「…と、いうわけなのが今までのところだ」
反応がおさまった全員に対し、シアーとのこれまでの経緯を説明し終わって。
悠人は、疲れとやるせなさを吐き出すようなため息をついた。
セリア他「ユートとシアーの年の差カップル問い詰め隊」は、黙って聞いていた。
…このあからさまにアレな部隊名を命名したのは、今日子だったり。
今日子てめェこの状況を楽しんでるだろうと思った悠人だが、ぐっとこらえた。
「…というか、厳密に言って俺とシアーはカップルじゃないんだが?
だってそもそも、お互いに好きだと言ったわけじゃな………。
………………いえ言いましたには言いましたが、恋愛感情のそれとは意味が」
悠人が渋い表情でそう言いはじめると、エスペリアがぴしゃりと遮る。
「何を今更…ユート様、往生際が悪いです。
既成事実がある上にユート様は殿方で年上なのだから、潔い態度をとられてください」
ぐう、と唸ってしまう悠人だがそれでもなお食い下がる。
「た…確かに既成事実かもしれないが、アレはそもそも事故であって」
すると、今度は今日子がエスペリアに続いて悠人の台詞を遮ってくる。
「悠、男が言い訳するのは見苦しい。
あんな赤いランドセルが似合うような子にケダモノ行為したのは事実なんでしょ?」
忌々しげに今日子をにらむが、顔は涼しげっていうか目があからさまに面白がっている。
「無垢な幼子を押し倒して唇を奪ったあげく、一緒のベッドで寝る…。
前々から無節操だとは思っていましたが、これではケダモノどころか鬼畜ですね」
更にセリアから絶対零度のトドメをさされて、ことごとく逃げ道を潰される。
「……鬼畜だのはあくまで否定しておくが、泣かせてふられたのも事実だからな?
泣かせて嫌われてふられたわけだから、現時点でカップルとして成立していな」
むしろ自分が泣きたい心情でそう言いかけると、イオまでもがにこやかに微笑んで遮る。
「その点については大丈夫ですよ、ユート様。
私もシアーと話しましたが、お菓子をくれて謝ってくれるなら許してあげるとの事です」
-だから逃げ道を潰さないでっていうか、さりげにお菓子という単語を強調しないで…。
「それにしても、まさかなぁ…あのネリーにああ言われるとは思わなかったよ」
ネリーの、普段の彼女からは考えられない台詞と怒りを思い出して悠人は暗くなる。
すると、今日子が不意に口を開いた。
「あー、それね。そん時の台詞はたぶん、あたしやエスペリアの受け売りだから」
-はい?…それは一体どおゆう事でしょうか。
「ええ、多分…。
もうご理解されてるとは思いますが、シアーと悠人様の関係は最初からばれてました。
まずシアーがネリーに話して、それをネリーがセリアに話して…」
エスペリアが、苦笑しながらそう言ってくる。
「食後のお茶を飲んでいた時にネリーから聞かされた時は、思わず茶を噴きました。
私はすぐに、二人にその事を口外しないように注意しておいたんですけどね」
仏頂面でお茶をすすりながら、セリアは心底バカらしそうに口を挟む。
「…まあ、ネリーに知れた時点ですでに遅かったわけですけどね。
まったく、つくづくどうしてシアーに口止めさせなかったのやら」
そう言って、ちらりとまた軽蔑の眼差しで悠人を見る。
-もう勘弁してください、セリア先生。
「ともかく、ネリーの口からオルファやニムにヘリオンと広がって…。
たった一日で、第一詰め所と第二詰め所の女性陣全員に知れ渡りました。
…知らなかったのは、ユート様とコウイン様だけです」
苦笑しつつも、あくまで優しく説明してくれるエスペリアお姉ちゃんである。
「私とセリアとヒミカで、話に余計な尾ヒレがつくのを食い止めるのは大変でした。
ですが…実のところは、ハリオン相手が一番苦労しました。
