朔望

volspiel Ⅵ

 §~聖ヨト暦331年スリハの月黒みっつの日~§

窓を叩く激しい雨音の中。
レスティーナは王位継承に続くごたごたで後回しになっていた書類の山の前で、溜息をついていた。
「もう、エスペリアを側近にスカウトしようかな……」
そんな物騒な逃避言動が思わず口をつく。口調がレムリアに戻ってしまうほど、絶望的な量だった。
不安定に積上げられた紙束がそこかしこに積上げられて、ぐらぐらと揺れているような気さえしてしまう。
執務室といえば聞こえはいいが、単に片付けるのを放棄された、ただの書庫に過ぎなかった。

「……雨だし」
予感に従いこっそりと抜け出そうとした所で怪しくなった雲行き。
躊躇している間に降り出したまでは良かったが、そこで衛兵に捕まってしまった。
その彼は今、扉の向こうで良く出来た彫像のように立ち、その場を決して離れない。
――――勤勉ぶりも考え物だ、どうにかして休ませないと。
などとレスティーナは自分の事を棚に上げ、都合のいい事を考え巡らしていた。

がさっ。
「あっとと……いけないいけない」
ついうっかり肘を当ててしまい、一番手前の山が崩れかかる。
慌てて抑えた手の隙間から、一枚だけひらりとすり抜け、床に落ちた。
「ん……あれ?」
何気なく目に留めた書類に、良く知った名前。レスティーナは拾い上げながら、文面に目を通した。
「ああ、エスペリアの報告書ね。サルドバルト? 嘘っ! そんなのまであるの~っ」
どうやら王位継承のゴタゴタでまだ整理されてなかったらしく、呆れた声が出てしまう。
その時期から滞っているとすると……と見渡そうとして嫌になった。
この調子だと、多分マロリガンとの対外交渉の辺りで充分魂がバルガ・ロアに到達出来るだろう。
「なんて言ってもいられないか……はぁ」
ぼやきながらも、取りあえず手にした一枚を片付けようと決心する。
内容は、サルドバルト戦の、戦後処理の一部報告だった。
そうして一つ一つの言葉の意味を確かめながら文面を追っていた指が、ある項目の所でぴたり、と止まる。
「これは……まさか……」
もう一度、読み直す。そしてもう一度。しかし導き出される結論は、何度繰り返しても同じだった。

がたっ。
レスティーナは、知らず立ち上がっていた。両手は硬く握り締められ、小刻みに震えている。
そのまま窓の側に寄り、外に広がる闇を見つめる瞳には険しさが満ちていた。
「貴女という人は……」
絞り出すような呟きは、窓を打つ雨音に掻き消されていった。