朔望

nocturn Ⅵ

 §~聖ヨト暦331年スリハの月緑ふたつの日~§

「…………ごめんなさい、こんなときに」

深く静かに湛える瞳。
さざ波のように溢れる涙が、一粒ふた粒、とめどなく零れ落ちる。
崩壊していく世界の中、その熱さだけが感じられる唯一だった。

――――りぃぃぃぃん…………

「どうして……」
ファーが泣くんだ、と言いかけて、その思い詰めた表情に息を飲む。耳に残る、『月光』の哀しげな響き。
胸に縋りつきながら、懸命に何かを訴えかけている瞳。少し翳ったロシアンブルーの瞳からは、今も涙が溢れている。
冷静でもない。混乱でも無かった。吸い込まれそうな美しさに、荒んだ気持ちが鎮まりかえってゆく。
失いそうになった自我が、ゆっくりと紡がれる。細い糸を、丁寧に、丁寧に――――

「我が侭なのは判ってます……でも、でも……ユートさまは間違ってはいませんっ……!」
泣きじゃくり、かぶりを振りながら訴えかけるファーレーン。
その透明な、真っ直ぐな心が真摯に心に響いてきた。それは、今までずっと待ち望んでいた言葉。
甘えが許されない現実の中で、常に閉じられていた一番深い処。回旋した鍵が、錆び付いた扉を静かに解いていく。
泣かせたくない、この状況でそんな想いが湧き上がるのを、悠人はどこか遠くで不思議に感じていた。

「誰が許さなくても……わたしは、わたしは信じます! 信じてます、から……」
「ファー…………」
無意識に伸ばした手。その先が、そっと頬の温もりに触れる。
自らの手を悠人のそれに重ねたファーレーンが、囁くように呟いていた。
「ですから、ユートさまも……御自分を許して下さい。罪を、罪を一緒に背負わせて下さ…………んっ」
最後まで言わせずに、悠人はその柔らかい唇を優しく塞いでいた。

「ん…………ユート、さま…………」
驚き、見開いた瞳がゆっくりと閉じられる。拍子に長い睫毛から、静かに涙が零れ落ちた。
吐息にも似た囁きが、甘い香りと共に悠人の心の中一杯を満たしていく。
「ありがとう……もう、大丈夫だ……」
まだ、苦しい胸の疼き。でも、それは今、一緒に乗り越えなければならない約束・・・・・・・・・・・・・・・・・になった。
華奢な体をそっと抱き締めながら、悠人は再び心の奥に「蓋」をして、そして静かに頷いていた。