あの歩く公然わいせつ罪がいらない知識をシアーたちに広めるのを食い止めるのは、ね」
ふっと遠い目をしながら説明を続けてくれるエスペリアに悠人は黙って頭を下げる。
「ちなみに今は、ハリオンの監視にヒミカが臨戦態勢で張り付いています。
…ああそうそう、そう言えば言い忘れるところでしたけれども。
エスペリアと共に城に呼び出されて、女王陛下に説明を求められた事もありましたね」
-セリア先生、バスケがしたいです…。
「で、まあ…あたしやエスペリアたちであんたたち二人の様子を見てたんだけどさ。
その都度その都度、ネリーたちにあーゆー時の気持ちとかを説明したりしてたのね。
ネリーが悠に言った台詞ってさ…ほぼ、まんまあたしの説明だね。
あくまで、あたしら個人の視点で見た限りでしかないって念を押してはおいたんだけどね」
さすがに気まずそうに言ってくる今日子と、同じく気まずそうなエスペリア。
「まあ…当たってたよ、あれは。なまじ図星つかれただけに痛かったしな」
そう言って天井を仰ぎ見る悠人の頭では、あのネリーの台詞がまた響いていた。
-ユート様が逃げようとしたのは、シアーに見たシアーの孤独。
-そして何よりも、そのシアーの孤独に重ねて見てたユート様自身の孤独。
子供の頃から、ずっと。
たった独りで、「お兄ちゃん」であろうとし続けてきた。
いつも、佳織が甘えてくるのを受け止めたり喜ばせるので精一杯だった。
周囲の大人たちが信用できなかった、というより視界に見えなかった。
それでも…頑張ってる自分を誰かにほめて欲しかった、甘えられる人が欲しかった。
けれども、それは佳織を置いてきぼりにしてしまうと思った。
だから、自分に優しくしてくれる人たちをいつも拒んできた。
自分に差し伸べられた手が、自分じゃなく佳織に向くようにしたかった。
覚えているのは、ほとんどそれだけ。
子供のころからの記憶が、あまりにもあいまいすぎる。
いつだったんだろう、光陰や今日子と肩を並べて歩くようになったのは。
どうして、今更になって誰かの優しさに逃げようとしたんだろう。
大人なエスペリアとかでなく、どうして子供であるシアーなんだろう。
いつか佳織がお嫁に行って、自分を必要としなくなるまでは。
少なくともそれまでは色恋沙汰に縁はないだろうと思っていたのに。
どうして、よりにもよって初恋がこんな形なんだろう。
「どうして、よりにもよって初恋がこんな形なんだろう」
小さな、けれども呟き声となってそんな想いが口から漏れる。
その途端、ぐいっと力強く肩を抱かれる。
「初恋に、よりにもよってとか決まった形なんざないさ。
まぁ初恋に限らず、恋してしまった時てのに決まった形なんてないんだがな。
お前の場合、たまたま初めて惹かれた相手がシアーちゃんだっただけだよ。
もちろん、それまでの環境とかもあるだろうがな」
こういう時の光陰には心底かなわないな、と悠人は改めて再確認する。
「俺はいい。ただ、シアーにとって残酷すぎやしないかと思うんだ」
光陰は、そっと悠人の肩から手を離しながら穏やかに聞いてくる。
「何故、残酷なんだ?
もとの世界での猟奇的な事件のような事をしたいわけじゃないんだろう?
少なくとも、俺や今日子はお前がそういう奴じゃない事をよく知ってる。
強いて言えば、佳織ちゃんに対して過保護気味だったのが少し心配だった程度だ」
そう言ってくれる光陰に対しても、悠人は目をあわせる事も出来ず下を向いてしまう。
「…神剣の強制力なら、俺の因果や今日子の空虚でおさえこんであるぞ?」
その言葉でハッとして光陰や今日子の顔をまじまじと見る。
「別に、大した手間じゃないから気にしなくてもいいわよ。
最初は、あたしにやれるのか不安だったけどコツを掴めば簡単なもんだしね」
-そう、だったのか?………ずっと、ずっと気がつかなかった…!
