朔望

nocturn A

 §~聖ヨト暦332年アソクの月赤いつつの日~§

きん!
高い金属音が、石造りの壁に反響して細かく震える。『月光』から伝わる衝撃に痺れる手。
「――――シッ!!」
鋭い攻撃は、相変わらず容赦が無い。流れるような一連の動作が、最初から完成されている舞踊のよう。
時折織り交ぜられている蹴りや手刀、回り込むフットワーク。それらが風になり、岩になって襲い掛かる。
「そらそら、『守る』なって言っているだろう!!」
目を閉じ、必死になって気配を追う。耳から入ってくる音などは何の役にも立たない。
聞こえた時には届いている攻撃しか飛んでは来ないのだから。
(落ち着いて…………)
しかも目を閉じるだけではなく、『月光』の力を解放する事さえも禁じられている。
五感の中で頼れるのは、ただ自分自身で感じ取れる気配のみだった。
「……そこっ!!!」
微かに寒気にも似た感覚のある、左後方へと半歩下がりつつ振り返る。ぐっと接近する熱。
鞘から滑らせた『月光』はその体温へ向けて、ひゅん、と硬い音を立てて風を斬った。しかし。
「ふん……まぁまぁだな」
つまらなそうに呟く声。驚いた事に、その声は正面から聞こえた。また、駄目だった。諦めかける心。しかし。
「いいだろう。まだ未完成だが……自得するのもまた道の一つだ」
掛けられたのは、優しい一言。自分でも呆れる位待ち望んでいた言葉。堪らず、動いていた。
「ありがとうございます!ミュラー様!」

ひゅん――――

「おいおいサマはよせ……ん?」
誰も居なくなった訓練場に、ミュラーは呆れた。誰の気配もない廊下の奥を見つめる。
「この短期間で『一貫』を……よほど大事とみえる。自分の力を信じる、か。ふふ、私には到底無理な事だがな」
それは、どこか楽しそうな響きを含んでいた。首筋に当てた手の平から、つーと一筋鮮血が零れる。
剣が触れた筈も無いそこから、やや焦げ付いたような匂いの『月光』の残滓が金色に立ち込めていた。