朔望

pavane

 §~聖ヨト暦331年スリハの月黒みっつの日~§

「あら……」
ふと眺めた窓。それを叩く音に、エスペリアは声を漏らした。
雨。決まって憂鬱にさせるその音が、サルドバルトを一瞬思い出させ、ぶるっと身震いが起こる。
いけない。エスペリアは思いなおし、かぶりを振ってその場を立ち去ろうとした。

その時ふと、背後から声がかかる。
「でもぅ、辛い事ばかりではありませんよ~」
「ハリオン……貴女も今日は、“情報部”としてですか?」
「ええ~、エスペリアさんも、レスティーナ様にお呼ばれされたのですねぇ~?」
振り向くと、いつものようににこにこと微笑んだままのハリオン。雨のせいか、翳った顔が少し曇って見える。
しかし何もかも判っているような言葉に、不思議に広がる安堵感。改めて彼女は生粋のグリーンだと感心する。
エスペリアはちょっと笑顔を見せ、そして小さく溜息をついた。何故自分の心がこんなに重いのだろうと考える。
懸念は、明らかだった。どうしても理由が解明できない事。それを隠し続けている事の苦渋。
「…………貴女だけではありません。余り自分だけで背負わないで下さい」
珍しく語尾をはっきりと区切ったハリオンが、そっと頬を拭ってくれる。気づけば、エスペリアは泣いていた。
何故だろう。悲しくは無かった。雨のせいでもない。そんな、少女みたいな感情はあの時に捨てた筈だった。
ただ、無性に湧き起こる感情。それは――――無力感。自分では手助け出来ない、そんな歯痒さを伴う哀しみ。
「ありがとう……もう、大丈夫です」
「…………ええ~」

二人はそのまま黙って、レスティーナの私室へと長い王宮の廊下を歩き続けた。