朔望

minnesang Ⅲ

 §~聖ヨト暦332年アソクの月赤よっつの日~§

 ――――誓いは偽りか……求めを砕くのだ……――――

「クッ……五月蝿いな……なんだよ、一体これは……」
最近、聞こえ始めた声。だんだん大きくなってくるそれは、激しい頭痛と共に頭の中を強烈に掻き回す。
断続的に襲ってくる錐のような痛み。なにより命令口調が不快以外の何物でも無かった。

キィィィィン…………

「ガッ、アァァッ!!……はぁっ、はぁ……」
感じる。ヤツが、近づいてきているのが。感じる。僕の邪魔をしようとしているのを。
許さない。許さない。僕の邪魔をするのは。“世界”の邪魔をするのは。
「ククク……ソーマも死んだか……」
いいだろう。確かめてやる。ヤツが、どれだけの力を持っているかを。
それを見極めた上で、佳織の前でなぶり殺しにしてやる。それでいいのだろう、『誓い』…………。

「お兄ちゃんはあなたに無いものを持っている……それはとても大事で、絶対に必要なもの」
初めてだった。そんな目で見られたのも、そんな強い口調で責められたのも。
「他人を思いやって、他人のために悩んで……他人のために傷つくことが出来る! あなたに……それが出来るのっ!?」
「ぼ、僕は……優れている! 優れた人間は他人なんか必要としない! 僕がアイツより能力があるって証拠なんだよ!」
「そんなの関係ないっ! どれだけ能力があっても、私は秋月先輩より、お兄ちゃんがいいっ!!」
「……っ、黙れっ!!」
「きゃっ!…………あぁ……うぅ……う゛っ!!」

――――僕は、何をしている?指先が柔らかく温かいなにかに沈み込んでいる。
    すぐ近くに、くぐもった声。良く知っている声。これは……佳織?!

キィィィィン…………

手が、離れない。縛り付けられたように、思う通りに動かない身体。
(嘘だろ……佳織、冗談だよ、なぁ……)
朦朧としてくる意識。甘いクリームのような誘惑が僕の心をどこかへと引きずり込もうとしている。
このまま堕ちてしまえば、どれだけ楽だろう。そんな甘美な霧のような支配力。だがこのままでは、佳織が。
「お、ぉ……お兄ちゃんは、あなたになんか……負けない! 負けないんだからぁっ!!」
「……っ!!」
引っ張り上げてくれたのは、皮肉にも佳織の拒絶の言葉だった。一瞬自由になった腕で、咄嗟に突き飛ばす。
これ以上掴んでいたら、何をするか判らなかった――――“自分の身体が”。そしてそんな事よりも。
「そうか……そうだな……アイツがいるからいけない。この『誓い』の言う通り、アイツも、消滅させればいいんだ」
やっと判った。頭の中の霧がすっきりと晴れ渡る。どうして今まで気づかなかったんだ、こんな簡単なことに。
「そうだ……アイツとあの剣が僕の邪魔をしてるんだ…………くそっ、剣はひとつじゃなきゃならないのに」
周囲が赤く染まっていく。『誓い』の刀身が光り輝いていた。