朔望

lagrima Ⅲ

 §~聖ヨト暦332年レユエの月緑ふたつの日~§

ファーレーンとニムントールは、長い回廊を走り抜けていた。
この方面に、もう敵はいない。ニムントールは姉の顔を伺いながら、先程の戦いを思い出していた。
殆ど一瞬だったと言っていいだろう。
ニムントールが呪文の詠唱を終える前に、飛び出したファーレーンは敵の部隊を一つ全員マナの霧に変えていた。
グリーンスピリットの中でも常にファーレーンと訓練してきたニムントールは、速さに対してかなりの免疫がある。
そのニムントールでさえ、目で追うのが難しい程の動き。それを、今のファーレーンは難なく繰り出していた。
「……ん? どうしたの、ニム」
「…………なんでもない。お姉ちゃん、もう少し急いでもいいよ」
先程から自分に気を使ってウイングハイロゥの力をセーブしている事には気づいていた。
そして、言ってから後悔する。こう言えば、返ってくる言葉は一つに決まっていた。
「ううんいいのよ……これで精一杯」
そうしてぺろっと小さな舌を出すファーレーンに、ニムントールは軽く舌打ちしながら
「……頑固もの」
小さくそう呟いていた。

ズゥゥゥゥン…………

突然城全体が、地響きに包まれる。
「え、お姉ちゃん……うわわっ!」
手を掴まれて、ニムントールは狼狽の声を上げた。そのままファーレーンのウイングハイロゥが更に大きくなる。
加速する体。ファーレーンはニムントールを引っ張ったまま、無言でスピードを上げていた。
「……まったく、素直じゃないんだから」
あっという間に後方へと流れていく光景を見ながら、ニムントールは必死で足を回転させていた。