朔望

Eine kleine nachtmusik Ⅵ

 §~聖ヨト暦332年レユエの月青ふたつの日~§

一瞬で何も見えなくなった筈なのに、何故かファーレーンさんだと判った。
すごくしなやかで、すごく速くて。
まるで敏捷な野生の黒豹のように、ファーレーンさんはお兄ちゃんを助けに来てくれた。

うつ伏していたベッドの隅で、指がフルートに触れる。
そっとその表面をなぞった。あの日、二人で話をしたのを思い出す。
お願いします、そう言った私に、ファーレーンさんは困ったように微笑んでいた。

 ――――酷い事を、言ったのかも知れない。

無理を承知で頼み込んだ事が、ファーレーンさんの負担になってないかと心配だった。
でもお兄ちゃんを助けてくれた時のファーレーンさんは、覆面越しに微笑んでいた。
あの日と同じ、少し困ったような顔で。
だから私は頷き返していた。今、私はお兄ちゃんの側に居られないから。
その分までって言っちゃいけないのかもしれないけど。それでも託せる人が目の前にいたから。

「お願いします……支えてあげて下さい……」
こんな世界で。必死で戦い続けているお兄ちゃんを。