悠人は、この二人の友情が今ここに確かにある事に目頭が熱くなった。
「でも、悠が今言ったあの子に対して残酷ってのはそれだけじゃないわよね?
光陰も言ったけれど、あんたが酷い事をするような奴だとは絶対に思わない。
前から感じてたけど…悠って自分自身があんまり好きじゃないでしょ?
…だから、誰かに好かれるのも誰かを好きになるのも怖い。」
否定しようと口を開けるが、言葉が出てこなくて黙り込んでしまうしか出来ない。
「ユート様」
いつの間にか、エスペリアがそばによってかがんで下から悠人の顔を見上げていた。
やわらかい木漏れ日のような微笑みのままで、そうっと手の上に手を重ねてくる。
「…私も、自分が好きじゃないのは同じです。
私は、汚れていますから…。
私も…優しくされる事、そして愛される事が怖いと思ってしまいます」
それは、もしかしたらと悠人自身も薄々感づいていた事だった。
微笑んで、誰にも分け隔てなく尽くす横顔にいつも影が見えていたから。
「汚れているという意味でなら…私もエスペリアさんと同じかもしれません。
曖昧にしか申し上げられないのですが…似たような痛みを感じます。
…スピリット云々に限らず子供が欲望に踏みにじられるのは、この世界も同じです」
視線を下に向けて俯くイオの横顔が、その時まるで寂しい子供のように見えた。
部屋に、沈黙が流れる。
時間としては短かったのだろうけどあまりに長い沈黙だった。
「…ユート様、今よろしいでしょうか」
セリアが真っ直ぐに悠人の目を見つめて、鋭さこそないけども静かに問いかけてくる。
悠人は、セリアが何を言わんとしているかは図りかねたが真っ直ぐ見つめ返して頷いた。
「最初に、ユート様がシアーと初めて出会ったのは何処のいつごろでしたか?」
突然の質問に一瞬だけ目をぱちくりさせるが、すぐに慎重に思い出してみる。
「ええと、聖ヨト暦330年の…シーレの月の青よっつの日。
バーンライト王国が宣戦布告してきて…。
エルスサーオにリーザリオとリモドアを経由して首都サモドアへ進軍する時だ」
セリアは、さっきまで口にしていたカップをテーブルに置いて。
両手を腰の前で組んで、じっと悠人の言葉に耳を傾けている。
「はじめて出会ったのはいきなり戦場…というかラキオス城壁の大門だったな。
ハリオン、ヒミカ、ヘリオン、ネリーに混じってあまりに小さな影が一人…。
これから戦争に行くのにきょとんとしてたんだよな…シアーだけが」
あくまでも黙ったまま、セリアは悠人の両目を何かをのぞくように見つめ続けている。
「何も理解してなさそうまま、俺を珍しそうに見つめてたのが痛かったのを覚えてる。
俺は…そんなあの子に無理やり微笑んで軽く手を振るしか出来なかった」
シアーと悠人のはじめての出会い。
それは、この場にいる面子の中でその時に居合わせたのはエスペリアだけだった。
「なんでかはわからないけど、この子から離れたらダメだと思ったんだ。
気がついたら、エスペリアに部隊編成で意見をしてた。
俺が中心の第一チームに、シアーを編成してもらえるように」
エスペリアも同じ場面を思い出しているのか、悠人の台詞に相槌を打っている。
「あの頃の俺は本当にズブの素人だった。
だから、エスペリアの提案でヒミカの指示に従って動くようにした。
俺はディフェンダーに徹して、シアーがサポートでヒミカがアタッカー。
エスペリアの見よう見まねで、とにかく障壁を張る事に集中してたんだった」
悠人は、セリアの真っ直ぐな視線から少しも自分の視線を外さないままで。
「最初の一戦でバーンライトの一部隊を倒したあとの事だ。
不意に、後ろから足に何かが強くしがみついてくるのに気づいた。
…バーンライトのスピリットがマナの霧と散っていくのを見つめながら」
