§~聖ヨト暦331年スリハの月黒みっつの日~§
「本当か!?」
報告を聞いたとたん、思わず飛び上がりそうになった。
保つ必要も無いが、一応演出と割り切ってなるべく感情表現は控えていたのだが、それでも口元が緩くなる。
いつもの威厳が崩れた僕の珍しい様子に兵士達がたじろいでいたが、そんな事には構っていられなくなった。
「そうか……そうか…………あーっはっはっはっはっはっ……!!」
喜びが全身に溢れてくる。腰の『誓い』が共鳴し、歓喜を増幅して赤く光る――――そうこなくちゃ、な。
散々佳織を振り回し、惑わせてきた奴ら。そのうち、碧と岬が遂に死んだ。しかも、アイツの手にかかって。
「死んだ! アイツらが死んだ!」
本当はお互いに殺しあうのが理想だったのだが、まぁいい。
アイツは僕自身の手にかけて、後悔や苦しみを散々味わわせた後じっくりなぶり殺しにしてやるさ。
奴は、それだけの罪を犯したんだ。僕と佳織を引き裂くという、耐え難い罪を。
キィィィィン…………
「…………ん?」
(違うっ!)
一瞬ふと、変な違和感が走る。何だ……?僕は何故、あいつらの死をこんなに喜んでいるんだ……?
確かに嫌な奴らだったが、あの二人に対してはこんなに激しい憎しみなど持ってはいなかった筈…………痛っ!
くっまたいつもの頭痛か、イライラする。……そうだ、この事を佳織に教えてやろう。きっと喜んでくれるだろうから。
佳織の部屋に、勢い良く飛び込む。
「佳織、喜べ! ようやく目を覚ますことが出来るぞ!」
驚き、目を見開く佳織。ああ、ちょっと乱暴だったな。僕としたことが、ノックも忘れるなんて。
でもそんな事より、早く伝えなくては。今まで信じ込まされていた、事実というやつを。
「死んだんだよ! 碧と岬が!!」
「…………え?」
ばさっ。読んでいたらしい本が、ばさりと床に落ちる。それはショックだっただろう。
僕にだって、裏切られる辛さは痛い程理解出来る。でも判ってくれ、それが僕達の為なんだ。
「そん、な……どうして今日ちゃんたちが……!?」
さーっと青ざめていく顔。震える口調が――昂ぶらせる。違う、なんだこの感情は!『誓い』、黙れっ!!
「アイツのせいに決まってる! 戦ってたのはアイツとなんだから!!」
口をつく言葉の一つ一つに制御が利かない。愉悦が、胸の奥底から湧き上がってくる。
「ハハハ……死んだぞ! 二人ともアイツに殺されたんだぞっ!!」
マズい、またこれか。こんな風に話を通しても、今の佳織じゃ悲しそうにするだけなのに……止められない。
「そんな……そんなのって……」
がくっと膝をつく佳織。ああ、またやってしまった。今手を貸しても、佳織はきっと拒絶する。
躊躇っていると、小さく鳴くような声。語尾が掠れている。泣かせたのは――――くっ、僕だ。
「今日ちゃんがいない……碧先輩も……これじゃ、元の世界に帰っても……」
なのにその呟きに、信じられない程の憤りを覚えてしまう。狂おしく、全てを貪りたくなるような衝動。
震えている華奢な身体に襲い掛かるのを抑えるだけで精一杯だった。吐き出すように、
「帰る必要なんてないさ。僕たちはここで生きるんだ。僕のための世界で!!」
そんな呪詛を放って燻ぶる気持ちを何とか静めようとする。
「ククク……力の無い者の末路は決まっている。
僕の佳織を誑かし続けた愚か者は、苦しんで苦しんで苦しんで死ねばいいんだっ!」
「佳織……ああ、佳織……もうわかるだろう?」
既に僕の言葉じゃない。ふらふらと視線を漂わせながら泡を飛ばし、喋っているのは、一体誰だ?!
「アイツの愚かさ……弱さ……そして僕の正しさ!」
ああ、僕は正しい。力無き者はそれだけで、罪だ。だけど、それじゃ佳織をも否定してしまう。
違うんだ。幼い頃味わった辛さ。それから佳織を守りたい。強さは、守らなくてはあの病院と同じになってしまう。
「愚かで弱い者は最悪の選択をするしかなく、最後には苦しみながら破滅を迎えるんだ!」
…………『誓い』、か? この剣が、僕の支配を逃れているのか? クソっ! 黙れ。黙れよ!!
「だけどさせない……アイツの破滅に僕の佳織を巻き込ませるなんてことは、絶対にさせない!」
葛藤の末、ようやく一時弱まる『誓い』の気配。僕は絞り出すように叫んでいた。
一番伝えたい事を簡潔に。想いを、出来るだけ籠めるように。
「僕だけが佳織を守れる! 僕だけが佳織を幸せに出来るのさ! だから佳織は僕の側にいなきゃいけないんだっ!」
なのに、ふるふるとただ首を振り続ける佳織には届いていない。
「私……私は……」
力無き者。やはりその余計な一言に、ただ敏感に反応していた。
「私は……お兄ちゃんにとって邪魔なんだ…………」
ああ。そんな事が言いたかった訳じゃないのに。「兄」という単語が、『誓い』を通して増幅される。
「違う! アイツが僕と佳織の邪魔なんだ! アイツさえ……アイツさえいなくなれば全てがうまくいくんだ!!」
そう、全てはアイツ。悠人を倒さなくては、佳織の目は覚ませない。――何故そんな歪んだ結論に達したのか。
そんな疑問も、いつしか悦びの感情に押し流されていった。
窓から、ばらばらと打ちつける音。いつの間にか垂れ込めた暗雲が、激しい雨を降らせようとしていた。
「…………なんか、用か?」
不躾に、背後から感じる気配。ねめまわすような視線。気に入らない。再び『誓い』に宿る憎悪の炎。
気配があからさまな嘲笑を残し、すっと消える。後に残るのは、こんなにも不快な後味だけだった。