ。
 まずは秋月、そして悠人……お前を倒してからと思っていたんだが…………」
でも、だからこそ判ってしまう。こんな時だからこそ、お前は――――

「順番が、変わっちまった」
そう言い切って、ぶん、と巨大な斧のような神剣を振り回す。
それだけでちりちりと舞い散る細かいマナの結晶。ぶあつい壁のような威圧感。
「お前が佳織ちゃんを助ける為に戦うように、俺は今日子を守る為に戦うしかないんだ」
ぴた、と『因果』の切先が止まる。自然に構えられた、武道の型。
「俺にとって、今日子以上に大切なものは、この世界でも、向こうの世界でも……存在しない」
自分に言い聞かせるような、セリフ。そして初めて見せる、哀しそうな瞳。
「つまりはそういうことだ。悠人…………悪いが死んでくれ。苦しまないように、全力で消してやる」

 ――――自分が間違ってる・・・・・って、俺に止めて貰いたい・・・・・・・んだろ……?