§~聖ヨト暦332年レユエの月緑ふたつの日~§
「いよいよだな……」
サーギオスの重たい城壁を見上げながら、悠人は呟いた。
野外に布陣していたサーギオス軍を駆逐し、遂にここまで瞬を追い詰めた。
救い出そうとしている佳織もすぐそこに居る。後は決着を付けるだけ。それでレスティーナの理想も大きく前進する。
高まっていく周囲の緊張感に押されるように、気持ちが逸る。握り締めた『求め』が汗で湿っていた。
『誓いを砕け……契約を果たすのだ……』
城に近づく程に煩い『求め』の声。込み上げてくる謂れの無い憎しみの感情に、悠人は興奮気味に怒鳴った。
(静かにしろバカ剣! お前が欲しいのは『誓い』であって、俺を乗っ取る事じゃないだろ?!)
きん、と激しい共鳴音。
(心配しなくても、契約なんか無くても俺は瞬と決着をつける。それでいいな、バカ剣!)
『…………ふん』
命令されて面白くないのか、それきり『求め』は沈黙した。ただ、その響きに笑いが含まれていたのは気のせいだろうか。
「……まあいいか」
「何がですか? ユートさま」
悠人が一人ごちていると、隣に立ったファーレーンが不思議そうに訊いて来た。
その視線はサーギオスの城壁を見つめたまま、時折吹く風に髪を抑えながら兜を被る。
「ん、何でもないよ。とっとと片付けて早く帰ろう。そうしたら……」
「…………そうしたら?」
――――皆さん、これまでの戦い、ご苦労でした……
「お、レスティーナの通信が始まったな」
「ええと……ユートさま?」
悠人は少し照れ臭そうに、ファーレーンの肩を抱いた。いつもの、森の匂いが心を落ち着かせてくれた。
『私は願います。これが最後の戦いになることを――――――』
その背から、マナ通信によるレスティーナの宣誓が高らかに聴こえていた。
――――人の未来のために。スピリットの未来のために。そして……この世界の未来のために――――