悠人は、そこではじめて息継ぎをするように息を少し深く吸い込む。
「シアーが必死に俺の足にしがみついて、あの大きな目で泣きながら怯えてた。
はじめての戦場で…はじめて命が散るのを目の当たりにして…。
俺は、そんなシアーの髪をただ出来るだけ優しく撫でてやるしか出来なかった」
悠人がそこまで話すと、セリアはふっと目を閉じた。
「これが…一番最初の、俺とシアーの出会いだ」
セリアは何事か考えている様子で、無言で悠人の台詞に頷く。
「ユート様が、どれ程にシアーを大切に想っているかがよくわかりました。
正直に申し上げますが、私は当初ユート様に対し疑念を抱いていました。
ですが、デートの時も普通に遊びに行くのと何も変わらなかった事と…」
-ああそうか、最初からばれてたんだったしセリアなら心配して後をついてくよな。
「何より、今の話でのユート様の目に曇りがなかった事で疑念は晴れました。
年の差ときっかけはともかく、ユート様のシアーへの想いは本物と判断します」
そう言ってふかぶかと頭を下げるセリアに対し、悠人もまたふかぶかと頭を下げる。
「ですが、くれぐれも軽率な行動はなさらないように常に気をつけていてください。
ただでさえ人とスピリットですし、世間の目はなおさら厳しい事もどうかご承知を」
そう言うと、セリアは一瞬だけ悠人に対しはじめて優しい微笑みを見せた。
悠人は、その一瞬だけ見せたセリアの微笑みに自分の母親の面影が重なった事に驚いて。
「セリア、さ…将来、保母さんか教師を目指したらどうだ?」
思わず、そんな言葉が漏れてしまう。
「私が、ですか?いくら疲れていると言っても馬鹿な事を言わないでください」
たちまち元の仏頂面に戻って、つんっと顔を背けるセリアだったが内心ギクリとしていた。
ほめたつもりだったのに機嫌を損ねてしまったと焦る悠人に、セリアは突然向き直って。
「あ…言い忘れるところでしたが、ユート様は最近シアーとネリーを見ていませんよね?
実はユート様がシアーの気持ちから逃げようとした仕返しで、あの二人は逃げてるんです。
男から上手に逃げるテクニックは、この私が完璧に伝授いたしました」
-セリア先生、いつの間に余計な事をッ!…っていうか仕返しですかそうですか。
「ユート様も反省した様子ですし、明日から逃げモードを解除させておきますね」
少しホッとしたのと両肩にズッシリ疲労がのしかかって悠人はうなだれてしまった。
「では、第二詰め所に戻ります。ユート様、おやすみなさい」
スクッと立って椅子を持っていきながら、セリアはスタスタと部屋を去っていった。
「んじゃ、あたしも戻るね~。悠、おやすみ!あと頑張れっ!」
続いて、今日子もまた面白いネタが出来たと言わんばかりの笑顔で去っていく。
「夜分に失礼しました。私も、これでおやすみなさい」
イオはテーブルに放置されたカップをトレーにのせて持ってしずしずと去ってゆく。
「それでは、お疲れ様でした。おやすみなさい、ユート様」
ささっと部屋の椅子などを綺麗に片付けてから、エスペリアは礼儀正しく食堂へ戻る。
女性陣が去ってしばらくしてから、まだ悠人の隣にいた光陰がぽつりと話しかけてきた。
「悠人、もうそろそろ相手を好きになるのと同じくらい自分を好きになる事を考えとけ。
…自分を好きになれないってのは、自分を大事に出来ないってのと同じだ。
自分を大事に出来ない奴が、好きな子を大事に出来るかどうか…わかるよな?」
悠人は、親友の台詞に強く頷く。
「んじゃ、俺も寝るわ…おやすみぃ。…ヌフフ、シアーたんの残り香~」
光陰はそう言ったかと思うと、そのまま悠人のベッドに横になって寝息をたてはじめた。
そんな愉快な親友に、悠人は黙って迅速な動きでテキサスクローバーホールドをキメた。